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ワタツミの騎士 第2話

ワタツミの騎士 第二話 『審査、通過』 20081022~ 修正20110807(最終更新20180605)

 


 おれの放った球は手前にいた男子の左腕に当たったあと、信じられないが彼の斜め後ろにいた男子の足にも当たり、その後に床へ落ちたのだ。運がいいとか、そんなチャチなものじゃなかった。一番驚いたのは自分自身で、頬を赤くし興奮する細川くんや、チームメイトの人から「すごい!」などの誉め言葉を貰っても、どう反応を返せばいいか分からなくなった。

 

「残り時間一分です。」

 

 審判が時計を確認して言った。相手チームにはあと男子一人、女子二人が残っている。このまま時間が経てば、おれたち熊チームは生存人数判定で勝利となる。しかし、彼ら鳥チームはそう簡単にそれを許してはくれないだろう。おれは気を引き締めて、試合に集中した。

 

「――そこまで! 制限時間いっぱいです。勝者は熊チーム。これで第一種目は終了します。お疲れさまでした。」

 

 結局、最後に相手チームの男子に細川くんが当てて、鳥チーム2人、熊チーム6人でおれたちは勝ち越した。周りを見ると、第二種目の会場へ移動するためか、客席の生徒も参加者たちも体育館から去ろうとしていた。橋田さんが「次行くぞ」と背を向けたため、おれも歩き始めた。
 午前の残りの団体戦もこのチームで行われるらしい。あとはバレーボールやバスケットボールがあるが、やはり委員会の人がなにを思ってこんな内容にしたのか分からなかった。大会は午後の部や明日もあるが、ずっとこの調子ならただの球技大会だ。闘人と名がつくのなら、それなりに似たような格闘もあって欲しいと願うものの、なんとなく望みは薄そうだと感じた。

 午前のプログラムはドッジボールに始まり、バレーボール、バスケットボールと、ことごとく団体での球技で試合自体は白熱した。昼休憩のときは屋台に列をなし、各自参加生徒や観客生徒も祭り気分を満喫していた。おれは野木や細川くんたちと楽しく過ごし、午後一時、大会の後半戦と呼ぶべく午後のプログラム表を受け取った。

 

「あ。変わった。」

 

 受け取ったおれたちは、誰ともなく呟いた。
 表には午前のプログラム同様に会場場所や開始時刻が記載されている。ただ、種目は変わらず球技大会を彷彿とさせるものだったが、その種目は団体戦と個人戦でしっかり分かれていた。

 

「バドミントン、野球のノックとピッチング、テニス……」
「本当にわからないな。結局なにがしたいんだよ、この大会は。」

 

 ついに苛立ちを露わにしたのは、松坂くんだった。彼は団体戦での参加で、クラスでもなかなか気の強い部類の男子だ。だからこのようにハッキリと不満を示せる。思ったことをすぐに口に出せないおれには、彼のようなタイプはまさに憧れの対象ではあった。
 同時配布されたもう一枚には個人戦者と団体戦者の名簿が書かれてあり、おれは少し緊張した。
 今までは団体の中のただの一人にすぎなかったけれど、これからはたった一人でコートに立たなくてはならない。いやが上にもテンションは上がってしまう。

 

「バドミントン、隣同士のコートみたいだから、がんばろうね。」

 

 赤坂さんが楽しそうに笑いかけてくる。彼女もおれと同様、個人戦者なのでたった一人で試合に臨むことになっている。そう考えたら、おれは少しだけ気が楽になった。
 そう自意識過剰にならなくても、同時にいくつかの組の試合が行われるんだ。観客全員の目がおれに向くなんて事態にはならないだろう。そう自分に言い聞かせると、体の震えも収まってきた。

 

「じゃあ、健闘を祈るよ。みんな、がんばろう!」

 

 細川くんが気合いを入れてくれた。各自移動をし始め、おれもまた赤坂さんと試合会場へ向かう。

 

「鷹羽くん、さっき見た?」

 

 人の往来の中で、赤坂さんが訊ねてきた。主語がないと分からないと笑って返すと、彼女は「そうだね」とつられて笑った。

 

「紺色ジャージを着た子なんだけど、ちょっと怖い感じのお面をつけてたの。異色な雰囲気ってああいうのを言うんだろうなあ。他の派手な被りものをした生徒たちより、目立ってたよ。」

 

 彼女の話を聞き、物好き集団の中でも異彩を放つらしい中等部の生徒はどこか、おれも見回してはみたけど、こうも人が多いのでは見つけられるはずもなかった。
 バドミントンの個人戦者に与えられた会場は、高等部第一体育館だ。広さはかなりあり、コートの数は10個、それでもまだ若干の余裕があるほどだ。おれはEコートで、隣のDコートに赤坂さんが立つことになっている。
 午前に行った第一種目のときよりも観客は少ない。たぶん、団体戦者の試合も同時に行われるために観客が分散したのだろうと予想した。試合開始時間まであと10分はある。おれの対戦相手は高等部の男子生徒らしい。明るくて社交的な性格らしく、彼は「一年の筒井だ。よろしく」と握手まで求めてきた。俄然、緊張と期待が高まったところで、ふと隣のDコートを見ると、赤坂さんの対戦相手も来たようだ。しかしおれは、その紺色ジャージの生徒を見て驚いた。

 

『怖い面をつけた中等部の……』

 

 赤坂さんが言っていた生徒とは、あの生徒か。たしかに人目を引くとおれは思った。
 面は狐を模したもの。それも、決して可愛らしいとはいえない、言うなれば能や狂言に使用されている面などを彷彿とさせ、異様な雰囲気を放っている。着用している生徒は男子とも女子とも分からない。背の高さは男子にしては少し低いが、女子にしては高いように思われたためだ。体の細さから女子だとは思うが、確信はもてなかった。

 そうこうしているうちに、審判がマイクを使ってルール説明をした。館内に響きわたる明確かつ簡易なルールは、すべての生徒にすんなりと理解できたようで質問者もいなかった。
 サーブはこちらからで、おれはシャトルを受け取った。

 

『各自準備は整いましたか? リミット無制限、15点先取目指して努めてください。』

 

 各自がラケットを握りなおし、審判の開始の合図を待機する。一瞬だけ館内が静まりかえった。そして、

 

『開始!』

 

 審判の声と同じくして観客がどっと沸いた。
 おれの打ったシャトルは低い位置でネットすれすれを通過、筒井くんのラケットは空振りし、すかさず審判が得点をカウントした。なかなかいい感じのサーブが打てたことに、おれ自身が驚いた。

 

「鷹羽くん上手だなあ。負けてられないや。」

 

 筒井くんのやる気を刺激したようで、彼はにやりと笑った。
 ただのまぐれだと自覚していたおれは、再びサーブを打った。今度もまたネットすれすれを飛び越えたシャトルを筒井くんが拾い上げた。大きく弧を描き、シャトルが向かってくる。左手を握り、右腕を下へと振り降ろした。シャトルはネットの上に触れたが、相手コートへと滑り落ちた。信じられなかった。ただの偶然が二度も重なったのだ。

 時間無制限の利点は時間に焦らされることなく存分に戦っていられること。欠点は、両者譲らずの互角状態が続くといつまでも勝負が決さないこと。それを思い知らされたのは、開始10分が経過する頃だった。
 おれと筒井くんは追いつき追い越しの繰り返しで、15点をデュースで迎えたあともなかなか互いに引かずに試合が長引いていた。他のコートではもう試合を終えたところもあるらしく、かなりの白熱を見せるおれたちの試合を観戦し始めているようだった。おれは疲れてきていたものの、それは筒井くんも同じで、口を開けて荒い息を吐いている。手を抜けば勝負は決まる。でも、互いに意地があるからそんなことはしたくない。ポイントや観客の視線なんて、もはやどうでも良くなっていた。ただ、どちらが先に根をあげてしまうのか。そのことだけしか頭になかった。
 開始からどれくらい経ったか分からない。長びくラリーにおれは限界を感じはじめる。しかし試合の終止符は、筒井くんの空振りによって打たれた。

 

「試合終了! 勝者は高等部一年の鷹羽白刃!」

 

 審判が息巻いて叫んだ。周囲から拍手喝采が沸き起こり、呼吸もままならないおれと筒井くんはその場にしゃがんだ。Dコートで対戦していた赤坂さんが傍らに来て、「すごい」を連呼した。

 

「27分だよ、開始から27分! 31点で勝ち越し! 鷹羽くんすごかったよ。最後は二分くらいラリー続いたし。お疲れ!」

 

 はしゃぐ赤坂さんを、おれは眺めていた。声を出すのもしんどい。喉はカラカラに乾いている。汗もダラダラで、軽くめまいがした。

 

「お疲れさま。鷹羽くん。良ければこれ使って。」

 

 不意に声がかかった。見れば、白ジャージのひとが居た。黒髪の背の高い女生徒だ。彼女は携帯用酸素ボンベとスポーツドリンクとタオルを持っていて、おれはかすれた声で礼を言ってから受け取った。少し声を出すだけでもジンジンと喉が痛い。それに頭も痛い。酸素ボンベで体内に酸素を取り込み、スポーツドリンクを一気に飲み干す。少しだけ息が整ってきた。

 

「素晴らしい試合だったよ。みどころあるね、君。」

 

 白ジャージのひとはさも嬉しそうに笑顔のまま去っていった。
 体力もだいぶ回復してきて、思い出したおれがあたりを見渡すと観客の姿もまばらになっていた。赤坂さんに気をかけてもらいながらも、おれは次の試合会場である高等部第三運動場へ向かった。

 

「私、さっきの試合ね。あのお面の子とやったんだけど、手も足も出せず、惨敗しちゃったんだ。」

 

 隣を歩きながら、赤坂さんは苦笑した。聞けば、15対3で開始5分とかからずに負けてしまったらしい。ラリーも粘ったのだが、相手の子は的確な場所を突いてくるために、拾っても即座に見事なスマッシュでことごとく点を獲られたと。相当バドミントンが得意なのだろうか。いや、もしかしたら今までの試合も好成績なのかもしれない。中等部の正体不明お面生徒は、移動する観客や参加生徒たちの話題にあがっていた。何学年の何組の生徒なのか、女子なのか男子なのか、なぜ面を被っているのかなど、憶測や想像があちらこちらから聞こえた。たしかにすごそうな生徒だとは思うけれど、所詮は他人事なので、おれは話半分に聞き流していた。
 第三運動場にはすでに観客が詰めかけていて、わいわいがやがやと騒がしかった。細川くんたちとも合流して、おれは次の種目に臨んだ。

 

「――次で最後だね。」

 

 野球のバッティングとピッチングは滞りなく行われ、残る試合はテニスのみとなった。なんだかんだで時刻はすでに16時。観客も参加生徒も誰もが楽しめた祭りだった。こんな調子なら明日の大会はもっと参加者が増えるような気がした。大会の流れや様子を眺めて、どんな感じであるのか把握できただろうから、きっと明日は参戦したいと熱望するひとがたくさんいそうだとおれは思った。

 

「最後も楽しもう。1Gいくぞ!」

 

 クラス委員を務める林くんが言う。最後の種目にもなると、さすがに人目もあまり気にならなくなってきた。存分に楽しむことを決め、おれたちはそれぞれの会場へと赴く。
 個人戦者の会場は中等部西テニスコート。8コートある広いコートだ。おれの試合は終盤に組まれているため、しばらくは見学をすることになる。一番左端のコートを見たとき、おれは「あっ」と小声を発した。
 あの狐面の子がいる。相手は高等部二年のテニス部のひとだ。彼は、学園で月に一度配布される新聞部による学園通信によく特集されているので、顔は知っていた。名前はたしか、久米島(クメジマ)だったか。下級生女子から人気が高いと聞いたことがあるので、腕はいいに違いない。

 

「鷹羽くん、あの子の試合、観にいかない?」

 

 赤坂さんも狐面の子に気づいて、耳打ちしてきた。断る理由なんてなかったため、おれは彼女と一緒に場所を移動することにした。
 狐の面を被った生徒は、テニス部の男子生徒相手に互角に戦っている。凄まじいラリーの応酬だ。ギャラリーの大半はそのコートに釘付けになっていた。横で試合をする生徒も、自分たちの戦いに集中できないらしく、しばしば試合の流れが止まっていた。

 しなやかで俊敏な動きをみせる狐の面の子。しかしその姿は、おれにはなんだか必死そうに映った。顔が見えないために断言はできない。でも、なんだかあの子は鬼気迫る様子で、球に食らいついていく。相手の先輩もそれに気圧されているのか、歯を食いしばってラケットを振っている。観るひと全てが見守ってしまう試合の白熱ぶりだ。

 

「そこまで!」

 

 狐面の子がネットに球を食い込ませた瞬間に審判が下った。危ういところでテニス部の先輩が勝ち、試合が決した途端、ギャラリーが一際爆音を奏でた。乱れた息を吐く先輩に、狐面の子はお辞儀をしてコートから速やかに、逃げるように立ち去った。何人かの野次馬が呼びかけていたが、歩みを止めることなく狐面の子はいなくなった。
 観客は皆興奮しきった様子で今しがたの試合の話をしている。あの子はいったい何者なのか、おれの好奇心もようやく揺れ動いた。
 他方で、おれの試合はというと、運悪くテニス部のひとと当たってしまい、ここにきて一敗を喫してしまった。でもなかなか楽しかったのでそこまで悔しくはなかった。これで全日程が終了し、祭りも一旦休憩になった。

 

「運動神経いいじゃないか。なんで今まで隠してたんだ。」

 

 寮への道すがらに、野木が「すごかったな」と今日の試合の感想と共にそう言ってきた。おれは、今まで目立ちたくなかったし、自信がなかったから積極的に運動をしなかっただけで、運動神経がいいことを隠すために運動から離れていたわけじゃ、決してない。だいたい、自分でもよもやこんなに球技ができるとは思ってなかったくらいだ。まぐれにしては怖いほど運がいい。
 途中、見知らぬ生徒から「すごかったね」とか「かっこよかった」とか誉められて、おれは嬉しいより恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
 夕食は豚肉のしょうが焼きで、たくさん動いたからかお腹が減ったおれにはたまらないご馳走だった。夕食をたらふく食べ終え自室へ戻る。一応ストレッチやマッサージはやったけど、筋肉痛がヒドかったら明日は棄権しようと考えながら、おれは眠りについた。

 翌日の朝、おれは昨日の激しい運動の影響もなく、体調万全で朝食の席についていた。今日はどんな大会内容なのだろうと、昨日以上に胸が高鳴っている。朝七時の今、学食に集うのは、今日大会に参加する予定の生徒が大半なようで、みんな明るい顔で大会についてを話していた。

 

「おはよう。白刃、今日の調子はどうだ?」
「野木、おはよう。筋肉痛もなく万全だよ。」

 

 生徒の波が食堂にやってきて、その中には野木もいた。配膳を受け取りおれの前の席へつくと、彼は「今日も活躍期待してるよ」とからかい気味な感じで応援をしてくれた。
 焼き鮭の小骨を皿の端へ避けていると、今度は細川くんたちが来た。

 

「おはよう。今日もがんばろうね、鷹羽くん。」
「優勝してクラスのみんなと盛り上がろう。」

 

 期待と気合いを言葉にし、おれたちは朝食を食べながら話をした。話は昨日の大会全体の感想から自然と、狐面の子の話題へ移っていった。

 

「女の子だと思うけど、なんでお面なんて被ってるんだろうね。」

 

 赤坂さんも女生徒と判断しているようだ。林くんと吉川くんは、「女の子なのか」と驚いていたが。あの体型は運動部の女子のそれと似ているから、おれ含め他の級友たちも女子だと思っていると口にした。
 最初に食べ終えたおれは一度部屋に戻り、黒のジャージに着替えた。ルームメイトの五木(イツキ)くんはまだ寝ているようで、寝息が聞こえる。彼は闘人生だ。他クラスの友人と組む団体戦者。だから今日のこの大会には全く関心がないようで、昨夜も「ああ、今日大会だったんだ」くらいの反応をみせただけだった。とは言え、団体戦者二等生の実力の彼が、こんな素人同士のお遊びに興味をみせるわけがないか。
 静かに退室したおれは、昨日同様、野木と第一運動場へ行くために彼の部屋へ向かっていた。しかし、廊下を曲がったところで、おれはいきなり腕を掴まれた。びっくりして顔をあげると、白ジャージが見えた。生徒会役員の証の、潔白色。左耳にイヤーカフスが見え、上級生と思われた。身長はおれより高い。男のおれよりも。

 

「鷹羽白刃くん、だよね?」

 

 掴んだおれの腕を解放し、彼女は訊ねてきた。「はあ」とそのように気の抜けた返事を漏らすしかできなかった。なんだ、一体なにをされるんだ。昨日は悪い意味で目立ってしまったから、呼び出しを食らったのだろうか。
 びくびくとするおれに勘付いたのか、彼女は、

 

「悪い通達じゃないから大丈夫。」

 

 と苦笑いしていた。悪かろうが良かろうが、いきなり生徒会のひとが現れたら誰でも警戒するだろう。なんて生意気な口を叩く勇気もなく、おれは彼女の言葉を待った。

 

「私、木更津アオイって言います。見ての通りだけど、所属は闘人生協議委員会ね。」

 

 軽い紹介をしてから、木更津さんは切り出した。

 

「今日の大会では、昨日とは全く毛色の違うことをします。まず、昨日有望ぶりを見せた人のみを選抜して、そのひとたちだけが参加者となれます。飛び入りも認められていません。我々の選考をクリアした人たちだけで、疑似闘人としてトーナメントを行っていただきます。」

 

 ずらずらと説明をされ、おれは一瞬頭が真っ白になった。昨日のあれは予選だった? 今日が大会の本番? でも、なんでおれ一人にこの説明をするんだ。校内放送とか、いろいろ手だてはあるだろうに。
 そんな思いが顔に出ていたらしい、木更津さんは「ちなみに、」と話を挟んで教えてくれた。

 

「この通達は生徒会役員が直々に各参加者に伝えています。君含め、今日の大会には15名の生徒が我々の厳選なる審査を突破して、選ばれました。そして、君たちには戦闘を行っていただきます。」

 

 なにを言っているのか。混乱は長引くばかりで、おれは背に嫌な汗が流れるのを感じた。

 会場は高等部東体育館。集合は現地に、時間は九時半を厳守すること。棄権の場合は生徒会に速やかに申し出ること――


 夢心地な気分で、おれは東体育館へ向かっていた。今まで特技や自慢できることが何一つなかったはずなのに、なぜか協議委員会のお眼鏡にかない、さらには審査さえ突破して、闘えだって? それは、無茶な相談だ。なにせおれは格闘技や武術なんてやったことがない。唯一の経験といえば、中等部の頃に体育の授業で柔道をやったくらいだ。そんな素人同然のおれに、闘えなんて、恥をさらすだけだ……。

 なにを見込まれてしまったのか見当もつかない。こんな冴えない男子生徒に目をつけて、公開イジメでもやる気なのか。最悪だ。逃げたい。
 棄権も告げずに姿を消そうかと、おれが踵をかえしたとき、後ろにいた生徒と危うくぶつかりそうになった。寸でのところで相手がうまく身をかわしたために衝突せずに済んだが、おれは咄嗟に「すみません」を言った。そして、気づいた。
 狐のお面の子だった。彼女はおれに会釈をしただけで、なにも言わずに会場の方向へと進んでいく。
 そうだ。おれなんかが選ばれているんだから、あの子は確実に選ばれているに違いない。後ろ姿は威風堂々としていて、そこいらの男子よりも立ち居振る舞いが凛々しく見えた。
 あれくらい、おれにも自信があったらいいんだけどな。おれの場合、必要以上に卑下する理由は、自信ではなく自惚れになってしまうことを知っているからだった。いつだってそうだ。うまくいったからと言って、調子にのると今度は失敗する。なんでもそうだ。運動も友人関係も勉強も……。それが嫌で、どうにかしたくて、おれは意識して自分を下へ下へと追いやった。優秀な親戚の存在もまた、一因ではあるけれど、それはただのこじつけだ。
 おれが今回この大会に参加した理由は、自分に自信をつけたかったから。普段から臆病者でなににつけても素直に喜べなかった自分が、本当に鬱陶しくて嫌だったから。だから、苦手な人前で目立ってみて、少しでも意識改革がしたかった。
 おれは拳を握り、目尻を拭った。逃げてどうするんだ、せっかく巡ってきたチャンスなのに。考え方を改めて、おれは自分に言い聞かせた。

 

「鷹羽白刃くんだね。これがトーナメント表。裏にルール説明があるから、よく読んでね。」

 

 東体育館の裏に位置する場所が集合場所だった。白ジャージの人が、「がんばってね」と紙を渡してくれた。知らない名前ばかりが並んでいる。おれは第三試合目に組まれてあった。
 体育館内を覗きみると、客席は全て埋まり、まだこれからも観客生徒が来るようで、通路も混雑していた。まるで、『公開戦闘』のようだ。緊張はさらに増し、おれは心音が爆発しそうなほど速く大きく鳴っているように錯覚した。

 勝てなくても、一回戦敗退でも別に恥ずかしいことじゃない。闘人生協議委員会のひとに見初められたというだけでも、すごいことなんだ。
 励ましとも言い訳ともつかないことを考え、おれは深呼吸をする。そうだ。むしろ、負けて当たり前なんだから今さら怖がることはない。さっとやって、さっと帰ろう。それで、明日からまた『いつも通り』の学園生活を送ろう……。

 

「鷹羽くん、そろそろ準備に入ろうか。」

 

 聞き慣れない声がおれを呼んだ。準備、って。おれがハッとして振り向くと、後ろには白ジャージの女生徒がいた。彼女の左胸のあたりには徽章のようなものがあり、それには緑の星が三つ、縦に並んでいる。なにより、彼女の首からは……

 

「闘人生……主将。」

 

 ワタツミ章は、闘人生の主将が首から提げる、『命』そのもの。間近に見るのはこれが初めてで、その形は、マレーシアのマーライオンのようにも似ている。ただし、このワタツミ章は獣と魚に加え、人間のような顔と腕を持っているため、全くの別物だとすぐに判断した。
 あまりにもワタツミ章を凝視していたためか、女生徒は小さく笑った。

 

「これ、もしかして初めて見た?」
「はい。」

 

 興味津々な様子を笑われたのかと、おれは少し俯く。しかし彼女は「ああ」と、おれと同じ学年であることを告げ、敬語は不要だとも言った。

 

「高等部一年B組の速水咲子(ハヤミ サキコ)だよ。個人戦二等生の闘人生。私が鷹羽くんのサポートを務めるのでよろしくね。」
「えっ。なに。サポートって?」

 

 何のことか分からず聞き返すと、速水さんは「えっ」と逆に驚いた声を出した。

 

「トーナメント表の裏、ルールのところに書いてなかった?」

 

 裏? ああ。そういえばルールが記載されているとか言っていた。おれは表のトーナメント図を見たときに、緊張感が一気に高まってしまったため、ルールが書いてある裏部分のことをすっかり失念していたのだ。慌てて表を裏返して確認すると、ルール説明より下の部分には確かに『なお、戦闘には危険が伴うため、参加者には現役闘人生によるサポートがつきます。』と書かれてあった。なるほど。これなら、不慣れで勝手が分からない素人でも安心して挑めそうだ。

 

「鷹羽くんの戦闘までにはまだ時間はあるから、今のうちにルールと戦闘についての話をしておくね。ついて来て。」

 

 速水さんは東体育館に背を向け歩きだした。

 

 

 

第3話

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