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エターナルブレイド 第10話

エターナルブレイド 第十話 『イブの護り人』 20120326(最終更新20180605)

 

 

 ルラが生きる世界と同じ世界にありながら、時空法則が異なる『時空の果ての地』……イブ・シェンカオ。かつて繁栄した都市は今、戦により壊滅し、荒廃した大地が広がっている。

 

「――トニー・ト・イブの人間が流れ星を目撃したとの情報を得た。恐らくはエターナ・ル・ブレイズだと思う。」

 

 古い印象を与える世界地図を広げ、ルラが人差し指を紙上に滑らせる。すっかり見慣れた奇妙な文字、『ウルクス』と書いてある場所で指が止まった。これからその場所へ向かうと、ルラは無言のまま私に伝えた。
 そうして今、私は飛行船に乗って地上を眺めていた。飛行船といっても、形状は海を渡る客船のもので、それが空を飛ぶのはとても不思議だった。

 

「戦で、町がなくなったんだね。」

 

 ルラと一緒に向かう目的地は、昔、戦で滅びた町を持つ国――ウルクス。その町の壊滅を代償に国は復興したという。ルラは船に乗る前に、私にその国の歴史を教えてくれた。……イブ・シェンカオで起きた戦は内紛だったにも関わらず戦渦の規模はあまりに大きく、戦を静めるために使用された闇の禁術の悪効果は、国周辺の大地の時空法則を歪めるほどに絶大な力だった。ウルクスの首都トニー・ト・イブは、復興から2年程度しか経たないが、それはフレイルライズ側からの時空感覚に過ぎず、ウルクス国内ではすでに10年が経過しているらしい。同じ時空間世界にある国にも関わらず、生じる時差のあまりの幅には驚く以外の反応は返せなかった。

 

「時空法則の関係で、入国するにも出国するにもゲートを通過しないとならない。ナコ、『時の調律者』候補の証は決してなくさないで。」
「うん。分かった。」

 

 いつになく強く言われ、少し不安を覚える。
 ルラとこうして賢者様の捜索へ向かうのは、これが初めてだ。あの日――賢録古書が開かれたとき、無数の光が空へ昇るのを見た。それは、一度視たことのある光景で……私は自分の力を信じるのが怖くて、目を背けたかった現実だった。でも、あの女盗賊さんに連れ去られて、あのシフィアという人を見て、また『未来』を視てしまった。それも、悪夢としか思えないような、そんな光景。

 

「ナコ、休んでいて。……『時の調律』の力は、精神負担が大きいでしょう。」

 

 肩を撫でられ、私はルラの緑の目を見る。言葉にはしなかったけれど、彼女は私を心配してくれているのだと分かった。

 ルラたちの元へ帰還したとき、私は緊張が解れたとたんに意識を失ってしまった。それは『時の調律者』としての未来可視の力が原因だろうと、学院の保険医さんが言っていた。魔法と同じようなもので、一般の人間には真似の出来ない膨大な情報網を実際に『視る』行為は、身体にも精神にもかなりの負荷がかかるそうだ。『時の調律』としての力ではないが、いわゆる占い師のような魔法使いもこの国には居て、そういう人たちも個人の未来を視るときは、自分の既視できる範囲を、未来可視できる限界を知っていないと気絶してしまうほどの負担がかかっているのだとか。
 そういう話をうかがうと、魔法なんてものを使ったことがない私が、いきなりそんなリスクの高い力を使ったら、倒れてしまうに決まっていると思う。普段トレーニングをしていない人が、いきなり長距離マラソンをするのと同じような感覚なのだから。
 飛行船は静かに飛んでいる。風による船内の揺れは全くなく、まるで自室にいるみたいな心地だった。清潔感のある部屋の中、白いシーツが整うベッドの上に仰向けになると、間もなくして私は睡魔におそわれた。

 

「ナコ、ナコ。もうすぐ着くから、起きて。」

 

 ルラの声だった。思考はまだ働いていないが、身体は自然と動いていた。窓から外が見え、眠る前と変わらない空の色に気づく。

 

「あれっ……ルラ、今って何時?」
「言ったでしょう。フレイルライズとこの国は時空法則が異なるんだ。」

 

 フレイルライズを発ったのは確か朝の時間帯だった。時差の幅は年単位だけではないんだと知る。首から石がさがっているのを確認して、髪を少し整えると私はルラと部屋を出た。

 

「行こう、ナコ。」

 

 ルラについて飛行船から降り立つと、強風にあおられた。思わず瞑った目を開けると、その先には町があった。――私たちは建物の中に居た。振り返れば、作業をする人が複数、そして飛行船の奥に巨大な穴があった。ブラックホールを思わせるような、そんな真っ黒な球形。あれがゲートというやつだと直感する。

 

「ナコ。」

 ルラに急かされたため、私は彼女のほうへ駆けた。
 建物から出ると、澄んだ空気が私の肺に入り込んだ。日本の町並みに似た通りが眼前に広がる。自転車さえ走っているので、私は日本に帰ってきたのかと錯覚した。

 

「イブの護り人《ガーディア》なら多分、確実だ。」
「イブの護り人?」
「この国は、貴族階級の者が国政を執る。彼らを護る役になるのは、決まって闘技有段者たち。すなわち、この国では魔法使いは貴族の護り人なんだ。」

 

 魔法使いの職業が固定した国、という解釈で合っているだろう。ルラの国では魔法使いは職業選択の自由の権利があった。しかしこの国にはない。同じ世界にあっても、風習は全く違う。日本と外国の文化の違いと同じなんだ。なんだか妙な親近感を覚えた。

 ルラについて行く中で、私は、あれっと思った。ルラはこの国を訪れたことがあるのだろうか。知らない土地を歩くとき、大抵は顔をきょろきょろ動かすものなのに、ルラは周囲を気にすることなく、むしろまるで道を把握しているように突き進んでいく。少しのぼりの道を行き、滑らかなカーブを抜けると、周りの建物や人の雰囲気が突然に変化した。高級な印象の造りの家が立ち並び、先までの通りで擦れ違った人たちとは異なる、きらびやかな衣装を纏う人が複数往来している。それになんだか、刺さるような視線は、言うならば警戒したように冷たかった。

 

「わたしの知人がここに住んでいるんだ。和称は″ミセンヒメ″。」

 

 ルラは言うなり、足を止めた。視線の先には、周りに立ち並ぶ高級感の溢れる邸宅と同じ部類の屋敷。写真で見たことがあるような、ヨーロッパの貴族の住む城によく似ている。表札が門のところに刻まれてあるが、この文字はルラの国の文字とは違うものだった。よって、私には解読できない。
 ルラは右手を表札にかざして、

 

「ルラ・フィン・カーティス。」

 

 名を名乗った。すると、門の鉄柵が消失し(文字通り『見えなくなった』)、ルラは敷地へと立ち入った。
 立派な玄関の扉が鈍い音を立てて独りでに開き、私はルラについて内部へと進む。ふんわりと漂ってきたのは、キンモクセイのような香りだった。
 と、薄い水色に近い銀髪を持つ女性がいた。優しげな青の瞳が私たちに注がれている。

 

「久しくお会いいたしました。ルラ様。」
「パテレア、お久しぶりです。この娘はナコ、『時の調律者』候補。ナコ、この侍女は屋敷で働くパテレアだ。」

 

 パテレアさんはメイド服のような衣装を着ていた。私が『時の調律者』と知ると、少し目を見開いた。

 

「まあ。あなた様が。……ナコ様。ようこそおいで下さいました。私はパテレアと申します。」
「ナコです。よろしくお願いします。」

 

 パテレアさんに案内され、私たちは客室へ通された。ほどなくして紅茶と焼き菓子が振る舞われた。ルラの知人とは、貴族の人なのだろう。ここへ来てようやく知った。

 

「ミストラスは間もなくお見えになりますので、しばしお待ちください。」

 

 パテレアさんが退室し、場に静けさが訪れた。ルラは寡黙な女の子だし、ここは貴族の家だから、あまり騒いだらいけないだろう。ルラの知人は一体どんな人なのだろうか。
 しばらくして、扉が開いた。また、キンモクセイの香りがした。

 

「ルラ。」

 

 女の子の声に振り向けば、そこには黒い髪の女の子がいた。薄い紅色の瞳、年はパテレアさんと同じくらいだろうか。私よりも年上の印象があった。

 

「遥々、お疲れ様。パテレアからうかがいました。ナコ様と仰るそうですね。わたくしはマレラです。」
「マレラさん。……ミセンヒメというのも、あなたのことですか?」
「ええ。和称です。この国では本名に当て字を添える習慣があるのです。」

 

 マレラさんは言いながら、右手の人差し指で空中になにか描いた。金色の光がまるで仕掛け花火のように文字を紡いでいく。さらさらと描かれていくそれに私は、あっと息をのんだ。

 

「このように書いて、ミセンヒメと読むのです。」

 

 空中に浮かび上がる金色の文字。『御羨姫』と、紛れもない日本の漢字が浮いている。まさか、ここは本当に日本なのではないだろうか。どきどきと胸が高鳴った。

 

「ナコ?」

 

 ルラが私の名を呼んでくれた。ハッとして、私は希望を捨てざるを得ないことに気づいた。空中に文字を書ける人なんて、手品師でない限り居ない。日本には貴族階級は現存しないし、第一、家事手伝いとしてメイドを雇う習慣もない。
 興奮を冷まして、私は落ち込んだ。賢録古書から賢者様が散ったあのときから、時空間世界が歪んでしまったのだから、日本には帰れないんだ。また不安が襲ってくる。不意に、私の手を握ってきたのは、マレラさんだった。

 

「ナコ様。不安はありません。事情はルラから聞いています。わたくしも協力しますから。だから、どうか沈まないで。」

 

 暖かいマレラさんの手の温もり。不思議と、不安が和らいだ。
 マレラさんは魔導士で、今は18歳ながらも国役人の一人として在るらしい。今日はルラと私が来るために休暇を取ったとも言った。
 そこまで聞いて私は気づいた。マレラさんは貴族なのに護り人がいない。パテレアさんはメイドでしかない。護衛の人はつけていないのだろうか。
 私の疑問は、間をおかず解消されることになる。

 

「彼女は? 常時共に在るべきものではなかったか?」

 

 ルラが紅茶を一口のんでから、マレラさんへ訊ねた。なんのことか感づき、私もマレラさんを見る。彼女は絶えず微笑を浮かべていて、とても穏やかな雰囲気だった。

 

「イスズはお仕事に行っています。」
「何? 魔法使いは原則護り人以外の職を認められていないはずでは?」
「彼女は『隠士』ですから。町の喫茶軽食堂にいますよ。」

 

 ――イブ・シェンカオへの道なら、彼女はよく存じています。なにせ、イスズの故郷《ふるさと》ですから。
 マレラさんの仰っていた場所は、小さな喫茶店。日本にもあった喫茶店と何ら変わりない、その飲食店。まばらに人は居るようだったが、店内の席はまだまだ空いている。ルラと空いている席へ座ると、注文表を持ったウェイトレスが来た。後ろで一つに括ってある藍色の髪、目尻の赤いアイシャドウは藍色の目を印象づけている。年の頃はマレラさんと同じくらいだと思った。

 

「いらっしゃいませ。……あら。ルラお嬢様ではありませんか。」

 

 彼女の藍の目がルラを捉えると、驚いた声をしたが雰囲気や表情には変化がなかった。ルラは軽く頭を下げると、私へ目を遣った。

 

「急ぎなんだ。ミーヤ、この娘は『時の調律者』候補のナコ。早速で悪いのだけれど、わたしたちを『イブ・シェンカオ』まで案内してほしい。」

 

 ルラがその名称を口にした途端、藍髪の女性が表情を強ばらせたのを私は見逃さなかった。……そうだ、イブ・シェンカオはかつて戦で壊滅してしまった町だ。ミーヤさん(マレラさんの言っていたイスズさんとはこの人だろう)は、そこの出身と言っていた。戦の記憶が蘇ってしまったに違いない。

 

「あらら。それは姫……ミストラスの許可の下で、あたしに命じてる?」
「そう。頼む、ミーヤ。わたしたちには時間がない。」
「……ああ。背けるわけがないじゃん。」

 

 ミーヤさんはどことなく憤りを抑えた様子で頭を掻くと、少し機嫌悪そうに身を翻した。

 

「表で待ってて。すぐに発つよ。」

 

 ウェイトレスの格好から、普段着に着替えたミーヤさんは私たちを町のはずれまで案内した。ミーヤさんは着衣の下、首から提げる石を取り、それを空気へさらした。

 

「自己紹介くらいはさせて。あんたはナコって言ったね。あたしはミーヤ。和称は、『中宮五十鈴(ナカミヤ イスズ)』。その様子だと、ミストラスから聞いてるだろうけど、あたしは隠士だ。ミーヤと呼称して。」

 

 一通り述べたのち、ミーヤさんは石に手を触れて「ハーツ・トランセ」を言葉にした。特殊装甲衣へとナリを変化させた彼女の手の甲には、手鈎鉤が装着されてあった。

 

「あたしは『風』専攻だから、こっち(ハーツ・トランセ)のほうが都合いいんだ。」

 

 歯を見せ、ミーヤさんは右腕を薙ぎ払う仕草をした。地上を這うような風の音がし、直後に私とルラはつむじ風に包まれた。けれど不思議と呼吸はできるし、埃や小石なども気にならなかった。

 

「怖がらないでいい。あたしを信用していれば、あっと言う間に着くから。」

 

 私は風に包まれた身体が軽くなった気がした。ミーヤさんの足下の影が薄くなる。同時に、私の足が宙に浮く感じがした。

 

「いくよ。身体の力は抜いて、怖くはないから。」

 

 風になびくのはミーヤさんの髪と、彼女の特殊装甲衣だけ。私とルラはつむじ風に包まれることで、外気の影響を受けていないらしかった。地に足がつかないもどかしさというか、腰が浮いて奇妙な心地が、どうしようもなく恐怖心を煽った。それでもミーヤさんの言葉を信用して、私はぎゅっと自らの腕を抱いて耐えた。

 

「――ナコ、よく頑張ったね。着いたよ。目を開けて。」

 

 ミーヤさんの声。地に足がついているのを感じた。次いで、視界いっぱいに広がる、荒れ果てた地平線。地面にめり込んだように傾く家屋の屋根らしきもの。土埃の中で、目を引くものはなにもなかった。

 

「出来ればここには、戻ってきたくなかったんだけどねぇ。……姫の用命に逆らうなんてできないからね。」
「ミーヤ、感謝する。ありがとう。」
「礼なんて要らない。ンなことより、あんたたちは、早く用事を済ませなさいな。」

 

 ミーヤさんは左手で軽く宙を掻くと、小声で何事か呟いた。風が弱まり、土埃が晴れて辺りの様子が見やすくなった。

 

「ナコ、石に触れて周りを捜して。」
「分かった。」

 

 ルラの指示通り、私はアスドワさんから貰った石に触り、辺りの捜索を開始する。賢者様のエターナルブレイズは、時を調和する二つの『時者』にのみ従い惹かれるらしい。私とルラの二人で捜したほうが効率がいいというのは、以前ルラから聞いていたため、今、身を持って理解した。

 

「あっ。」

 

 地面に埋没した物質の中に、紙のようなものを見つけた。破らないように周りから掘りだしてそれを手に取る。――写真だった。

 

「セージラァアア!」

 

 突如女性の悲鳴が聞こえ、私は振り返り様に左の肩に激痛を覚えた。
 刺されていた。黒く長いものが左の肩に突き刺さっていた。視線の先に立つ、黒い影を背負った(いや、纏った)人……違う、人ではない。容貌は猿人類と獣が混ざったような、そんな生物が、私の2メートルほど先に居た。

 

「セージラァァ……」

 

 黒い影が動けば、私の肩の痛みが増す。痛い、熱い、怖い。様々な感情がじわじわと、私に恐怖を与えてくる。近づく黒い影は、ぽっかり空いたその目の部分をはっきりと私に向けていた。
 やばい。また『あのとき』みたいに、意識が遠のく。

 

 ――顔は見えない。男だというのは分かる。手になにかを持っている。黒髪の、高貴な女性がそれを受け取った。ダメ、いけない。それはだめだよ。黒い霧が辺りを覆う。明るくなったら、ミシェルが、居た。寂しそうだ。霞むように姿が不鮮明になる。待って、ミシェル。どうして行ってしまうの? 行かないで。いやだ。


「ストラバキア(色よ褪せろ)。」

 

 声が私の鼓膜に響いた。霞む視界に藍の色が映る。

 

「ナコ!」

 

 金髪だ。ああ、ルラか。声から判断した。火傷したみたいな痛みが左肩辺りから徐々に拡大していく。死の概念を予感したのは二回目だった。

 

「ルラ、水の治癒を。循環を良くして。『ツェトローヴァ』。」
「『ゼフィ・マテリヤ』……ナコ、大丈夫。わたしたちが、いるから。」

 

 ルラが慌てている? なんか、ちょっとだけ嬉しい。痛みが熱になり、だんだんと胃の辺りがむかむかしてきた。気持ちが悪い。息が苦しい。

 

 強い痛みが私の意識を起こした。酷い疲労感、吐き気、頭痛、倦怠感。不安が押し寄せてきて、どうしようもなく怖かった。自分は今どこにいる? なにをしている? 考えても、周りを見ようとしても分からなかった。なにを見ても識別できない。見ているのに『外国の言葉を聞いている』みたいに分からない。

 

「ナコ。」

 

 何だろう。音がした。動くという概念がなかった。私の見ている中に金のものが映る。

 

「錯乱――覚醒だね。記憶のしがらみと、混同。知能にも悪効果が表れてる。」

 

 なにか聞こえる。私は藍を見た。なにかが額にかかる。くすぐったい。冷たく固いなにかが私の唇に当たった。
 ミーヤさんが居る。気分の悪さはなくなっている。ミーヤさんが、彼女の石を私に口付けさせたのだ。

 

「お帰り。よく耐えたね。いい子。」
「ナコ、ごめん……」

 

 ルラが私に抱きついてきた。驚いた。こんなに弱気なルラ、初めて見た。
 事情が把握できない私に、ミーヤさんが話してくれた。

 

 イブ・シェンカオで私が受けた襲撃……あれは、『精獣』化したエターナルブレイズによるものだった。『精獣』化するとは、なんらかの外的要因または内的要因によるもので、今回の場合はイブ・シェンカオを覆う負の残念(闇の禁術による傷跡のようなもの)に、石が反応して『精獣』化したのだと。『時者』としての私に導かれた『精獣』は、自覚なく私を攻撃したらしい。

 

「ナコの命を獲るつもりじゃなかったのは、肩の傷跡を見れば分かる。――にしても、あたしの包囲をうまいこと避けて『時者』に近づくなんて。とんだ『精獣』だわ。いや。さすがエターナルブレイズと言うべきかしら。」

 

 ミーヤさんは頭を掻きながら愚痴った。ルラがおもむろに何かを手にした。蛍より強い発光をする物体が、小瓶の中にある。

 

「『精獣』は魔法で踏襲できる。けど、『精獣』化した石を封じ、古書へ帰還させるのは『時の調律者』にしか出来ない。今は古書がないし、ナコは魔法使いではないから、わたしが保管しておくわ。」
「……ルラ。ありがとう。ミーヤさんも、ありがとう。」

 

 喋ると喉が焼けるように熱かった。『精獣』につけられた傷の後遺症なのか、『時の調律者』としての力の代償なのか。私はとんでもない境遇になってしまったんだ。身をもって改めて自分の置かれた立場を理解した。

 

「ミーヤ、今さらだが、聞きたいことがある。」
「なんなりとどうぞ。」

 

 ルラがミーヤに話しかけた。「大した疑問でもないのだが」とルラは前置きをしてから、

 

「隠士とは、どういった職業なんだ?」

 

 イブ・シェンカオを訪れる前にマレラさん、それにミーヤさん本人が言っていた単語。質問をしている暇はなかったが、私もそれは気になっていた。ミーヤさんは笑うことなく、ゆっくり答えた。

 

「隠士ってのは、護忍に所属していながら、仲間に顔を知られてない者のこと。普段は仕事したり普通に生活を送るけど、有事のときは魔法使いとして本業復帰する。あたしの場合、本業は姫の護り人。副業として喫茶店で働いてるよ。」
「魔法使いである以上は政府に素性が知れているのでは? 黙認なのか?」
「公認なんだよ。ああ、あんたが初めてここ来たのは、法律改正前だったね。貴族、すなわち国役人の護り人しか認められなかった魔法使いの就職幅は、イブ壊滅後に大きく変わったのさ。まだまだ制限こそあるけど、今は護忍の他に、職人業に就く者や運送業に就く者など、魔法使いの進出先が拡大したんだ。」

 

 なんとなく、ミーヤさんは嬉しそうに語っているように見えた。戦で故郷を失った代償に、国はより良い方向へ回復している。私は複雑な感情を自覚する。日本も戦争前と後では、がらりと生活が変わった歴史を持つ。私は恵まれた戦争後の時代に生まれ、当たり前のようにケータイなどを使っていたが、それは全部戦争を経て得られた結果なんだ。

 

「なあに、ナコ。心配しなくていいよ。あんたは今は休んでいれば、それでいい。話を聞き流したければそれもまた構わないけどね。」

 

 ミーヤさんの手が私の額に触れる。彼女の手は、鍛えられたように少し厚い皮膚だった。それでも人の温もりがあって、安心感を与えてくれる。

 

「まだ思考は本調子じゃないだろう。ここはミストラスの屋敷。外部防衛の魔法で囲んであるため、部外者や侵入者は来られないから安心しな。思考は使わないほうが回復力はあがる。ゆっくりお眠り。」

 

 優しい手つきで私の前髪をよけ、ミーヤさんは額にキスしてきた。また、キンモクセイの香りが鼻をかすめる。

 

「ナコが目覚めたらまた来るよ。」
「イェイサー。」

 

 傍にルラが居る安心感を覚えながら、私は眠った。


 これは夢だとすぐに気づいた。私は手に、イブ・シェンカオで見つけた写真を持っていた。古ぼけた、セピア調の写真。手にある写真が訴えかけるみたいに、私の思考に単語が駆け巡った。映る三人の親子……母と父と子。中宮の姓、母の名は『ミサキ』、父の名は『セージラ』、そして子の名は『イスズ』……。
 写真を撮ったとき、イスズは8歳だった。嬉しかった。両親と一緒に居られることが、幸せだった。この写真は、撮影したときの個人の感情などの情報を直に教えてくれる。たぶん、魔法の効果。同調するみたいに、私は心がじんわり暖かくなった。

 

 暖かく、爽やかな風を感じた。白い世界が私の視界を照らす。純白のカーテンが揺れていた。不意に隣を向くと、ルラがいた。短い金髪を風に揺らして、本を読んでいる。

 

「ル、ラ。」
「ナコ。気分は、どう?」

 

 先ほど感じた喉の痛みはだいぶ和らいでいた。本を閉じてルラが私をみた。眠る前にあった苦痛はほとんど感じない。試しに指先を動かしてみたら、普通に感覚を感じた。

 

「たぶん大丈夫。ルラ、ずっと居てくれたんだ。ありがとう。」
「それがわたしの役目。マレラたちを呼ぶわ。」

 

 事も無げにルラは返事をしたけれど、その表情は安心したように穏やかだった。
 つかの間静かになるが、じきに扉がノックされた。

 

「ナコ。お疲れさま。……具合はどう?」

「目の色も良好さね。これならもう安心だ」
「ああ。回復は順調だ。礼を言うよ、二人とも」

 

 マレラさんとミーヤさんは私の姿を見て安堵の息を吐いた。いろんな人に迷惑と心配をかけてしまう、それが私に心苦しさをうんだ。
 パテレアさんが暖かい食事を持ってきてくれたため、私はそれを食べながらルラたちの話を聞いた。


 監査局はつい先ほど、また流れ星をみたとの情報を受けたらしい。――監査局というのは時空間で不法者を取り締まることを主として在る組織なのだけど、賢録古書から賢者様が複数散ったことで、今は各地域から情報収集を担当する任務を与えられているのだと。賢者様帰還の特務を受けている『時者』(ルラと私だ)のために、休日返上で情報を集めているのだそうだ。――私とルラは彼らの情報を手がかりに、賢者様と思われる流れ星を追っている。正直、私が『時者』でなければ、足手まといすぎて捜索なんて手伝う意味はないのだろう。だが希少な『時の調律者』の候補ということで、半ば強制的に賢者様捜索という大役を遂行しているのは、……本音だと自分自身一番乗り気ではなかった。魔法が使えないだけでなくこの国の事情などもほとんど知らないのに、なぜこんな大変な任務なんてやらないといけないのか。魔法はとても興味深いが、命の危機に遭ってまでルラの供旅に付き合うのは、本当は御免だった。でも私でなければ出来ないことなんだと自分に言い聞かせて、私はルラに追従する。全部片づけば日本に帰れるのだと信じて。

 

 ゲートのある建物の飛行船の傍で、私とルラはマレラさんとミーヤさん、それにパテレアさんに見送りを受けていた。

 

「ナコ。あなたなら、きっと特務を果たせます。なにか協力が必要なときは、いつでも頼ってください。」


 ――本当ならマレラやミーヤは、わたしと同じ時を刻み、『今』は同じ年齢のはずだったんだ。
 時空法則の歪みが生んだのは、単に年単位の時差だけではなくて、友人との年齢差さえ生じさせている。……本当なら、去年初めて対面したばかりで、当時はマレラさんもミーヤさんも、ルラと同じ15歳だった。だのに、『今』マレラさんとミーヤさんは18歳。ルラは彼女たちと別れてから一年程度のブランクしか感じていないが、マレラさんたちには既に3年の時が流れていた。マレラさんの屋敷に通されたとき、パテレアさんは「ルラ様は、お変わりなくいらっしゃいますね」と、なんだか寂しそうに仰っていた。その理由を私はようやく知った。
 このゲートに来るまでの道中で、ルラが不意に呟いた言葉の真意は、私には分からなかった。ただ、同じ年の友人が自分より先に年齢を経ていく姿を見るというのは、どんな気持ちなのかは、なんとなく察することができる。寂しい。置いていかれてしまうみたいで、心に空虚感を覚えるのだろう。

 

「ルラ、そしてナコに、幸導きが、ありますよう。」

 

 マレラさんはルラを抱擁し、次いで私も抱きしめた。ふんわりと香るキンモクセイの匂い。
 わたくしの助けが必要となったら、いつでもお呼びください――そう囁かれた気がした。

 

「監査局の情報はこうしている間も更新されている。行っておいで、ルラ嬢。ナコ。許可が降り次第、あたしらもフレイルライズへ向かうから。」

 

 ミーヤさんは歯を見せ笑う。彼女たちにありがとうを告げると、私たちは飛行船へ乗船した。

 

「ナコ。次は『神秘の桃源郷』へ行く。ここから最も近く、遠い島だ。」
「ウェラ・マルシェ、だよね。文献で読んだよ。」

 

 船内へ入る間際に私が言うと、ルラは少し驚いたけれど、すぐに表情を繕った。

 

「それはミシェルの良い影響ということか。」
「うん。知識は字から、だもんね。」

 

 平静を装うも、私はミシェルの名を聞いて内心ではとても動揺していた。例の力によるフラッシュバックに、儚く遠ざかるミシェルが現れた……笑顔はなく、暗い表情で。会えなくなるように感じて、不安が芽生える。

 

「ナコ、ウェラ・マルシェに着くまではまた休んだほうがいい。いつまた『未来可視』の力が発現するか分からないのだから。」
「あ、うん。分かったよ。」

 

 部屋へ一人で入って、私はベッドに座った。そうだ。私は……
 ふと、服のポケットから何かが音をたてた。手に掴むとそれは紙質のものだと知り、取り出してみると、写真だということにも気づいた。

 

「……あれっ。」

 

 あの夢で見たときのように薄汚れた古い印象の写真。セピア調で、でも、映っているのは三人ではなかった。

 

「『ミサキ』さんが……居ない?」

 

 父と子だけが映る、穏やかな昼下がりの庭。左側に居たはずの母の姿と情報は消失していた。父の名はセージラ……娘の名は、イスズ。
 はたと、そこでようやく思い出した。イブ・シェンカオで、私に襲いかかってきた『精獣』は、確かに「セージラ」と叫んでいた。獣……いや、怪物と化した『精獣』が叫んだのは、この写真の中の……

 

「じゃあ、あの『精獣』は……」

 

 私が感づいた一つの仮説は、たぶん真実だ。あの怪物は間違いなく、ミサキさんだ……

 イスズ――ミーヤさんの、お母さん。でも、どうして壊滅したイブ・シェンカオに居たのだろう。ミーヤさんのお母さんだとして、なぜ『精獣』化したのだろう。そして、ミーヤさんは母と知らずに、あの怪物を……

 

「うっ……ん、くっ……」

 

 突如として吐き気が襲ってきた。持っていた写真を取り落とす。動悸が治まらない。胸が痛い。助けて、ルラ――

 

「ナ、コ?」

 

 激しいめまいに地面に伏せる。鼓膜にルラの声が響いた気がしたが、私には返事をする余裕も、身体を動かす力もなかった。

 

「――」

 

 なにも聞こえない。なにも映らない。なにも感じない。なにも、分からない。

 

「時の流れ、時間というもの、感じて。」

 

 誰か。声が聞こえた。冷たいなにかを意識する。視界に白が広がった。気づけば私は、真っ白い空間に立っていた。吐き気もめまいも、なくなっていた。


 自覚をしたとき、私は『私を見ていた』。鏡でも置いてあるのか。そう思ったら、『私』は口を開いた。

 

「ここは世界の中心、あるいは世界の最果て。私の中にあなたがいて、あなたの中で私は存在する。」

 

 なにを言い出すのだろう。なぜ私は『私』を見ているのだろう。鏡なんかじゃない。この目の前にいるのは、『私に間違いない』。

 

「私のために、どうか『生きて』。相宮奈々子。愛すべき『私』。」

 

 首から胸元にかけて、刻まれたなにかの入れ墨。『私』は笑みを深くして、私へ近づく。

 入れ墨の形状が変化する。まるで目のように見開かれる。歯を見せて笑う『私』は、その手で私の頬を包み込んだ。至近距離に、『私』の顔が近づく。額がぶつかる前に感覚は全て失われた。

 

「――ナコ!」

 

 悲鳴に近い声が響く。色がある。きれいな緑の、ルラの瞳。

 

「ああ、ナコ。良かった……」

 

 酷く疲労した様子のルラは私を抱きしめた。また心配をかけてしまったのか。罪悪感が胸を刺した。

 

「だいじょうぶ、だよ。ごめん、ルラ。」
「謝罪は、要らない。呼吸も心拍もなかったんだ……怖かった。」

 

 ルラから聞かされて、私は背筋に寒気を覚えた。まさか。私、死にかけたのか? だから、あんなおかしな夢を(臨死体験とかいうやつを)見たんだ。恐怖が指先を震わせる。その私の指を、ルラは包んでくれた。


 しばらくして落ち着きを取り戻した私は、ウェラ・マルシェに着いていることを知った。気分はなんとなく優れない。私を気遣い、ルラは手を繋いで船の外へ出た。

 空の色は、深い青だ。風を吸うと、今までにないくらい気分が落ち着いた。空気が新鮮というのは、こういうことを言うのだろうと本能で感じる。緑豊かで、見たこともない植物や樹木、花、昆虫があちこちに見えた。風は心地よくそよいでいて、陽は肌に暖かく感じた。

 

「ウェラ・マルシェは空中に浮かぶ島。島全体は、大規模で高度な魔法を幾重にも絡ませるように覆っているため、陽の光も風も調整されて街を流れ照らす。この島にしかない特有の植物や生物が命を育み、魔法を扱える人間だけがここに住まう。……ナコ、念のために魔女の元へ行って診断してもらいましょう。」

 

 風のお陰で大分気分も安定してきたが、ルラはそのように提案してくれたので私は彼女に従った。歩いていると、住民たちがちらちらとこちらを見てきた。見慣れない旅人がいる、と警戒されているのだろう。

 

「幸いこの島には、賢者様の一柱である『薬草師クヌム様』の弟子の魔女が住んでいるんだ。彼女ならなにか特効薬を処方してくださるはず。」

 

 ルラはきょろきょろと辺りを見回し、それからまた歩き始めた。森の縁に沿って歩いていくと、一軒だけ屋敷があった。ルラが左手をあげ、手のひらを屋敷へ向けた。左から右へと手を動かす。「あった」と呟きが聞こえた。
 屋敷の入り口は扉がなく、のれんのような布が垂れ下がっていた。風に揺れているそれには、不思議な絵が刺繍されてある。ルラは私の手を離して入り口へ近づこうとした。その時、中から毛むくじゃらの黒いものが現れた。熊だった。

 

「薬草師クヌム様のお弟子様はご在宅か?」

 

 驚き竦む私と違い、ルラはごく普通に熊に話しかけていた。熊はルラを見て、それから私にも目を向けると、のっそりと外へ出てきた。

 

「ナコ、大丈夫だから。おいで。許可を得た。」

 

 ルラに促されるが、熊が怖くて動けない。ゆうに二メートルは超えている熊だ。ルラが私の手首を引いて、熊の横を行き過ぎた。熊は無関心でこちらに見向きもしなかったので、少しだけ安心した。
 屋敷の中は無味乾燥としていて、誰も居ない。奥の部屋からなにやら奇妙なにおいが流れてくる。ルラはその部屋へ向かった。

 

「ルラ・フィン・カーティス、『時の調停者』候補。相宮奈々子、『時の調律者』候補。来ることは分かってたよ。」

 

 ルラが部屋へ立ち入る前に、若い女性の声がした。奥の部屋から現れたのは、長く垂れ下がった青い髪、その隙間から覗く右目もまた青い。長いその髪は顔の半分を隠しているが、見えている顔立ちは整っていて、病的なまでに真っ白な肌の色をしている。艶っぽい唇に、色のある雰囲気。キツ過ぎない香水のような芳香は、安らぎを与えてくれた。

 

「そこにお掛け。未来可視は少しだけできるんだ。」

 

 ゆっくりした口調。女性はルラと私に座るよう言い、背中を向けた。指示に従って座ると、机上に音もなくティーカップが出現した。中はカラなのに、ふんわりと漂うのはリンゴの香り。間もなくして、カラだったカップの中に紅茶色の液体が水位をあげていった。

 

「フィレスリンゴの紅茶だよ。奈々子、お前さんはさっき倒れたのだね。それを飲めば『時者』の力を使うとき、不変の効果を得られる。たっぷりお飲み。」

 

 どうしてそれを知っているのだろう。驚きに混じり多少の脅威を覚え、私は閉口したが、なんとなくこの紅茶を飲まないといけないと感じ、口にした。熱すぎない温度のりんごの紅茶は、とてもおいしかった。女性は満足そうに微笑をしている。

 

「聞き分けのいい子だね。フィン嬢、お前さんにはアトルレモンの紅茶だ。奈々子を護る力の助けを与えてくれるだろうよ。」

 

 女性は静かに歩みを寄せて、私たちの前に座った。青い瞳はまるで空の色。吸い込まれそうなほど魅力的だった。彼女の細長く白い指が、空中になにかを描いた。地図のようなものだ。

 

「薬草師クヌムが第一の弟子、ダグラス。あたしは誰の側にもつかない、中立を望む。だからお前さんたちの要望全てには従えんよ。」

 

 まだ何も言わないうちに、ダグラスさんはルラの思考を読んだように言った。未来可視ができると言ったが、彼女は『時者』ではない。そのことをなぜか私は知っていた。
 絶えず指を動かして、ダグラスさんは地図を完成に近づけていく。

 

「だが、道標をたてるくらいなら施してあげる。流れ星は森の奥――ずうっと奥の湖に、ある。まだ『精獣』化はしていない。あたしの遠隔防符が保護してる。『時者』でなきゃ、あんな禍々しいモンには触れないからね。お前さんたちが来るのを待っている。早く賢者様を救っておやり。あたしはここで、お前さんたちのことを見守っていてあげる。」

 

 空中に描かれた地図に一点だけ明かりを灯すと、ダグラスさんは愉快そうに目を細くして促した。ルラと顔を見合わせて、私たちは立ち上がる。

 

「――ああ。奈々子、忘れないうちに。」

 

 ふとダグラスさんが私を呼んだ。彼女は私の頬に手を伸ばし、額にキスをした。不思議と恥ずかしい気持ちはない。
 ダグラスさんの指が動き、空中にあった地図は消失した。

 

「お前さんは魔法が使えない。お守りを授けたから、気を引き締めていくんだよ。」

 

 私たちの側にはつかないと言っていたのに。ダグラスさんの優しさに、私は嬉しさを覚えた。ありがとうを言うと、ルラと一緒に屋敷を後にした。


修正20120415

 

 

第11話

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