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白狼のクロ 第11話

白狼のクロ 第十一話 『飛頼師の本質』20081006(最終更新20180606)

 


 店を飛び出したカンクロウが視線を左へ向けると、人混みに紛れるリンの後ろ姿を目視した。混雑した歩道を走ることなど言うまでもないが、早歩きすら難しい状況でカンクロウは、危機意識を顧みず車道側へと降りたった。途端に前方を走ってきた小型自動二輪車から警笛音を鳴らされたが、カンクロウは足早にリンの元へ急いだ。

 

「リン。待てよ。」

 

 喧騒の中で彼女に声をかけるがリンは立ち止まらず、器用に人の合間を縫うように歩いて行くだけだった。まさかとは思うが、彼女はカンクロウの口答えにヘソを曲げたのだろうか、まるで子供のように。

 

「待てって……」

 

 なんとかリンの側まで来て彼女の纏う民族服の端を掴むが、すぐに振り払われた。カンクロウは、ムキになる子供を見たような気分になった。その時、間をおかず、聞き慣れた声を耳にした。

 

「リン。カンクロウ。こっちへ。」

 

 飛頼師のユウ・リヒメイであった。彼はリンの腕を掴み、カンクロウの手首を引き、人の流れに逆らって裏路地へと進入した。表通りと違いぱたりと人がいない裏路地には、ユウのディーである白狐のルアが待機していた。なぜ彼がここにいるのかと疑問が浮上したが、そういえばユウは依頼を受けて首都エティオールへ来ていたことを、カンクロウは思い出した。

 突然の同胞の登場に苛立ちを見せるのは、他でもなくリンだ。

 

「何用だ、ユウ。君には関係がないだろ。」

 

 不機嫌な様子を隠さずにいるリンへ、ユウは呆れたようにため息をこぼす。それからカンクロウへ一瞥を送った。

 

「ラヴィから聞いた。リンの依頼にカンクロウが同行したとね。」
「だから、なんだ。君がしゃしゃり出る理由はない。」
「お前のお守り……監視を任された。彼は君の性質と合わない異邦人だから。」

 

 二人のやりとりを、カンクロウはきょとんとして聞いていた。彼ら(主にリンだが)は早口に語気も荒く喋るので、いくつか聞き取れない単語があったが、ユウがリンを見張るために来たらしいという主旨は理解した。だが、その原因が異国の人間の自分にあるとも、聞き取った。なにがどういうことなのか、カンクロウは少し気分を害した。
 少しの間があり、「へぇ」と、リンが口を開いた。

 

「さすがはラヴィネスだね。わたしの性格をよく把握している。全く気にくわないほどだ。」
「リン。」

 

 口が悪いことについて咎めるようにユウが名を呼ぶ。しかしリンはカンクロウへ振り向き、口角をゆるめた。

 

「わたしは依頼を受けてやる。もちろん、殺しはやらない。ただし、法に抵触することは少しだけやるよ。」

 

 依頼主のところで待っていろ。
 リンはつい先刻の苛立ちをすっかり失せさせ、カンクロウの横を行き過ぎて表通りの人波の中に消えていった。あまりにあっさりしすぎている。なにが彼女の気分を良いほうへ変えたのか、カンクロウには察しもできなかった。
 ふとユウを見ると、彼は白髪を軽くかいてよく分からない息を吐いていた。そして、こちらから聞く前に話してくれた。

 

「リンは見ての通りの性格だ。カンクロウも分かるだろう、あれが彼女だ。……傲慢で口が悪く、常に他者を見下し、軽く見ている。」

 

 カンクロウは初めてリンと逢ったときのことを思い出して、苦笑をした。彼女は何者に対しても対等であり、しかし服従させるように威圧的な態度をとる。それが飛頼師、クロキ・リンなのだとカンクロウは認知しているため、以前ほど彼女に対する恐れのような感情もなかった。ただ時折、リンのその性格に対して漠然とした哀れの気持ちを抱くことはあった。

 カンクロウの内心を知ってか知らずか、ユウは先と変わらない声色で続ける。

 

「幼年の頃はもっと穏やかだったんだが……今は、あの通りだからね。でも、実力が伴っているから、誰も意見をする奴は居なかった。――君(カンクロウ)が来るまではね。」

 

 前触れもなく名を出され、思わずユウへ目を向けた。なんだかユウの雰囲気がいまいち掴めない。苛立ってはいない。しかし喜んでもいない。彼の顔色は複雑なものだった。

 

「あいつは、他者を思いやれないほど冷血でも落ちぶれてもいない。だから、リンのその性情に誰も文句も口答えもしなかった。たとえ意見したとしても、結局はリンの意に沿った結論しか出ない。それは周囲の人間も承知しているし、受け入れているから何も問題はないけれどね。……でも、カンクロウはそのリンの性情を揺るがしている。あいつの思い通りを阻止しているんだ。」

 

 殺意的なものが、一瞬間だけユウの目から光を奪った気がした。普段の温厚な姿が消えたのはほんの僅かな時で、再びユウを見ると彼はいつもの穏やかな雰囲気に戻っていた。

 

「良い兆候なんだ。あいつはもう長いこと自分の望みしか叶えてきていないから。」

 


 ――喫茶『ポ・ラ・フィード』でカンクロウは、依頼主であるチェスター氏の前の席で水を飲んでいた。クロは相変わらず大人しくしていて、身勝手な飛頼師に怯えていたこの店の店主も、今は普段の仕事をこなしている。ユウと、リンはこの場にはいない。

 今回の依頼主であるチェスターが、この場にいない彼女のことを気にして尋ねてきた。

 

「あの。飛頼師のクロキ氏は?」
「今は依頼遂行のための準備をしているはず、です。今しばらくお待ちください。」

 

 確信はもてないためカンクロウが苦笑でごまかすと、チェスターは「お受けして下さるんですね!」と、喜色満面をみせた。
 『殺しはしない』と宣言していたが、果たしてリンはどうやって殺し屋を止める気なのだろうか。法に抵触すること自体まず良くないことだろうに(熱帯多雨林地域チョンブー・アンへの違法侵入は、政府が黙認しているらしいため目を瞑るとして)、『″少し″法に抵触する』とは、まったく無価値な言い方である。とは言え、どのみちカンクロウは飽くまで飛頼師助手の立場であるため、リンの決定は絶対だ。また彼女の気分を悪くさせて、今度はリンが依頼を投げ出して帰ってしまうなんて事態もなくはないかもしれない。とにかくリンが無茶なことをしない限りは、こちらももう口を出すことはしないようにせねばならない。……リンが子供のように駄々をこねる様子など想像もできないが、先刻の苛立ちを見ているとあながち『ない』とも言い切れない気がした。

 

「つかぬ事をお聞きしますが。」

 

 不意にチェスターが声を発した。カンクロウは顔をあげ、「どうぞ」と促した。

 

「あなたは異国のかたのようですが、飛頼師ではないのですよね?」
「ええ。俺は飛頼師助手を勤めているただの素人です。依頼に同行させてもらっているだけの身ですが。」

 

 へたに手を出すと無用な怪我を招く。自分の身くらい自分で守れ。
 そのように言ったのは、飛頼師仲介人のラヴィネス・トレイトである。彼はリンたち魔道士族と縁深い『騎馬組』出身の武闘派の酒屋店主なため、たまにカンクロウに護身術を教えてくれる。しかしそれも、自然を相手にする依頼が多いためにラヴィ曰く『気休め程度』のものらしい。

 チェスターは「そうですか」と少しだけ、照れたような笑みを見せ、

 

「てっきり私はクロキ氏の『トーチェ』かと思っておりました。」

 

 と、水入りのコップを手に取って「失礼しました」と謝ってきた。カンクロウは『トーチェ』という単語がなにか思い出せず、適当に「気にしてませんよ」と言っておいた。

 依頼主と談笑するカンクロウの耳に、けたたましい鈴の音がして、同時に聞きなれた相手の声も聞き取った。

 

「助手。来い。」

 

 喫茶店の扉の鈴の音とその声に人知れず店主がびくりと肩をふるわせた。カンクロウは慌てて立ち上がり、リンのほうへ走った。店内の客の目が何事かとこちらを向いていて、彼女の非常識な行動にカンクロウが口うるさく咎める。

 

「もう少し淑やかにとか、静かにとか出来ないのか。」
「やかましいね。打ち合わせだ。一言だけだからよく聞きな。」

 

 腕を組み、リンは店の奥の席からこちらを見るチェスターに目配せする仕草を見せて、カンクロウの胸ぐらを掴んだ。まさかまた頭を叩かれるかと身構えたが、リンはカンクロウの顔を自分のほうへ引き寄せると、ごく小さな声で言った。

 

「君は依頼主と待機していろ。」

 

 言うなり胸ぐらを放し、リンはクロへ向くと手を招いた。それまで目を瞑っていたはずの白狼は飛び起きると、リンのほうへ駆けて来た。居合わせた客が驚き小さな悲鳴があちこちから上がったが、リンは気にせずクロを伴うと店から出て行ってしまった。
 色々と聞くタイミングを逃したまま置いていかれて、カンクロウはしばし呆然となった。

 

「待機って……」
「言葉通りだ。席へ戻ろう。」

 

 カンクロウが窓から見えるリンの去り行く姿を見送りながら独り言を言うと、彼女と入れ違いに扉からユウが姿を現した。もしかして、先ほど裏路地で別れたあとにユウは、リンと話をしていたのだろうかという考えがよぎる。今しがたの入れ違いの時間があまりに合いすぎているし、恐らくはそうなのだろうとカンクロウは確信を持った。

 そしてユウの姿を見てから、あれ、と気付く。

 

「ルアは店の外にいる。……奥の、彼が依頼主かい?」

 

 何気なく目を遣り、ユウがカンクロウの疑問を難なく解消してくれた。そして逆に、疑問というより、確認のような尋ね方をされる。肯定し、カンクロウはユウをチェスターのところへ誘導した。

 新しい人物の登場にチェスターは興味津々なようだったが、ひとまず先にリンの行動について報告をする。

 

「チェスターさん。リンはたった今依頼遂行へ赴きました。今しばらくは、ここで待機して居てください。」

 

 それから、カンクロウはちらりとユウを見た。ユウはチェスターと目を合わせ、それから一礼した。

 

「突然の訪問、失礼します。クマイル・チェスターさん。私は飛頼師のユウ・リヒメイと申します。」
「あなたも飛頼師なのですか。お会いできてとてもうれしい。」

 

 同じ飛頼師とは思えないほどリンとは違う雰囲気のユウを前にしているためか、チェスターは先ほどとは違う目の輝きを見せた。

 カンクロウの隣へ座り、ユウはチェスターと談笑を始めた。二人の会話は滑らかに行われ、カンクロウはその様子を眺めながら、やはり自分が異国の人間であるのだということを意識してしまった。

 日本に居た頃、大学の必修として自分の興味ある国の言語をとることを許されていたのだが、カンクロウはありきたりな世界共通語より、少し珍しい国の言葉を習いたいとルナティック国用語を選択した。その当時はまだ飛頼師もなにも知らなかったため、本当にただなんとなく、この国の言語を選んでいた。
 たったの四年程度ではあるがカンクロウは熱心に体得し、今でこそ日常会話くらいは難なくこなせるようになった。習いはじめの頃は文法やら単語やらの複雑さ(世界共通語である英語に近い発音と響きだが、まったく別の意味を持つ単語が数多ある)に嫌気さえさしたが、それでもカンクロウは妥協を許さない性情であるため、これほどまでの会話が成り立つようになったのである。これはある種の才能だと教授も誉めてくれたことがあった。

 

 気負わないで彼女に任せておけばいい。リンは飛頼師の中でも優れた逸材であるから。
 ユウがそうリンを誉める言葉が聞こえ、カンクロウは彼へ目を向けた。気のせいでなければ、ユウはリンのことを語るとき、いつもより優しげな表情になる。けれどそれは、愛しいとかそういう意味ではなくなんだか、親が子を思い出しているような感じに見えた。
 いまだに飛頼師たちの相関図は把握できていないし、直接聞いたわけでもないので確信はないが、これまでの言動からして、ユウとリンは昔からの友人なのだろうということだけはなんとなくわかっていた。

 

「まさか。リンとは昔馴染みなだけで、そういったものではないですよ。私の『トーチェ』は彼女ではありません」

 

 ユウの否定の言葉が、カンクロウの意識を呼び戻した。チェスターが意味ありげにユウからカンクロウへ視線を移したので、カンクロウは小首を傾げた。

 

「なにか?」
「いや、失敬。クロキ氏も妙齢の女性でしょう? ですから、彼女に気をかけているあなた方のどちらかが『トーチェ』なのかと思いまして。」

 

 また彼の口から『トーチェ』が出た。思い出せそうな気はするのに、カンクロウの脳内の単語帳からは容易にその意味を見つけられない。なんだか気になって、カンクロウは小声でユウに尋ねた。

 

「『トーチェ』ってなんの意味だか忘れたんだが、なんだったかな。」

 

 小さく耳打ちすると、ユウは少しばかり驚いたような顔をするも、同じく声を潜め、世界共通語を用いて教えてくれた。

 

「『トーチェ』は『離れることのない二人』。すなわち『恋人』という意味だよ。」

 

 意味を解したカンクロウは、なるほどと納得し、苦笑いをもらした。

 

 

第12話

 

 

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