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エターナルブレイド 第5話

エターナルブレイド 第五話 『小さな傷跡』 20120326(最終更新20180605)

 


「ナナコ様。祭典当日ではこの衣装をご着用ください。もちろん、石もお忘れなく。」

 

 魔法学校の講師の一人、アスドワ・コネクトさんから渡された衣装は、華美すぎず地味でもない、肌触りの良い素材で作られた服だった。
 一週間なんて時間は、いろんなものに興味を持った私にはあっと言う間に過ぎてしまった。後期が始まった魔法学校で、魔法の授業を見学させてもらったり、借りた本を読んだり、ミシェルをはじめとした白服の生徒たちに構ってもらったり……毎日が楽しくて新鮮で、知れば知るほど、知りたいことが増していく。

 

『リリーン! 第二学生、ウィリー・チーター。第二学生、ロザリー・ルース。』

 

 インコの置物が来客を報せる。今日はウィルとロザリーが私の家庭教師をしてくれるようだ。

 

 私がロザリーに「魔法を教えて欲しい」と申し出たのは、後期が始まったその日だった。いずれは魔法のない元の世界に帰ることを分かっていたため、せめて今だけはこの魔法の世界を堪能したい。迷惑だと思われるだろうか。そんな不安もあったが、ロザリーは呆気なく承諾してくれた。

 

「もちろんいいわ。私たちにとっても、習ったことを教える立場になるのは復習にもなるから。ただ、魔術師でない者が一般の人に魔法を指導する場合は、学院側からの許可が要るの。」
「わたしが取り合ってみましょうか?」

 

 ミシェルがさらさらの髪を揺らして振り向いた。彼女は学院内の首席魔法使いに分類されるスリー・カラーの一人だ。たぶん彼女から頼んでもらえれば、確実に許可してもらえるかもしれない。
 期待が募ったが、白服の一人オーラン・ビシェッドは、

 

「さすがに無理なんじゃないかな。いくらなんでも免許を所持していないのに魔法を教えるなんて、教則に反するよ。」

 

 教則とは教授規則の略。法律と同じような意味を持つようだ。暇なときには必ず本を読んでいる私は、この国のある程度の基本的な知識だけは理解できるようになっていた。とは言っても、まだまだ知らないことだらけだから、彼女たちに教えてもらおうと思い立ったのだけれど。
 そういえば魔法使いには五種の職種(というのかな)があることを思い出す。魔術師《シスター》は魔法学校の教師のこと。免許皆伝した魔法使いの総称。彼らの話を聞く限りでは、この職業でなければ魔法の知識のない人に魔法を教えるのは禁じられているらしい。魔法学校に通わない魔法使い『魔法者《フェディラー》』の場合は、各自が独学によって魔法を体得するため、教則違反にはならないそうだ。なかなかに複雑な社会だと、私は知識を増やしていくにつれて改めて思い知らされた。

 

「では、『学徒の権利』を施行するのはどうかしら。」

 

 ミシェルが不意に人差し指をたてて、そのように提案した。まだ知らない単語だったため、私は首を傾げたが、ロザリーやオーランは、あっと呟いた。

 

「そうだ。スリー・カラーの署名は僕たち白服の総意だものね。」
「でも、ルラは今はご不在よ。」

 

 至極残念そうに息を吐いたのはロザリーだ。特別任務が与えられたルラは今は学院には居ない。それは、単に彼女がスリー・カラーの一人であるからというだけではない。『時の調停者』としての任務だと、こっそりミシェルが教えてくれた。
 しかし、ルラが居ないのでは『学徒の権利』というものは施行できない。どういうものなのかを文脈から察するに、スリー・カラーの三人が賛成してくれれば、提案に許可がおりるということだろう。残念ながらルラは不在だし、スリー・カラーの一人のテオという生徒とは、まだ私は会ってすらいない。得体の知れない外国人の私なんかに署名をくれるわけがないだろう。

 そんな会話をしていた私たちの元へ、一つの影が近づく。

 

「ロザリー、忘れたのかい? 『学徒の権利』はスリー・カラーのうち二人以上なら、有効だってことを。」
「テオ!」

 

 気配なく突然私の背後に現れたのは、青髪の男子生徒だった。白服を着用する彼のその眼は薄紅色で、顔立ちはとても整っている。童話の世界の王子様のようだと、そんな第一印象を持った。
 テオ・ハウンズ。スリー・カラーの一人だと気づいたのはその直後だ。

 

「ルラが署名出来なくとも、ミシェルと僕が署名をすれば、ナコは魔法の勉強が出来るってことだね。これで解決、かな。」
「そうね。テオ、感謝します。」

 

 隣に立つミシェルがテオに頭を下げた。なんだか、童話に登場する王子と姫みたいだと素直に思った。
 彼はふと私へ振り向き、それから微笑した。

 

「こうして対面するのは初めてだね。僕はテオ・ハウンズ。第二学生。あなたが『時の調律者』候補というのは聞き及んでいるよ。よろしく、ナコ。」

 

 こうして、テオとミシェル――スリー・カラーの二人による口添えのお陰で、私はその日の夜から、彼ら白服生徒に限り魔法のことを教えてもらえるようになった。
 図書館から借りた本を参考に、本には書かれていない詳細な知識や事柄を、短い時間ではありながら彼らからたくさん学んだ。興味のあることだからか、あるいは彼らの教え方が上手だからか。中学で習う勉強よりも要領良く覚えることができた。とても楽しいし、興味はいくらでも沸いてしまって、全く飽きない。


 すっかり魔法の世界に順応し慣れてしまったため、時間なんてあっと言う間に過ぎた。気づいたら、もう二日後には賢録古書が開かれるという日になっていて……それでも私は、ウィルとロザリーに家庭教師をしてもらっていた。

 

「小耳に挟んだのだけれど、どうやらエレナ姫様は明日、婚姻会見を開くそうだよ。」

 

 教科書を開きながら、ウィルは何気なくそのように言った。聞いたことのない名前だ。「そう」と興味なさ気に返事をしたロザリーを不思議に思いながら、ウィルに訊ねる。

 

「この国にはお姫様がいるんだね。どんな方?」
「ああ。ナコはまだ存じていなかったんだね。この国には現在二人の王女がいるんだ。エレナ姫様は第9代目の王女様。お生まれがふた月違いの姉であるセレス姫様も居るのだけど、セレス姫様はご結婚の気配がないので、妹君であるエレナ姫様が現在は次期女王候補とされているんだ。」

 

 二人のお姫様。それぞれ名をセレスとエレナ。姉のセレスではなく、妹のエレナが次期女王になるかもしれない……
 複雑な関係性に、私は他人事ながら不安を抱いた。なぜだろう、良くない予感がした。

 

「でも、政略婚の可能性が高いのだよね。顔も知らない相手と結婚なんかさせられて、姫様はおかわいそうだよ。本当にね。」

 

 ウィルの言葉は憫然としていて、寂しげだった。顔も知らない相手と結婚させられるなんて、しかも政略婚だなど、それが事実ならば確かにお姫様はとても哀れだと思ってしまう。場の空気が沈みかけたのを察したらしいロザリーが、「今日は魔法史をやりましょう」と言って手を叩いた。

 

 その日は朝からにぎやかだった。ウィルの言っていた通り、エレナ姫様が婚姻会見を開くそうだ。国民もその話はすでに存じているらしく、祝い事の準備に奔走しているらしい。
 朝食の席で暖かな卵スープを一口飲み、私の隣に座るロザリーが、何てなしに述べた。

 

「ちょうど明日は祭典の日でもあるから、一日早く準備をしているようなものよね。」

 

 昨日の様子からもなんとなく分かったのだが、ロザリーはエレナ姫様のことを快く思っていないようだ。明日に控えた賢録古書開放の祭典のついでに過ぎない祝事だと、どことなく棘が見え隠れする言い方をした。そう感じたのは私だけではなかったようだ。
 彼女を窘めるように咳を払ったのは、白服生徒の一人コロナ・ワークスだった。

 

「ロゼ、そういう言い方はないだろ。……以前から感じていたけど、リーヤとか姫様とか、ああいう類の血族に対してはやたら厳しいよな。まるで妬んで――」

 

 がん、と重々しい音が響く。机が揺れた。周囲のざわめきがふっと消え、にぎやかな朝の空間に、奇妙な静寂が訪れる。
 机に手をついて俯くロザリーは、何も告げずに席を離れた。黒服の生徒たちは怪訝な眼差しをロザリーへ向けていて、彼女が食堂から消えると再びざわめきが戻った。

 冷ややかに、静かな怒りを纏った声。コロナを窘めたのはウィルだ。

 

「コロナ。今のは侮辱でしかなかった。彼女の出身を知った上でのその発言は見過ごせない。食後で構わないが、発言を撤回し、ちゃんと謝罪をするんだよ。」

 

 彼女は席を立ち、ロザリーを追うように居なくなった。こういう場合はどうすればいいのか、私は周りの顔をうかがったが、みんな静かに視線を下へ向けている。頼みの綱のミシェルやテオは今はここには居ない。いま食卓を囲う白服の生徒はコロナ、フラン、アクセスだけだった。
 黒服の生徒たちのほうからは、何やら小声で話をしている気配がする。居たたまれなくて微動した私に苦笑を向けたのは、フランだ。

 

「ごめんね。ナコは普段の通りにしていればいいよ。黒服生徒たちの噂話は、僕たち白服に対するものしかないからね。」

 

 ちらりと黒服の団体に目を遣り、フランはため息を吐いた。あれだけ盛大に場の空気を壊したのだから、黒服の生徒たちが迷惑至極な顔を浮かべるのも無理はない。
 サラダに手をつけてアクセスも息を吐く。

 

「ロゼは優秀なんだけどね。どうにも、彼女は自身の出身を無意識下で足枷に思っているらしい。」
「珍しいことでもねえのに。庶民出身の魔導士だって大勢いるんだ。あいつのああいう態度を見ると、むしろ先者たちに失礼だろ。」

 

 コロナはむっつりと愚痴をこぼした。アクセスが「口を慎め」とまたコロナを叱咤する。それきりでコロナは黙り、私は静かな朝食の時間を過ごすことになった。

 

 気品がある微笑をよく見せてくれたロザリーが、庶民出身という事実をはじめて聞かされた。食事を終えた私は一人、自室へ戻る道を歩いていた。
 ここの魔法学院は、日本の公立中学と仕組みそのものは同じで、学費さえ払えば誰でも通うことが許可される。それは文献にも学院案内にも記されてあった。そして現在私が把握しているだけでも、貴族出身の学院生徒は、全体の半数以上居るようだった。白服の生徒ではルラ、ミシェル、テオのスリー・カラーをはじめ、先ほど知ったばかりだが第一学生であるのに白服という優秀な女学生リーヤ・アテッサもまた貴族だという。ウィル、コロナ、フラン、アクセス、オーラン……。ロザリーを除く9名の白服生徒はいずれも貴族で。白服生の中ではただ一人庶民出身であることを、ロザリーはコンプレックスに感じているのだろう。昔の日本にも階級はあったが、今では一切が排除されて『カースト』とは無縁の国になっている。確かに多少の貧富の差はあるが、明確に『貴族』という部類の人びとの存在はない。


 貴族であることが偉いのだろうか。庶民であることが恥なのだろうか。生まれた家柄によって差別を受けるという経験がない私には、どうにも理解できない感覚だった。ただ、周りと違うことによる不安や疎外感だけは分かる気がした。現に今、私は魔法も使えないのにこの魔法学院に居座っている。事情を知らない黒服の生徒たちからの好奇に満ちた視線は、慣れるようなものじゃない。

 

「あの、少しよろしいですか?」

 

 不意に後ろから呼び止められた。聞いたことのない声に内心不安を抱くが、振り向いた先に居たのは黒服の生徒で、それも女の子が一人だけだったので少しだけ不安が和らいだ。橙色の髪、金の目が印象的なこの女の子は、第一学生で名をメグ・ブレンスリーと言うらしい。

 

「少し前からあなたのことを見かけていたのですが、いつも白服の方たちが傍にいらしたので、なかなか話しかけられなくて。少しお時間を頂いても良いですか?」

 

 白服と黒服の間の不可視な壁は、私にも影響を与えていたらしい。こうして黒服の生徒に話しかけられるのははじめてで、ちょっとだけどきどきした。遠慮がちに私に訊ねるメグに、私は快諾の返事をした。

 

「ありがとうございます。では、暖かい場所へ移動しましょう。」

 

 頬を赤くして嬉しそうな笑みを見せ、メグは「来てください」と歩きだした。

 


2010.2.8
(修正2010.6.12)
修正20120411

 

 

 

第6話

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