創作作品展示室

主にオリジナル小説が掲載してあります。

フローアイアンの風の音に 閑話休題2

フローアイアンの風の音に  閑話休題その2 『ミラノ・シエンタの場合』
(リタ・クランキーが准尉だった頃の話)(最終更新20180607)

 

 

「シエンタ曹長。お疲れ様。」
「クランキー准尉。お疲れ様です。」

 

 ミラノ・シエンタは通路でリタ・クランキーと鉢合わせた。黒髪、黒目を持つミラノ。そして赤髪に黒目を持つリタ。しばし互いに見つめあい、ふっと、どちらともなく笑った。
 ミラノとリタは同期の友人である。互いに別の課に配属され、系統の異なる仕事内容であるため、このように勤務中にすれ違うのも、久々だった。仕事の時間であるのは重々承知ではあったが、つい二人は、互いの立場を「うっかり」忘れて立ち話をはじめていた。

 

「ミラの良い噂はうちの課まで届いてるよ。よく気の利く曹長だって。」
「三課に? そんな、私、大して役立ててないのに。」

 

 ぎゅ、と手を握るミラノ。彼女は、いわゆるインテリタイプの軍人である。事務仕事全般、計算から読解処理までの仕事は迅速に行うことができる。だが、銃器や槍等含めた武器類の扱いには才がなく、これまで幾度か上官にさえ『事務職者向きだな』と、ぼやかれていた。
 ミラノは現在、西館の経理六課で勤務を行っている。対してリタは、南館の新兵会議課に所属している。許可証を所持していなければ、下位尉官以下の軍人、及び事務職者が基本的に立ち入ることを許されない南館へは、ミラノは当然訪れたことがなかった。なのでこうして西館の廊下で同期のリタと顔を合わせられたことが、とても嬉しかったのだ。

 

「リタは書類配達のためにここに?」
「まあね。……というのは、建前なのだけど。」
「建前? なにかあったの?」

 

 リタが手に持つ書類は実際に西館で最終処理されるべきものであるが、なにやら声を潜めて耳打ちしてきたため、ミラノは怪訝に思った。ミラノがリタにつられて小声で聞き返すと、リタは神妙な顔つきになった。

 

「じつは今朝、電信交換課に『襲撃状』が届けられたと言って、少し騒ぎになっててね――」

 

 『襲撃状』とはいわゆる犯罪予告文のことだ。しかし、わざわざこの国防軍の事務施設へ送ってくるということは、差出人は軍人を標的にしているということだろう。不穏な空気に、ミラノは内心で怖気づいた。以前からもこのようなことは無くはなかったが、いずれも悪戯の範疇で、実際に軍人や施設内を襲撃されたという事態に至ったことはない。だがミラノは胸のどこかでざわざわとする嫌な感じを覚えていた。

 

「――だから、三課では午後から市民勧誘という建前で、いくらかの戦闘員が厳重警戒を張って市中視察を行うという話になって。それでね……ミラに、白羽の矢がたっちゃったの。」

 

 リタの沈んだ表情に、ミラノはきょとんとしていた。話が飲み込めず、理解が追いつかない。白羽の矢がたった、という意味が分からない。否、ミラノの思惟能力は、全く優秀だった。間もなくしてリタから何を告げられたのか把握し、顔を蒼白させた。

 

「私、……えっ。私が、市中視察? どうして!?」
「……こういう言い方はしたくないんだけど、三課とか、度々市中視察に赴く軍従属者は、代替がきかないの。だから、西館勤めの戦闘員に囮役をしてもらうって話になって……とは言っても、大丈夫よ。だって、共伴相手はハルシュテン中佐だから。速射の天才が一緒だから……ね。」

 

 黙りこむミラノに、リタは励ましらしき言葉をかけてくる。大丈夫なわけがないのに。これまでの悪戯襲撃状とはわけが違うのだろうというのは、すぐに分かる。共伴相手になぜわざわざ上位佐官のあのハルシュテン中佐が抜擢されるというのだ。理由は一つしかない。――今回の襲撃状は、本物なのだ。でなければ、ハルシュテン中佐が自ら共伴するなど、ふつう有り得ない。
 上官命令、特殊任務。拒否権など最初からない。ミラノは味気ない昼飯を済ませ、指示通り、13時の鐘が鳴る前に北館のホールに居た。いつも通りの『事務施設の玄関』の風景なのに、どこか緊張した雰囲気が漂っている気がした。

 

「ミラノ・シエンタ曹長。君だね。」
「ハルシュテン中佐。」

 

 軍学校時代、世話になった上官が現れた。今も彼女に対する憧れは消えては居ない。だが、これからの特務を思えば、彼女と一緒に行動をすることに対する喜びは一切沸かなかった。ハルシュテン中佐が纏う軍服のオーバースカートの中から、ホルスターが覗くのを一瞬間視界におさめる。いよいよ、ミラノは不安で泣き出しそうになった。

 

「大丈夫だ。いくらかの私服軍人がわたしたちを十分に護衛している。行こうか。」
「……はい。」

 

 安心など出来ない。上官の言葉は、ミラノには気休めにさえならなかった。


 街はいつもと変わらない。人の往来、露店商の威勢のいい掛け声。道にいる人々が皆、ミラノの目には何かを企むようにしか映らない。疑心暗鬼もここまでくると、まるで病気だと自分で感じていた。

 

「そう気を張りすぎるな。市民に要らない不安を与える。」
「ですが……。」
「わたしは君の仕事振りをかって共伴相手としたんだ。あまり失望させるな。」

 

 上官の言葉にミラノは耳を疑う。まさか、この人が白羽の矢を放ったのか。このような危険の伴う任務に、大して役に立たないこんな部下を抜擢するか、普通。なんの嫌がらせだろう。ミラノは本当に泣きたくなってきた。
 市中視察など、これが初めてのことであるため、ルートなどがよく分からなかったが、アンリ・レイフォードの大通りをひたすら巡るような感じであるということに気付いた。しかし、たまにハルシュテン中佐は裏路地へも目を向けているため、雰囲気には露にしていないが、彼女もまた相当な警戒をしていることが分かった。
 しばらくして、ミラノは躊躇いがちにハルシュテン中佐へ小声をかけた。

 

「なぜ私なんかを選んでしまわれたんですか。私がインテリ人間であることをあなたも存じているはずですよね。」

 

 仮にも上官であるのに、なんて生意気な口調だろうと、言ったあとに気付いた。下手をしたら懲罰を受けてもおかしくはない態度である。しかしハルシュテン中佐は怒るような様子はなかった。歩みをとめず、絶えることなく辺りを警戒しながらも、口許に微笑を浮かべていた。

 

「ああ。そうだね。からきしに君は武器類の扱いが出来ないからだよ。全く、なぜ戦闘員兵などになったのか甚だ疑問だ。」

 

 容赦のない貶しの言葉。だが事実に違いはなかった。唇を噛んで耐えるミラノに、上官はさらに続けた。

 

「君のその温厚な性情と人柄、全く軍人に相応しくない。だが、――」

 

 そこまで述べて、彼女はおもむろに立ち止まる。ミラノもつられて立ち止まり、どうしたのかと上官を眺めた。ハルシュテン中佐の澄んだその青色の眼がしっかりとミラノを見据えている。そして、彼女は紡ぐ。

 

「――『こういう任務では、その無防備が役に立つ』。」

 

 述べた直後であった。

 ミラノは左肩に激痛を覚え、そのまま地面へ倒れこんだ。ハルシュテン中佐が突如ミラノを思い切り突き飛ばしたのだ。咄嗟に受身をとったので、肩以外に痛みはなかった。いや、そんな痛みなど感知できない事態に、思考は完全にとまった。
 いつ抜いたのか、ハルシュテン中佐の手にはリボルバーがあり、その銃口からは硝煙が立ち昇っている。サイレンサーなしなのに、発砲音が全く出なかった。薬莢が地面へ着地する音が、軽く鳴る。どこかに隠れていたらしい私服姿の者が複数名駆けつけ、裏路地の傍で足をおさえて呻き声をあげる若い男を拘束した。私服姿の彼らは軍人だ。羽織るジャケットの左胸のあたりに、軍旗が刺繍されているのを見て察しをつけた。なにが起きたのか全く思考が追いつかない。

 

「えっ、あの。中佐……」

 

 混乱するミラノの方へちらりと視線を落として、ハルシュテン中佐は先と変わらない余裕そうな表情のまま言葉を発した。


「場数を踏んでいない素人のようなシエンタ曹長のその無防備さは、悪巧みを目論む人間の警戒心を薄くさせてくれるらしい。軍人としては大いに問題があるが、人間としては非常に『良い』評価が与えられるな。」

 

 蔑まれたのか、褒められたのか。意味の分からないことを言われ、ミラノはなんとなくカチンときた。――と、ミラノの視線が建物の上部へ向く。黒の銃身、銃口は、こちらへ向けられている。紛れもない、あれは、スナイパー・エラルフ(中型式狙撃銃)だ。

 

「ちっ、……中佐!」

 

 無意識下でミラノは叫び、考えるより早くに身体が動いた。鈍く重い音が身体に響く。市民の悲鳴か、あるいは軍人の怒声か。ミラノの鼓膜から、音が一瞬消えた。

 

「シエンタ!」

 

 ハルシュテン中佐の声が聞こえた。姿は見えない。そういえば、さっきから青い空と、視界の端に建物しか映っていない。最初は銃声に驚いて転倒したような気がしたのだが、だんだん意識がさめてくると、背中に固い感覚があり、次いで、左の腕が全く痺れていて、でも痛みがあって……その痛みは、じわじわと熱を帯びてきていた。
 二、三発の発砲音が身体に響く。音は、ミラノのいる場所から「上」のほうから聞こえた。

 

「弾は!?」
「貫通したようです。左腕二頭筋及び三頭筋、出血は少量。」
「処置を開始します。」

 

 少し経ってから、私服姿の軍人たちがミラノの視界に入った。その頃にはもう痛みで思わず涙が溢れていた。撃たれたのだと、ようやく知った。今まで感じた事の無い痛み、そして恐怖。死の概念が頭をかすめ、全ての意識がミラノの中から、真っ白になった。

 

 鈍痛を覚えて、ミラノは眉をしかめた。それから薄っすらと瞼を開ける。見た事のない場所。痛みの感じるほうへ顔を向けると、自分はベッドに横になっていることを知る。軍服の上着は着ていない。いつもシャツの下へ着用するノースリーブの黒い肌着から素肌が見えた。左肩から腕にかけて、真っ白い清潔感のある包帯が巻かれてある。なんだか熱っぽくて思考がうまく働かない。たぶん、撃たれた傷が熱を持っているからだ。ちょっとでも左腕に力をいれると、たまらなく痛みが襲ってくる。だが幸いにも腕以外に痛いところはなかった。
 鈍る頭を懸命に働かせる。いつもよりもずいぶんと時間をかけて思惟し、ここは事務施設内の医務室ではないことに気付いた。恐らくは病院か。静かな空間でそう結論付けた。と、何やら慌ただしく走る音と、注意をする声が聞こえた。間もなくして見慣れた赤髪が室内へ飛び込んできた。

 

「ミラ、良かった。ほんとう……怖かったでしょう。ね、ミラ……。」

 

 ふらふらとベッドへ近づき、リタは情けない顔でミラノの傍に突っ伏した。泣いている。相当心配していたのだろう。ミラノはなんとなく罪悪感を覚えて、リタに「ごめん」と謝った。

 

「私、撃たれたらしいね。」
「そう聞いてる。もう少しずれてたら、胸をやられてたかもって、聞いたから……。」
「そう、なんだ。」

 

 死んでいたかもしれない。なんだか不思議な心地だった。こうしてリタと会話が出来ているのは、奇跡、かもしれない。ミラノは何を思うでもなく天井を見つめて、言葉を零した。

 

「ごめん。」

 

 二度目の謝罪は、誰に対するものだろう。自分でもよく分からなかった。

 ひとしきり泣いて、リタが落ち着いてきたとき、また訪問者が現れた。金髪の青眼、深緑色の軍服姿がよく馴染んでいる。ハルシュテン中佐であった。

 

「目が覚めたんだな。大事にならず、良かった。……などと、言える立場ではないね。」

 

 ふう、と珍しく溜め息を漏らす上官に、ミラノはなにも言わなかった。あの時のことをよく覚えていないので、なぜ彼女が沈んでいるのか、理由が分からなかったからだ。それを察したのか、ハルシュテン中佐は、ひと呼吸おいてから教えてくれた。

 

「ミラノ・シエンタ曹長。まず、君に謝罪をしなければならない。その負傷は、本来ならばわたしが受けていたはずのものだ。」

 

 静かに、上官は息を吐く。彼女の言葉に、ミラノはきょとんとした。それは確かにそうだ。ミラノは狙撃手を、上官より早く発見したため、彼女を庇って撃たれたのだから。上官を守ることはごく当たり前のことだろうに、なぜ彼女が謝る必要があるのだろうか。
 ミラノの考えを読んだように、ハルシュテン中佐は続けた。

 

「今回の襲撃状はね、最初からわたしを狙うという内容だった。……まあ、こんな若輩者が、しかも女だというのに佐官に就いていることを、面白くないと思う奴は大勢いるからね。最初にわたしが足を獲った者、そして君を撃った者に聞いてみたら、あっさり教えてくれた。やはり、わたしを快く思っていなかった将軍殿の指示だったらしい。彼は現在、軍法会議一級裁判所で、事情聴取を受けている。」

 

 何度目の吐息だろうか。こんなにも疲れたように溜め息を漏らす中佐を、ミラノははじめて見た。いつも毅然としている彼女が、とても弱っているみたいだった。いや、それもそうだろう。信頼しているかどうかは置いておくが、自分の上官から疎まれ、しかも命を狙われるだなど、考えただけで肝が冷えるし、とてもショックなことだ。ハルシュテン中佐はその物腰の柔らかさと同時に厳しさを併せ持っているため、部下からの信頼はとても厚い。だが反面で、彼女より年上の上官は、彼女を脅威として見ているのだろう。有能な若き佐官の女が、いつ自分の鎮座する地位を奪うのか、常に警戒をしている。それは、彼らのハルシュテン中佐を見る目や仕打ちにも現れていた。――本当かどうかは知らないが、中佐が『仮軍人』であったとき、当時上官だった者に相当な手酷い扱いを受けていたと聞く。その上官は不祥事を起こして、現在はすでに軍には居ないらしい。

 

「少し、わたしは自分自身を過信しすぎていたようだ。すまない、シエンタ。君を危険な目にあわせたくて共伴相手に選んだわけではなかったんだ。」

 

 低姿勢でハルシュテン中佐はミラノに頭を下げた。まさか上官に謝罪をさせるなんてと、ミラノは慌てて身を起こしたが、左腕の痛みに顔をしかめた。リタに支えてもらいながら、ミラノは急いた様子でハルシュテン中佐へと言葉をまくしたてる。

 

「そんな。むしろ、名誉負傷ですよ。部下が上官の盾になるのは当然のことですし。中佐にお怪我がなくて良かった。」
「……そうか。そのように言ってもらえると、こちらも少し気が楽になるよ。」

 

 困ったように微笑をする中佐は、とても印象的であった。やはりこの人はとても優しい上官だ。軍学校時代に指導してもらったときから、何ひとつ印象は変わらない。ミラノは、多くいる上官の中でもハルシュテン中佐が一番好きであった。
 三人ともが黙り込むと、室内はいっそう静まる。そんな空間の中で、ミラノは漠然と思考を働かせていた。……ミラノは、武器類一切の扱いがてんでお話にならないため、出世街道からはとっくに外されている。だが事務仕事の迅速さは評価されているため、今はなんとか曹長という地位に居た。そして、まだ誰にも相談していないことがあり、それは事務職者へ転向することであった。事務職者になるということは、戦闘員から外されるということ。それは、同時に出世街道完全自主離脱、そして戦時になっても戦場へは赴かないということに繋がる。申請には上官許可など様々な手続きと認可証が必要になるうえに、審査にもかなりの時間が要されると聞く。しかも確実に受理されるわけではないので、ミラノはどうしようかと悩んでいるところであった。
 しかし今回、改めて思い知らされた。やはり自分は、戦闘員向きではなかったのだ。これまでも上官から散々言われていたが、身をもって知った。やはり事務職者になろう。……受理されなかったらどうするかは、そのとき考えればいい。
 そんなことをミラノが思惟しているときだった。ハルシュテン中佐がおもむろに一枚の書類を提示してきた。覚えず、ミラノは右手を伸ばしてそれを受け取る。傍で一緒にその書面を見たリタが、「あっ」と呟いた。声には出さなかったが、ミラノもまた、小さく口を開いた。二人の様子を見ながら、ハルシュテン中佐は言葉を紡いだ。

 

「以前から、君の上官のツェバルト少佐――彼とは同期の友人なんだ――から、君のことを愚痴られていてな。だが、彼の管轄する経理六課では、事務職者はすでに定員オーバーで、これ以上受け入れる余裕がないんだ。」

 

 そこで、とハルシュテン中佐は青い目を細め、ミラノを見つめた。ミラノは、上官から渡された紙を何度も繰り返し読んでいた。速読による読解は、ミラノの得意分野だった。何度読んでも、その紙面には『ミラノ・シエンタ』『事務職者』『新兵会議課』『異動』の文字が、間違いなく綴られている。見間違いではないと、七回ほど読み直したところで、ようやく認めた。

 

「わたしの管轄する三課『第二会議グループ』に一名、事務職者を募集することにした。何せ適当に貧乏くじを引かせているものでね、わたしの部下には一人しか事務職者が居ないんだ。……君は存じていないかもしれないが、戦闘員から事務職者へ転向する場合、『上官命令』であれば驚くほど容易に事務職者へ転身できるんだよ――」

 

 そう言ってから、ハルシュテン中佐はもう一枚の紙を、ミラノへ提示した。今日の日付と、上官ツェバルトの署名、それに最上部には『事務職者転身届』の文字。ミラノは、すぐに理解した。

 

「――君は本日付けで『事務職者』に、そして、三課『第二会議グループ』へ転属となった。異論は認めん。これは『上官命令』だ。良いな?」

 

 呆気にとられて一瞬言葉を忘れたが、ミラノははっとして「はっ」と無帽による挙手敬礼を行った。

 

「宜しい。では、しっかり休養をとれ。これも上官命令だ。クランキー准尉、頃合をみて君も持ち場へ戻りたまえ。フスキーに、くれぐれもよろしくと伝言も頼んだぞ。」
「はっ。」

 

 踵を返してハルシュテン中佐は退室した。しん、と静かになるが、静寂はすぐに破られた。ミラノの持つ書類から目を離して、リタがミラノへ振り向いた。

 

「以前からね、ミラは戦闘員に向いてないって、みんな言ってたの。でも、事務処理が優秀だから退役させるのも惜しい。ならば、事務職者に転身させれば本人のためにもなるだろうって結論が出てね。」
「……まあ、私、武器下手だしね。」
「そう。だから、有事の際も不安だってことで、……ごめん。あたしも事情知ってたんだけど、だからこそミラに話せなくって。実はね、危険をはらむことを承知で、今回ハルシュテン中佐があなたを指名したのは、最終確認のためだったの。」

 

 ミラノが負傷してしまったことは想定外だったが、最初からあの中佐は、ミラノが本当に事務職者向きであるかを確かめたかったそうだ。普段は別の課にいるため、ミラノの上官や周囲の噂でしかミラノを量れなかった。だから今回は、直接対談してミラノの性情を――軍学校時代と変わりがないかを――会話を交わす事で推量したと。……なんとなく釈然としないのは、こんな事態にその最終確認とやらをすることないのに、と思ってしまったからだろう。別に、個人的に話がしたいのならば、いつでも機会はあったはずだ。一体、あの上官は何を考えているのだろうか。
 そんな無礼なことを思案する様子が顔に出ていたのか、リタが苦笑を漏らしてハルシュテン中佐を弁護するように話してくれた。

 

「ハルシュテン中佐に敵が多いことは、本人も承知してる。だから、あなたを気にいったからと言って、自分の下へ置いたってことが知られたら、あなたにも無用な被害が及ぶ危険がある。なので、いい機会だと考えたのでしょうね。」

 

 建前上では、事務職者へ転身したのは、上官に見限られてしまったため。そして、三課へ異動になった理由は、経理六課が『事務職者』定員漏れをおこしたため、その『事務職者』救済として『特に他意もなく』三課へ引き入れた。無理やりなこじつけのように感じる気もするが、事情を深く知らない者ならば十分に納得する良く出来た作り話だろう。ミラノは、なんだか心がすく思いを抱いた。負傷こそしたが、なんて簡単に自分の願望が叶ってしまったのだろうか。たった一枚の書類だけで事務職者になることができた。間違いなく、偽りない本望だった。

 

「ミラは事務処理が優秀だから心配ないだろうけど、ハルシュテン中佐はなかなか鬼のような量の仕事を与えるって言われてるから、めげないようにね。」
「大丈夫。事務処理しか取り得ないから。恩はちゃんと、これから返していくわ。」

 

 ミラノはそう言い、にこやかに笑った。良い上官に恵まれて、本当に良かった。今後は、最大限の恩返しをしていこう。
 ミラノは手にある異動令状を眺め、良き上官たちに恵まれたことを感謝しながら、静かに誓いをたてたのだった。

 

(5.Mar.2010)修正・20110803

 

 

閑話休題3

 

 

wspcompany.hateblo.jp

 

 

Copyright © 2018 flowiron All rights reserved.