創作作品展示室

主にオリジナル小説が掲載してあります。

影麻呂シリーズ 第1話

影麻呂シリーズ第1話『初登校』 最終更新20180605    

 

 

「まだなの、影麻呂。」

 

 季節は春、五月の初旬。進学先である県立東野高等学校の桜もすっかり葉桜に なった頃。私は同居人……もとい同居忍の名を呼んだ。もう家を出ないと遅刻し てしまう時間だというのに、彼女は二階の彼女の部屋にこもったきり出てこない 。なにをもたついているんだ。

 

   ――影麻呂が私と年が同じということを知ったのは、彼女が我が家に居着いた夜だ った。  

 

『今年15歳って……私と同じ年齢か。』  

 

  風貌からして年が近いように思っていたけど、まさか同い年とは。私もそれな りに身長は高いけど、彼女はクラスの女子の中で一番長身の私を軽く越す背だっ た。こうして座っているときは特に感じないが、いざ立ち上がってみると私の目 は彼女の鎖骨を眺める位置にあった。  

 

『栄養バランスの良い食事や、体力作りのためにやっていたスポーツは数知れん からのう。早寝早起きも心がけて、こうしてまろが出来上がったわけじゃ。』

 

   茶をすすり、影麻呂は一息吐いた。なんとも説得力のある言い方だ。やはり体 作りのためには、栄養のバランスを考えた食事や、適度な運動が必要なのか。確 かにクラスの男子や女子の中でも、運動部に所属する人のほうが身長が高い気が する。

 ふと私はそこで気がついた。  

 

『学校はどうしてるの。義務教育は受けてるでしょ。』

『まろは通信教育ですでに中学は卒業しておる。』  

 

 ……ちょっと待て。さらりと言った彼女を凝視し、私は聞き返した。

 

『なに。あなたさっき15歳って言ったよね? いつ卒業したの。』

『今年の三月にな。里のしきたりで、まろは15歳ではあるが、16歳として扱 われておる。いわゆる数え年というものだな。』  

 

 数え年ときたか。私はもう彼女のことを疑う気もなかったので、どんなことを 話されても素直に受け入れる心づもりだった。ただし彼女のペースにハマるのは なんとなくイヤだったために表向きはあくまで適当に聞き流していた。  

 

『まろが里を出たのが四月で、今日までの約七ヶ月間はコムを探してさまよって おったわけじゃ。しかし、ようやっとこうして無事逢うことができた。』

『無事、ねぇ。』  

 

 玄関先で逢ったときは確かに無事ではあったけど、直後に私は警察沙汰にまで したのに、それを無事と言っていいのだろうか。しかもこいつ、私が体術を会得 していることを知った途端に襲いかかってきたのに。全く意味が分からない人だ 。

 時計を見遣るとすでに夜の九時をまわり、表通りも静かになっていた。彼女は ……影麻呂は本気で私の家に住み着く気なのだろうか。家に上がり込んだと思っ たら唐突に言われたあのときの言葉が頭をよぎり、私は影麻呂を眺めた。

 

  『なんじゃ。質問か?』

『そう。率直に聞きたい。あなた本当に私の家に居候する気なの?』

『影は常に光と在る。あとは言わずとも分かるな。』

 

   静かな空間だ。本当に我が家に居着くらしい。まあ……仕方ないことなのかも しれない。  

 

『もし私が無理って言ったらどうするの。』

『仕方あるまい。コムには拒否権はないぞ。まろには、コムを護るという使命が あるのだからな。』  

 

 茶を机へ置くと、影麻呂は真剣な目を私に向けた。なるほど。やっぱり私は彼 女に巻き込まれる運命にあるわけか。もはや私は完全に諦めて、彼女自身を受け 入れることにした。

 わざわざ二階にも彼女の部屋を割り当て、こうして一戸二階建ての我が家に、 新たな住人が住み着いた。

 

 

  「影麻呂、早くして。」  

 

 階段をあがったすぐ右側に位置する彼女の部屋。一応ノックと声をかけ、私は 戸を開けた。  

 

「……コム。どうしたらいいのじゃ。」

「……結び方、知らないの?」

「知らんわ。まさか学校の制服がネクタイ着用とは思わなかった。」  

 

 ブレザーの上着はまだハンガーにかけられたまま。学校指定のスカートと白シ ャツは着ているが、ネクタイを首からぶら下げて影麻呂はガラにもなく頬を赤く して愚痴った。料理や洗濯などの家事は完璧にこなせ、たまに私の勉強を見てく れたりした彼女が、まさかネクタイごときに苦戦するとは。やはり苦手なことは あるのだなと親近感を覚えながら、私は彼女のネクタイに手をやった。

 

「遊んでる暇はもうないから。動かないでよ。」

「面目ない……。」  

 

 声をひそめて影麻呂は静止した。さすがに一ヶ月もこの制服を着ているので、 私はささっと彼女のネクタイを結んだ。自分のを結ぶのと、他人のを結ぶのとで は少し要領が違ったけど案外簡単に出来たので内心で安堵する。

 

  「早くブレザー着て。走らないと間に合わないかもしれない。」

「うむ。」  

 

 上着を羽織り、影麻呂は鞄を拾った。二人分の弁当の入った鞄を持ち上げると 、私は階段をかけ降りた。  

 影麻呂は今日が高校初登校だ。実は彼女は私と同じ高校を受験したのだけど、 面接も学科も優秀すぎたので(首席だとか言っていた)、即合格が決まった。し かし入学金を期日までに支払い忘れてしまったため、私よりも一ヶ月遅れで入る ことになったという。どうしようもない天才忍者だ。  

 

「コムはなかなか足が速いのう。」

 

   飛ぶように走るあなたに言われてもあまり嬉しくない。という本音は飲み込み 、私は校門をくぐった。幸いまだ予鈴が鳴るまでに時間があり、遅刻は免れた。

 げた箱で靴から上履きへ履きかえ(影麻呂は事務室側から入らせて)、私は影 麻呂を連れて職員室へ入った。入り口側から数えて三つ目の机の列、真ん中辺り の机に向かう栗色ウェーブの髪の女性の元へ向かう。  

 

「杉山先生、おはようございます。」

「正岡さん、おはよう。あっ。そちらのかたが賢木影麻呂さん?」

 

   担任教師の杉山先生は、私の後ろにいる影麻呂にすぐ気づいた。そりゃ、平均 身長を軽く越す彼女はイヤでも目につくだろう。居合わせた先生方の視線も今や 影麻呂に注がれているようだった。

 

「賢木影麻呂です。今後ともよろしくお願いします。」

「はい。よろしくね。」  

 

 いつもの変な口調ではなく敬語を使って彼女は頭を下げた。杉山先生は「礼儀 正しいのね」と嬉しそうに笑った。

 影麻呂は朝のホームルームのときに杉山先生と教室に来るということなので、 私は一足先に教室へ行くことにした。  

 

「コムリちゃん、おはよう。」

「今日も凛々しいねぇ、コム!」  

 

 廊下を歩いていると、後ろから来た級友二人から挨拶が飛んできた。肩までの 長さの茶髪を三つ編みにしているのが杵島 理矢(きしま りや)。緑色の丸縁の メガネをかけ、濃い茶髪を後ろで一つに束ねているのが中川 由恵乃(なかがわ ゆえの)。二人とは受験のときに仲良くなり、同じクラスだということもあり特 に親しくなっていた。ただし、我が家に変な居候がいることは誰にも言っていな いので、影麻呂とはこれからが初見になる。  

 

「始業式からずっと空いてる席あるじゃない、あそこ今日埋まるらしいよ。」

「へぇ。じゃあ、やっと一年A組全員揃うんだ。」  

 

 教室に入ったときに聞こえてきた会話。毎回思うのだけど(主に漫画の中での 話で)、こういう『転校生情報』っていうのはどこから仕入れて来るんだろうか 。職員室に内通する情報屋でもいるのか。非現実的な……。

 

  「コムの隣に来るんだろうね、転校生!」  

 

 自分の机に鞄を置き去り、由恵乃が後ろから私に抱きついてきた。そういえば 、私の左横の席は影麻呂用に空いていたんだっけ。いつも授業は寝てるから気づ かなかった。  

「男の子だったらいいねぇ。欲を言えばかっこいい背の高い人。」  

 

 理矢もまた傍まで来て、にこにこと私の横の席に目を遣った。どんな奴が来る のか分かっている私は、残念ながら長身ではあるけど女が来ますと心の中で囁い ておいた。    県立東野高等学校は三年前までは県内唯一の県立女子校だった。時代の流れだ かなんだかで男女共学になってから、まだ二年しか経っていないため、男子生徒 の絶対数は今も少ない。一学年は去年より男子が多いらしいが、それでも確か三 十人くらいだと言う。男子はハーレム状態を狙ってここに来たようだけど、以前 までの女子校の名残からか、やはり女子のほうに権力があるみたいで、ハーレム というほど女子からちやほやされていないらしい。……単に男子生徒自身が冴え ていないだけなのじゃないかと失礼な事を考えているのはたぶん私だけじゃない と思う。  

 

「はーい。まだ予鈴は鳴ってないけど席に着いてください。」  

 

 と、突然に杉山先生が入室してきた。予想外のことにみんなは慌てて席へ戻っ た。私の左横には誰もいない。  

 

「たぶんもう知っていると思うけれど、今日はこのクラスに新しい生徒が来ます 。賢木さん、どうぞ入って。」  

 

 先生の話が終わらないうちからざわめきが起き、みんな興味津々で扉を見てい た。間があり、扉が開いた途端になぜか教室内を静寂が支配した。

 真新しい制服には当然汚れもなく、影麻呂は至って普通に歩いて入室してきた 。上履きの音は全くなく、彼女の制服が小さく擦る音だけが教室内にあった。  

 

「賢木さん。挨拶はどうする? 自分でやる?」

「あ。大丈夫です。」  

 

 自分でやるという意味だろうか。影麻呂は先生に笑いかけ、黒板へ振り向いた 。白のチョークを拾い上げる。なぜか私は固唾をのんで影麻呂を見ていた。とい うか、クラスのみんなも彼女の挙動に完全に見入っていた。  

 

 賢木影麻呂  

 

 かなりの達筆ぶりだ。影麻呂はまるで習字の先生のような字で名前を書き、そ の赤い髪を振りかざしてこちらを見ると、腰に片手をあてたまま、  

 

「まろは賢木影麻呂。そこのコムはまろの光じゃ。いびりなどしたらタダじゃお かぬぞ。」  

 

 ……いきなりすぎた。私は硬直し、こちらを指さす影麻呂を恨んだ。クラス中 の目がこちらに向き、しかし誰も一言も喋らない。やめてくれ。この沈黙が痛い 。  

 

「えーと。では賢木さんの席は、正岡さんの隣だから。」

「承知済みじゃ。」  

 

 なぜ口調をいつも通りに戻したとか、なぜ私を話題に出したとか、なぜ左手に 木刀を持っているのかとか……言いたいことがありすぎて、私は逆に何も言えな くなってしまった。彼女は満足したのか颯爽と闊歩し、私の横の席へ座り込んだ 。木刀はいまだ左手に携えたままだ。  

 

「では、これで朝のホームルームは終わりにします。」  

 

 先生は全く変わりなくそう言い、教室から去って行った。扉が閉まった途端、 クラスの皆の時間が再び動き出した。  

 

「賢木さん、なんかすごいね。」

「口調も気にならないくらい美人だわ。」

「背高いよね。モデルみたい。」  

 

 今まで我慢してたのか、口ぐちに影麻呂の感想を言いながら席を取り囲んでい た。クラスの数少ない男子五人もまた影麻呂に興味を示し、遠目から眺めている (影麻呂を囲んでいるのは女子集団のみだ)。  

 

「ねぇ。さっき正岡さんのこと、光って言ってたけど、なに。光って?」

「もしかして、宗教じみた感じだったりするの?」  

 

 かなりの不躾な質問の仕方だ。クラスの子たちに阻まれて影麻呂の姿は見えな いが、さっきから黙ったままの影麻呂に少し不安を抱いた。  

 

「コム、賢木さんと知り合いだったの?」  

 

 由恵乃が来て、机に手を置いた。私は「あぁ」と言葉に詰まり、言うべきかど うか悩んだ。しかしその無駄な悩みはすぐ消えた。

 隣から(影麻呂の方向だ)、机を思い切り叩く音がしたのだ。  

 

「まろの視界からコムを消すな。そこを開けい。」  

 

 左側に立っていた女子がびくりと肩を震わせ(明らかに怯えていた)、さっと その場から移動した。ぽっかりと、影麻呂と私の間に空間が出来、私は肝を冷や して彼女を見た。見たくなかったが、視界の中には青い顔をした女子たちが居て 、怖がる様子で私のほうを見ていた。  

 

「まろは片時もコムから離れることはしたくない。視界から失せるのも困る。ま ろは影、コムは光。分かったなら、まろ達の間に壁を作るな。」  

 

 なんだかいつもと様子が違う。影麻呂の言葉にドン引きしたのは私だけではな く、先ほどまで騒いでいたクラスのみんなも同じであった。  頼むからもうこれ以上喋るな。私は心の中で静かに涙した。

 

 

 

    第2話    

wspcompany.hateblo.jp

 

 

 

Copyright © 2018 flowiron All rights reserved.