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フローアイアンの風の音に 閑話休題1

フローアイアンの風の音に 閑話休題1 『三課の仕事』20100210(最終更新20180607)

 

 マーベラストイックス国防軍中央事務施設。『野心実現』のために真の軍人となったヤックル・オランゼ・フレーシア少尉は今、勤務三日目にしてガスト県内のアンリ・レイフォード市街を、同僚のリタ・クランキーと共に闊歩していた。深緑色の軍服は、いかんせん人目につきやすく、市民からの視線は絶えるところを知らなかった。

 

「軍人として有益に働いてくれそうな候補者を、こうして一般民間人の中から探すのも、あたしたち三課の役目ね。」

 

 リタはさらりと述べて、市民の目など一切気にする様子もなく歩き出す。
 ヤックルの所属する三課の正式な名称は『新兵会議課』。この課は軍学校へ訪れて『仮軍人』と呼ばれる学生たちに指導をしたり、またこうして市街見回りと称した『勧誘活動』を行ったりするのが主な仕事らしい。実際にこの『勧誘活動』で軍人志願する若者も少なくはなく、これまでに十名ほどが軍人志望者として軍学校へ入校したという。いずれも特異体質者で、彼らは現在下士官として事務施設へ勤務しているのだと聞いた。特異体質者にとって、差別偏見なく等しく扱ってくれる場所があるならば、たとえそれが軍という組織であっても縋る以外の選択肢はない。下手に民間の職場に馴染もうとしてもいずれは特異体質者であることがバレてしまい、追い払われるケースも現実に起きているのだから。

 軍人らしからぬ緩い雰囲気を持つリタは、それを活かして民間人らの警戒心を緩めさせることができるようで、今また一人の青年に何の遠慮もなく声をかけていた。

 

「そこの青年。少し時間を割いてもらえないだろうか?」

 

 町を歩く若者を見かけるなり、リタは男女問わずに手あたり次第に声をかけているようだったが、そんなに簡単に志願者が見つかるわけがない。軍というところがいかに危険で厳しい場所かなど、民間人もよく分かっているのだから。ヤックルは多少の面倒を感じて、ふと視線を動かした。
 パンの焼けるおいしそうな匂い。『サー・オルレイア』と看板があり、そこは喫茶軽食堂であると知る。ヤックルが眺めるうちに、店の中から娘が重たそうなカゴを持って出てきた。彼女は入り口傍の邪魔にならない辺りにそのカゴを置くと、ヤックルに気づいてこちらに顔を向けた。ヤックルと年齢の近そうな若い娘は、ヤックルを軍人と認めたためか、軽く会釈をしてきた。つられてヤックルも頭を下げる。娘は微笑を浮かべた。

 

「フレーシア少尉、何を余所見してらっしゃるんですか。あっ、リューマ。」
「彼女とお知り合いなのですか。」

 

 どうやらリタはあの娘を知っているらしい。リタは「まあね」と軽く肯定の返事をして、ついと足先を娘のほうへ向けた。ぎょっとしてヤックルもリタを追った。

 

「クランキーさん。お勤めお疲れ様です。」

 

 その娘は明るい笑顔でリタを出迎えた。それからヤックルにも顔を向けて、「同僚の方ですか?」とリタに訊いた。

 

「ヤックル・フレーシア少尉よ。あなたと同い年で、つい三日前に軍人になったばかりの新卒者ね。」
「まあ。フレーシアさんも19歳なのね? 初めまして。わたしはリューマと申します。」

 

 リタが呆気なく個人情報を流出したのでヤックルは抗議を申し立てようとしたが、至極嬉しそうに笑顔を咲かせるリューマのいる手前、それは止めておいた。挨拶をされたら、こちらも挨拶をするのが礼儀だ。正姿勢敬礼をして、いかにも軍人らしい態度をとると、リューマは何やら感心したような声を漏らした。

 

「フレーシアさんはまさに軍人らしいわ。クランキーさんも見習わないといけませんね。」
「えっ。何それ。あたしだって十二分に軍人らしいでしょ。」
「だって、その喋り方とか、全然威厳がないんですもの。」

 

 仮にもリタは中尉であるというのに、失礼なんてレベルではない物の言い方だ。なんて度胸のある民間人だろう。ヤックルは肝を冷やしてリューマを直視した。彼女は至って普通で、リタをまるで対等の友人のように見ているらしかった。そんなヤックルの不安な内心などつゆしらぬであろう娘は、リタからヤックルへと向き直り、その愛らしい笑顔を咲かせた。

 

「そうだ。フレーシアさん、非番の日などあったら、是非うちへ食べにいらして下さいね。うちのパンは自家製天然酵母だから、味も食感も三ツ星なんですよ。」

 

 リューマは頬を赤くして、ヤックルにウインクした。リタだけでなく、どうやら彼女はヤックルに対しても対等であると思っているようだ。とはいえ不快感はなかったので、ヤックルは小さく笑みをつくった。

 

「はい。またいつか、食べに来ます。」
「必ずいらして下さい。約束ですからね。」

 

 『サー・オルレイア』を後にしたヤックルは、前を歩いていたリタが突然振り向いてきたのに驚いた。じっと顔を凝視される。居心地が悪くて「何か」と訊くと、リタは目を逸らさずに、

 

「ちゃんと笑えるのなら、笑ったほうがいいわ。魅力がもっと増すわよ。」

 

 どういう戯れごとを口走るんだろう。思ってもなかったことを唐突に指摘されて、ヤックルは閉口し、しかしすぐに声を出した。

 

「お言葉ですが、軍人たるもの魅力などというものは不要なのでは。」
「違う。それは、違うわ。ヤックル。」

 

 突然に名を呼ばれ、ヤックルは瞠目した。二人きりではあるが今は勤務時間内だ。ファーストネーム呼びは明らかに不適切だった。しかし、リタの沈んだ様を見るとそれを指摘するのは躊躇われてしまう。
 じきにリタは口を開いた。

 

「軍人にとっては性的魅力は確かに不必要かもしれない。でも、少なくとも信頼や信用を得るためには、人柄や指導力などのスキルは必須だと思うの。人柄とはつまり、人間的魅力のことでもある。ヤックルは一人きりでも構わないと思っているかもしれないけど、いずれ昇格して、部下を指導する立場になったとき、その無愛想さは必ず足枷になるわ。」

 

 さり気なく失礼な言い方をされたが、彼女のそれは正論にほかならなかった。反論も文句もなにひとつ浮かばない。だが。
 ヤックルは顔をあげて、リタの黒い目を正面から見た。

 

「私は人間的魅力などという曖昧なものに興味はありません。将来的に部下を指導する立場になっても、私は私のやり方で従わせる所存です。」

 

 至って強気で、揺るぎない決意。それは心からの本心にほからない。だが、彼女がヤックルの身を案じてそのように言ってくれていることはよく理解していた。それにリタはどうやら、普段こそ緩い感じでいるが、腐っても軍人、戦闘員兵だ。『野心実現』のために利用できるものは利用する……それは同僚であっても然り。ならば、親しくしておいて損などはあるまい。

 そんなことを考えつつ、ヤックルは「ですが、」とさらに言葉を紡いだ。

 

「クランキー中尉が笑えと仰るのなら、私は表情筋をもう少し柔らかくできるよう努めましょう。」

 

 ほんの少し頬の力を緩めるだけなら、今のヤックルにも出来る。その微笑にか、リタは頬を赤く染め、ふわりと笑顔を見せた。

 

「やっぱり、あなたには笑顔が似合うわ。」

 

 笑顔が似合う、か。そのように褒められたのは初めてだった。気恥ずかしさを覚え、ヤックルはリタを促した。

 

「昼休憩まではまだ時間がありますので、志願者を探しましょう。」
「そうね。まあ、あたしたちのような美人女軍人がいるって触れ回れば、十人や二十人くらい楽勝に獲得できるだろうけど。」
「……それは入軍以前に余裕で軍規に反するので止めませんか。」

 

 軍人たるもの職場恋愛禁止とは、軍規の最初に記されている言葉だ。リタは「冗談よ」と笑った。

 

「実際、軍内部での男女間の不純交遊は厳罰ののちに強制除隊だし。ま。だからと言うわけじゃないけど、異性がダメならって同性に走る奴もいるけどね。」

 

 さらっと問題発言をされた。ヤックルは驚いて、ついリタを見た。だが今度は彼女は冗談だと言わなかった。ただその顔に苦笑を浮かべていた。

 

「ハルシュテン中佐なんかは、男どもに引けを取らないその雄姿から、女性軍人だけではなく軍属の女性のファンも少なくないようだしね。それに、南方事務施設の方にいる少佐殿なんかも、結構ギリギリの事をしょっちゅうやっているし……ああ。言っておくけど、ハルシュテン中佐本人はストイックだから同性にも異性にも興味はないわよ。それとあたしも恋愛そのものに興味ないから安心して。」

 

 なんの釘さしなのかはよく分からなかった。確かに例の若き女性佐官は、女性にしては背があるし凛々しく頼りがいのある方だが……しかし、とりあえずはもうこの話題は知らないフリをしよう。
 この国の国防軍がどんなところなのかを改めて思い知らされたヤックルは、今後の軍人生活に多少の不安を抱くことを禁じ得なかった。

 

 

第2話

 

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