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白狼のクロ 第14話

白狼のクロ 第14話 『雇われの飛頼師』修正20120603(最終更新20180606)

 

 馬車に揺られておよそ二時間が経過した頃、カンクロウたちは今回の依頼主であるステイアという少年と、その妹イーオの故郷であるというマウンドクオールへたどり着いていた。飛頼師が拠点とするルナティックシティの宿町と同じような印象がある建物が立ち並ぶ、けれど宿町よりも活気があるように思われるのは、路上各地で行われているいくつもの演舞、演技を行う人々がいるからだろう。マウンドクオールは錬金術が一般的で、またそれを利用した露店商人が多くいるのだそうだ。錬金術を活かした各パフォーマーは、道行く人の視線と足を思わずとめてしまうような演技や技術を披露していて、カンクロウもきっと一人での旅行であれば思わず立ち止まって、彼らにチップを投げて寄越したかもしれないと思った。

 馬車から降りて間もなく、リンはついと振り向いて尋ねた。

 

「さて。君たちの両親の特徴とかは、どうだったかな。カンクロウ、通訳をしてくれ」

 

 リンの言葉に、観光客気分だったカンクロウはハッとしてそれから世界共通語でステイアに訊ねる。

 

「ご両親の特徴とかは何かあるかな? 髪の色とか、特技とか」
「両親ともに黒髪です。肌の色は、父が少し赤褐色で、母は白です。二人とも錬金術師なので、路上演技をしているかもしれませんが……確信はないです」

 

 イーオと手を握り直したステイアが、残念そうな顔でそうこぼした。カンクロウはそれをリンへ通訳すると、彼女もさすがに困ったように肩をすくませる。

 

「じゃあ、ほとんど情報なしということか。仕方ないな。……あいつが確か、ここで『雇われ』になっているはずだ。彼に協力してもらおう」
「あいつ? 誰のことだ?」
「あいつはあいつさ。飛頼師の中でもいまだ異端扱いされている。『雇われの飛頼師』がこの街にいるはず。公衆電話はどこにある?」

 

 リンは公衆電話を探しに人並みへ消える。のちほど、合流すると言ってクロを伴って行ってしまったので、カンクロウは二人の兄妹と待つことにした。
 待機しはじめてすぐに、ステイアがカンクロウへ、リンはどうしたのかと聞いてきた。カンクロウはリンから言われたことをそのままステイアへと伝える。

 

「『雇われの飛頼師』っていう、知人がいるみたいなんだ。その人なら君たちのご両親への道を知っているかもしれないみたいでね」
「『雇われの』ですか。妙な話ですね。おれが知っている飛頼師とは、普通個人契約しない、フリーの仕事ばかりだと伺っているんですが」
「そういえば、そうだね。おれの知ってる飛頼師もみんなフリーな人ばっかりだ」

 

 カンクロウは同意し、思惟する。飛頼師とは元来、自然の中で仕事をこなす。なので、個人雇用の飛頼師になるとはつまり、自然の中での仕事が必然的に減ることになる。飛頼師の依頼とは普通なら屋外での採取や採集のはず。それなのに、個人雇用とは、一体どういう事情でそうなるのか。好奇心は尽きないようで、カンクロウはリンが戻り次第その理由を聴こうと考えた。
 十分程度経過したぐらいだろうか、リンがクロと共に戻ってきて、「行くよ」と言い再び踵を返した。リンと並行して歩きながら、カンクロウが先ほどの疑問をぶつけてみると、彼女はふっと笑い、しかし先刻と同じように肩をすくめながら、

 

「さぁね。彼らの事情はわたしにも分からんよ」

 

 とだけ言うのであった。

 噂の『雇われの飛頼師』の居場所は中心街から少し離れたところらしい。建物の造形が高級な印象を思わせる住宅街まで来ると、さすがに路上パフォーマーが居なくなった。リンはクロの鼻を頼りにしているのか、いつのまにかクロはカンクロウたちよりも先行して先頭を歩いていて、時折、その黒い鼻を動かしていた。
 住宅街の奥まったところで、左折する。すると、一軒の豪邸が視界に入った。他の豪邸よりも、一回りは大きい門扉と柵が目についた。門の両サイドにはそれぞれ門番がいて、槍を手にしているわりに、肩からは機関銃のような銃器さえぶら下げていて、カンクロウは少しドキリとした。けれどそんなカンクロウとは違い、リンはクロを伴いながら門番へ恐れをなさず近付いていく。当然のことながら門番は警戒するように一瞬だけ微動するが、リンは世界共通語を使って話しかけていた。そして彼女は意外にも流暢にしゃべっている。まるでラヴィが嘘を言っていたのかと思われるほどの語学力だった。

 

「こちらの屋敷に『雇われの飛頼師』がいると窺い訪ねてきたのですが」
「個人機密につきお答えすることは出来かねます。ご了承ください」
「では、サディスファイという名に覚えは? わたしはこいつを相手として話しにきたのだが」

 

 聞きなれぬ言葉だ。サディスファイとは個人の名前か。門番が一瞬瞠目する。それから、門番に逆に問われた。

 

「貴方がたは何者ですか。返答次第では、ご要望に添えるだけのことは致しましょう」
「わたしはしがない飛頼師の端くれさ。名は、クロキ・リンと申すのだが」
「リン……まさか。あの黒き麒麟が?」

 

 もう一人の門番が動揺したような声をあげた。それから、慌てた様子で無線機を使いどこかとやり取りをする。そうして間もなく、彼らは門を開いてくれた。一体なぜこんなあっさりと通過できるのか。全く事態に追いつけていないカンクロウとステイア、それにイーオは、少し理解が遅れるも、屋敷への進入許可を得られたのでリンの後を追い敷地内へと入る。
 邸宅に到着するまでの間に、カンクロウはリンに訊ねる。

 

「一体どんな魔法を使ったんだよ。取り入ってもらえるなんて、普通じゃ無茶な相談だろ」
「さあ。ただ、先方はわたしのことを存じていただけだ。それ以外にはなにもない」

 

 いまいち釈然としない返答だった。だがきっと彼女はそれ以上は教えてくれない。それを理解して、今度はもう一つ、沸いて出た疑問をぶつけてみる。


「……じゃあ、もう一つ教えて欲しい。確かリンは世界共通語が完璧じゃないって言ってたろ。さっきのあれの、どこが『完璧じゃない』んだ?」
「なんだ。嘘じゃないさ。まさか、さっき程度の世界共通語さえ出来ないと思っていたのか? 失礼な奴だな君は。あれくらいなら出来るだけの話しだ。専門用語とかは全くといっていいほど知らない。だから君を同行させた。それだけの話しさ。おいおい、そう、怒るな。わたしだって好きで君といるわけじゃない。一人で出来るなら一人でやっていた。だがそうは出来ない。なにせわたしはただの飛頼師。祖国ならいざしらず、外国人と対話するには、言語能力の優れた助手である君の手助けが必要。これで満足か?」

 

 少し苛ついた様子で、リンが語ってくれた。カンクロウは意外に思いながらも、彼女の言葉にただ頷いた。酷い扱いではあるが、自分を頼ってくれていることは事実らしい。それなのに、まるで「リンは頼られなくても一人でこなせてしまえるくらいに完璧なのだ」と、彼女を勝手に完璧人種に仕立てあげていたのは、紛れも無く自分だ。普段の言動から、そういう風に思えていたのだが、こうして改めて本人から言われると、少しばかり照れくさいというか。居心地が悪かった。
 ようやく屋敷へと到着する。屋敷の入り口に入ってすぐに、カンクロウは思わず口を閉ざした。想像していた”大富豪の豪邸の図”を軽く超えるくらいの高級な壺だの甲冑だのが通路の壁際にドンと構えていて、カンクロウはそれらの気品の高いものを見ていると、迂闊に無駄な言動をするのをためらってしまうくらいだった。

 それから間を置かず、視線の先から人影が現れた。

 

「ようこそ。我が城へ。黒き麒麟はまだまだ、ご健在でしたか」

 

 初老の男性が、侍女であろう女性から介助をうけながら、ゆっくりと近づいてくる。ふとリンが動き、なんと片膝をついて彼へ深々と頭をさげているではないか。まるで紳士がお客相手にするみたいに、至って自然に行なっていた。普段のリンを知っているカンクロウはすっかり驚いてしまって呆然としている。ステイア、イーオもまた、何もできずその場で立ち竦んだ。

 じ、とその姿勢を崩さず、頭を下げたままリンは男性へと挨拶をする。

 

「久しくしておりました。ベルベット氏」
「おもてをあげてくだされ。畏まる必要などないでしょう。そちらの方々は、依頼主の方ですかな?」
「青年はわたしの助手で飛頼師助手を請け負っております。少年少女は今回の依頼主様にございます。さてベルベット氏。今回わたしがあなたの元へ参りましたのは、『雇われの』奴をお借りするためにございまして」

「ほう、ほう。まぁ、ひとまず、こちらへおいでなさい。立ち話は好きではないものでね」

 

 言い、ベルベットと呼ばれた男性はカンクロウたちを貴賓室へ案内してくれた。そこでフレーバーな香りたつ紅茶のような飲み物をいただきながら、カンクロウたちはリンとベルベット氏の話しを聞いていた(このようにリンが敬語で話すところを見たのは初めてだったため、なんだか不思議な心地にとらわれる)。

 

「して、お借りしたいとのことですが、どのような要件で?」
「はい。今回依頼を受けた内容なのですが、この幼い兄妹の両親捜しにございまして。もちろん、謝礼も弾ませていただきますが、事情が事情ゆえ、仮に両親を発見できなかった場合は謝礼の話しはなかったことにさせていただきたく」
「つまり、タダ働きをさせるということですかな」
「いかにも」

 

 初老の男性は少しため息をつく。それから、通信機器を使って何か誰かと話しをした。そうして間をおかず、扉が叩かれ開かれる。長い青い髪を垂らして、少し陰気な雰囲気を纏う男性が姿を見せた。けれど彼は、ふとリンのほうをみた瞬間から、瞳孔を収縮させる。それから何事か、いきなり「うわああ」と情けない声をあげ、部屋の隅っこへと退避した。いきなりの出来事に呆気にとられるカンクロウと違い、リンは愉快そうに笑顔を向けている。

 

「やぁ、久しいじゃないか。サディスファイ。なんだ、まだわたしのトラウマを引き摺っているのか? 情けない」
「そう仰られるな、黒き麒麟よ。彼はこれでも、私の大切な飛頼師なのです」

 

 小さく笑いながらベルベット氏は、サディスファイと呼び、彼を近くにくるように呼ぶ。彼――サディスファイは極力リンの傍へ行かないように、非常に警戒を見せながらも主の元へと向かう。傍らにて片膝をつき忠誠の動きをみせるものの、やはりどこかではリンに注視の様子をみせている。この二人、過去になにかあったのだろうか。疑問は泉のように湧き上がってくる。サディスファイに今回の件を話すベルベット氏を見つめながらも、カンクロウがその疑問の一端をリンへ問いかけると、彼女は小さく笑い、

 

「幼年の頃にわたしが奴をいじめたんだ。そのせいでわたしは彼から嫌われている」

 

 などと、事実のように言うのだった。
 しかし、彼女の言うことは事実なのだろう。そうカンクロウが思ったのは、彼の怯えようが尋常でなかったからだった。もし彼がクロのような獣であったなら、歯を剥き出しにして威嚇してみえたことだろう。そんなくらいの恐れようだ。そしてサディスファイは、主の言うことに背けないようで、「黒き麒麟らに同行しなさい」と言われた後、しばし間はあったものの、「イエス、マイザー」と従うのだった。

 サディスファイはディーとなる獣、茶色毛の狼を引き連れてカンクロウらより5メートルも先を歩いていた。時々後ろをついてくるリンを見ては、ひっと息をのむ音がしていたが、どうやら今回の任務は、また他人の手を借りての遂行となるらしい。
 彼に聞こえないようにカンクロウは注意しながらも、リンにまた声をかける。

 

「一体何をしたらあんなに怯えるんだ?」
「……その話しはまた今度にしないか。あまり、思い出したくないことなんだ」
 
 ふっと顔に影を落とすリンに、カンクロウは驚く。こんな表情いままで見たことがない。気持ちがずいぶんと沈んでいるようだ。他方、意識共有をしているはずのクロはこれといって変化がない。仮面を被っているのだろうか。それにしても、声の模様は今まで聴いたことがないくらい落ち込んでいるし、きっと無理しているのかもしれない。カンクロウはそれからは何も喋る気がなくなって、皆口を閉じると奇妙な沈黙が流れた

 サディスファイが一軒の家へと入って行った。見た目は完全に普通の個人宅にしか見えない。不思議に思いながらカンクロウたちも続いて入っていくと、最新の疑問は解消された。
 そこは酒場だった。規模は小さいものの、カウンター席にオーダースペースの棚、それに小さなブラウン管テレビが天井から吊り下げられ、つんとアルコールのにおいが鼻をついた。ステイアとイーオには刺激が強いかもしれない。カンクロウがそれを言うと、彼らは外で待機するということになった。

 カウンターに立つ女性へとサディスファイが歩みを寄せ、声をかけた。

 

「マダム、いま出ていった兄妹の両親探しなんだが……」

 

 サディスファイは先ほどの怯えの様子が一切なくなり、凛々しく振る舞い始めた。その様子を少し遠目から眺めながら、カンクロウは、魔導士族はやはり普通の人間とは違うのだと思惟した。
 ヒト科であるのに、動物に意識を宿すことができるという魔導士族。他方で、動物への変姿が行える種族もまた存在する事実がある。彼らは普通の人間よりも長命であり、その力をヒト科の一般の「普通の」人間のために使うことも、知っていた。リンやユウも、見た目は二十代に見えるが、実はカンクロウよりももっと年上であることも、最近になって知った。いや、酒場『リオリオ・レンド』にいる全ての魔導士族出身の飛頼師らも、カンクロウなんかよりも年上であるらしい。見た目に現れないようだが、そうなのだと、マスターのラヴィネス・トレイトから聞かされたのだった。

 

 ふとカンクロウの意識が閉ざされる。そうして瞼の裏に、いつかの夢が映し出された。幼い女の子二人が仲良さげにはしゃいでいる光景。草原広がる地帯にて、小気味よく、楽しげに、歌を歌っている。『一意束』という単語が出てくる。明滅すると、女の子は悲しげな顔をしていた。もう一人はいない。黒髪の女の子は感情をなくして、それから明滅し、いなくなる。

 

 カンクロウははっとした。気づけば、サディスファイがこちらを見ていて、リンもまたカンクロウをにやにやとしながら見ていた。

 

「どうした。立ちながら居眠りができるなんて、器用なものだね」

 

 そう言われ、カンクロウは即座に謝罪した。どうやら、マダムから情報を聞き出したらしい。先にリンが外へ出ていくと、残ったサディスファイはようやくカンクロウへ、自己紹介をしてくれた。

 

「すまない、紹介が遅れたね。私はサディスファイという。マスターベルベットに『雇われて』いる飛頼師だ。こちらの狼はトレバー。私のディーだ。……クロキ・リンに聴いているだろうが、私はどうにも、彼女に嫌われていてね。昔、ちょっといざこざがあったために今もトラウマになって彼女に近づけないんだ。情けない話だが、そういう辺りをご理解いただけたらありがたい」

 

 いじめという言葉は出なかったが、リンが言っていたことは事実だったようだ。先んじてカンクロウが外へ出ると、リンはサディスファイに配慮してか、家の門扉の傍にいて、距離をおいていた。リンが離れたところにいることを確認したサディスファイが家から出てくると、ステイアがそわそわしながら彼へ話しかけた。

 

「あの、両親は……」

「君たちの両親の特徴を持った、名の知れた錬金術師のご夫婦がこの街の離れに在住されているようだ。もしかしたら君たちのご両親かもしれない」
「本当ですか!?」

 

 ステイアが喜びに顔を赤くした。イーオはきょとんとして、表情は変わらなかったが、ステイアに「ママとパパ?」と聞いていた。ステイアが大きく頷いてみせると、今まで全く変化がなかったイーオの顔に赤みがさした。どうやら、嬉しいしらせに喜んでいるようである。ステイアがイーオの手を握り直すと、「お願いします」と頭を下げる。
 サディスファイが先行して歩いていくのは先ほどと変わりなかったが、少し歩幅が大きくなるのは仕方ないことだろう。何年離れていたかは知らないが、待望の再会がもうすぐそこまで来ているかもしれないのだ。幼い兄妹たちの気持ちを考えたら、必然、足も速くなるというもの。
 賑やかな街を横切り、道を二、三程度曲がっていく。人気があまりない通りを抜けていくと、一軒の家が視界に入った。大きくはない平屋の家だったが、人の気配があることを、煙突から出ている煙が教えてくれた。
 サディスファイやカンクロウを追い越して、二人の兄妹が走って行く。家の目前まで来て、それから、恐る恐る、こちらを見てくる。カンクロウやサディスファイが頷いてみせると、ステイアがドアをノックした。

 

「はい。どちら様――」

 

 扉が開き、一人の女性が顔を覗かせる。その途端だった。

 

「母上!」
「ママ!」

 

 ほぼ同時だった。二人の兄妹はそう叫んで、女性に飛びついた。間違いなく、彼らのお母さんだった。その声にか、もう一人家の中から出てきた。お父さんだった。ここに来る以前にセピア調の写真を見た、あの写真の中のご両親に間違いなかった。ステイアもイーオも、大声で泣きながら二人に縋り付いた。感動の再会だった。カンクロウは、少し心がすくような思いを抱き、二人を見つめる。何年も会っていないはずなのに、ちゃんとご両親は二人のことを覚えていた。二人の兄妹もまた、両親のことを覚えていた。お母さんのほうも涙を流し、お父さんもまた涙ぐんで、二人の頭を撫でている。
 しかし、問題はここからだった。無事に両親と再会できたということは、両親から謝礼として依頼金を頂かなければいけない。出稼ぎに出て数年、錬金術で稼いだ金は、恐らくそんなにもないはずだ。なぜならば、二人が親戚宅へ子ども二人を預けたまま数年が経っているのだ。生活水準はそんなに高くないだろうというのは、室内の家具類の古きが物語っているようであった。テレビもない、娯楽用品や置物なども一切ない、大変に質素であっさりとした室内だった。
 依頼代行のようなこともしているし、一体、いくらを要求するつもりだろう。カンクロウはそれが心配だった。

 

「さて。ビジネスのお話といかせていただきましょう。今回、この兄妹から依頼されたのは、『両親に会うこと』でしたから。それが今、果たせてしまった以上は、依頼金の前金後金をいただかねばなりません」

 

 リンがそう切り出すと、ご両親はうつむいてしまう。カンクロウの読み通りらしい。助言をするつもりで口を挟もうかとも思ったが、リンが再び口を開くのが先であった。

 

「正直、今回の報奨はすでにいただいたものと、わたしは考えております」
「えっ?」

 

 誰の声と重なっただろうか。誰ともなく、リンの言い出した言葉に驚きの呟きがあがった。
 リンは続ける。

 

「――わたしは以前にも似たような依頼を受けておりまして。その時は対象こそ人間ではなかったものの、とても素晴らしい報奨を頂いておるのですよ。貴方がたのお子さん、二人ともとても素敵な笑顔を見せてくださいました。それで、今回の報奨はその笑顔とさせていただこうと思いましてね。サディスファイ、申し訳ないが、そういうことで宜しいか?」
「……同意だ。彼女の申し出なら、それでいい」

 

 少し怯んだ様子を見せながらも、サディスファイもまた同意してくれた。まさか、こんな事態、誰が想像できただろう。あの極悪非道で知られる飛頼師が、こんなにもあっさりと感動の結末(ピリオド)を打ってくれるとは。
 リンからの予想だにせぬ申し出に、ステイアとイーオのご両親は何度も何度も、頭をさげて涙をこぼした。しかし去り際、父親のほうが何かを袋へ包んで手渡してきた。カンクロウは解せずきょとんとするが、すぐに理解したらしいリンが、深々と頭をさげる。

 

「謝礼など受取れませんが、サディスファイの主への分として受け取っておきましょう。サディスファイへ渡してくれ、助手」

 

 厚みのある袋の中身は、どうやらリンが言う通り、お金だったらしい。カンクロウはサディスファイへ渡し、サディスファイはリンに頭をさげた。嫌い合っていると思い込んでいる二人の間の見えない壁が、少し薄くなったように感じられた。
 ステイアとイーオは家に残り、帰り路、リンは距離のあるサディスファイに「ベルベット氏によろしく」とだけ言い、別れた。
 結局、今回の旅費だけ実費負担となり、カンクロウたちはルナティックシティへ帰ることとなった。航空便の予約は滞りなく行われ、待つ間にカンクロウは一人、錬金術師が路上パフォーマンスをする街を散歩していた。錬金術とは古来より科学の世界の話だと聴いていたが、実際の錬金術師たちは、まるで手品のような方法で観客たちを沸き立てていた。どんな仕掛けがあるのか知らないが、空を飛んでみせる者、石ころを宝石へ変える者、水をお酒に変える者、ただの紙をお金に変える者など、様々な演技を見せてくれる。この国の通貨へと換金した金をそのどれもの錬金術師たちにチップとして投げてよこせば、みんな揃って輝く笑顔を見せてくれた。錬金術という手法はマジシャンと変わらないが、それら全ては幻や誤魔化しではなく、現実に起こり得ている現象だと、身を持って知ることができた。
 そうしているうちに、航空便搭乗時間が迫っていることを思い出したカンクロウが空港へと戻る道すがらに、彼女と出会った。

 

「そこのローレリアン! 止まるのじゃ!」

 

 突如日本語が聞こえ、カンクロウは驚きに目を見開き即座に振り返る。高貴な印象を漂わせる少女、そして傍らには場違いなくらい完璧なブラックカラーが一人居た。ご丁寧にサングラスまで真っ黒だ。カンクロウを呼び止めたのは少女のほうか。少女は魔導士族と同じようなケープとローブを羽織っていて、その顔には不釣合いだろう色眼鏡をかけて、素顔をごまかしている。ブラックカラーの彼からは、何やら物凄い勢いで睨みつけられているような気がする。それというのも、カンクロウは身近にいる飛頼師が同じような感じで睨みつけてくることがたまにあるので、そう感じたのだった。

 立ち止まったカンクロウに、彼女は満足げににやりとした。

 

「そうじゃ。そなた、飛頼師の付き人であるな?」

 

 また日本語が、今度ははっきりと少女が喋るのを見た。カンクロウは事情が飲み込めずにいたが、頷いてみると、彼女は傍にいたブラックカラーに何事か告げる。彼は懐からなにかを取り出すと、それをこちらに手向けた。

 

「前金じゃ。わらわをこの国から遠くへ連れ出してたもれ!」

 

 今まで見たことがないくらいの厚みのある封筒だ。いくら入っているのかさえ把握できない。それにこの独特の喋り方、間違いなく日本人のようだ。しかし髪の色は金髪で、色眼鏡の奥の瞳もまた虹彩は薄いように思われるのに。
 しかし、こうも立て続けに子どもを相手としたビジネスを任されるとは。カンクロウは自身が携帯電話を身につけていないことを、今一度後悔した。以前から持とう持とうとは思っていたのだが、ショップはルナティックシティの首都、大都会エティオールにしかない。何か事のついでに行こうと考えていた程度だった。しかし、こういう事態に陥ることが分かっていたら、面倒くさがらずに携帯電話を買っていただろう。後悔は先に立たないのだ。

 そんなことを思案していたために痺れをきらした少女がカンクロウを急いた。

 

「そなた、聴いておるのか? 前金を受け取ったなら、依頼は請け負うということじゃろう? さあ、わらわを早く国外逃亡させよ」

 

 一体どこで誰からこんな言葉遣いを習ったのだろう。カンクロウは苦笑をしつつも、実際に前金をこうして受け取ってしまったのだから、彼女たちを同行させねばならない。貴族のお嬢さんとそのボディガードを引き連れて、カンクロウは空港まで向かうこととした。

 

 

第15話

 

 

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