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白狼のクロ 第4話

白狼のクロ 第4話 『コクラヤンマ』(最終更新20180605)

 

 酒場を出てから数十分。カンクロウたちは、足場の悪い道を馬車の荷台に乗って通行していた。からっと晴れた天気であるので、太陽の陽射しを直に受けなければ、比較的過ごしやすい気候だ。荷台に座るリンの側には、相変わらず狼がついていて、狼の尾の毛が先ほどから上下に揺れるので、カンクロウの腕はくすぐったくてたまらなかった。リンがとても寡黙な人間であるため、カンクロウから話しかけなければ場は非常に静かになる。くすぐられて落ち着かないカンクロウは、思ったことをリンへ尋ねた。

 

「あの、こいつはあなたのディーなんですか。」
「違う。勝手についてくるただの”薄汚れた白いの”だ。」

 

 ひどい言われようだったが、実際狼の毛は世辞にも綺麗とは言えない様子であったので、カンクロウは口をつぐむ。しかし、とカンクロウはリンを窺い見た。この飛頼師、見たところ使役動物となるディーを連れていない。どこか見えない場所にでも隠れているのだろうか。そう思い彼女の周囲へ視線を這わせてみても、それらしきものはなにもなかった。

 

「質問があるならはっきり言いな。黙ったままじろじろ見られるのは気分が悪いんだ。」

 

 カンクロウの動向と視線に気付いていたらしいリンが心底嫌そうにそう述べてきた。カンクロウは咄嗟に謝り、考えていたことを訊ねようと口を開けたが、なんだかそれはよした方がいいと感じた。目を泳がせて景色を眺め、疑問に思っていた別のことを訊ねることにした。

 

「前金と後金って、なぜ別々にとられるんです?」

 

 酒場から飛び出す前にラヴィに支払った前金の額が、予想していたより高かったことを思い出しながら聞いてみる。リンは流れていく道の後を眺めながら、事も無げに理由を教えてくれた。

 

「前金には生命保険と準備費用がかかってる。生命保険は帰還するまでに怪我負傷を負わないで済めば、依頼達成後に全額返金される。後金は依頼達成時に発生する報奨額。依頼内容の危険度が高いと判断されるほど、その額も跳ね上がっていく。」

 

 説明した後で、リンは突然、馬車の荷台から飛び降りた。驚いてカンクロウが彼女を呼ぼうとしたが、直後、大きな振動が荷台を揺らした。馬車の車輪が壊れそうなほどに軋み、唸り、かなりひどい揺れ方をし続け、数十秒経った。揺れがおさまってきた頃、ひょいとリンが荷台へ飛び乗り、何事もなかったように座りなおした。

 

「道、悪すぎ……」

 

 先ほどの襲撃じみた振動のせいですっかりお尻を痛めたカンクロウは、無意識に愚痴っぽくこぼしていた。狼は床にへばりついていたため特に被害はなかったようだ。不満をこぼしたカンクロウを一瞥したリンは、ごく小さな声を出した。

 

「この辺りにはクドモグラやホノウサギと言った小型の動物が多く生きている。元々ここは人間の通り道としてあったわけじゃない。彼らに『許しを得て』通行させてもらっているのに、都会のような舗装整備された道路を望むなんて、厚かましいにも程がある。」

 

 静かな怒りを帯びた声調だ。カンクロウは行き過ぎてきた道を眺め、それからは喋らなくなった。

 ルナティックシティの国内にある、熱帯多雨林地域『チョンブー・アン』。この密林は国の許可なく立ち入ることは禁じられている。密林の広さは未だ正確な数値が出されていないほど広大で、とても危険な場所であるが、飛頼師は時にこの密林の中に棲息する動植物の捕獲・採取を依頼されることがある。それは当然のことながら違法であるが、国の者もこの危険地域にわざわざ赴く気がないためか、今まで一度も、一人として飛頼師が摘発などを受けたことはなかった。ただしその代わりなのか、国から『チョンブー・アンの内部の詳細を報告せよ』との旨の勧告がきたことはある。だがそれに対する返事をしなくても、国は罰のひとつも下すことはなかった。

 

 馬車では通行が困難な道に入ってしばらく歩いていると、カンクロウは目を疑う光景を見た。巨大な樹木が悠然と立ち並び、それらにしがみつくように無数の蔓(つる)が絡まりあっているため、視界の下半分が緑で埋め尽くされている。広大な荒れた大地の先、突如として超巨大な密林が視界の中に現れたのだ。まるできちっと境界線が決められているかのようなその景色。一言でいうと、異様な光景であった。ただ目を見張り、カンクロウは感嘆の息さえこぼさない。

 

「ここから先は国の許可なく立ち入ることは許されない領域。怖いなら、ここで待ちぼうけしていな。まだ命の保障はある。」

 

 彼が怖じ気付いたとみたリンはカンクロウに待機を勧めたが、彼は首を横へ振った。

 

「俺はあんたらの仕事をみるためにこの国まで来た。今さらどのツラ下げて逃げ
出せるんだよ。」

 

 なかなかに果敢な態度で、カンクロウは密林を眺めた。リンは含み笑いをし、「よろしい」と呟いた。
 密林の手前には、その外周を囲むように申し訳程度の金網がずっと向こうまで張り巡らされていたが、リンは遠慮なくそれを飛び越えていった。彼女に続き、狼は金網をくぐり、カンクロウもリン同様、飛び越えた。なにかわけの分からぬ鳴き声のような悲鳴のような音が、辺りから響き渡ってくる。息を詰まらせるような湿気と気温に、カンクロウは軽く目眩さえ起こした。同じ国内とは思えないほど、酒場のあるルーク・ヤイ・ルークス乾燥地帯とは全く別の世界だった。

 

「気を抜くなよ。ここは、国内で最も危険度の高い地域に指定されている。どんな獣がいるか、どんな植物があるか、五パーセントも把握できていない。」

 

 この緊張の空間の中にも関わらずリンは絶えず笑みを浮かべていた。足場が良くない場を、先頭きってひょいひょいと歩いていくリンの後ろに狼が続き、そのさらに後ろをカンクロウが進んでいた。大学で駅伝などに出ているとは言え、こんな不安定な足場を走ることはないため、カンクロウは何度も足をとられそうになった。

 

「わたしから離れるのはあまり勧めない。なにかあってもすぐ駆けつけられなくなる。」

 

 仕方なさそうにではあるが立ち止まり、リンはカンクロウがくるのを待ってくれた。急いでリンのほうへ向かい、カンクロウたちはさらに奥へ進み始めた。

 

「君の目的のコクラヤンマはともかく、ムラサキコチョウは頻繁に巣を移動する習性を持つ。だからどこに飛んでいるかわたしには分からない。運にかけるから、承知しておけ。」
「分かった。」

 

 文句のひとつもなく承諾し、カンクロウは辺りを見渡した。巨木や名も分からぬ植物が視界をかなり狭めている。どこからなにが飛び出して来ても、おかしくはない状況だ。
 人知及ばぬ未知なる土地……空港で聞いたチョンブー・アンに関する噂はこれだけであった。今その噂を、身をもってまったく事実だと知ったカンクロウは、恐怖ではなくなぜか、とても高揚した気持ちでいた。幼い頃に海や山を冒険したときの、あの緊張感と心躍る気持ちがあったのだ。なにがあるか、なにが起きるか分からない。それは恐怖感よりも期待感に似た感情のほうが強いために生まれる気持ちだ。カンクロウは童心に帰った気分でリンの後をついていた。

 

「コクラヤンマの分布地点が近いぞ。君は奴らを捕らえることを目的としている
のか。」

 

 ふとリンが歩幅を緩め訊ねてきた。カンクロウは頭を振り、「いや、」と否定した。

 

「どれほど小さいか見たいだけだから。わざわざ捕まえなくても、目視できたら十分。」
「承知。手間のかからない依頼でありがたいね、まったく。」

 

 安堵なのか嫌みなのかリンはそうぼやいた。
 間をおかず、カンクロウはなにやら甲高い音を聴きつけ、辺りを見回した。蚊が飛ぶようなあの不快感のある感じではない。なんだか、鳥がさえずっている印象のある、耳触りいい音だ。

 

「コクラヤンマだ。依頼主様、あの一帯でさえずっているのが、目的のもののひとつよ。」

 

 息を潜め、リンはまっすぐ前方を指さした。カンクロウはそちらを見る。途端、彼は言葉をなくした。
 拓けた場所には、無数の小さなものがいた。長さは小指ほどもないくらいだろうか。しかし、その羽の透明さは、木々の隙間から僅かに差し込む陽に透けて、きらきらと輝くように見えた。音の正体はどうやらその羽らしい。何十何百何千というコクラヤンマが宙を飛ぶその音は、何十奏にもなっていた。不思議だが、その羽音は数が増し重なっていくほど高い音を共鳴させるようで、止まっていたトンボが急にすべて舞い上がったら、一層美しい調べを奏でた。

 

「コクラヤンマの別称は『ソプラトンボ』。あれらは群れをなして、人間と一部の獣を除いた生き物の耳を狂わせるほど高い音を発生させ、外敵天敵を寄せ付けないようにする。時間的にちょうどこれから狩りに出るつもりだったらしいね、運が良かった。」

 

 あれほどの音が一斉にどこかへ消え去り、再び密林内には奇妙な音が聞こえるのみになった。もし発見が遅れていたら、カンクロウはあの共鳴を聴き逃していただろう。リンの言葉にカンクロウは心から同意した。

 

 コクラヤンマを発見した地点からだいぶ離れた場所へ着いたとき、リンは樹木の表面に指を這わせた。ムラサキコチョウの痕跡を探っているのだろうと思ったカンクロウは辺りを見渡した。

 

「この辺りにいそうか?」
「いない。そもそも、ムラサキコチョウの住処は正確にはここ(チョンブー・アン)ではないからな。」

「えっ、じゃあ、どこにいるんだ?」

「それは、……あぁ」

 

 樹木の観察をしていたリンが何かに感づいたように短く言葉を発した時だった。それまで大人しくしていた狼が、耳をたてて鼻を動かしだした。いつもは狼を無視しているリンだったが、今回ばかりは狼の警戒本能を無視することはできなかった。

 

「え、何……」


 カンクロウが不安げな声を出したが、すぐにリンがそれを手で制した。狼は忙しなく周囲を見渡し、耳と鼻を絶えず動かしている。一体、なにがあるというのだろう。なにか良くない予感を察し、カンクロウはリンと狼を交互に見た。

 

「……この臭いは……」

 

 カンクロウにはなにも感じられないが、狼だけでなくリンも何かを感知したらしい。目を動かしながら、視線と共に頭を移動させ、探る仕草を見せるリンと狼。なにも感じられないからこそ、カンクロウは一人、見えない恐怖に怯えはじめた。

 

「まずいかもしれない。君、走るぞ。」

 

 なかなか緊張感のないいつも通りの声色だったのに、リンの言葉にカンクロウは完全にびびっていた。まさか飛頼師の口から「まずいかも」などという弱気なセリフが飛び出すなどとは思ってもいなかった。

 なにが「まずい」のか、一体何に気付いたのか、自分たちは何から逃げているのか。リンの言葉は、カンクロウの混乱に拍車をかけるほかならなかった。

 

「前を見て走れよ。振り向いたり叫んだりすることも勧めない。一切声はあげるな。誓え、ローレリアン。」

 

 こちらを安心させようとしてくれているのか、それとも余計に怖がらせるつもりなのか、彼女からの強い警告に、カンクロウは泣き叫びたい衝動にかられた。しかしそれはなんとか堪えた。足場は悪いが、なかなかどうして人間というものは生命の危険を感じると、こうも順調に突っ走ることができるのだろう。行きのときとはえらい違いでひょいひょい飛び越えるように走るカンクロウは、自分が狼とほぼ同じ速さで走っていることに気付いた。狼は見た限りでは本気の足を緩めているようには見えなかった。ということは、短距離走なんかよりかなりの速さで全力疾走していると言える。今計測したらきっと自己ベストを更新していることだろう。

 

「密林を抜けたら金網を飛び越えて、さらに先まで走り抜けな。いいね。」

 

 少し後方からそのような声が聞こえ、カンクロウは思いがけず振り向こうとした。が、リンが「走れ!」と怒鳴りあげたため、驚いてカンクロウは引き続き走ることに集中した。

 息があがり、さすがに足が痛くなってきた。カンクロウの前方には明るい大地が見え、カンクロウは生きた心地を取り戻した。密林を抜け、猛速さのまま金網を飛び越えたとき、カンクロウはようやく事の異常に気付いた。

 

「……飛頼師さん?」

 

 リンも狼も、いなかった。さっと顔色を青くし、カンクロウは走る速度を緩めて、びくつきながらも振り向く決心を固めた。
 しかし、振り向いたカンクロウは後悔した。
 密林の木が蠢いている。比喩でも暗喩でもなく、『木が動いていた』。ちょうどミミズが地面をのたうち回るようなそんな荒々しい動きを、それよりは幾分ゆるい速さではあるが、木がしていたのである。

 

 

第5話

 

 

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