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フローアイアンの風の音に 第4話

フローアイアンの風の音に スティル・アンカー編 第四話 『クラウニア・プライズム~画策の予兆~』20110323 修正20110423 修正20110803 修正20110804(最終更新20180607)

 


 その日、ヤックルは朝から自身の胸の高鳴りを抑えることでいっぱいいっぱいであった。
 本日、この中央塔で執り行われるは、新卒の『真の軍人』たちの腕試しとも言うべき『仕合訓練』。新卒の者たちの相手をするのは、このマーベラストイックス国防軍内でも取り分け腕の良い者――つまり、自らの上官たちと手合いをするというもの。聞けば、これは一種の洗礼のようなものであり、『真の軍人』となった翌月に必ず開催される『祭り』のようなものだという。入隊『させてもらって』ひと月という、通常であれば事務仕事にも慣れてきた頃、上官が自ら部下の腕の具合を確認するために設けられた、いわば『実力確認試験』といっても差し支えないかもしれない。
 たとえば南館にて事務仕事を遂行する『新兵会議課』ならいざしらず、通常であれば『真の軍人』が軍学校へ訪れて『仮軍人』の講師や教官をする機会は滅多にないものだ。噂等でしか新卒の者を知らない上官も少なくない。そのため、新卒の者と上官が親交する場としての役割も持たせたこの『仕合訓練』が行われるのである。

 どのような理由にせよ、ヤックルは自身の『野心実現』のための利用価値ある人脈を広げる機会であると、そう思惟していた。強きを味方につけられれば、きっと今後の報復活動も有利に進められるかもしれない。よこしまながら、そう考えていたのであった。
 中央塔の玄関的機能を果たす北館を突き進み、中央事務施設のみならずアンリ・レイフォードの街の象徴ともされる時計塔の鐘が視界に入ったときである。
 ヤックルの耳に、女性の小さい悲鳴が聞こえた。

 

「クラウン少佐、お戯れも大概に……」
「おや、心外だ。私はいつでも本気だよ?」

 

 聞き慣れない声だった。しかし、全く場にそぐわぬ会話だ。街の中であれば軟派な者が女性にちょっかいをかけているのだろうと察せるが、仮にもここは軍事施設内。軍規にも『色恋禁止』が掲げられているのに、懲罰を恐れぬ軍人が女性軍属にでもちょっかいをかけているというのだろうか。
 ヤックルは怪訝さを隠さずに声の方向を振り向き、すぐに瞠目する。
 壁へ向かって立つは、赤い髪――ヤックルの同僚リタ・クランキー中尉よりも明るい色をしている――、だらしなく着崩された戦闘員軍服を纏う軍人。壁に追い詰められる女性は軍服の色から事務職者であることが分かる。彼女は戸惑いの言葉を出しながらも、どこか呆れた風な、諦めたような、そんな表情をしている。……なにより、女性軍属を壁に追い詰めている赤い髪の軍人は紛れもなく、女性であった。
 彼女は至って、まるで当たり前のように微笑を携えながら、女性軍属の顔の横へ手をつき、今にも口付けをしそうな距離で優しげな声を発する。壁につくその手には、白い手袋がされてある。

 

「非番のときにでもまた、食事へ行こう。いいかい、約束だよ。」

 

 相手の女性が何か言うより早く、赤い髪の女性軍人は軍属の女性の髪をすくいあげてキスをした。かっ、と赤くなったのは口説かれていた女性軍属だけではない。ヤックルもまた目のやり場に困り、頬を赤くして視線をそらした。と、その先から、苛立ちを隠さぬ様子でこちらへ歩いて来る女性事務職者の姿を捉えた。
 銀の髪は肩より少し長いくらいだ。苛立ちにより眼つきが鋭く真一文字に閉ざされた口もと。整った顔立ちであるためか、凄んだその表情はなお一層近づくことを躊躇う雰囲気を醸し出している。彼女は手にいくらかの書類を抱えていて、その視線、歩先は間違いなくあの赤い髪の女性軍人へ向いている。見る間に距離が詰まっていき、壁に追い詰められていた女性事務職者は銀髪の彼女を見るなり、そそくさとその場から逃げ出した。赤い髪の女性軍人はのんびりとその事務職者を見送ると、不意に銀髪女性へと向き直った。

 

「早いね。用事はもう済んだの?」
「少佐殿の不穏を感じたため、途中でしたが戻って参りました。……また、何をされていたのです?」

 

 怒気を含んだ声色だ。ヤックルはなんとなく、この場にいるのは良くないと察し、中央の時計塔の柱へと歩みを一歩、進めた。そのときであった。

 

「おや。どこかで見たことのあるカタチだ。」

 

 声が飛んできた。間違いなく、ヤックルへ向けての言葉だ。ヤックルは恐れながらも足を止め、声のほうへと体ごと振り向く。
 最初に目についたのは、彼女の左目付近。黒い帯状の眼帯、だろうか。左目にすっかり覆いかぶさるそれは、耳の下あたりを経由し、後頭部側で縛られてあるようだ。そして、彼女の右眼は、髪よりも鮮やかな緋色をしている。あのように薄い虹彩であると、陽の光に弱いように思えるが、どうやら彼女は平気なようだ。
 着崩された軍服は最初の印象のままだらしないが、彼女の左胸付近の徽章……赤い三本線に、一つクロス。紛れもなく『少佐(セガオーラ)』階級を示すもの。先の会話でも、彼女は少佐と呼称されていたことを思い出す。
 ヤックルは一瞬のうちに自分の立場を理解し、咄嗟に無帽による挙手敬礼を行った。盗み聞きならぬ、盗み見をしていたことを咎められるのだろう。偶然とはいえ、あのような場面を目撃したことは恐らく他言無用と釘を刺されるに違いない。
 これから行われる『祭り』に対する期待などもはや失念していた。次のこの上官の出方次第で、ヤックルは今後の軍人生活になんらかの支障を与えられるかもしれない。意識せず、不快な冷や汗が背を伝う。
 赤い髪の少佐は、ヤックルへと歩みを寄せてきた。そして、すぐ傍までくると、じっとヤックルを見下ろした。

 

「……うん。似ているね。クラフト(少尉)殿、君の名は?」

 

 階級呼称をされ、ヤックルは挙手敬礼を解かないで声を張った。

 

「はっ。ヤックル・フレーシアと申します。」
「……フレーシア。そうか。敬礼なんて解けばいいよ。気楽に。」
「……はっ。」

 

 やはり、ひと月経ってもこの地位差を感じさせない上官らの言動には慣れない。ヤックルは指示に従って挙手敬礼をとき、じっと静止した。
 少佐の傍で銀髪事務職者が何やら耳打ちをしている。しかし赤髪の少佐は「構わない」と何かを許諾した。それから、ヤックルの目を、その緋色の右目だけで見つめ、ふっと微笑を漏らした。なんとなく、あの中佐殿を彷彿とさせる微笑だ。

 

「一期一会の縁(えにし)だ。私はミゼル。ミゼル・クラウンだ。南方事務施設勤務の、いち戦闘員。見たところ、フレーシア、君は新卒だね。」
「はっ。」
「そう。では、軍学校時代から、あのハルシュテンは存じているはずだね。私はあれの同期にあたる。そして、あれの本妻でもある。覚えておきたまえ。」

 

 にこり、と笑い、そう言われた。ヤックルは一瞬、何を言われたか理解が追いつかなかった。優秀な思考速度が徐々にその機能を戻してきたとき、はっとして、言葉を失った。
 冗談なのだろうが、なんだか、この少佐殿の言葉に嘘が感じられない。そうする気はなかったが、心のうちでヤックルはハルシュテン中佐を思い出し、また以前リタ・クランキーが言っていた「異性がダメなら同性に」という言葉が頭を駆け巡る。
 完全に何も反応が出来ないヤックルに、クラウン少佐はくっと、小さく吹き出し、次いで苦笑い気味に口走った。

 

「――冗談に決まっているだろ。そんなにドン引かれるとは。心外だ。」
「あ……いえ。そういう、つもりでは……」

 

 何か言い訳や弁解を口走ろうにも、何もいい言葉が出ない。冗談だと言われても、どうにも元の思考回路へ戻れない。あたふたとするヤックルをよそに、クラウン少佐の後ろにいた銀髪事務職者が、少佐へまた耳打ちをした。

 

「あぁ。分かっているよ、レミニス。ほらフレーシア、君も南館へ行かないと鐘が鳴るぞ。本日は『仕合訓練』だろう。存分、発揮したまえ。そして、期待に応えてくれ。楽しみにしている。」

 

 クラウン少佐からそのように言われ、ようやく体が動かせた。時計塔を見上げたら、もうすぐ鐘が鳴る時刻になっていた。悠長に話している時間ではない。
 ヤックルはすぐに「失礼します」と頭をさげ、足早に南館へと向かった。『仕合訓練』の表や仕合時刻の日程等は直接、所属する上官から受け取ることになっている。
 南館の入り口で監査員のノールドに確認を済ませ、目指す自身の職務室へ向かっている途中で鐘が鳴り始めた。ヤックルのように慌ただしく通路を往来する同僚が何人もいる。幸い、鐘が鳴り終わらぬうちに職務室へ入ることが出来た。

 

「フレーシア、最終者はお前だな。賛歌前文、読め!」
「はっ!」

 

 三課『第一下克上組』の統括長にして、ヤックルの直接上官であるバトラ・フスキー中佐がそのように命令を飛ばした。ヤックルは息を軽く切らせていたが、すぅっと息を吸い込むと、いまだ鳴り止まぬ鐘に負けぬ声を張り上げ、賛歌前文をうたった。
 ヤックルに続き、同僚、またバトラも賛歌前文を読み上げ、読み終わったとほぼ同時に鐘の音の余韻が消えていく。いつも変わらぬその静寂は、ヤックルの気を引き締めてくれる。

 

「フレーシア、『仕合訓練』の表を受け取れ。」
「はっ。」

 

 バトラから呼ばれ、ヤックルは彼の席へと向かう。ヤックル以外の同僚の目は爛々と輝き、これからの『祭り』に期待を膨らませているとその目が言っているようだった。ヤックルがバトラから書類を受け取ると、バトラは不敵に笑った。

 

「暴れてこい。この祭りで上位上官どもに気にいられれば、勲章獲得も早期のうちに期待できるからな。」

 

 なんという激励の言葉だろうか。――バトラは、ヤックルの『野望』を知る数少ない人だ。ヤックルを面白半分な気持ちで自身の部下へ加えた節は拭えないが、こうして純粋に後ろ盾を演じてもらえるのは、素直にありがたかった。
 受け取った書類に目を通す。無駄のない、簡素な表と説明文が短文で書かれてある。ヤックルの書類を覗き込むのは、リタ・クランキーだった。

 

「やっぱり、今年も戦闘直前までは、対戦相手は伏せられているんですねえ。」

 

 リタの呟きに同調したのは、スージー・デック准提だ。

 

「まあ、誰が相手になろうと、新卒に勝算なんてみじんも与えられないのは、毎度のことながら、ちょっと残念な気持ちになりますよね。」
「それでこそ、実力一本の軍部内では当然というもの、ではないかな。」

 

 ルシア・フィリーナ少佐が溜め息交じりにぼやく。彼はどこか遠い目をしていたが、ふとリタのほうを見た。

 

「しかし、例外はどこにでもいるものだね。そろそろ、記録を塗り替えられてもおかしくないだろう。」
「フレーシア少尉なら、いけるかもしれませんし、ね。ねえ、ローラー三位?」

 

 リタから同意を求められたアッサム・ローラー三位は、静かに頷いた。ヤックルは、同室する同僚たちから妙な期待をもたれていることを理解し、少し照れくさくなった。それと同時に、期待に応えたいという思いが浮上し、ぎゅっと拳を作った。
 会場となる場所は、中央事務施設の東館――東館は施設内で最も規模の大きい鍛錬施設である――の屋内稽古場。ヤックルはまだ実際に訪れたことがなかったが、リタ曰く、中央事務施設に勤務する者全員を収容できるほどの広さを誇る建物らしい。
 毎年恒例の『祭り』の日ばかりは、戦闘員のみならず事務職者もまた『仕合訓練』の観戦をするのだそうだ。ただ、職務室をカラにするわけにはいかないので、『第一下克上組』では統括長のバトラの他に、スージー・デックと、アッサム・ローラーだけは通常業務を行うことになった。デック准提は残念そうではあったが、ヤックルに「記録破り期待してますよ」と茶化すように激励した。当然、ヤックルは上官に取り入るため努める気であったので、彼に大きく頷いた。
 ヤックルは、リタとルシアの後ろに続き、南館を出た。前を歩く二人の話し声が風にのって聞こえてくる。

 

「少尉殿の他、各事務施設へ勤務することになった新卒は7名か。同じくして各事務施設から召喚された戦闘員兵も……」
「……あぁ。少佐殿も見えるかもしれないのよね。」

 

 何かに思い当たったらしい二人が、不意にヤックルへ視線を向けてきた。何事かときょとんとするヤックルへ、リタがこっそりと耳打ちをする。

 

「フレーシア少尉に忠告しておきます。もし『帯電』の上官と仕合うことになったら、出来るだけ皮膚の露出を抑えるようにして。」
「『帯電』の、とは?」

 

 解せずにヤックルは聞き返す。返答してきたのはルシアだった。

 

「特異体質者なんだ。それも一級のね。あと、そうだな。彼女の好みとは異なるだろうが、もしも対面したときは、一瞬の油断もしないように。」
「常に堅固な姿勢でね。」
「はあ。」

 

 二人からよく分からない警告をされた。特異体質で、しかも殊更の能力持ちとは、どんな人物なのか。一瞬の油断も許されないほど、危険な人ということなのだろうか。恐れは感じず、むしろヤックルは強き相手を想像し、胸を高鳴らせる。ヤックルは自覚がないが、喧嘩が好きな節があるのだった。
 時計塔が繋ぐ四方通路を東館へ向けて闊歩する。この『祭り』の見物人だろう、見たことのない上官や、事務職者、戦闘員兵が多く往来をしている。ヤックルはただでさえ小柄なために注目を集め易いが、しかし今日はひと際に人の視線が集まっている。
 東館の玄関口は、北館(中央事務施設の玄関的機能を果たす施設)と同じほどに広い。いつもがどのような様子であるかは分からないが、限られた軍属や軍人しか入館出来ない南館よりも活気があり、人が多いと思った。
 前を歩いていたリタが、不意に明るい声を発した。

 

「ミラ!」

 

 人名のようだ。ヤックルはリタの向く先を見遣り、あっと思った。
 深い青色の軍服、ゆるい巻き毛の黒い髪、優しげな黒い瞳。あのとき、クラウン少佐に口説かれていた女性事務職者だ。彼女もまたリタに気付いて、嬉しそうに表情を明るくした。
 リタと彼女は知り合いなのだろう。ヤックルは二人の様子を傍観した。

 

「リタ、それにフィリーナ少佐も……『仕合訓練』の観戦ですか?」
「まぁ、そんなところ。うちの新星エースの後ろ盾にね。」
「新星エース? あっ。」

 

 リタがちらりとヤックルへ振り向いて道を開けると、ヤックルは黒目の彼女と目があった。彼女は小柄なヤックルに気付いていなかったようで、少し驚いた声を発した。しかしすぐに頭をさげて、苦笑をする。ころころと表情が変わる彼女は、なんとなく、軍人向きな人柄ではないように思われた。
 ヤックルのほうへ一歩進み出た黒髪の女性事務職者は、直立敬礼を行った。

 

「失礼しました。えぇっと、私はミラノ・シエンタと申します。三課『新兵会議課』の第二会議グループに在籍しています。」

 

 ミラノと名乗った彼女の徽章を見ると、それはヤックルとほぼ同じものであった。『ほぼ』というのも、彼女の徽章には事務職者の証である赤色の大クロスが一本、刻まれてあったからだ。つまり彼女は一位≪いちい・戦闘員兵の『少尉』位と同等階級≫ということになる。だからということはないが、ヤックルは少し安堵を覚え、けれど彼女へ対する礼節は忘れずに姿勢を正した。

 

「自分はヤックル・フレーシアと申します。新参者とはいえ、先ほどは見過ごす態度をとってしまったこと、お許しください。」
「先ほど……?」

 

 ヤックルが謝罪を口にすると、予想に反してミラノは思い当たらないというように小首をかしげた。もしかしたら、あの現場にヤックルが居合わせたことに気付いていなかったのだろうか。ならば、無理に思い出させる必要もない。
 ヤックルの口が「なんでもない」との旨を紡ぐより早く、その事態は襲ってきた。
 ミラノの後ろから、何者かが現れたのだ。そしてその人は何の前触れもなく、ミラノのすぐ耳の傍でなにかを耳打ちした。途端に女性特有の甲高い悲鳴が短くあがり、周囲にいた人たちが皆こぞって振り返った。
 視界に映った人をみて、ヤックルは言葉に詰まる。

 

「私と君の触れ合いを目撃していたんだ。気付かないのも仕方ないが、相変わらず、無防備だね。」
「クラウン少佐殿!」

 

 下位とは言え佐官の突然の登場に、リタが驚きの声をあげた。周囲の軍人、軍属も無関係とはいえ、クラウンへ直立敬礼を行っている。唯一、ルシアだけは同階級であるからか、至って通常通りの振る舞いをみせた。――否、ルシアにしては、少しだけ負の感情を露にした表情で、クラウンへと、なにやら棘のある言葉を発した。

 

「いくら上官とはいえ、職権乱用じみた行為は如何なものかと存じるが。軍規違反では?」
「何を言う。一時でも油断をするから、このような奇襲を受けてしまった側に罪がないとでも? あまつさえ軍規違反とは。心外だ。」

 

 いかにも最もらしいことを言い、クラウンは肩をすくめた。ミラノがリタの後ろへ隠れるのを見た。見えない位置で、クラウンはミラノになにを言ったのだろう。変わった人物であるとは思ってはいたが、まさかこのような人の多いところでさえ堂々と部下を貶めるような行為に出るとは。不信感が少し高まったように感じた。
 それにしても、この二人の少佐階級の男女は、あまり友好的ではないように思われる。周囲の人たちも徐々にこの場から離脱していくのを横目に捉えながら、ヤックルはリタの傍へ近寄った。

 

「あのお二方は、不仲なのですか。」
「まあ、色々あってね。不仲というよりは、いい喧嘩相手と言うべきかな。けれど、場所くらいは弁えて欲しいとは思うけれどね。」

 

 苦笑を漏らすリタへ、クラウン少佐が視線を手向ける。聞かれていたらしい。

 

「良い喧嘩相手などとは心外だ。私が雷なら、フィリーナは避雷針と言ったところだろう。別にその気はないが、否応なしに落雷せざるを得ない。いい迷惑、そう思わないか?」

 

 なぜか同意を求められて、ヤックルは反応に困った。同意すればルシアの機嫌を損ねるだろう。かといって、否定すればクラウンに何をされるか分からない。
 ヤックルの返事を代わりにしたのは、意外にもミラノであった。彼女はリタの影から一歩出て、毅然としてクラウンを見た。

 

「恐れながら、申し上げますが……」
「構わない。言ってごらん。」

 

 ミラノが何かを取り出す。懐中時計だった。それを開けて、二人の少佐へ手向ける。

 

「このような戯れをしている猶予はもうないかと存じます。フレーシア少尉も、急いで。」

 

 彼女はヤックルへも視線を遣った。言われた言葉を瞬時に理解するとヤックルは、あっと思い、リタもまた「時間!」と叫んだ。全く気付けなかったが、『仕合訓練』開始受付までもう間がなくなっていた。リタがヤックルに「こっちよ!」と先導してくれた。
 中央事務施設は広大だ。しかし、この屋内稽古場もまた、なんて広いのだろうか。初めて踏みいった場所は、整備された砂地。スクールでいう運動場と呼ぶのが的確かもしれない。一角に設けられた事務所的な場所へ向かうと、そこで身分確認をされた。南館へ入館する際の監査と変わらないが、こちらはさらに本人確認書類による顔認証や健康診断さえ行われた。周囲には青、緑軍服の他、政府高官の白い羽織りなどもちらほらと伺えた。『祭り』にしては、注目度が高い気がした。

 

「結構です。では、得物を選択してください。」

 

 事務職者が指示を飛ばす。ヤックルは迷わずに短槍を選び、それを軽く素振りした。重量、握り具合、ともに文句ない。こうして短槍を持つのは、約1週間ぶりといったところか。――アルカナ・ビッジャーノに手合いを挑まれたあと、数日続けて複数の戦闘員と遣りあったが、月末の多忙さのお陰か、ここ1週間内は手合いの申し込みがなかったので、こうして短槍を握るのは久々に感じた。

 

「少尉殿は全七仕合中、六仕合目となりますので、仕合時間開始まで今しばらく待機をお願いします。」
「はい。」

 

 最後から二番目とは、ずいぶんと待たされることになる。ヤックルは自分の同期のことを、よく覚えていないのが現状であった。不必要な情報だったため、記憶から忘れ去った結果だった。
 リタと共に稽古場の壁際で待っていると、ルシアが現れた。彼は先の苛立ちをすっかり失せさせて、なにやら少し興奮気味に話しかけてきた。

 

「第一仕合を聞いたかい?」
「いえ。誰が誰とあたるのですか?」
「ビッジャーノ中尉だよ! 謹慎を解かれてから最初の仕合だから、はりきっていたんだ!」

 

 紳士然とした印象のあったルシアが、なにか子どものようにはしゃぐ姿は新鮮だった。そういえば、彼はアルカナ・ビッジャーノのファンだったと言っていた覚えがある。しかし、謹慎とは。
 そこまで考え、思い当たる節があった。……ひと月前、ヤックルの勤務初日の、あの騒動。ハルシュテン中佐に『体面上の処罰』を与えられたとき。ヤックルは早々とお許しを得ることが出来たが、ビッジャーノ中尉とハルシュテン中佐はあの後もなにか話していた。それはつまり、ルシアの言う『謹慎処分』のことだったのかもしれない。
 ヤックルに非はなかったが、なんとなく罪悪感が芽生えたのは、新参者の自分には目立った咎めがなかったためだろうか。それが逆になんとなくの罪悪を感じさせているのかもしれない。
 真面目な性格とは、つくづく損なものだ。ヤックルは態度にこそ出さないものの、少しだけ落ち込んだ。

 

「どうしました、フレーシア少尉?」

 

 リタが気にかけてくれたが、ヤックルは「何でもない」旨を伝えると、ふと稽古場の中央を見た。明確な区切りはないが、客席らしき場所と戦闘空間に境目があるように思われる。あの中で上官と戦うことになるのだ。
 久々に感じるこの高揚感は、ヤックルの罪悪感をすぐに忘れさせてくれた。早く、この短槍を持って仕合いたい。相手が誰であれ、たとえ勝利できなくとも、上官に見初められさえすれば、もしかしたら勲章獲得の機会を得られるかもしれない。
 そう思惟していたヤックルの耳に、妙などよめきが聞こえてきた。それは、視線の先、建物入り口方向からだ。リタやルシアもまたそちらを見遣った。遠目からでも、あの周囲だけ雰囲気が違うのが判断できる。何かあったのか。
 じっと見つめていると、隣のリタがやや大きな声で「あっ」と小さい悲鳴らしき声をあげた。驚きに目が見開かれている。そして、どこか青ざめているようにも見えた。

 

「クランキー中尉、どうしましたか。」

 

 視線を中尉へ向けるも、彼女はまばたき一つせず、一点だけを見つめていた。
 リタに代わり、ルシアが静かに呟いた。

 

「ある程度推測はしていたが……やはりお出ましになるね。これは、ひと波乱あるかもしれない。――『下克上組』だ。」

 

 彼もまた冷や汗をかいている。ヤックルはじっと、建物入り口を見つめた。見慣れぬ人がいくらかいるが、見たことのある顔もあった。
 リタの呟きが聞こえてくる。

 

「バザス突撃隊に、『夜鷹』なんて……新卒を葬るつもりなのかしら。」
「ああ。フレーシア少尉、まずいかも、しれない。」

 

 何がどう、まずいのか。聞き慣れない単語だが、そのままの意味でとれば、軍部内の特殊部隊が登場したのだろう。そしてそれが意味するところは、彼らとの戦闘。つまり、勝算なんて、ない。いまだ実戦経験のない新卒が、軍部内でも腕のたつ人を相手にすること自体がおかしいだろう。
 ヤックルは短槍を握り、事態の理解をすすめた。

 


「つまり、『夜鷹』と呼ばれる隠密奇襲部隊の方や、バザス突撃隊という特攻部隊所属の方々が、新卒の相手をしてくださるのですね。」
「大雑把にいえばね。たぶん、昨年とはまた異なる戦闘方法や制限が設けられるでしょうけれど。……しかし、何を考えているのかしら。上層部の考えが全く読めない。」

 

 リタは不安げな様子で思案のしぐさをした。彼女の内心を察して、ヤックルもまた少し緊張の面持ちを浮かべる。
 『夜鷹』、バザス突撃隊……初めて聞いた名称であるし、現に在籍しているらしい人たちの一団を遠目から見ていても、クラウン少佐やビッジャーノ中尉くらいしか見知った顔がない。しかも、実際に手合いをしたことのある人といえば、ビッジャーノ中尉のみで、クラウン少佐含めその他にいる隊員の実力なども皆目分かるわけもない。
 最初から勝敗などにはこだわるつもりはなかったものの、明らかな実力差、経験差が目に見えているのに、なにをもって新卒と戦闘をさせるつもりなのだろうか。上官との交流とはいえど、新卒に決定的な実力差をその身で理解させて自分たちの立場をはっきりと自覚させようとでもいうのだろうか。ヤックルは静かに息を吐く。

 

「第一仕合、ビッジャーノ中尉の復帰戦だ。」

 

 ルシアが少し声を弾ませて独り言のように述べた。言葉通り、図体の大きいビッジャーノが自慢の槍を携えて中央へと歩いていくのが見えた。相手となる新卒は、ヤックルの記憶の中ではあまり印象にない男性戦闘員兵。彼は得物に長剣を選んだようだ。目にみえて緊張していることが分かる。周囲で囃し立てる軍人、軍属の声さえ聞こえていないように思われた。

 

「新卒が相手だって、ビッジャーノ中尉は手加減なんて出来ないはず。重傷を負わないことを祈るしかないね。」

 

 ルシアの呟きにヤックルは内心で同意した。たった一度だけ手合いをしたときも、彼は全力でヤックルを潰しにかかった。死の概念を意識するほどの気迫と槍捌きだったことを、今も鮮明に記憶している。一方で、新卒の彼のことなど全く覚えがなかったが、それはつまり取るに足らない人物だったから記憶から消してあるということ。自らより実力が上の者であればヤックルは覚えているだろう。傍目からでも相当な引け腰が見てとれる彼は、たぶん、すぐに仕合など決してしまうことが予想された。


 ヤックルが見つめる中で、意外にも新卒の者が先制に出た。彼は長剣を両手に握り、素早くビッジャーノへと向かう。足の速さは申し分ない。繰り出すつもりの長剣が僅かに弧を描く。しかし、動きが大きすぎる。長剣の刃渡りが長いことも原因となっているだろう。馬鹿正直に正面から突っ込んでいくのも無計画といわざるを得なかった。
 長剣はビッジャーノにかすることもなく、空をきった。周囲の観戦者たちも皆落胆したように野次を飛ばしたりしている。ビッジャーノは槍を素早く上下逆さに持ちかえると、柄の尻部分を軽く薙いだ。方向転換しかけだった新卒の男性軍人はビッジャーノ中尉の軽い素振りに直撃し、仰向けに吹っ飛んだ。長剣が砂のうえを滑り、静かになる。
 のんびりした様子で槍の向きを正位置に戻すと、ビッジャーノはその槍の刃先を、咳き込んでいる新卒の者の首元へ向けた。何事か言っているが、ここからでは聞こえない。新卒の男性軍人は完全に戦意を喪失して、その場で動かなくなる。控えていた事務職者数名が男性軍人を抱えて退場する。会場内の空気は少しだけ冷めたようだ。

 

「あぁ……まあ、例年通りの展開だったね。」
「ある程度予想できていたけれど、彼はちょっと、残念だったかもしれませんね。」

 

 彼、とは、新卒の者の腕のことを示すのか、あるいはビッジャーノの内心を言っているのか。リタとルシアの会話を聞き流しながら、ヤックルは手にする短槍を今一度眺めた。
 勝つとか負けるとかには興味はないが、自分は、どのような精鋭とあたることになるのか。期待と不安が混ざり、なんとなく複雑な心境を抱く。自惚れではないが、ヤックル自身、先ほどの新卒の彼よりは動けると思っている。けれど、戦場で鍛えられている上官より優れているとは、決して思わない。ただ精一杯、ぶつかってみるだけだ。

 

 第二、第三と仕合はあっという間に終わっていく。ものの5分も経たずに新卒たちは仕留められていくのだ。とはいえ、これまでの新卒者は皆、ヤックルの記憶にも留まらないような人たちばかり。第四試合へきたとき、ようやくヤックルは記憶に残る同期新卒の姿を意識した。
 後頭部の上部位置にひとつに束ねられた群青色の髪、深い青色の目。身長は並の女性軍人よりは高い。同僚のスージー・デック准提と同じほどだろう。得物はあの時と同じ中剣。精悍な顔立ちをしているし、筋肉質な躯体なため一見、知らない人が見たら男性と思われるかもしれない。

 隣に立つリタがどこか期待を込めたような声調で彼女の名前を口に出した。

 

「ホセア・クレイムソンね。あの子も、フレーシア少尉ほどではないけれど噂になっていたわ。」
「相変わらず凛々しい立ち居振る舞いだね。西方事務施設勤務だったかな。」

 

 ルシアもまた、新卒の彼女のことをそう褒めた。『新兵会議課』であるために、もしかしたら以前にどこかで見たことがあるのかもしれない、そんな感じの口ぶりである。

 そしてヤックルも、覚えていた。そうだ。彼女はクレイムソンと言った。『仮軍人』の頃に、たった一度、手合いをしたことがあった。当時から中剣を使用していて、一風変わった構えと動きで戸惑った覚えがある。自己流なのかどうかは聞いていないため知らないが、不規則的な太刀筋を見切るのは相当な動体視力でなければ不可能だろう。
 軍学校を出た後は西方事務施設勤務と、曹長の地位を与えられていたと記憶する。また、人物も少し変わった人柄であったために、ヤックルはちゃんと覚えていたのである。

 

「フレーシア少尉、彼女がどういう人か知ってるわよね。どんな方だったの?」

 

 リタに話を振られて、ヤックルは彼女へ振り向く。思い出すのは、日常におけるいち場面だった。

 

「クレイムソン曹長殿は、変わった人でした。」
「というと?」
「誰もいないのに、壁に向かって話しかけたり、彼女は自身の得物の刀にも、何か語りかけたり。独り言の多い方だったと記憶しています。」

 

 思い出しながら語らうと、ルシアとリタは顔を見合わせて苦笑した。どう反応をすれば良いか考えているようだ。ヤックルは自分自身があまりに他人に無関心であるために気付かなかったが、今の話を聞く限りではリタたちの反応のほうがむしろ当然であった。
 間もなくしてクレイムソンの相手が前へ進み出るのが視界へ入った。と同時に、ヤックルだけではなく、リタも小さく「あっ」と漏らした。ルシアは何か複雑そうな表情で、

 

「『夜鷹』の部隊長。ここに来てお出ましか。」

 

 そのように呟いていた。部隊長とは、彼女だったのか。――ミゼル・クラウン少佐。小気味の良い調子で足取り軽く歩みを進める様はとても堂々としている。ヤックルは視線の先の赤髪の少佐殿を見つめて、内心に脅威を抱く。
 驚くのは、その着崩されたままの軍服姿だけではない。クラウンは、見たところ丸腰のままだった。得物らしきものは手にない。ただ、両手に装着されてあったはずの手袋は、右手だけ外されてあった。相変わらず、緊張感のない余裕そうなゆるんだ表情。けれど、周囲の観戦者は一気に沸いた。
 ヤックルはリタへ尋ねる。

 

「少佐殿は、武器は持たないのですか。」
「実戦ではちゃんと剣や銃は所持するわ。でも、実際そうなのかは知らないけれど、噂だと、『夜鷹』の任務時には、武器類の所持はしないらしいわ。」
「何故ですか?」
「彼女の特異体質性能力があるからね。武器の必要がないんだ。」

 

 リタとルシア、交互に眺め、それからヤックルは再び少佐を見る。特異体質性能力、つまり常人にはない特殊な力。先ほどリタか誰かが言っていた。『帯電』の力がどうとか。きっと、それはクラウンのことなのだろうと、そう思うのは、先刻の彼女の言葉を思い出したからだ。クラウンは、ルシアと自分の関係を避雷針と雷として例えていたし、恐らくあの手袋は例の『帯電』の能力に関係しているのだろう。しかし、どういうものなのか。見ていれば分かるものだろうか。


 戦場上で、クレイムソンとクラウンが何か話しているのが見えた。会話は長く続かず、クレイムソンが深く一礼したと思ったら、先に地を蹴った。俊足だ。最初にビッジャーノと仕合をした男性軍人より速いように思われた。
 クレイムソンの剣は独特の構え方をされている。周囲の観戦者たちもその構え方に驚いた様子だった。まるで短柄の刀を持つように握り、刃先が自身の体のほうへ向いているのだ。仮にも刃渡りのある中剣であるのに。柄の尻部分で突くつもりでいるのだろうか。ヤックルと戦闘仕合ったときもまさに今のような格好で向かってきた。あの時はヤックルは短槍で軽くいなしたが、クラウンは丸腰だ。クレイムソンはなかなかに俊足であるので、避けるのが精一杯かと予測された。
 ヤックルの予測はしかし、外れることになった。


 驚くことに、クラウンは微動しない。避ける気配がない。どころか、微笑さえ浮かべて迫り来るクレイムソンを眺めている。クレイムソンの構えが変化する。瞬きの間に刃先がクラウンへ向いていた。手首が返り右手から一瞬間、刀が離れた。二人の間にはもう僅かの距離もない。クラウンが右手の平をクレイムソンへ向ける。途端である。

 青白い閃光が一瞬視界を奪った。観戦者のどよめきも一瞬間消える。突然の光に目が慣れて、再び視界に色が戻った頃、ヤックルは瞠目する。
 クレイムソンが地に伏せている。急いで駆け寄るのは事務職者たちだ。隻眼の少佐殿は最初と変わらぬ立ち居姿で目の先に倒れるクレイムソンを見つめている。なにが起きたのか把握できない。クレイムソンの手にあったはずの中剣は3メイス(約3メートル)ほど離れた先に落ちている。また、よく見ると砂地の地面に黒く焦げたような跡が残ってある。それはクレイムソンの周囲に円になって描かれてある。
 呆然するヤックルに教えるように、リタがぼやいた。

 

「『高帯電性特異体質』は、数百万人に一人の確率で生じるのだそうよ。クラウン少佐は普段、特別な繊維で編みこまれた手袋をしているから周囲に漏電することがないのだけど、もしあの手袋を外すと、今みたいになるの。」

 

 自己抑制が効かない放電により、地面を焦げ付かせるほどの威力を持った散電衝波が発現する。何食わぬ顔で再び右手に手袋をはめているクラウンを、ヤックルは驚愕の気持ちを持って見つめる。

 あの手袋は周囲へ漏電することを遮断するだけでなく、自然放電を助ける道具の一つなのだそうだ。こうして外見には見えないが、クラウンは身体の至る部位に手袋と同じ素材の漏電防止具を身につけているらしい。けれど、手袋を外したたった数分であれだけの放電があるとは、つまり極短時間でさえ相当な量の帯電をしていると推測できる。仮定の話として、彼女が生身一つのみで、漏帯電対策道具類の一切を身につけていなかったら、彼女自身が感電してしまう恐れさえあるらしい。
 ルシアとリタの、信じられないような話を聞き流しながらヤックルは、担架で運ばれるクレイムソンを見ていた。先ほどの一瞬の閃光の中、まともに状況の始終を見ていた者は居なかったようで、あの凄まじい散電衝波がクレイムソンに直撃してしまったのかどうかも、誰も分からない。その一方で、ルシア曰く、地面の焦げ跡から直撃はしていないらしい。ただクレイムソンの手にしていた中剣を通して、何割かの電流がクレイムソンの身体へ通電した可能性はあるそうだ。あまり他人に興味がないヤックルでも、さすがに彼女の身が心配になった。のちほど見舞いへ赴こうか。自分自身の『仕合訓練』を終えたあとに。
 不安なままのヤックルをよそに、リタが小さく息を吐いた。

 

「フレーシア少尉は運が良かったわ。クラウン少佐と遣りあうなんて、誰が相手でも勝てる気がしないもの……」
「現状、近接戦で敵う奴は軍内部には居ないだろう。悔しいが、あれこそ特異体質者の本質とでも思えば、なにも不思議なことはないね。」

 

 不意に零されたルシアの言葉に、ヤックルは少し落ち込む。常人にはない特別な体質を持ち生まれた特異体質者。歓迎されることなど滅多にないし、迫害や差別をされるのだってむしろ当たり前とは思っていた。けれど、こうして同僚にそう思われているのだと思うと、意識せずとも溜め息が出てしまう。
 第五仕合も結果は散々だった。新卒相手に本来の実力の半分も出していない精鋭が、文字通りあっという間に仕合を終わらせてしまう。


 第六仕合、ヤックルは短槍を握り、リタたちから離れた。ヤックルの実力はひと月経つうちに軍内部でも知られるようになっていたためにか、飛んでくる野次や激励の声は今までで最も多かった。大衆が騒ぐ中、一人の男性軍人が戦場上へと進み出る。
 金色の混じった茶髪に、青い目。小柄なヤックルなので傍目から見ると身長差はかなりあった。優しげな眼差しには嫌みな印象がなく、薄っすらと微笑む口許に、ヤックルの緊張が少し解ける。

 

「君が『ハルシュテン中佐二号』だな。小さいナリだが、気迫は十二分。やる気満々ってところか。」
「ヤックル・フレーシアと申します。手加減等、なさらずとも結構ですので。」

 

 ビッジャーノの時と全く同じ挑発の仕方をする。彼の胸元の階級証は『大尉』を示すもの。どの部隊所属かは知らないが、今ここに居るということは精鋭の一人ということ。先までの仕合の様子を見ていたヤックルなので、少しの気の緩みも許されないと一層気を引き締めた。
 しかし、彼は全く自分のペースを崩さない。話しぶりからして、この人もまたあの中佐殿と親しい間柄なのだろう。ともあれ、ヤックルは誰だろうと本気で立ち向かうつもりであった。
 青い目が一瞬伏せられ、また開く。変わらぬ優しげな目元だった。

 

「まあ、そう急ぐな。俺はラニック。お察しの通り、あの中佐の同期だ。まあ、そんなことはどうでもいいか。ヤックルと言ったな。正直、俺は大して凄くない。だから、今までで一番、戦闘に時間がかかると思う。そのつもりで頼むよ。」

 

 何を言い出すのか。全く考えが読めない。短槍を握りなおしたヤックルに、ラニックはごくのんびりと、得物を取り出した。小刀だ。鞘から抜いてすらいない小刀。ヤックルは僅かに気分を害した。

 

「真剣での仕合を所望します。」
「それは出来ない。俺は他人の血を見るのが苦手なもんでな。ハンデとかそういう意図はない。理解してくれ。」

 

 ラニックはそう言うなり、地を蹴った。唐突の事態にヤックルの危機意識が警鐘を鳴らす。
 見えなかったのだ。運よく短槍を構えた位置で小刀がかち合った。身長、体格差のせいか、そして体勢も悪かった。ヤックルは開始たった数秒で劣勢へと追い込まれてしまった。
 離れた場所へ着地したのを見たのに、次の瞬間には目前右前方へ現れる。速いなんてものではない。目で追うこともできない。しかしそのような速さに翻弄されてやるほど、ヤックルは未熟ではなかった。
 気を取り直すように短槍を振り下ろし、反撃へと移る。滅茶苦茶な太刀筋で短槍を操りラニックを近づけないようにした。不規則な太刀筋ではあるが、それにしても、ラニックに掠りもしない。彼は考えられぬ跳躍力でヤックルの周りを駆けている。短槍の動きを止めたら、恐らくそこで狩られるだろう。それを恐れてヤックルは忙しなくラニックへの追撃を試みる。

 

「アルカナ中尉から、習ってりゃ良かったのに。残念な素質者だ。」

 

 息を切らし始めたヤックルとは対照的に、余裕綽々な様子のラニックがそのように叫んだ。なんとなく苛立ち、ヤックルは飛び上がったラニックへ渾身の薙ぎ払いを食らわせる。が、やはり寸でのところを避けられる。ヤックルの脳裏に、焦りが過ぎる。
 あまり人前で発現させたくなかったが、躍起になったところで、ヤックルはとうとう解き放った。自身の生まれ持った特殊な能力――『白霧感染性特異体質』を、発現させる。

 

「発展段階、ですが、ある程度の結合放射は、可能なので――お覚悟を。」

 

 白い霧状のものがヤックルの周囲から出現する。移動速度は空気間移動の関係でかなり遅いが、拡散放射しながらラニックへと確実に接近していく。観戦者らのほうから奇妙な悲鳴があがる。ラニックもまたさすがに危機感を抱いたようで、動きをゆるめて少し後退した。
 ヤックルのこの能力は、実際に空気中のなんらかの菌を急激速度で繁殖・増殖させることが可能だ。だが、この親交仕合にてそこまでのことをすると今後の軍人生活に不利益が生じる恐れがある。なのでヤックルは、空気中の組成成分をいくつか結合させて無害な気体物質を作り出した。しかし見た目には何の成分が含まれているかなど周囲の人間が分かるわけもない。ために観戦者ら含め、得体の知れない霧状のこれは、生物の本能的危機意識が作動するほどの恐怖の対象となる。
 威嚇には十分効いたようだった。ラニックが小刀を捨てて両手を天高く掲げた。

 

「俺の負けでいい! あまり本気にならないでくれ、周囲を巻き込むのも良くない。」

 

 彼の言葉を聞き、ヤックルは霧を消失させる。
 ラニックの敗北宣言に、戦々恐々していた周囲の者たちは一気に沸いた。ラニックへ対する罵声もあった。ヤックルへ対する褒めもあった。わけの分からない盛り上がりは一気に爆発した。無関係の軍人、軍属が戦場上へ乱入してきたのだ。もはや手のつけられない事態となった。褒めの言葉、罵声、怒鳴り声、歓声……小柄なヤックルは突然の大勢の襲来に命の危機を覚えた。と、後ろから誰かに抱き上げられ、強制退場をさせられた。
 抱き上げられたというよりは、担ぎ上げられたといったほうが正しいかもしれない。見た事のない視界の広さ、周囲の人たちの頭より高い位置。誰に担がれているのか分からないまま、ヤックルは稽古場施設から外へ出た。

 

「シュージー少佐、協力感謝いたします。」

 

 外に出たところで、シエンタ一位、それにクラウン少佐がいた。意外な組み合わせだと思うのもつかの間、まるで資材を動かすようにヤックルは豪快に地面へと下ろされた。少しふらついたが、改めて自分を担いでいた人物を見上げるとその人がどこかで見た顔であることに気付く。

 

「礼には及ばねえ。いずれ食事に同席してくれるならな。なあ、クラウン?」
「さあ。約束は出来かねるね。愛らしい女性ならともかく、シュージー少佐のようなむさ苦しい男と食事など、何が楽しいというのだろうね。」

 

 同等地位ではあるが、なんという言い草だろう。しかし、大柄男性軍人は豪快に笑った。どこかビッジャーノ中尉と似ていると思わせる笑い方だ。ただしこちらは肌の色が白く、薄紫色の目が特徴的であることに加え、剃りこみ三つ編みをするビッジャーノと違い、黒い頭髪はさっぱりと短い。誰なのだろうと疑問が浮上したとき、それを察したように自ら名乗り出てくれた。

 

「さて。小さく可愛らしい新卒に挨拶しとくか。嬢ちゃん、よく覚えとけよ。一度しか言わねえぞ。俺はユゼカ・ザニコフ・シュージー。カクタス銃撃部隊の部隊長を務めている。二課参謀機略課は知ってるな? そこで勤務してるから、多分どっかですれ違ってるかもしれねえな。あいにくと俺には嬢ちゃんを見た記憶がねえから、悪いが名乗りを頼んでもいいか?」

 

 シュージーは下手に出て、謝罪さえ口にしてきた。恐れ多くてヤックルはすぐに返事をした。

 

「新卒の少尉位風情に謝罪などは不要です。自分はヤックル・フレーシアと申します。先ほどは窮地を救い出して頂き、感謝致します。」
「フレーシアか。気にするな。クラウンの口添えに乗ったのは俺だ。ところで、嬢ちゃんもやるじゃねえか! 『新卒黄金期』以来だぞ、上官打ち負かすなんてな。」

 

 至極嬉しそうな顔で、ちらりとクラウンを見遣るシュージー。別段気にかける様子もなく、クラウンはヤックルを見た。

 

「ああ。じつに見事な威嚇発現だったな。体外発現系の特異体質者はやはり、あのように利用しなくては。派手にやったほうが、カッコ良い。そうだろう、シエンタ?」
「同意を求められましても、困ります。」

 

 気のせいでなければ、ミラノはクラウンと若干の距離をとっている。警戒しているのが丸分かりだった。ヤックルはそこで思い出し、クラウンへ尋ねる。先刻の仕合の際、ホセア・クレイムソンはあの超高圧放電の直撃を免れたのかどうかを。
 不安げな様子をあらわにするヤックルに微笑手向け、クラウンはのんびりと答える。先ほどルシアも考察していた通り、どうやらクレイムソンへの直撃は避けたらしい。しかし僅かな通電を身に受けたため、彼女は軽度の感電性ショックを起こしたそうだ。命に別状はなく、また後遺症等も残らないため、心配には及ばないと。
 クラウンの緋色の片目が興味深げにヤックルへ注がれる。

 

「そこまで気にかけるとは、友人だったのかい? あるいはやましい関係でも持っているとか?」
「クラウンでもあるまいに、同性と親密関係になるような奴は軍部内にゃ居ないだろうが。」
「心外だね。私は博愛主義だ、そのように特定個人と親密になることなどないよ。」

 

 問題発言が多い赤髪の少佐だと、ヤックルは彼女と接触した短時間でなんとなく把握する。見えない位置でミラノが視線をそらし、同じように呆れている様子を見せる。
 ヤックルは続けてクラウンに、外へ連れ出す指示をした理由を聞いてみた。

 

「騒ぎに乗じて女性に不届きなことをする男が多いからね。君が汚い手に触られないようにと思っただけだよ。」

 

 理由はどうあれ、ヤックルの身を案じてくれたらしい。その点に関してはヤックルも感謝した。

 『仕合訓練』は終わった。結果的に、ヤックル一人のみが上官を打ち負かすことが出来た。その話はまたたく間に軍内部に広がり、新たな火種、波乱のはじまりを誘引させることとなる。
 

 

第5話

 

 

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