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白狼のクロ 第3話

白狼のクロ 第3話 『奇特なたずね人』

 

「ここに魔道士族の飛頼師が存在するって聞いて来たんですが。」

 

 乾いた地にある酒場『リオリオ・レンド』に、遠い島国からの訪問者が来たのは、雨が上がった翌日だった。少しやけた白い肌に、染色らしい赤の髪、濃い茶の瞳には好奇心の旺盛さを隠せない輝きが宿っていた。この威勢の良い来訪者のカウンター越しに立つのは、この店のマスター兼飛頼師仲介人を受け持つラヴィネス・トレイト。覇気ある異国の若者を前にして、店のマスターは少し気圧されたように立ち尽くしていた。
 朝というには遅く、昼というにはまだ早いこの時間帯は、こんな酒場に来る客人もごく限られている。というより今、店内に酒を楽しみに来ている純粋な客などほぼゼロだろう。

 

「魔道士族は確かに存在する、というか、現に今この店内に居るが……」

 

 店の中にいる人数はラヴィ含め現在六名いる。うち、四名はこの若者の目的とする魔道士族たち、そして残り一人が、名も知らぬこの青年。
 彼は店へ入るなり、カウンター席へ真っ直ぐすすみ、酒の注文もしないで冒頭のセリフを述べたのである。これを純粋な酒のみ客と呼べるだろうか、いや、呼ばないだろう。何やら魔導士族に用事があるらしい客人に、マスター・ラヴィは言葉を紡ぐ。

 

「彼らに用があって来たのか。」
「あ、いえ……じゃない。はい。わりと急ぎの用事なんですが。」
「そうか。……まあ、そう、がっつくなよ、異国の青年。依頼を受けるときゃ、まず親睦を深めるのが決まりなんだ。」

 

 だんだんいつもの調子に戻ってきたラヴィは、棚からアルコール度数の低いボトルを取り出し、小さめのグラスへ注いでやった。しかし、赤髪の青年は手をぶんぶん振り、

 

「すみません。俺、酒弱いんでのめないんです。」

 

 と、苦笑いした。

 カウンター席の様子を興味なさげに聞き流しているのは、飛頼師のリン、そして彼女の傍に伏せている狼だった。狼は昨日の雨の日から今まで、すっかりこの店に居着いてしまっていた。というよりは、リンについて離れないといった具合であったが、当のリンは狼のことなど視界にもいれていない状態だったので、店の中にいても特にこの二人は静かであった。
 炭酸水の入ったグラスを持ち上げて、のんびりとそれを飲むリンとは違い、リンのいる席とカウンター席の間のテーブル席に座るユウ・リヒメイは、飛頼師に興味をもっているらしい外国人青年のほうを見ていた。

 酒が飲めないとのたまった青年にラヴィは呆れた顔をする。

 

「若いのに酒のめねぇのか。まあそれなら仕方ねぇ。クシカ、入れた分のんでいいぞ。」
「はいさい。」

 

 カウンター席の最も右端の席に座っていた明るい茶髪の飛頼師、クシカは、カウンター上に滑ってきたグラスを笑顔で受け取っていた。意気揚々と酒に口をつけたクシカを見届け、ラヴィは「さて、」と青年へ振り向いた。

 

「まずは互いを知ることから始めようか。俺はラヴィネス・トレイト。この店の店主、そして飛頼師仲介人をしてる。実際に依頼を受けるか否かは飛頼師本人の意思で決まるが、彼らへの依頼自体はすべて俺経由だからな。依頼人は皆この酒場へやって来る。ちょうど、お前さんのようにな。」

 

 饒舌に述べ、ラヴィは店内にいる飛頼師らを見渡した。目が合ったのは三人のみで、いわずもがな、一人は興味なく炭酸水を飲んでいた。

 

「では次は、兄ちゃんの番だ。存分に語りたいだけ自己紹介しな。俺は聞き上手だから、聞き流しはしねぇ。」

 

 酒の代わりに水を注ぎ、グラスを青年の前へ置いた。ラヴィの冗談にクシカが小さく噴き出した。青年も笑みを作り、小さく咳払いすると、「じゃあ」と話し始めた。

 

「俺はカンクロウ・フジヤマと言います。日本…葦原瑞穂大国の出身です。」
「あっ、やっぱり。あたしのディーもアンタの国出身なんだよね。おんなじニオイがしたんだ。」

 

 クシカがそう口を挟み、歯を見せて笑いかけた。カンクロウはクシカのある言葉に反応を示し、席をたつと彼女のほうへ近づいた。

 

「ディーって、あなた方魔道士族が契約を交わした動物のことですよね。よければ拝見させてもらっても?」
「おもしろいくらい食いついたね。いいよ。」

 

 クシカはまた笑い、床に置いてあった妙に縦長の袋を持ち上げた。彼女はカンクロウが見つめる中、ラヴィから許可を得てカウンターへその袋を置いた。間近で見るそれの長さは、少なくとも一メートルはあった。

 

「ミラー、ちょっと起きな。」

 

 ぽんぽんと袋を叩いて、袋の口を開ける。もぞもぞと袋が揺れ動き、袋の中から赤色かかった緑色が現れた。

 

「これ、アルジラオオジラフ種のトカゲよ。ローレリア産の優秀なあたしのディー。」
「こんなトカゲが日本に?」
「暑くて乾いた地域でしか生きられんからね。ローレリアンでも知らない人がほとんどだろうね。」

 

 眠そうにまばたきをみせるミラーの頭をクシカは軽く撫でてから袋へ戻るよう指示する。ミラーは大人しく袋の中へ後退して姿を隠し、クシカは袋を再び床へと置いた。

 

「じゃ、アンタの話しの続きを頼むよ。」

 

 席へ戻るよう促してから、クシカがそう急かすとカンクロウは素直にうなずいた。

 

「俺は葦原瑞穂大国の大学の四回生です。卒業後は『四肢生物管理施設』への就職が決定してるんですが、ひと月くらい前に、大学に併設されている国立図書館の書籍にあなたがた魔道士族の記述を見つけたんです。」

 

 水の入れられているグラスを持ち上げて一口飲むと、からりと氷が音をたてた。それを静かに机へ戻し、カンクロウは神妙な面もちでそのグラスを眺めた。

 

「ですが、そこには『古くから動物を使役して暮らす民族』としか書かれておらず、詳細などは一切書いてありませんでした。民族学に詳しい教授に聞いても、なにも教えてもらえなくて……」
「それで、直接その目で確かめに来たってか。」
「そうです。俺、動物が好きなんで、魔道士族がどんなふうに動物を使役してるのか興味がありまして。」

 

 休学届けを出してここに来たんですよ。
 カンクロウは楽しそうに肯定しそのように語ったが、ラヴィの顔は少し曇っていた。それには気づかず、カンクロウは自身の所持してきたバッグから財布を取り出し、中身の紙幣を確認し始めた。

 

「ここへ来る前に、空港で魔道士族の飛頼師のことを聞いておいたんです。依頼にかかる費用は、依頼内容によって違うけど、必ず前金と後金をとられるんだと聞きました。合っていますか?」

 

 財布から視線を移し、ラヴィに確認をとると、彼は「そうだ。」と肯定した。カンクロウは満足して、財布の中から紙幣を出した。

 

「じつを言うと、俺は飛頼師さん方の仕事を見たくて来ただけなんで、これといった依頼は特になかったんです。でもそれじゃあ叱られてしまうでしょうから、二つ、依頼をお願いしたい。」

 

 真剣な眼差しでラヴィを見て、カンクロウはなにやらメモ帳を取り出した。慣れた様子で目的のページを開き、それをラヴィのほうへ向ける。
 メモ帳には、『チョンブー・アン コクラヤンマ ムラサキコチョウ』といった具合に書かれてあった。

 

「なんだこれ。」

 

 ラヴィは眉間に皺を寄せて独り言のように呟いた。その呟きを聞いたクシカとユウが席を離れ、カンクロウの左右に立った。

 

「これは字かい?」
「文字にしては単純な綴りだね。見たことあるような気がするんだけど、忘れたなあ。」

 

 三人ともが疑問符を飛ばしていたので、カンクロウは苦笑した。

 

「これは母国の文字でカタカナというんです。」
「へぇ、ローレリアンの文字なんだ。知らなかったわ。」

 

 カンクロウが答えを言うと、クシカは納得したように頷いていた。次いで、ラヴィが尋ねる。

 

「で、なんて読むんだ。依頼内容が書いてあるんだろ。」

 

 左右に立つユウたちもカンクロウを見た。カンクロウは表情を引き締めて、書いてある内容を述べた。

 

「この国にある熱帯地域チョンブー・アンには、様々な生物が生息している。それを調べていくうちに、コクラヤンマという現存するトンボの中では世界最小のトンボと、綺麗な羽の色を持つムラサキコチョウがいると知ったんです。」
「それらを捕獲して来いという依頼をする気か。」
「捕獲、はしなくても大丈夫っす。ただ、彼らの生息地へ行ってその姿を見せてもらいたいと思ってるんですが、だめっすか?」

 

 なんとも軽い調子でそう抜かしたカンクロウの頭を唐突にクシカが小突いた。大して力が入っていなかったとはいえ、いきなり頭を小突かれたカンクロウは「なにするんですか」と驚いていた。
 しかしクシカは笑ってはおらず、彼女にしては珍しく冷めた目でカンクロウを見ていた。

 

「アンタ、命を大切にしな。」

 

 突然の説教じみたセリフにカンクロウは目を丸くした。なにを言いだすのかと口を開こうとしたが、さらにユウまで声を出した。

 

「依頼内容もあまり良くないけど、それよりも飛頼師の仕事に付いてきたいというのは……難しいという話を越して死活問題になるよ。カンクロウ、きみはオレたちの仕事の危険さを知らなさすぎる。」

 

 穏やかだった二人の雰囲気ががらりと変化し、緊張したような表情になったことにカンクロウはひどくショックを受けていた。言葉を詰まらせ、動揺してうろたえるカンクロウを、ラヴィが見かねて言葉をかけようと口を開きかけたときだった。

 

「いいんじゃないの。」

 

 少し離れた場所からそんな言葉が飛んできた。反射的にラヴィらは振り向き、すっかり驚いた様子で声の主を見た。
 炭酸水をぐいと飲み干し、机へグラスを置くと、日除けの眼鏡越しにリンはカンクロウらのほうを見遣った。

 

「ついて来るくらい許可しても構わないでしょ。」
「できるわけがないだろ。なにを言い出すんだ、リン。」

 

 まず反対したのはユウだった。リンへ向きなおり、二歩ばかり前へ進み出て信じられないといった声色を発した。ユウに続いて意見したのはクシカだ。

 

「あたしも、リンには同意できない。街へ買い物に行くのとは違う。あたしらの仕事に素人を連れてくなんて、考えなくてもどうなるかなんて想像がつく。」

 

 ばつの悪そうな顔で、クシカはリンから視線をはずした。
 二人にそのように言われたにもかかわらず、リンは平然としていた。席から立ち上がり、足音をたてながらカウンター席のカンクロウらのほうへ歩みを寄せる。リンの後ろからは狼もついてきていたが、リンはもはや丸ごと無視していた。
 リンを凝視するカンクロウの真ん前に立ち、リンは彼の顎を突然掴みあげた。半ば強制的にリンと睨みあう格好になり、カンクロウは困惑した。
 リンは表情を崩すことなく、彼の茶色の瞳を見つめた。

 

「最初から『それ』を覚悟して来たんだろう。違うか、ローレリアン?」

 

 脅しかけられているような感じだったが、カンクロウは正直に頷いてみせた。その反応に満足したのか、リンの口角が少し緩んで、彼の顎から手を離した。

 

「問題はないね。ラヴィ、こいつはなんにも問題ない。怪我も死も、”問題なし”だ。」

 

 ラヴィを見たリンの顔は、とても楽しそうに見えた。リンの強攻策にラヴィも目を見張っていた。カンクロウは『すべて自己責任』と誓わされたようなものであったためにだ。だが、きっとカンクロウとしては願ったりといったところだろうが、リンの強引な言動にすっかり肝を冷やしたようで、メモ帳をしまう手先も微妙に震えていた。

 事の成り行きを見守っていたラヴィはけれど、どこか諦めたように嘆息をつく。

 

「ま。とにかく決まりだな。」
「決定はいいけど、誰が依頼を引き受けるのよ。」

 

 ラヴィが締めようとしたが、クシカが肝心なそれをつっこんだので場に静寂が訪れた。今居合わせている飛頼師らを見回し、カンクロウはラヴィへ振り向いたが、ラヴィもまた考えているようだった。
 と、リンが店から出ようとしているのに気付いたので、クシカが声をかけた。

 

「ちょっと、言いだしたのはリンでしょうに、逃げるなってば。」
「わたしが引き受けてやる。ローレリアン、来るがいいよ。」

 

 戸に手をかけて、ふっと顔を振り向かせリンは微笑した。リンがこんなにも愉快そうな顔を見せるのはかなり久々のことだった。
 カンクロウは慌ててラヴィへ前金を支払うと、最低限必要なものだけをバッグへ詰めてリンの後を追った。

 

 

第4話

 

 

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