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ダンパツショウジョ 試し読み 第一話

ダンパツショウジョ 第一話 クライベイブ

 県立松平女子高等学校――創立80年という歴史を持つ県内唯一の女子校。校舎の中は古く、創立当時から女子校として機能していたために各棟には男子トイレがない階が存在するなど、通常の学校とは違う特徴を持っていた。「菅野悠依」(かんのゆい)は、この高校に通う二年の生徒。いまは昼休憩中。ひと気のない渡り廊下。その隅に、悠依はいた。校舎壁際へ追い詰められ、視線の先にいるどこかのクラスの女子、その数は三人。悠依の目に映るのは、鈍く光るハサミ。名前も知らない女子生徒たちは、それを無造作にちらつかせる。……命の危機を覚えたのは初めてだった。

「ね。菅野サン。その鬱陶しい髪、切ってあげる。」
「動かなきゃ怪我とかしないから大丈夫。ほら、サッパリしよ?」

 くすくす、後ろにいる女子生徒たちは笑った。悠依の目が見開かれる。ただその瞳には、迫り来る鈍色が映っていた。

 菅野悠依は、「不安障害」を抱えていた。――見知らぬ人が大勢いる場所に長く留まることができない。顔を知っていても、自分より目上の相手、また初対面の人間とはうまく話すことができない。わけもなく、涙が溢れることも多く、そのたびに自分自身の惨めさを実感して、さらに涙が止められなくなる。症状が出始めると、頭は真っ白に、口はからからに乾く。どうしようもなく不安に駆られ、その場でうずくまってしまうこともあった。そんな悠依についたあだ名が、「クライベイブ≪泣き虫嬢ちゃん≫」。「クライ」(泣く)と「暗い」をかけたしょうもないものだが、中学時代などは特にからかわれてそう呼ばれることが多かった。

静かな空間、自身の住み慣れた自宅で聞く、ハサミが裁ち切る音は心地が良かった。半端な長さにされた髪を整えてもらっている間、悠依はただ目を閉じていた。悠依の髪を手入れしてくれる相手は、今もって悠依が最も信頼を置く人。こうして落ち着いていられるのも、すべては彼女の助力あってのこと。

「悠依。こんな感じでどう?」

 ふと、悠依は意識を覚ます。鏡越しに友達の姿が見えた。「荻原凪那」(おぎわらなぎな)は、悠依の親友だ。

 悠依のこの病気に対して、多くの人は煩わしいと離れていった。だが、凪那だけは悠依を守っていてくれた。見捨てずに、悠依のこの症状と向き合ってくれたのは、凪那だけだった。
 凪那は現在も悠依と同じクラス。小学六年生になった時から、中学の三年間も、ずっと同じクラスに振り分けられていた。――その背景にあるのは、誰にも知られることのない事情。……否。きっと薄々とは気付いていることであった。

悠依は短く切りそろえられた自分の髪を見て、満足したように微笑む。それから、凪那へと振り返りお礼を述べる。

「ナギ、ありがとう。」
「どういたしまして。」

 凪那は、ハサミなど悠依の髪を整えるのに用いた道具を片づけながら、にこりと笑った。

 数時間前。悠依は、違うクラスの名も知らない女子生徒たちに、いたずらに髪を切られた。悠依の髪は長く、少し暗い印象があった。別段理由があって伸ばしていたわけではない。悠依の抱える障害が原因で、美容院へ行けなかったことがすべてだった。

事の発端は、今回の出来事よりずっと以前からくすぶっていた。悠依のその通常ではない言動について、事情を知らないほかの生徒たちに良くない印象を与えていたらしく、たびたび事がある毎に噂をされていたのだ。
 あの時、悠依の長かった髪は肩付近の長さに切られ、悠依は取り乱した。校舎内に響く大声で泣き喚き、悠依の親友である凪那が駆けつけたときには、複数の生徒と教師が戸惑い困惑をあらわにしていた。悠依の髪を切った女子生徒たちは、すでに居なくなっていた。
 悠依はその後、教師に「誰にやられたのか」を訊かれたが、答えなかった。これは今回だけのことではない。誰かに罵られたり、いやな思いをさせられても、悠依は決して相手のことを話さなかった。
 自身の身に起きた一切を誰にも語らない理由は、教師を信頼していないから、と言った単純なものではない。様々なことを考えて(利害など関係なく)、話すことが出来ないのだ。悠依は、そういった障害を抱えているのである。


 凪那に整えてもらった髪は軽く、悠依も気に入った。美容院に行けないため、悠依はこうして時々、凪那に髪を切ってもらっている。周囲の人間が提案しなければ、悠依自身は自分に無頓着な節があるため、いつまでも髪を伸ばし続ける。

「悠依、前貸した防犯ブザーはどうしたの?」

 凪那が、床に散る髪の毛を掃く悠依に問う。悠依はついと凪那に振り向いて、「あるよ」と、ごく普通に返す。凪那はきょとんとしたのちに、呆れたように苦笑いした。

「あるよ、じゃなくてね。どうして使わないの。防犯の意味ないでしょ。」

 凪那のもっともらしい意見にも、悠依は「ごめん」としか謝らない。そして言葉とは裏腹に、ひとつも反省などしていないのだった。

 防犯ブザーなんて鳴らしたら、恐らく、みんなに迷惑をかける。結果的に泣き喚く自分も大概だが、機械音は、もっと怖い。悠依はチリトリをぱたぱたとゴミ袋の上で振った。……たとえ凪那が親友と呼べる程度の他人であっても、悠依はどこかで、信頼しきるのを恐れていた。

 ――数年前。悠依が小学五年生のとき。それまで友達として接してくれていた子の『裏切り』。これがすべての始まりだった。
 自分の知らないところ、本人が居ない場所での陰口。それを偶然聞いたクラスメイトが先生へ告げ口をした。それから話し合いへと発展した。
 仲良くしていた相手は、自分を蔑み笑っていた。ただそれだけのこと。されど、それほどのこと。それは純粋な悠依にはあまりに辛い出来事で、ショックはとても大きかった。
 疑心暗鬼に陥って、誰も信じられなくなり、悠依は絶望した。家族さえ信用できなくなった。他人から嫌われている(という被害妄想の)せいで、自分自身さえ好きになどなれない。人の目が怖い、噂話が怖い。次第に町を出歩くことすら恐れるようになり、『誰も信じられない』と結論付けたのは、それから間もなくしてからだった。
 たった一度の、たった一言の『裏切り』が、悠依を壊した。当時、凪那に対してさえ信用できずにいた。けれど、凪那に対する疑心は時間が少しずつ解消してくれた。……ただし、悠依の心だけは、高校生になった今なお完治の兆しはみえなかった。

「ナギ。」
「ん。どうした?」

 悠依が凪那へ声をかける。片付けを終えた凪那は相変わらず、優しい微笑をたたえている。少し安堵し、悠依は、

「いつもありがとう。」

 と、笑顔をみせた。凪那以外、誰にも見せない悠依の笑顔は、弱々しいものではあるが好印象を与える。悠依が安心できるのは、凪那が傍にいてくれるときだけだった。

「なぁに、改まって。照れるじゃない。」

 凪那は頬を染めて、照れ笑いをする。
 短くなった悠依の髪が、窓から入る風に揺れる。穏やかな気候、昼下がり。悠依は、久しく安定した気持ちでいた。

 

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ダンパツショウジョ

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