創作作品展示室

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園庭本ノ日 設定

 園庭本ノ日

 

あらすじ
神様が生まれる場所は『こがねの桜の木のもと』。実際には存在しない『存在』、あるいは『同じ異なる物質』の証として視覚的な部分で色が異なる。元々は白と黒の世界だったがヒトの願いから鮮やかな世界となった。
すべてはヒトの望みがうむ物語。
八百万の日本の神様。(=めっちゃたくさんいる日本の神様)
頼るのは自分の経験と昔読んだ文献のみ。どこまでが創作であるのかどこからが文献からの引用かさえわからない。答えなき物語。なお、各国の神様や神話から拝借した名称に関しても独自の観点で性質と個性を付加している。名前だけ同じで全く別のモノと認識されたし。妖怪や妖精も時に神となる解釈。

 

八百万の神たち


【名称】芥神(アクタ)
【信仰対象】ゴミの神様。物質対象。
【備考】
主役たる神様は『芥神(アクタガミ)』と呼ばれる『物質対象』の神様。いわゆるゴミの神様。
道端に落ちるもの、暮らしの中で発生するもの、はたまた山や海、宇宙に捨てられるものの多さに歎き、日々地道なゴミ拾い活動を行う。
『これなるは、私の妹分。『二神(フタツガミ)』とは、捨てられた芥(ゴミ)を再び新たなものに作り替え利用するという所以にございます。いにしえより、日本人は善い発想をなさる。悦ばしい事哉。』
『ああ……嘆かわしい。なぜ公道に捨てるのでしょう……なぜ持ち帰らないのでしょう……!』『素晴らしい。遖(あっぱれ)!芥神賞を授けましょう』
『私は手を下す類いの神位にございません。こうして歎くことしか出来ぬのです』『されど、このような些細な善意を持つ者が小数なりと存在する。その事実を私は幸福と感じいるのです』
『なにゆえ存在するのか、それは、かつて私どもを偶像化した者たちが居たからです。古き時代の日本人は慎ましき思想こそあれ、しかし悪行を働く者もおりました。悪人たる者たちに対する思念はやがて『人ならざる第三者』による粛清を願うようになります。いにしえより私どもの存在は漠然とながらヒトビトに信じられてまいりましたが、それは少なからず、感謝や畏怖などの感情から発生しておりました次第に過ぎず、ヒト自身が手を下せぬ他者に神罰を与えたもうと願われましたのは、これより随分以前の話にございます。感謝や畏怖の対象としてつくられた私どもが、このように細分され、司る対象が些細異なってゆくのも、くだん時点の頃にございます。広義にて近似したもうた類いの『神』数あれど、みな異なる性質と、個性を持つようになったのも、ヒトの願いに拠るものであり、私どもの意向ではありません。そして、時代移り、生きるヒトビトの思想変わりゆけども、信仰心なき者であっても、日々新たな『私ども』はつくられてまいります。もはや、私どもをつくりだしたヒトビトでさえ、把握できぬほどの『神』が、日本には在るのです。』
『所詮は偶像であります。ゆえに、信仰心の有無にかかわらず、私どもを目視できるようなヒトはおりません。いま、この私の姿も、偶像の一つ。時、場所、思想変われば、私はどのような形(なり)にも変われるのです。ヒトの望む姿に。』


【名称】童神(ワラワ)(または「ワラシ」とも)
【信仰対象】出自不明。子ども=欠けてはならぬ存在から。
【備考】
うまれたばかりの脆弱な存在(明確なうまれは不明だが遠野物語にて。明治頃)。元は精霊という存在だったが最近『神格化』された。現在は『芥神』の後ろをつき見聞を広めている。
口がない理由は『精霊時代の名残』。民間伝承の語り種が減り、その存在を語られなくなったために口のかたちを失った。ただし神通力によりコミュニケーションをはかることができる。
腕は伸縮自在の蔓のようなかたち。精霊時代にその腕が原因で妖怪の類いと間違われることが多かったために自ら袖の中へ隠した。
なお、童神は総ての生物の『子』を司る神様。子供は昔から親にとって唯一無二であり庇護して然るべき存在である。ヒトは子を育てるために一生のうちの2割程度(約180000時間、約10512000分)の時間を子のために消費する。
子とは親にとって『神』のように大切に、欠けてはならぬ存在。安全が保証されなくなった近年、その無意識の意識が徐々に広まり、ついに神格化された。それが童神である。


【名称】風の神
【信仰対象】自然派
【備考】
(´・ω・`)←こんな顔。甲子園での敗者チーム、台風、ネガティブな場面で愚痴るヒトに対し「ご、ごめんね(´・ω・`)」と謝る。


【名称】雨の神
【信仰対象】自然派
【備考】
「嗚呼。つちの善きにほい哉=ヮ=」←こんな顔。神位は非常に高い。豊饒の神とは神一重。


【名称】陽神(ヒ)
【信仰対象】自然派
【備考】
太陽の化身。物語中では最高位にあたる。穏やかで争いを好まない。


【名称】二神(フタツ)(表記は「双神」「二神」どちらも正解)
【信仰対象】物質対象
【備考】
『これなるは、私の妹分。『二神(フタツガミ)』とは、捨てられた芥(ゴミ)を再び新たなものに作り替え利用するという所以にございます。いにしえより、日本人は善い発想をなさる。悦ばしい事哉。』


【名称】花神
【信仰対象】自然派
【備考】
花そのもの。古来より「美しく愛でる対象」として在ったゆえに「寵愛」の対象ともなる。


【名称】樹神(タツキ)
【信仰対象】自然派
【備考】
花神の兄弟分。コダマ。樹木には精霊が宿るとされ世界各地で精霊伝承が残る。


【名称】紙神(カミ)
【信仰対象】物質対象
【備考】
紙の神様。いたずら好きだが根は「真っ白いもの」として、節度のある範疇でいたずらを愉しむ。髪の神とは不仲。園庭内でも古い存在であり口調は現代の若者風。


【名称】狐神
【信仰対象】自然派、概念
【備考】
狐の神様。おいなり。ケモミミはない。
動物の神様、でも神格化した姿では獣の耳や尾はない。豊穣の神とは別概念。
狐の神様と芥神の会話「ヒトの望んだ姿ではないのですか」「安易な『萌奇屋羅化』は神格化たもうた意味ぞなしと望む者あり。ヒトの望み数多致す時、我変姿せんとする」「希望者多数であったなら『けもみみ』も辞さない考えであるのですね」


【名称】時の女神
【信仰対象】概念
【備考】

童神に気をかけてくれる優しい神様。見た目は幼女的かつ少し意地悪な印象だがふつうに優しい。
時とはつまり移ろい全般を示すもので、過去が戻らず今や未来を尊ぶことを大事とする。別称として「刻神様」と呼ばれ、人の感情を司る神様でもある。ふたつの事象を司るため『対神(ツイノカミ)』とも。


【名称】月の神
【信仰対象】自然派
【備考】

人を驚かせることが好きな変わった神様。派手を好まないため龍神様とは気が合わない。弟子神に風神様と雨神様を持つ。影を司るが悪い意味ではなく、光とは背中合わせである意味を持ち、むしろ希望の意味がある。ヒトを驚かせるのが好きでたびたび人世へ訪れては「ユーレイ騒ぎ」を起こす結構迷惑な神様。

 

【名称】龍神
【信仰対象】概念
【備考】

静の概念。東洋と西洋でその形は異なるがいずれも「巨大な躯体に不思議な力で炎を吐く、空を舞う」などの特徴を持つ。おしゃれが好きであり装いをよく変えている。海外の神話などにも精通している。超寡黙ゆえ数世紀に渡り声を聴いたことがないと噂される。

 

【名称】蛇神
【信仰対象】概念
【備考】

動物の蛇の神様。凶事と吉事の相反する概念を司る。相対する概念が合わさっているために神位は不明という特殊な存在。


【名称】髪神
【信仰対象】物質対象
【備考】

髪の神様。園庭内の神様のヘアスタイルを整える。世の中のお嬢さんからおじさんまでを一喜一憂させる罪深い神様。その両手は刃状になっているため使用しないときは長い袖の中に隠す。


【名称】光神
【信仰対象】概念
【備考】

光の神様。希望の側面も有する。光とはつまりすべてを照らすものとして「月の神・陽の神とは表裏一体」という特殊な存在にして二柱とは兄弟神の関係にもなる。また、童のように口は失われており意思疎通は通力で行う。


【名称】音神
【信仰対象】概念
【備考】

音楽の神様。出自は不明だが音楽は聴いた人に様々な効果を与えるためその神位は人々の信仰如何に関わらず非常に高い。また人々の望みにより声帯は失われており自身が演奏する楽器の音で意思の疎通を取る。


【名称】還神(カンノカミ)
【信仰対象】概念
【備考】
俗にいう死神。のっぺらぼうの様相をしているのは人々の望みのため。人を死へいざなうのではなく、還神は冥界への案内人という意味合いのほうが強く、また時代によっては神位の変動が激しいためあまり園庭内でも姿を現さない引きこもり気味な神様。

 

【名称】雷神
【信仰対象】自然派、概念
【備考】

雷の神様。HKG(ハゲを隠さないGOD)の異名を持つストイックな神様。両手ともに手と思しき箇所には三本の突起がついているが基本的に通力にて物を触ったりしているのであまり本数は関係ない。


【名称】北欧神話(オーディン)
【信仰対象】神話形態
【備考】

白髪の老人の姿をした神。左目がなく、手には常に神槍グングニルを携える。冗談が好きで博識ゆえによく幼い神たちを驚かせては「なんちて」とネタバラシをする。基本は聡明な存在だが冗談ばかり言っているので信用はあまりない。


【名称】アフリカ神話(シャンゴ)
【信仰対象】神話形態
【備考】

ナイジェリアのヨルバ族の神。雷光と嵐を司る神で元々は人間であったとされる。象徴は両刃の斧。超運動神経が抜群なので「運動の神様」の側面も持っている。


【名称】フランス神話(アンクウ)
【信仰対象】神話形態
【備考】

深い帽子にその顔のほとんどを隠す神。両手は消失しているが通力にて物を浮遊させるなどするため特に不便はない。


【名称】仏教神話(アミターバ)
【信仰対象】神話形態
【備考】

園庭内で一二を争うほどの超絶美形の神(仏)。蓮の花の上で生活しており通力で蓮の花ごと移動しているため足が胡坐状態のまま硬化しているという噂。彼の神の説法は園庭内の暇つぶしに最適と人気が高い。


【名称】ケルト神話
【信仰対象】概念、神話形態
【備考】

唇から右耳にかけてチェーンをするパンクな神様。帽子で隠してある左目は邪眼であり見る者を獣の姿に変える呪術的効果を持つ。


【名称】オルメカ神話
【信仰対象】概念、神話形態
【備考】

園庭一ファッションセンスに敏感な女神。丸く穴の開いたリングを多く身に着けるが、曰く「落ち着く」。


【名称】中国神話
【信仰対象】概念、神話形態
【備考】

フランス神話とは外装がちょっと似てることから茶飲み友達。とても背丈があり手足も長いためたまに待ち合わせの目印にされることもある。


【名称】ポリネシア神話(タヒア)
【信仰対象】自然派、概念、神話形態
【備考】

メラネシア神話とはライバル関係。元々は女神として現界したのだがある日突然男神になっていた特異な経緯を持つ。花の神、樹の神とは出自こそ違えど兄弟神にあたる。


【名称】メラネシア神話(アイダガギオギオ)
【信仰対象】概念、神話形態
【備考】

その昔、人に騙され手足をもがれた挙句に燃やされた壮絶な過去を持つかわいそうな神。そのため炎にトラウマがある。


【名称】アイヌ神話(コタンコルカムイ、または単にカムイとも)
【信仰対象】自然派、概念、神話形態
【備考】

 アイヌ民族の神話形態で、日本の八百万の概念と似て非なる特殊な存在。その出自から時と場合によって全く違う姿になることがしばしばあり、周りを困惑させないために帽子の形だけは常に一定のものにするという取り決めがなされている。園庭内の『影』のほとんどはこのアイヌ神話の派生であることはあまり知られていない。


【名称】ペルシア神話(アールマティ)
【信仰対象】神話形態
【備考】

小柄で純粋な神。大地の守護神でもあるためよく園庭内の整備などを行っている。


【名称】金の神
【信仰対象】概念
【備考】

きん、またはカネの神。近年になって神格化された。金は人にとって特別なものであり、そのものにも非常に高い価値を見出す金属。かつては金山などとも呼ばれ多くの人々の幸福や不幸を同時に生み出し、神格化は最近ではあるがその神位は極めて高くほぼ一定の信仰心を集める。金の神そのものは目立つことは得意ではないので自身のねぐらで過ごしていることが多い。

 

 

その他設定(メモより転載)


髪の長さについての一説。自然派神の場合、神位が高く、つまり信仰心を持つ人が多いため必然、ほぼハゲの設定が付属する。他方、物質対象の神の場合、信仰心は高くとも神位が自然派神より低くなる場合があり、またヒトの望みにより髪の長さと神位の関連が薄くなる傾向がある。(ヒトの望みにより植毛している神→陽の神、月の神、運の神、)


特に精霊や妖怪の類いが神格化された場合においては一概にいえなくなることが多く、髪の長さと信仰心の関連がさらに薄くなるようである。

 

ヒトが神になる場合、髪の長さ等は関連を失う。当時の名残を残したヒトの姿のまま。それはヒトが望んだ結果。また、ヒトが神格化された場合、信仰心の変化は時の移ろいとともに顕著になり、自然派神や物質対象の神以上に曖昧な存在となりやすい。社があり、参拝客も多い神であれば、ときに自然派神より神位が上位となる場合もある。時の移ろいで神位は変化してゆき、不変というものはない。

 

位の高い神様ほど短髪になる法則。神様自身の意向でなく、位が高いとはつまり信仰心(ヒトに信じられているステータス)に比例する。最上位に位置するのは陽(太陽)の神様、雨の神様、風神様、雷神様、大地(食物)の神様など、ほとんどが自然派の神様。


うまれたばかりの神様はまだ信仰心が低いためにあまり髪の長さは関係ない。最高位の神様になると短髪になりすぎるためボーズを隠すために烏帽子の他に様々な帽子や布を纏うようになる。これもヒトの望み。

 

死に神にあたる神様。死者を導く役目をおう。『還神(カンノカミ)』様。位は高い。

 

公道沿いにたつ鳥居、ゴミの数が激減。
やしろのない神様、やしろを持つ神様、どちらも信仰心に開きはみられない。伝承のある分、芥神より童神のほうが神位が上であることもある。ようは認知度とか伝説の数で決まる。


外国で当たり前のように妖精やあやかしがある感覚で、日本の日常に神様の概念が存在する。異なる思考や習慣、風俗、発展の仕方をしてきたからこその差異。
外国の神話に関しては神語(かんがたり)と述べる。『○○神話』は名前や通称。

 

植物も同じ。似た見た目を持つが花の咲く時期や育つ環境、場所に少しの差異があるだけでまったく別の性質となる。素を辿ればいきつく場所(派生元)は同じだが過程で全く異なるモノとなる。ゆえに八百万ができあがる。(ニンゲンの個性と同じ。見た目は同じでも微妙に差や違いがあり遺伝子的なレベルで全く同じモノはひとつとない)

 

神が寵愛を施せば死期が早まる。だから童神に忠告する。「よいですか。私どもが特定個人にたいし私どもの神通力を施せば対象のヒトは恩恵受けしものとして幸福感を得られますが、時おなじくして同等の生命量を私どもは得るのです。」

 

外国の神様、その国の地域などによりさらに細分化される場合あり。アメリカの神、イギリスの神、イタリアの神、ロシアの神など、一神教ではあるがその国柄により細分、個別化してしまう現象がおきる。また名称も、一神教ゆえに「神」以外の名を持たず個性を持つはずなのに区別されにくいため、個性と特徴を鑑みて、作中では「アメリカの神」など名称のはじめにその神の創造された国の名がつけられる。

 

外国の神の形態としては様々なデリケートな問題の観点を考慮し『妖精』や『精霊』の形として描く。神話さんと似て非なるが日本八百万の神と同等の位を持つ。


芥「北欧神話さんは格好良くいらっしゃいますね。魔法の虹の橋とか9つの世界とか。それに神の登場数も多くたいへん賑やかで。」
北欧「たまに自分でも収拾つかなくなる。(数で言えばお前さんの国も負けてないはずだが)」
芥「そのお気持ちは理解できます。(ごもっともにございます)」

 

物語中、狩衣のことを『神衣(かみぎぬ・かんぬ・かみい)』と呼ぶ

 

わたしは芥を増やすべきではないと一度たりと申したことはございません。減らして頂けたらと願うことはあれど、増やすなとは申し上げたことはございませぬ。

芥たるはわたしの存在の根源ではあります。捨て去られる芥あまた見し、時にヒトの浅はかかつ情けなさに涙することさえありました。しかし生に必要とされるもの、それが芥なれば芥であるからこそ、ヒトから出でしわたしの勤めとなりましょう。再利用なれば我が妹神たる双神の管轄なり。それもまた答えのひとつとなりましょう。

芥は切ったとて切れぬ関係にございます。生産があれば廃棄が必ず伴いましょう。古きを大事とする心や善し、されど古きを捨て去る勇気もまた無くてはならぬ志にありましょう。
新た拾い広げる覚悟なき者に、我が名を口走る権利なし。無用の芥ばかりの屋敷の主よ、どうか身に刻みつけたもう。心に誓いいただきたい。無用ゆえの芥なり。我がことを大事にとする気持ちだけ受け取りましょう。もうよいのです。芥は決してなくなりません。ですが必ずしもそれを歎くばかりではありません。投げ捨てる者には重罪を課したい心はまだ残ります。されどヒトの世にあらん下衆なる者になど幸福は与えぬことで罰としております。


真の幸福を決するは己が心とは存じるが、果たして彼らは真の幸福たるしあわせを手にしているのでしょうか。
わたしは問い続けましょう。
芥手放したあなたは、まことのしあわせを手にしているのですか?本当に?いまあなたは幸福感を得られていますか?

 

園庭本ノ日 第一話 『芥と童の出会いがたり』

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