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ワタツミの騎士 第1話

ワタツミの騎士 第一話 『始まり、参加表明』 20080901~ 修正20110807(最終更新20180605)

 

 国立白浜養育舎『大帝都風韻学園』

 

 国立の学園は数あれど、このような体制の学園は国中探してもここだけだろう。全寮制の男女共学、食材などは自給自足で共生する。至って普通に感じるが、ここはそれに加えて『生徒同士の戦い』がある。成績云々学園祭云々という意味ではなく、物理的な『戦闘』。武器を持って戦う、あの『戦闘』。


ワタツミの騎士 第一話『始まり、参加表明』


 敷地の広さもさる事ながら、驚くべきはその風貌だろうか。幼等部から高等部まで一貫する校舎は当然四つ存在し、特に中等部と高等部の建物は他二つに比べて一回りは大きい。校舎の周囲には他に建物もなく、あるのは広大な田畑、そして家畜のいる牧場。田畑の管理も家畜の世話も、すべてを生徒に任されている。本来の意味での自給自足で、おれたちは生活している。

 一般生徒として身をおく奴は、おれを含めて全体の七割。中等部から戦闘参加可能になるため、『闘人生』入りする生徒も少なくはないが、あれはそんな生半可な覚悟では決して生き残れない。タダの喧嘩とはわけが違うと、彼らの戦闘を見ておれはいつもそう思う。
 武器は本物の銃を使う人もいれば、殺傷能力のある刀を使用する人もいる。ひとたび戦闘を開始すれば、負傷は必至。それどころか、ケガで済めばまだいい方かもしれない。なにしろ噂では、かつては死者も出たと聞いているから。

 

『救護班に告ぐ。救護班に告ぐ。至急、高等部第三教室前へ。闘人生を保護せよ。繰り返す――』

 

 突然の校内放送も日常茶飯事だ。一般生徒は不安そうな顔を見合わせたり、野次馬として現場へ足を向けたり、ただそれだけしかしない。
 『闘人同士の戦いに介入厳禁』、そんなルールがいつの間にかできあがっていた。彼らに関わると、無関係な生徒にまで被害が及ぶためだろうが、在校生の過半数は一般生徒。闘人生たちの戦闘に巻き込まれないように肩身を狭くしているのが大多数の生徒なのは、あまり納得できないことだ。関係がない生徒にとっては迷惑の他何者でもない。しかし、戦闘の時間は短いし、その間だけは遠巻きに見物できないこともない。必死になって戦う闘人の姿を見るからか、苦情を出す奴もいなかった。

 

「外傷は見あたらず、しかし肋骨をやられている可能性がある。慎重に且つ迅速に運べ。」

 

 ストレッチャー上に横たわる、恐らく闘人らしき生徒が廊下を渡って行く。苦しそうな顔がちらりと見え、彼を押す救護班の人は真剣な眼差しで足早に過ぎて行った。
 何度かこういう場面に遭遇しているが、見慣れるようなものじゃない。怖くて肝が冷える。臆病者みたいに、本当に恐ろしく思う。

 

「白刃(シラハ)、次は移動だろ。準備しろよ。」

 

 闘人生を乗せたストレッチャーが曲がり角を越え姿が見えなくなった時、声をかけられた。級友の奴からだった。必要な用具を抱えて腕時計を気にする野木 正志(ノギ マサシ)は、英語が得意な高等部の一年。中等部以来のおれの友人だ。

 

「ごめん、行くか。」

 

 ロッカーから用具を引っ張りだして野木に駆けより、おれたちは早歩きで教室へ向かった。向かう途中で野木は、

 

「闘人生に興味でもあるのかよ。」

 

 と、おれに尋ねてきた。いきなりだったので反射的に野木へ振り向き、おれは「なんで?」と不躾に聞き返した。

 

「さっきケガした闘人生を凝視してただろ――」

 

 前を向いて素っ気なく答え、野木はまた腕時計をみた。無駄に広い校舎なため、目的の教室まではすぐにたどり着けない。おれたち以外にも急いで廊下を過ぎ去る生徒が何人もいた。

 

「――それにお前の親戚、あいつも闘人生だし。」

 

 ぽつりと述べられ、おれは内心でドキリとした。そしてすぐに否定のため、おれは喚くように、

 

「あれは特別だよ。おれと違って秀才だし、何やっても優秀だし。それにおれなんかが闘人なんて出来ないよ。体力もない、頭も悪い。……取り柄なんて何も無いんだから。」

 

 自虐を交えて勢いで自ら言ったものの、内心おれは凹みまくっていた。しかしそれは周知の事実だ。泣きたくなるくらい情けない。
 野木はおれを一瞥し、声をひそめて言った。

 

「俺だって英語しか出来やしない。闘人なんてなれないだろうな。」

 

 乾いた笑いを漏らし、野木は教室に入った。今のは、野木なりの励ましなのだろうか。でも英語一つでも出来るんだから、やっぱりおれとは根本から違う気がした。

 闘人生には、どんな生徒でもなれる。闘人生になればそれだけで特典が与えられる。勝てば勝つほど待遇も良くなり、何十万、何百万という報奨金さえ支払われる。将来を約束されて、一般生徒からも注目を集める存在となれる。
 ただしそれらすべては勝者にのみ与えられる褒美。毎年、何十という生徒が参加表明するが、いずれも半年と保たず辞めていく。しかも、ただの一勝をあげることも出来ずにだ。生半可な覚悟で参加し、討ちのめされる。
 そんな過酷で栄えある闘人生の中に、おれの親戚が混じっている。鷲羽 流星(ワシバネ ルセイ)がその名前。現在高等部二年。夜間部に籍をおく、個人戦者一等生の一人。戦いの腕だけでなく、あれは成績も優秀なため常に注目されている。それに容姿もいいから、女生徒にとにかくモテる。『秀才鷲羽』と呼ばれる親戚。……だから。見比べられるのが嫌だから、おれは周囲にこれを話さない。

 

「鷹羽(タカバネ)くん。」

 

 教室に入った途端に級友の新城(シンジョウ)さんに名を呼ばれ、おれは彼女に顔を向けた。新城さんはニコニコと笑い、こっちへ来いと手招きをしている。なんだろうか、呼び出されるほど目立ったことはしていないはずだけど……良くも悪くも普通に過ごしているから。

 

「鷹羽くんは、興味ないかな?」

 

 新城さんの他、三人の女子たちがおれを好奇らしき眼差しで眺めている。主語もなしに尋ねられても、返答に困るだけなんだけど……。おれは何のことかを訊こうとした。しかし、ふと新城さんたちの手にある紙を見たとき、何の事かを理解した。

 

『疑似闘人大会』

 

 そう書かれたチラシ風の紙は、先日校内配布されたものだった。四月の最終土曜日と日曜日の二日にかけて行われるという、一般生徒を対象としたイベントの案内用紙。教室の配布物箱に入れられていたそれは、各自興味ある者や希望者が手にするようになっていた。
 新城さんたちはどうやら参加する気らしいが、なぜおれに声をかけたんだろうか。おれが疑問を口にする前に、新城さんは話し出した。

 

「鷹羽くん、ここに来る前に闘人生の話してたでしょ。だから、興味あるのかと思って。」
「これ、優勝したら報奨金貰えるらしいの。だから、クラスから有志の参加者を結成して、勝利したアカツキには報奨金使って打ち上げパーティーでもしようって話が上がっててさ。」

 

 新城さんに続いて内村(ウチムラ)さんが説明した。なるほどとおれは納得するも、また疑問が浮上した。クラスから誰が参加するというのだろうか。それを口にしながら教室内を見渡すと何人かの人と目があったが、首を横へ振ったりして反応はイマイチだった。まさか、おれ以外に候補がいないという事はないだろうな。
 わずかな不安がよぎるが、それは杞憂に過ぎなかった。

 

「今のところは安井くんと林くんのペアと、吉川くん、松坂くん、中田くんたちが団体戦で、個人戦では細川くん、山岡くん、それに赤坂さんが参加表明を出してくれてるよ。」

 

 新城さんがそのように教えてくれると、中田くん、細川くん、赤坂さんがそれぞれ手を挙げてくれた。他の参加者たちは別の教室で授業を受けるため、この場にはいなかった。おれのクラスの生徒数は45人、そのうち闘人生は僅か二人。その二人も、この教室とは違う教室にいる。
 疑似とは言え素人が戦いなどできるのか、不安しかなかったが、せっかくの大会だしおれも参加してみようかと考えた。勝てるかどうかは別として、参加することに意義を見いだせる気がしたからだ。中等部時代、おれはあの秀才鷲羽に気後れして何ごとをやるにも遠慮ばかりしていた。まあそれは、あれのせいじゃないけど、とにかく一度くらいは目立ってみたいと思う。

 

「白刃、やるのか。」

 

 新城さんには一応の形ではあるが参加を表明して席へ戻ると、野木が小声をかけてきた。廊下を歩いてた時に言っていたことは嘘だったのかとでも思われているのだろう。おれは素直に本音を口にした。

 

「闘人って言っても所詮は素人の疑似戦闘だろ。彼らみたいな本物の戦士よりは、安心して戦えそうだしさ。野木も参加してみたら?」
「俺はパス。」

 

 間をおかずに拒否し、野木は自分の席へついた。なんだかいつも以上に冷淡な様子だ。なにか理由がありそうな気がしたが、英語担当教師が入って来たため、おれの思考はそこで中断した。

 大会の日まではあと十日。この時のおれはまだ、未来に待ち受ける事態なんて全く知らずにいた。

 

 たった10日の日数など、普段通りの生活をしていれば、あっという間に経ってしまう。たいしたトレーニングらしき事もやらないまま迎えた、四月最後の土曜日の朝。休日であるにもかかわらず、多くの生徒が第二運動場に集まっていた。

 

「お祭りみたいな雰囲気だな。」

 

 疑似闘人大会に参加しない野木は、観戦目的の他の生徒同様、普段着で来ていた。おれは高等部の黒色ジャージを着ているが、これは大会参加の意思表示となる格好だ。参加生徒は各学年指定のジャージ着用とのことで、おれのほかにも黒ジャージを着る人や、中等部指定の紺色のジャージを着ている人が何人もいた。
 それにしても、とおれは辺りを見渡した。

 

「この屋台は……まさに祭りだね。昨日用意したのかな。」

 

 朝早い時間ではないが、やたらと生徒が往来するのは、恐らくこの屋台の列があるからだろう。よく見ると初等部らしき子どもたちさえ、はしゃいでいる様子がうかがえた。今日明日の大会中は、高等部校舎の第二運動場は全面開放になるようだ。

 

「白刃、そろそろ受付開始の時間じゃないか?」

 

 野木が言い、『闘人生協議委員会』の幕舎へ振り向いた時、校内放送が前触れなく響き始めた。

 

『皆さん、おはようございます。午前八時になりました。ただいまより受付を開始いたしますので、疑似闘人大会に参加される一般生徒のかたは、受付まで集合ください。』

 

 抑揚のある女子の声だ。おれは野木から「ケガに気をつけろよ」と励ましを受けてから、受付へ向かった。
 受付には予想外に多くの生徒が集まっていて、なかには仮装大会と間違えたのかと思うような格好の生徒までいた。しかし、ジャージ着用ならばどのような姿でもいいのか、妙ちくりんな被りものをした生徒たちも受付を完了して、意気揚々と列から抜けていった。

 

「目立ちたい人にとっては恰好の舞台なんだね、この大会は。」

 

 級友の大会参加者の一人である赤坂さんが、笑いを堪えながら先ほどの被りものの生徒を見た。たしかに、この大会は勝てば報奨金がもらえるし、そうでなくても多くの生徒の注目を集めることができそうだ。お祭り騒ぎの好きな人にとっては素晴らしい舞台なのだろう。
 しばらくしてようやく順番が回り、おれを含め級友たちの受付は無事に完了した。

 

「午前の予定表ですので、時間厳守の行動をお願いします。大会中お困りのことがあれば、生徒会の証である白ジャージを着用した生徒に申しつけください。」

 

 受付の女生徒は人数分の紙を配布し、「がんばってくださいね」と激励してくれた。おれは予定表に目を通した。

 

第一種目『ドッジボール』場所・開始時刻:中等部西体育館・午前九時~
第二種目『バレーボール』場所・開始時刻:中等部東体育館・午前十時~……

 

 一時間刻みでそのように予定が書かれてある。しかし、この内容は全く闘人と関係がない。これではただの球技大会だ。おれだけではなく、級友たちも同じ疑問や意見を持ったようだった。

 

「拍子抜けだなあ。疑似闘人だなんて言うから、一対一の格闘かと思ってたのに。」

 

 山岡くんが頭を軽く掻いて、みんなを見回した。彼と同じ考えだった人は頷いて、不思議そうに紙へ視線を落としていた。細川くんもまた予定表を下まで見終えると、

 

「団体の球技しか種目がないね。さっき受付で個人戦と団体戦で項目が分かれてあったのに、あれってなんの意味もないじゃないか。」

 

 やれドッジボールだのバレーボールだの、細川くんが指摘した通り、確かにこの紙には団体戦の球技の名称しかない。おれたちだけではなく、会場へ向かう他の参加生徒たちからも疑問の声があがっているようだった。
 闘人生協議委員会がなにを思ってこのような内容にしたのかサッパリ分からなかったが、おれたちが第一種目の会場に着くと、そんな疑問がどうでもよくなる状況に遭遇した。
 会場の中は半端ない人の数で熱気がすごい。外野の客席などは満員で、立っている人までいた。この大会はそんなに注目を集めるものだったのかと驚いたが、隣にいる赤坂さんと吉川くんの会話がかろうじて聞こえたため、おれの驚きは納得へと変わった。

 

「今までこんな大会はなかったから、みんな好奇心半分野次馬半分ってところなんだろうね。」
「たぶんそうだな。」

 

 二人の述べた推測はたぶん合致している。現におれが中等部へあがった頃から今まで、こんな大会が催された記憶はない。学園が大々的に行う催し物といえば、学園祭や体育祭、球技大会などの一般的なものくらい。また、この学園特有らしい収穫祭などもあるが、そのいずれも一般生徒だの闘人だのは関係なく開催されている。
 しかし今回のこの大会は、前例のないものだ。例えるならおれたち一般生徒は脇役、闘人生は主役といった具合であるから、当然脚光を浴びるのはもっぱら闘人生ばかり。一般生徒の中にだって優秀な奴はいる。でもやはりスポットライトは闘人生のほうにばかり当たる。
 そういった差別意識を覆したのがこの大会。普段目立てない一般生徒が、疑似とはいえ闘人になることで舞台の中心に立つことができる。ごく一部の腕のたつ闘人生だけではなく、闘人ですらない一般生徒たちだってやれば出来るということを示せる絶好の機会ということだ。
 ……闘人生協議委員会が果たしておれの推測通り、一般生徒たちにも陽の目を当たらせるためにこの大会を開催したかどうかは定かじゃない。でも少なくとも、あながち間違ってはいないとおれは思う。

 

「鷹羽くん。おれたちはCコート配属らしいから行こう。」

 

 細川くんが声をかけてくれた。どうやら級友たちはバラバラに各チームに配属されているらしく、赤坂さんたちも見知らぬ生徒がいるチームへ向かっていた。おれは気づかなかったが、体育館に入ったときに生徒会のかたがチームのメンバー表を各自に配っていたらしい。細川くんに紙を見せてもらうと、10人1チームで構成されていた。人数の関係で9人のところもあったが、全部で16組、160人近い人が参加していることも判明した。中高等部の総人数からしたら数字的には多くないし、体育館だって1000人近い人数を収容できる広さがある。それでも8つのコート分けされているためか、館内は狭く感じられた。

 

「熊チームは全員男子か。それも高等部の。負けるわけにはいかんな。」

 

 ガタイのいい、恐らく高等部二年と思われる先輩が歯を見せ笑った。彼の言った熊チームとは、たぶんメンバー表の囲いの上部にある熊スタンプを見ての発言だろう。各チームには個別の名前の代わりに犬だの鳥だのの動物スタンプが押してあるため、それをチーム名としているらしい。それにしても、かわいいスタンプだ。
 白ジャージを着た人がこちらに来て、あと五分ほどで試合を開始すると告げていった。
 おれたち熊チームは始まるまでにメンバーみんなで挨拶を交わした。ガタイのいい人はやはり二年の先輩で、橋田さんというらしい。彼以外に二年はおらず、残りはおれを含め高等部一年ばかりだった。

 

「ルール説明に来ました。残り時間はあまりないのでサクッと覚えてください。」

 

 軽い調子で熊チームに来たのは、先ほどの人とは違う白ジャージのかただ。明らかに髪を茶色に染めているが、そこは気にせず彼の説明を聞いた。

 ドッジボールのルールは一般通りで、ただし当たり判定が出たら即コート外へ退場せねばならない。制限時間は五分。勝敗判定は相手チームを全員脱落させた時、あるいは、制限時間いっぱいまで両コート内に人が残っていた場合、残り人数が多いほうに軍配があがる。人数が同数であったときは引き分けとなる。
 単純なルールで良かったと内心安堵しつつ、おれはみんなに倣いコートへ入った。
 相手チームには二人ほど女子がいるらしく、また見たところ彼女ら含め6人は中等部の生徒らしい。黒ジャージを着る残り4人は見たことがあった。たしか、バスケ部の人たちだ。いや、彼らはともかく、少し心配になるのは二人の女子だった。おれの不安はどうやらいくらかの参加者の不安でもあったらしい。熊チームのうち何人かが審判の白ジャージへ向いたとき、彼は小さく咳を払った。

 

「予め言っておきますが……本大会は疑似闘人と謳っていますゆえ、基本は闘人の戦闘と同じ方針で行います。男女など無関係、手加減等のハンデは不要と心得てください。――途中棄権は認めます。しかし試合中の状況によっては棄権表示直後に保護できる保証はいっさいありません。よろしいですね?」

 

 相手チームの女子たちに向けられた後半の言葉には、おれも少しびびってしまった。事実、白熱している中に飛び込むのはかなり危ういことだろう。いくらそれが素人同士の試合でも、球の速度は相当なものになる。もしそれが運悪く頭部などに当たったら……想像に難くない。
 女子二人は少し顔を曇らせて見合わせ、それから「大丈夫です」と、果敢にも参加続行を宣言した。なかなか度胸のある子たちだ。

 

「了解しました。では、カウント10。初球は鳥チームより。各自、準備を整えてください。」

 

 審判がコート中央から相手チームの男子へ球を渡した。二つのチームを交互に見て、カウントを開始する。
 客席の応援や雑談が、ふっと消えた。おれは正直、球技なども苦手だ。でも、今日はできるだけがんばってチームに貢献したい。内心でそのように決意を固める。

 

「――開始!」

 

 審判の声があがった途端、中央から審判の姿がなくなり、速球が橋田さんの腕に収まった。まさに一瞬の出来事だった。

 

「いいスリルだ。久々に楽しいな!」

 

 橋田さんが球を放つと同時に相手チームの男子の悲鳴があがった。語弊はない、『同時』である。当たり判定がすぐに出て、男子は左腕をおさえたまま退場した。彼に当たった反動で球はまたこちらのコートへ跳ね返ってきて、橋田さんの横にいた月島という生徒へ渡った。月島くんは橋田さんから「やったれや」と檄を飛ばされながら投げた。
 球は手前にいたバスケ部の男子の腕に収まって、彼は間をおかずにこちらへ叩きつけるように投げた。速球は月島くんの横にいた坂田くんに当たってバウンドし、床に落ちる前に橋田さんが球を拾った。当たり判定は出ず、橋田さんがまた思い切りよく球を放った。

 すごい。みんな本気で参加している。年齢も立場も関係なく対等に戦っている。避けてばかりのおれとは違い、積極的に球を拾いに行っている。相手チームの女子ですら、避けてはいるが球の動きを見て拾おうと努力している……。
 速球が行き交う中で、すでに相手チームは五人脱落、味方チームも三人脱落している。逃げてばかりのおれを大衆が笑っているような気がした。

 

「止まるな!」

 

 突然怒声があがり、衝撃ののちにおれは床へ倒れ込んだ。なにが起きたか分からず状況を理解しようと顔をあげると、橋田さんがおれを睨み下ろしていた。

 

「避けるのは巧いと見ていたが、よそ事を考えてたら反応が遅れるだろうが。」

 

 当たり判定の声が響き、橋田さんはきびすを返した。
 おれを庇って球に当たり、脱落したのだ。理解した途端、おれは肝を冷やして咄嗟に声を出した。

 

「あの、すみません。」
「分かったなら試合に参加しろ。球はそこだ。」

 

 橋田さんが左下へ顔を向けると、床に球があった。おれは申し訳なさと情けなさで泣きそうになったが、立ち上がって球を拾った。
 ドッジボールでは常に避けてばかりであったから、こんなふうに球を持つのは久々であった。今回の試合では、外野に仲間はいない。普段のルールでは適用される『敵コート側の外野に味方を配置』するルールも、今回はない。敵に向かって投げる以外、球の使用法はない。

 

「鷹羽くん、がんばれ。」

 

 細川くんが応援をしてくれた。当たらなくてもいいから、とにかく投げてみようとおれは意を決する。
 狙いを定めて、腕を振りかぶり、力いっぱいに投げた。

 

「――ダブル! 両名退場!」

 

 審判の声は、ただおれを呆然とさせるほかなかった。

 

 

 

第二話

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