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エターナルブレイド 第7話

エターナルブレイド 第七話 『エターナルブレイズ』 20120326 20120328修正(最終更新20180605)

 


 生徒たちの囃し立てる歓声と、ウィルたちがぶつかり合う重々しい音が聞こえる。電気が鳴り、雨が地面を打つ音も聞こえる。
 彼女たちの闘う姿を見ていられなくて、私は自分の足もとを見ていた。膝のそばにおいた自身の指をぎゅっと握り、目を固く瞑った。

 

「ナコ様は、肉弾戦を見るのが苦手なのですね。」

 

 不意にアスドワさんの声が、すぐ近くで聞こえた。顔を少しあげると、深い緑の瞳と目が合った。彼女は膝をついて私と目線を合わせていた。

 

「確かに闘技は非常に野蛮で危うい競技であると思います。ですが、あれは命を落とす危険のない、安全が保証された正式な競技に過ぎません。」

 

 言葉を区切り、今なお激しい遣り合いを繰り広げるウィルたちのほうを一瞥して、深い息を吐いた。感嘆に近いため息だと思った。

 

「伝統ある誇り高き競技の行く末を、このように目を逸らして見届けないのは、むしろ失礼なことなのですよ。ご覧下されば感じられるでしょう――互いの誇りをかけて衝突し合う闘技者たちの姿。少しの油断もない、真剣なあの姿勢。私たち観戦者は、彼女たちの戦いを見守る義務があるのです。」

 

 そっと顔をあげて、アスドワさんの先に見える、ウィルとメグに焦点を合わせた。ウィルは雷を操り、メグは水を操り、互いに魔法を駆使してぶつかり合っている。電撃が一際大きく弾けたが、水の膜でその電光を防ぐ。美酒を譲るものかと、ウィルとメグは本気で遣り合っていた。

 

「彼女たちの勇姿を見ていれば、恐怖心などなくなります。どうか、見届けてください。」

 

 アスドワさんはそのように言い、私の視界からいなくなった。第一学生はメグを、第二学生はウィルを、それぞれ応援しているようだ。強い閃光が走り思わず目を瞑る。再び目を遣ると、メグが肩で息をして地面に降り立つのが見えた。対してウィルは宙に居るが、彼女も疲労している様子が見て取れた。
 また楽器のような高音が響き渡る。どうやらこの音は試合開始、そして終了を報せるものらしいと私は気づいた。

 

「勝ち抜きはウィリー・チーター!」

 

 黒いローブを纏う魔法使いが手を振りあげると、第二学生側から歓声があがった。メグは息を整えながらウィルへ頭を下げ、それから第一学生側へ戻っていく。しかしその足取りは変わらず堂々としていて、見ていてむしろ清々しい感じさえした。
 第二学生が待機するほうへ向かう途中で、ふとウィルが私へ向いた。とても嬉しそうに手を振ってくる。笑顔を作って私は手を振り返した。

 この闘技大会がトーナメント方式に進められていることに気づいたのは、3試合目に突入する頃だった。いつの間にか私は恐怖心をすっかり失くしていて、妙な期待感に胸を踊らせてさえいた。
 次の試合にはオーランが出るようだ。彼もまた私に手を振って、その元気さとやる気をアピールしてくれた。

 

 ――ナコ!


 それは突然だった。声が反芻する。慌てて辺りを見渡すが、近くには誰も居ない。誰、だ?

 

「っ……あ。」

 

 竜……西洋の伝説でよく描かれるような竜の姿が、なんの前触れもなく脳裏を過ぎった。心臓が奇妙に揺れ動く。竜の背には人が乗っている。どうやら女性らしい。ふと明滅して今度は無数の光の玉が空へ昇るのがみえた。大勢の人たちが蒼白してなにかを見上げている。何者かが突如視界に映り、その人は手のひらを私へ向けた。心臓が、痛んだ。

 

「何だ、あれは!」

 

 悲鳴があがる。私は胸を押さえて地面にへたり込んでいた。異常なほどに汗がにじむ。痛い。
 私は痛みを堪えながら顔をあげた。どよめき戸惑う生徒たちの姿。上空に浮かぶ真っ黒のなにか。第二学生が留まるほうから誰かが私の名を叫んだ気がした。

 黒い塊から無数のなにかが私のほうへ伸びてきた。不思議と恐怖は感じない。動けない。見ているものすべてがゆっくり動いていた。

 

「ナコ――!」

 

 誰かが私の名を叫喚する。黒い針のようなものが間もなく私へ到達する前に、赤く熱いものが私の眼前を覆った。揺らめくそれは視界いっぱいに、見慣れぬ衣装を身にまとう、私に背中を向ける人は、ココアだった。

 

「大丈夫です。ナコ。そこで動かないでください。」

 

 ココアの小声ははっきり私に聞こえていた。灼熱の炎を押すようにココアが手を前へ動かす。渦巻いて、黒い塊から伸びる針を伝うように炎が天へ一直線に伸びていく。呆然と、それを眺める私の肩に手を触れたのは、ウィルだった。

 

「……ビアンテ。」

 

 静かに呟くウィルのその横顔は、複雑なものだった。
 黒い塊へ到達した炎は瞬く間にそれを包み込み、徐々に小さくなっていく。

 

「ナコ、無事か。」

 

 空から現れたのはルラ。久々にルラを見て、私はなんとなく安心感を覚えた。心臓の痛みは和らいでいたが、まだ汗はとまらない。傍まで降りたったルラが纏うのは、『特殊装甲衣』だと気づいた。

 

「ルラ、あれは何だ。なぜナコに向いた?」
「……特秘事項なんだ。察してくれ。」

 

 ウィルに尋ねられたルラだったが、言葉を濁して背を向けた。黒い塊を覆っていた炎はすっかりくすぶって、小石程度の大きさになっていた。ココアの隣を行き過ぎて、ルラは地面にあるそれを眺めてから、何ごとか呟いて小瓶へと回収した。

 

「ラ・ビアンテ、礼を言う。ナコを助けてくれてありがとう。」

 

 戻ってきたルラはココアにそう言った。ココアは何を言うでもなく私を見つめている。ウィルもまた何も言わないでココアを見ていた。
 ふと私はめまいを覚えて、地面に手をついた。ウィルに支えられたが、体に力が、入らない。ぼやける視界の中でウィルが私に向かって何か叫んでいるのを見た。

 

 目を開けると見慣れた景色があった。魔法学院内に設けられた、私の部屋。まだ頭は働いていないみたいだ。遠くのほうから声が聞こえてくる。誰だろう。

 

「ナコ、目を覚ましたんだね。」

 

 気配と声を同時に意識する。ウィル、と口を動かすも、声が出なかった。ウィルの後ろにはルラも居た。なんだかバツの悪そうな表情だ。沈んだ様子のルラは、私のほうへ進み出た。

 

「すまない。私のせいで危険に巻き込んでしまった。」

 

 そう切り出したルラ。察したらしいウィルは何も言わないで退室した。

 ルラは私と目線を合わせて、ゆっくり口を開いた。

 

「君を襲ったあれは、『エターナルブレイズ』……賢者様の魔法具現物質なんだ。」

 

 賢録古書に記載されている、かつて偉業を成した偉大なる魔法使いたち。それが『賢者様《フォーセス》』。彼らの所持する魔法媒体物質には精霊が宿るといわれ、特別視されている。そして名称も『魔法具現物質《エターナルブレイズ》』と言って、『賢者様』亡き後も、その名と共に賢録古書に保管されている――文献による知識だが、私はそれを記憶していた。
 だが、しかしルラの言っていることが分からない。なぜ『エターナルブレイズ』が私を襲うんだ。いやそれより……なぜ賢録古書に保管されているはずのそれが、この平時の世界にあるんだろう。
 ぼうっとする頭でも、難しいことを思惟するだけの力はあるようだ。私の疑問を汲み取ったらしいルラは話してくれた。

 

 私と出逢う前から、原因は分からないが賢録古書から複数の柱が飛散してしまっていたらしい。その『エターナルブレイズ』は時空間を移動して様々な世界へ渡ってしまった。あの時……ルラが日本に居たのも、『エターナルブレイズ』を追ってきたからだそうだ。しかし、私の居た世界に『エターナルブレイズ』は見つからなかった……。

 

「『エターナルブレイズ』は、『時者』に導かれる性質があると言われている。……それ(時者)は『時の調停者』と『時の調律者』のこと。だから王属政府は私に『エターナルブレイズ』捜索の特秘任務を与えられた。」

 

 ああ。だからルラは最近学院に居なかったんだ。私は今まで気になっていたことを一度に知り、少し気分がすっきりしていた。ルラが日本に居た理由、学院に居なかった理由、なぜルラがそんな任務を与えられているのかも……全部理解できた。だが、納得がいかなかった。
 いくらルラが優秀な魔法使いでも、彼女はまだ学生。それも16歳そこそこの女の子だ。そんな魔法使いに、あんな危険なものを捜索させるなんて、政府の人は何を考えているんだろう。なんだか憤りを感じて、胃がむかむかした。

 

「先刻も出来るだけ細心の警戒をしいて、『エターナルブレイズ』を追い詰めたのだが……君の『時者』の力に惹かれてしまったのだと思う。私が未熟なせいで取り逃がしてしまって、すまない。」

 

 再びルラは謝罪を述べてきた。私は声を振り絞って「大丈夫」と返した。
 『時者』の力とは、『時の調律者』の力。以前ルラやミシェルが教えてくれた。「未来を視て、それを回避する力」……それが『時の調律者』の使命だと。
 正直、よくわからなかったが、先ほどの胸の痛みと、幻覚のような光景。あれが未来を視るということなのだろう。なぜだか私はそれを確信していた。

 

「ナコ、……君は、未来を視たんだな。」

 

 黙ったまま、私は頷く。『時者』の力が目覚めてしまったから、『エターナルブレイズ』が私に襲いかかってきたのだ。全くブレのない見事な憶測だと思った。

 

「……ナコ。君にとっての悲報を告げさせてもらう。」

 

 考える仕草をやめたルラの真っ直ぐな緑の目に、私は無言で頷く。言われなくてもなんとなく察しがついたのは、たぶんこの魔法の世界に慣れてしまったからかもしれない。

 

「『時の調律者』としての未来可視の力が目覚めたということはすなわち、君は時空間世界の監査局員となって、この世界だけではなくあらゆる世界の未来を救済しなければならない。……そうなれば、君は元居た世界への帰還は先延ばしになってしまう。」

 

 ああ。そんなことだろうと、私はえらく冷静に聞いていた。悲しいという気持ちも嬉しいという気持ちもない。夢心地で、ただぼんやりと考えていた。帰還が先延ばしになるだけなら、まだ耐えられる。一生帰ることができないわけじゃないんだ。そう思ったら、何か特別に感情を抱くことはなかった。

 

 一人きりの部屋の中で、私は天井を眺めていた。どうにも、この世界に馴染みすぎた。ホームシックもあまりない。ルラやミシェルたちがあまりに良くしてくれるから、すっかり帰りたい気持ちも薄らいだみたいだった。ある意味では良いことかもしれないが、いずれ日本へ帰るときに、この気持ちが弊害になるように思えた。日本には家族も友達もいる。今頃、なにをしているだろう。
 先までの無関心な気持ちがふと消えて、急になんだか寂しい感情が芽生えた。お母さん、お父さん……学校の友達に、会いたい。じんわりと視界がぼやけた。やっぱり、日本に早く帰りたい。
 一度郷愁にかられると、しばらくは寂しさが続いてしまうらしい。今までこんなに長く家族と離れたことがなかったため、初めてそれを知る。会いたいよ。帰りたいよ。声にならず嗚咽を堪える。苦しい。寂しい。叫びは声にならず、ただ私は枕に顔を埋めた。

 

 

修正20120412

 

 

第8話

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