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フローアイアンの風の音に 第7話

フローアイアンの風の音に 第7話 『アン・スナイプ~勲章授与式の波乱~』20120415(最終更新20180607)

 

 

 他国支援の場として提供されたのは、荒廃した大地。ここは、紛れも無く本物の戦場。ヤックルは救護班の一員として、今この戦場という舞台の片隅にて、同盟国の負傷した兵士らの介抱を務めている。むわっとする異臭と、血独特のにおいが鼻をつく。けれど、命を賭けて争いに参戦している彼らの前で、そんな不躾なことを考えることは、失礼というよりむしろ、侮辱に値するだろう。しかし、ヤックルは自国兵士の女性比率と、同盟国の兵士として参戦している女性兵士の数が圧倒的に異なっている点において、思惟していた。
 女性兵士とは普通、今のヤックルのように救護班に回されるか、あるいは補給部隊に入るかのどちらかだというのが、この世の暗黙の了解である。少なくとも、ヤックルの母国である南ハクニア以外の国はそうであると、スクールに通っていた頃に習った覚えがある。ヤックルは今回は救護班に参加させられているが、ヤックルを除いて約20名の女性戦闘員兵が戦場にて活躍をしている事実がある。自国にひきかえて、同盟国の参加女性兵士はほぼ補給部隊と救護班に参加していると聞かされていた。それは、きっと他国では理想的かつ現実的なことなのだろう。20名程度など、全体の参加兵士数の1パーセントにも足りないが、他国に比べれば、十分すぎる数だ。――かつての上官も、今の同僚も、地位が低い同期諸君も、皆、同じように血が流れる戦場へ来ている。今回の他国支援という名の実戦投入は、じつはこれが初めての体験である。本来なら実戦時は有り得ないはずの事務職者でさえ、今回の他国支援の救護班として招集されているため、実質今年度の入隊した新卒7名全員が、いまこの戦場に来ていることになる。先日より、同じ寝床を獲得したアンジェラやホセアなどもまた、今しがた運搬されてきた負傷兵の手当てに追われていて、皆が皆、なにかしらの作業を行なっていた。
 そんな折りである。ヤックルの名が大声で呼ばれたのは。

 

「ヤックル・フレーシア少尉はおるか!?」

 

 その声はゲルバンズ上位佐官のものであった。突然の呼び掛けに、ヤックルではなくアンジェラやホセアが驚きに顔を向けた。ヤックルは至って冷静に、「自分はここであります」と名乗り出ながら、彼のほうへ駆けていく。それというのも、こうして他国支援のためにここへ来る前に、こうなる事態を予感させることを、現在の直接上官であるバトラ・フスキーにより、聞かされていたためだ。

 

『今年度の最終戦闘員兵はお前に違いねぇからな。特にその特異体質性は戦場にて重宝されることだろう。救護班ではなく、一介のいち兵士として戦線へ招集されたときは、思い切り暴れてくるといい。そして、戦場というものがどういうもんか、その身と目と耳にしっかり叩き込んでおけ』

 

 負傷兵の手当ては、ヤックルに言わせると正直なところ退屈な作業であった。元来、身体を動かすことのほうが好きなタチであるヤックルであるため、今このとき、ようやく出番が来たとさえ思っていた。
 ゲルバンズ上位佐官に呼ばれ、外へ出て、自身がもっとも得意とする得物である短槍を受け取ると、そのまま戦線上へと飛び入り参加した。
 実弾飛び交い、槍や剣が交錯し、怒号に悲鳴、歓喜や興奮の声をじかに鼓膜へと感じる。そして、救護幕舎の中で嗅いでいたよりももっと酷いにおいが鼻を刺激する。肌に刺さる無数の視線や威嚇の言葉。ヤックルの素性を知らぬ誰もが、ヤックルのその見た目のみの印象だけで何事か声をかけてくる。しかしそうして、ヤックルの僅かな雰囲気の異変にもっとも最初に気づいたのは、誰でもなく、後方にて敵兵を狙撃していた狙撃部隊だった。ヤックルの特異性体質のことは、今ではこの戦場にいるマーベラストイックス国防軍の仲間たち全員が知っていたのだ。

 

「みな聞けー! 南ハクニアの者にならい場から離脱せよー!」

 

 この巨大な声は紛れもなくあの槍の使い手、アルカナ・ビッジャーノ氏のものだった。彼は『人間メガホン』というあだ名で知られる通り、とてつもなく大きな巨体に巨大な声を出すことができるのだ。
 アルカナの呼び掛けに、最初は何事かと思っていたらしい同盟国側の兵士らも、徐々に後退していき、ついにはヤックルの目の前には何十人という敵兵士のみが残った。彼らはこの小柄な狩猟犬の本質など知らない。ヤックルは槍を地面へと突き立てると、その特異性体質の特色を、惜しげもなく晒し出す。
 直径にして約20メイス(メートル)はあろうか。ヤックルの周囲に霧が発生し、その霧に包まれた敵兵士が次々と地面へ倒れていく。その光景はまさに地獄絵図のようだった。その霧の構成気体はヤックル以外の誰も知らない。しかし、その霧は間違いなくヤックルの守備範囲内にいる者を狩りとっていく。敵兵士はそれに恐れをなし、後退していく。これを好機とみた味方上官や同僚が、大声あげて戦線上を駆け出した。ヤックルが狩った者の数は両手では数えられない程度いる。苦しみもがくその様に、ヤックル自身の精神が参りそうである。……このように、相手を死へ至らしめようとして力を使うのは、まったくこれが初めてで。であるからして、このように罪悪感がうまれるのである。
 ヤックルは仲間らとともに前進する。その力により、ヤックルの霧に巻き込まれぬよう避けてでも突進する同僚らに、少しの安堵を覚えながら。

 

「さすが! 見事である! 噂にたがわぬ働きぶりよ!」

 

 そのように褒めてくれたのは上官だ。恐れ多いと頭をさげつつ、ヤックルは最前線まで駆け抜ける。敵兵などもはや敵ではなかった。遠くから狙撃しようにも、ヤックルの放出する霧の濃さは半端なく、スコープではとても捉えられないし、近接では霧を吸い込み倒れ伏す。もはや、ヤックル一人の独擅場だった。同僚さえ驚異とみなすことだろう。小柄な戦士は、悪魔にさえなるのだから。

 

「フレーシア、いいぞ! もういい!」

 

 そのように叫ばれて、霧を消失させると、自身の守備範囲ぎりぎりに入らぬ位置にてあの若き佐官の女性兵士をみた。ロティア・ハルシュテン中佐からの言葉だ。彼女は右手に長い剣を持ち、左手に狩機関銃を所持している。なによりその眼が印象的だった。あの青い眼じゃない。何かが宿る、薄い緑色の眼になっている。普段の彼女ではないと、ヤックルはすぐに察した。そして、味方から「中佐から離れろ」と言われ手を引かれた途端だった。


 敵兵の群れへとハルシュテン中佐が突っ込んで行くのだ。あまりに無謀だと思われたが、それもほんの一瞬思っただけだった。
 中佐は、ヤックルの知らぬ鬼神と化しているようだった。近接にて相手を斬り突き刺し、狩機関銃にてやや遠方の敵兵を確実に仕留めていく。なんという戦い方だろう。ヤックルでさえ、そのめちゃくちゃだが確実な戦法に恐れおののいた。
 それから何分経っただろうか。血にまみれた大地、離脱した敵兵は幾千いたことだろう。返り血に染まり、あの深い緑色の軍服がすっかりおぞましい鮮血色に染まった中佐殿が、ゆっくりした足取りにて戻ってくるのを見た。

 

「わたしが、怖いかい?」

 

 いまだその眼は緑色のままだったが、先よりは幾分も穏やかになった彼女がヤックルにそう告げてくる。ヤックルは返答に困り黙り込んだ。薄ら笑みさえたたえる上官の姿は、異様なものだった。ほどなくして、女性佐官は意識を失い倒れた。近くにいた味方兵士らがいうには、彼女の特異体質性が、先ほどのあれらしい。そして、毎回その力が発現した後は、このように倒れてしまうのだとか。一切の外傷は見当たらず、けれど、たった一人で一体何百という相手を殺傷したのか、ヤックルには全くわからなかった。

 

 ヤックルは自室にて、ふと目を覚ます。数時間前まで、戦場にいたことを思い出し、また、佐官の彼女からの返事をしていないことも、思い出す。

 初めての実戦で、ヤックルはめざましき活躍をしていた。きっとそれはもう国防軍内にて知れ渡っていることだろう。とかく、あの軍部内では噂の伝達がとても速い。初の実戦投入からの帰還後、ヤックルは三日間の自由休暇を与えられていた。上位佐官の者からは、勲章ものの活躍だとさえ言われた。きっと、休暇後に授与されるだろうとも。だから、いまこうして自室にてヤックルは昼間からごろごろとしていた。
 昼の時間になると、アンジェラが呼びに来てくれた。ともに同じねぐらで生活するアンジェラとホセア。決まり事をいくつか設けて、そのうちの一つがこの食事当番だった。決まった日に、決まった人が食事を作り皆でそれを食べること。もちろん、部署が違うために同じ時に食べられないこともあるが、こうして休暇をとっているいま、三人は食事の団欒を過ごすことができる。空腹を感じないヤックルにはありがたい決まりごとに違いなかった。勤務日でも、担当の者が弁当を作ることになっていたから。食事の管理がしっかりされるようになった今、ヤックルの調子もだいぶ整ってきていた。

 

 三日あった休暇はあっという間に過ぎ、実戦投入から数日、本日昼前に、ヤックルは、直接上官のバトラ・フスキーとともに、こうして大勢の軍人軍属が集う場所にて、立っていた。――数日前に参戦した他国支援という名の実戦『訓練』にて、ヤックルのめざましき活躍により士気が上昇したことを受けて、この下位尉官位であるはずのヤックルが勲章授与を果たしたのである。それは、史上において第三例目の事態となった。前例は、うち一人はあの若き佐官の女、そしてもう一人は下位佐官である『帯電』のあの人であった。いずれにせよ、女性戦闘員兵がこのようにして勲章を授与されるのは、まこと驚くべきことに違いなかったが。

 

「お前の活躍、俺も鼻が高く嬉しく思うぜ。優秀な部下を得られて誇りさえ感じるようだ」

 

 バトラからの言葉だ。ヤックルは、しかしあまり感情にも表情にも変化を出さず、ただ褒められたことに対する礼のみ行い、今この場に立っていた。
 自分がもっとも望むのは、かつてふるさとを、両親を、ヤックルたち幼き姉妹を苦しめたあの外道軍人を下位士官へと左遷すること。そのためには、まず色々な場において自分の力を存分に発揮し、上位階級へとあがらねばならない。この勲章授与だって、それの単なる『通過点』の一つに過ぎないと、ヤックルはそんなことを考えていた。
 群集の中、ヤックルは視線を這わせてみたが、かつてのあの憎き軍人の姿はなかった。それもそうだ。ヤックルたちが苦しめられた発端となったあの日は、もう十年も前の話。かつてのあの男など、とうに出世してこんな下位尉官(下っ端)の勲章授与式になど参列するはずがない。きっとあれ以後も、様々な手を使い今は高みの地位へと上り詰めていることだろう。他方、ヤックルは、そいつが今この場に居なくて良かったと安堵を覚えてさえいた。記憶にはしっかりとあの男の顔が焼き付いている。だから、もしあの男を目撃したら、感情を抑えることは難しいことだろう。特異性体質を暴走させてしまう恐れがある。ために、ヤックルはいまこうして、冷静に授与式へのぞむことができていた。

 

「ヤックル・オランゼ・フレーシア少尉、前へ」
「はっ」

 

 国防軍中央事務施設副長官であるカミラ・ルーデル・シューレディングが声を張り上げた。ヤックルは堂々として彼のほうへ進行する。軍人軍属の群れのほうから、小さなどよめきが起きた。それもそうだろう。こんな少女のような体格のヤックルである。一体なにをして勲章を受け取るのか。先日の目覚ましい活躍自体は噂で聞き及んでいるだろうが、果たしてその人物像まで明確に想像できた人は多くなかっただろう。ための群衆のどよめきである。
 表彰状と、コーラルカラー(濃い黄色)のリボンを胸元へと取り付け、ヤックルは辞儀をする。それから回れ右をして、直接上官のいる場所へ戻る。

 

 ――否、戻ろうとした。それは起こってしまった。ヤックルの予想より遥か以前に、起きた。
 サイレンサーをつけての発砲であろう。咄嗟の事態にもかかわらず、ヤックルは自身の左腕を胸の前にやりどうにか一命を取り留めていた。場が混乱に陥ることがなかったのは、さすが軍事施設内であるというべきか。一部の女性軍属から小さな悲鳴があがったくらいで、あとは皆が迅速に行動に移していた。
 ヤックルは左腕に感じる痛みと熱さに、少しだけ動揺する。が、それを苦痛の表情には決してあらわさない。どこから狙撃されたのか、ヤックルもまた、他の軍人らのように冷静に搜索していた。

 

「フレーシア! 弾が抜けてないんだろう、医務室へ走れ!」

 

 直接上官のバトラがそのように叫んで、ヤックルは八人もの戦闘員兵たちに護られながらそこを目指し走る。誰かが狙撃犯を捕らえたとの声が背中の後ろのほうから聞こえて、同時に群集の中から一人、捕らえられたという声も聞いた。聞いたことがない軍人の名だった。ヤックルは、左腕の痛みと熱さから、少しずつ頭がくらくらしてくる感覚を覚えた。それを察したのか、誰かがヤックルを突然担ぎ上げて、それから、ヤックルは意識を手放す。

 

 意識が覚めたヤックルは、以前にも見たことのある場所にて寝ていることを知った。左腕の痛みはまだ残るが、それよりも、弾はすでに除去されているらしく、患者用衣装の上着を着用する自分にまず驚いた。時計は……あった。壁掛け時計はすでに昼を過ぎ、まもなく三時になろうという時刻で、ヤックルは先にあった騒ぎを思い出し、ぎゅっと拳を作った。
 また、狙われてしまった。それも今度は、顔も知らない奴に。
 以前というのはまだ記憶にも新しい、つい数日前にも、こんな感じの襲撃を受けた。あの時は一発も受けずに、二人の見知らぬ暗殺者を自身の体技にて対処したが、あれはまだこの軍部外の事態だった。今度はまさか、こんな軍部内で、しかもあの人数がいる中での襲撃で、驚くより先に、なんだか悔しさを覚えてしまった。自分の知らぬ場所で、自分が存ぜぬ相手から恨み狙われる恐怖、そしてそれに冷静に対処できる自分。きっとどこぞの上司ならば、軍人らしくて大変宜しいとか言われて褒められるかもしれない。けれど、こう連続して命を狙われるのは正直、しんどい。精神的にも身体的にも、疲労感が半端ない。

 

「お目覚めかしら、少尉さん。安心して。弾の摘出はすでに終わっているわ」

 

 以前も診てくれた従軍医務員の女性だ。確か、エフィーナ・エスタローラ医師。なぜだか彼女はこの軍内部で『白衣の騎士』という妙な二つ名を持っているため、ヤックルの記憶に留まっていた。
 彼女はコーヒーを差し出してくれたので、それを頂く。こうして世話になるのは、過去二度目である。
 エフィ医師に礼をいうと、彼女はにこりと笑い、

 

「医者ですからね。当然の処置でありますよ」

 

 と茶化すように言ってくれた。
 けれど、ヤックルはあまり気分がすぐれなかった。腕の妙な火照りはまだまだ、冷めることはないだろう。それに、心にえぐるような衝撃を、この身にしかと刻みつけられたようで、軍人や軍属の誰もが敵のように錯覚してしまいそうで怖かった。寝食をともにする彼女たちのことさえ、もしかして影で裏切っているのではという疑心暗鬼にとらわれ、自分の気が狂ってしまいそうな予感さえした。
 そんな落ち込んだ感情を察したように、エフィ医師が不意にヤックルの頭を撫でてきた。不思議と不快感はない。心地好い、そんなふうにさえ思えた。

 

「快く思っていないのは、ごく一部の下士官や上官だけですよ。落ち着いて。深く息を吸い、吐いてください。……そう。賢い子ね」

 

 何げに子どものような言われ方をされたが、それも嫌ではなかった。ただ、このように頭を撫でられることに慣れていなかったせいで、少しだけ顔が熱くなった。
 それから間もなくして、ヤックルの元へ駆けつけてきたのは、他でもなく同僚のリタ・クランキーと、ホセア・クレイムソンだった。二人は同じ課で同じ職務室にて任務をともにする同僚。先ほどの疑心暗鬼が薄れたように感じられ、同時に信頼感を芽生えさせていたためか、気持ちがわずかに向上するのをヤックルは自覚する。

 

「撃たれたと聴いて、いてもたっても居られなくなったの……また、同じ思いをするかと思ったら、もう、胸が張り裂けそう……」

 

 リタが涙さえ流しながら、そんなことを言ってくれた。ホセアもまた、同じように、けれどどこか遠慮気味に、ぽつりとこぼす。

 

「大事がないようで、安心した。……襲撃命令をくだしていたのが、かつてのわたしの直接上官だったんだ。申し訳なさでいっぱいだよ……」

 

 どうして彼女が申し訳なくなるのか。それは、いっときでも尊敬をしていた上官が、こんな手段で部下の襲撃に出たことに対する、一種の落胆からくるものが、彼女の心を押しつぶしてしまいそうだったからかもしれない。こうして襲撃を受けるのは二度目、そしてそのいずれもが、ヤックルより地位が上の上官殿らの差し金。心苦しさを覚えたのは、かつて幼い頃、自分が特異体質だったとき。周囲の大人たちが自分のことを奇異な目で見てきた、あのとき。あの時と全く同じ気持ちにさせられる。誰のせいでもなく、ただこの身に受けた呪いは、他でもなく、自分自身の心を最も傷つけているようだった。

 

 医務室から去り、ヤックルはリタとホセアに護衛されるように自らの職務室へと向かう。その胸にはまだ、先ほど手に入れた勲章がきらりきらりと揺れている。もしも、こうして勲章を手に入れさえしなければ、こんなことにはならなかったのではと思うと、ヤックルは自身の野心をくじかれそうで怖かった。あの憎き上位佐官の顔は、決して忘れてはいない。その名、はっきりとした地位も知らなかったが、あの下卑たような汚い笑い方をする人間を、ヤックルは他に知らなかった。だが、とヤックルはある予感に不安を募らせる。
 ……仮説に過ぎない、ただの憶測の話だが、あの男はすでに左遷されどこかへ行ってしまったのだろうか。なぜだかそんな気がしていた。なにせここは、強きが弱きを食らう軍なのだ。あの男、見た目からやや小太り気味で、勲章欲しさにあらゆる手段をこうじてきたに違いない。実力のない奴が、いくら勲章を獲得したとて、戦場で活躍せねばそれ以上の領域へ足を踏み入ることなど出来やしないはず。ここ(中央塔)に来て早ひと月が経過した今、ヤックルは一度として彼のその憎い顔を見たことがなかったのだ。
 あるいは、左遷ではなく、単に他の事務施設へ異動しただけかもしれないが。どちらにせよ、彼には相応の罰を与えてやりたい。無血報復をかかげるヤックルなので、その野心には揺らぎようのない真意が込められている。ただ、いまは、勲章を数で圧倒し、それから、地位を高みへと駆け上がらせる必要しかないのだ。

 

「フレーシア少尉、先程からなにか思案されているようですが、どうされました?」
「やはり、さすがの少尉殿でも、堪えますよね……」

 

 少し前を歩く二人から不安げな声がかけられて、ヤックルはパッと顔をあげた。そして、なんでもない旨を伝えて、無理に笑顔を貼り付けてみた。しかしそれは、失敗だったらしい。二人は余計に心配そうに顔をくもらせて、あとは静かに、≪羨館≫を目指すのみだった。

 

 

閑話休題2

 

 

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