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フローアイアンの風の音に 序章

フローアイアンの風の音に 序章 『フローアイアンの鐘の音に』20080614(最終更新20180606)

 

 

 絶えず吹く風は平原を駆け抜け、街の中心に位置する国防軍中央事務施設の渡り通路へまで葉を運んだ。ここ数日は過ごしやすい天気が続いており、軍内部でも一部の軍人は職務怠慢に近いだらけた生活を送っていた。そんな中でロティア・ハルシュテンはいつもと変わらぬ勤務態度を貫き、絶え間なく吹く風に金髪を揺らして、つかの間の余暇を楽しんでいた。
 若くして佐官に就く彼女のともはコーヒーで、爽やかな午後のひとときを、時計塔の下部の壁にもたれ掛かって過ごしている。時折、顔にかかる髪を手でよけながら、ほかになにをするでもなくコーヒーカップへ口をつけた。

 

「これは中佐殿。こんな場所で昼休憩ですか。」

 

 敬語口調だが、わざとらしさが含まれる声がした。ロティアは通路の左側へ視線を向ける。鳶色混じった短い金髪を風に揺らす、深緑色の軍服に身を包んだ男性がいた。彼の左手にはロティアの持つものと同じカップがあり、歩幅を狭めた男性はこちらへと歩いてきた。かすかに口角をあげたロティアは、顔をそらして目をつむり、

 

「やあ、ドーマンウッド君。寝癖が跳ねているぞ、鏡を見たかい。」

 

 冗談のつもりでそのように述べた。ロティアの返事にラニック・ドーマンウッドは「あっ」と呟き、慌てて髪を撫でる仕草を見せた。まさか図星だったとは。ロティアは思わず噴き出した。

 

「ラニック、お前、まさか本当にサボっていたのか。なんて奴だ。」
「サボりじゃない。ちゃんとした任務だ。」

 

 寝癖がつくような任務内容など、この軍にはなかったはずだが。思ったことを口にする気はなく、ロティアは小さく首を振って呆れていた。
 隣に立つこのラニック・ドーマンウッドは尉官であるがロティアとはとても親しかった。二人は古くからの馴染みで軍学校時代も同期であったが、気付けば女のほうが上官になり、男より先に高位へとあがっていた。それはただ一途にロティアの努力のたまものであることに間違いはなかったが、それを知らぬ彼女の元上官らはロティアという若き佐官の女を妬み恨んでいた。しかしロティアは下位と成り下がったかつての上官のことなど歯牙にもかけずに居たので、大した問題もなかった。

 

「シュレーディングの旦那の声だ。誰かなにかやらかしたのか。」

 

 通路を西へと渡った先、事務施設西館のほうから、でかい罵声が響きわたった。ラニックが冷や汗を流して西館へ目を向ける。厳しい口調で怒鳴る声は終わる気配なく、なにを言っているのかまでは聞き取れない。コーヒーを一口飲み込み、ロティアは短く息を吐いた。

 

「怒鳴りつけられている対象は二人。恐らく男女。まったく、最近の若い奴はこの気候で頭のネジがゆるまり、色ぼけているんだろうか。不快極まりないな。」

 

 憤りの言葉を口にしたロティアだが、ラニックがすぐに「お前もまだ若いだろ」と茶々をいれてきた。

 

「まあ、言いたい気持ちも理解できるけどな。なんのために軍に『いれさせて』もらってんだか。」

 

 同じように息を吐いてラニックは首をすくめた。そうだなと同意するロティアの肩にかかる髪を梳き、風がまた流れていく。

 随分と時が経った。軍へ『入れさせてもらって』、幾年。軍学校の門をくぐり、様々な出来事や体験を過ごし、異例の尉官卒業を果たし、この地位に至るまで、本当にいろいろあった。


 この国の軍学校及び軍隊は、名と実態が伴わぬ実力主義的な風習がある。それは一種の子どもの仮想遊戯に似ていて、下克上など当たり前、強き者が出世できるというシステムであった。それはまさに究極の軍隊の形ではあるが、それゆえ軍人の絶対数は限られてしまっていた。
 毎年、多数の者が軍学校へ入学する。しかし無事に卒業して『真の軍人』になれる者などわずかしかいない。その学校で学ぶことの多きや過酷さも退学の理由にあがるが、特に将来性のない者と判断された場合は有無を言わさず追い出される。そして何より、たとえ卒業できたとしても卒業時の官位はとても低い。軍学校の科の一つ、総合戦闘員教練科では特に、士官位で卒業した戦闘員などはこれまでたった一例しかない。大抵の卒業生に与えられる官位といえば、せいぜい軍曹や曹長といった下士官位で、それは『真の軍人』として軍へ入隊した時、皆が同じ始点に立って、切磋琢磨をしながら上の官位を目指すというゆえんのためであるらしい。
 それにしても戦争狂がいるわけでもないこの国で、ここまで軍の磨きに固執するのは果たして誰なのか。それは軍に勤める者でも分からなかった。

 

「せっかく軍に入ったっていうのに、たかが一時の色ボケで首切られるのも哀れなもんだな。」

 

 しみじみとそのようにぼやき、ラニックはコーヒーを飲み終えた。通路を横切る軍人たちは、西館からいまだに響き渡ってくる男性の怒鳴り声に耳を傾けながらも、我関せずというように早歩きで過ぎ去って行く。少なくなったコーヒーを眺め、ロティアは嘲笑を浮かべた。

 

「哀れに思うことなどあるまい。『死ぬために』軍に入ったのは彼らなのに、色恋などにうつつを抜かすから当然の仕打ちを受けたまで。普通の人間らしく恋をしたいならば『生かされるために』一般市民に戻ればいい。」

 

 ぬるくなりかけのコーヒーを飲み干すと、ロティアは南館へとつま先を向けた。カップを持たない手をひらひらと振り、ラニックへ背を向けたまま別れの挨拶をする。西館からの怒鳴り声が少しずつ遠のき、南館へ入った頃には風に紛れてとうとう聞こえなくなった。

 

 南ハクニア大国マーベラストイックス国防軍中央事務施設――通称『中央塔』は、東西南北に各事務所や課が存在する、広大な敷地内に佇む軍施設である。南ハクニア大国ガスト県アンリ・レイフォードの街のど真ん中に点在するため、敷地の周囲には高い鉄格子が張り巡らされており、この施設を知らぬ者が見たら刑務所とも見紛うような厳かな雰囲気があった。
 東西南北の各棟を繋ぐ長い通路の中心にそびえ立つのは時計塔。毎日、決まった時刻に鐘が鳴らされるが、手動であるその鐘の音は寸分の違いなく確実にその時を知らせる。広い敷地を誇る施設そのものもさることながら、この時計塔もまた、アンリ・レイフォードのシンボルとなっていた。

 ロティア・ハルシュテン中佐の勤務する南館は『羨館《せんかん》』とも呼ばれ、下士官以下の軍人にとっての第三目標にされる場所である。南館には佐官以上の官位の者のほか、上層部直轄三系課勤務の戦闘員、及び一部の事務職者以外の者の出入りが原則禁止されているため、用事もなくこの建物へ入ることは許されていない。ちなみに下士官が第一に目指すのが尉官入りであり、次に目標とするのが『中尉』の官位を得ることである。中尉になると階級証と『シーロウ』という名が与えられるが、これはとても栄誉あることであり、同時に分隊編成時の一個分隊長の責務を負う段階に入ることになる。
 そして軍に従属する大抵の戦闘員の最終目標にされるのが、『鎧邸《がいてい》』と呼ばれる場所へ行くことだった。鎧邸は南ハクニア大国の南西部にあるアムディゼ県に存在し、将官以上の者が邸宅を構えるエリアの通称である。

 

 南館を入ったすぐの場所には小さな窓口がある。これは佐官以上の者、あるいは限られた勤務者であるかの確認窓口だ。佐官以上の者かどうかは戦闘員勤務服の肩章を見れば一目瞭然ではあるものの、ここでのチェックは割に厳しいため少々時間を要することもあった。

 

「肩章と徽章、及び階級証の提示を願います。」

 

 窓口の外には二名の事務職者がおり、彼らは深い青色の軍服を身に纏っている。左腕には監査員のしるしとなる青紫色の腕章をつけ、南館へ入館しようとする者一人ひとりに三種類の階級証明を提示させていた。原型をとどめてさえいれば、いかなる形にでも独自改造を許されている階級証はともかくとして、見れば分かる肩章と徽章をいちいち彼らに凝視されるのは慣れない者にとって大変居心地の悪いものだろう。
 入館しようとしたロティアの前にも当然、監査員が立ちふさがったが、ロティアは右手の平を彼らのほうへ向けると二、三度頷いて、

 

「いつもご苦労。しかし時にノールド君、君は私が何者か承知済みだろう。よって検査の必要性は皆無だ。以上。」

 

 監査員のアルバナ・ノールドの前を行き過ぎようとしたが、もちろんそれは阻止された。ノールドは「だめですから」と呆れたような口振りでぼやき、ロティアの肩章をチェックし始めた。

 

「毎回のことでお手間を取って申し訳ないと思っています。ですが、これをしないと我々の首が飛ぶんです。どうかご理解ください、ハルシュテン中佐。――肩章良し。」

 

 肩章の本物を認めたノールドは片手に持つ紙に書き付け、次は勤務服の左胸に取り付けられている徽章を眺め始めた。その際「階級証の提示準備をお願いします」とロティアへ述べてきた。やれやれと声には出さず口を動かし、己の勤務服のオーバースカートの中へ手をつっこむと、ロティアはおもむろに取り出した。

 

「徽章良し。階級証も、良し、と。」

 

 純銀製の六角のプレートには赤い線の下地と白色のクロスの紋が二つ横並びに刻まれている。ロティアはこの『中佐証《リアオーラ》』の上部あたりに小さな穴をあけ、鎖に通して常にベルト穴へ装着していた。このように穴をぶち空けていても、元の形が識別できればどのように扱っていようが特に問題はない。ただ、一度でも紛失したり過度な破損をすると作り直すのにかなりの時間と金がかかるため、むやみな改造はされないし、改造を請け負う業者も勧めないのが常であった。

 

「協力感謝いたします。無理なさらぬようお勤めください。」
「君もな、ノールド。失礼。」

 

 敬礼をするノールドに手を振り、ロティアは廊下を進み始めた。左のポケットへ階級証をしまうと、午後勤務開始の鐘が鳴り響いた。鐘は二分の間ずっと鳴り続けるので、鐘が鳴り終わる前に職務室の自分の席へ座っておかねばならない。軍人といえど、こうして平穏に事務施設にあるときは一般事務の人々となんら変わらぬ日常を過ごすのだ。

 

「我らが主、フローアイアンよ。」

 

 通り過ぎてきた職務室から、ぽつぽつと讃歌の前文が聞こえてくる。この言葉は午前、午後それぞれの勤務の始まりに読み上げるものであった。
 鐘が鳴り終わらぬうちに職務室へ入り、ロティアは自身の席へ立った。机上の書類の横に空となったコーヒーカップを置き、周囲を見渡した。室内には深い青色の軍服を着る事務職者が一名と、深緑色の軍服を纏う戦闘員三名(うち一名は尉官である)が居た。この職務室では中佐であるロティアがトップなので、他四名は皆ロティアへ向いて直立不動の正姿勢敬礼を行っている。

 

「では諸君。讃歌前文、いこうか。」

 

 上官からの指示に部下たちは「はっ」と返事をし、合図もなく大きな声を張り上げた。しかし僅かなズレもなく讃歌前文をそらんずる様は、さながら歌を歌っているような印象を与えた。

 

 ――陽となりて雨となりて大地に生命を与えたもう。なにものにも捕らわれぬ風となりて我らに安らぎを与えたもう。フローアイアンよ、導きたまえ。我らを御前へといざないたまえ。フローアイアンの風の音に。フローアイアンよ鐘の音に。

 

 読み終わると同時に、一際大きな音をたて、鐘の音は静まった。今より午後勤務が始まったという、静寂の合図であった。他の職務室も静まり、開け放たれる窓から入る野生の音のみが耳に触れた。

 

 

第1話

 

 

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