創作作品展示室

主にオリジナル小説が掲載してあります。

フローアイアンの風の音に 閑話休題3

フローアイアンの風の音に スティル・アンカー編 閑話休題3 『メルツ・ローケンハンス~歯車は、軋む~』 20110326~ 修正20110422 修正20110804(最終更新20180607)

 

 

 歩を進める舞台は、ようやく見慣れてきた街中。ひとつ、深く風を吸い込んだ。故郷(ふるさと)よりも澄んだ味がする。もっとも、実際の味覚にはなんの感知もないが。
 赤褐色の肌は生まれつきだった。幼い頃はまだ手入れがされていたが、今はもう軋んで傷んだこの銀の頭髪もただ適当に縛ってあるだけ。薄い灰色虹彩ゆえに、こうして昼間の街をうろつくのも、正直だるいがそのような愚痴を垂れても仕方がない。外国人だから、という理由以外で、道を歩く人々からの注目を集めるとすれば、なるほど、確かにこのナリでは人目を引くのだろう。
 スクールに通う女学生が着用するシンボル・ウェア(制服)のような衣装。短い青のスカート。青の上着に、ペール・ブルーカラーの長袖シャツ。目立たないわけがない。とはいえ、このような人の好奇の目ももう『慣れていた』。

 

「いらっしゃいませ。あら、またいらしてくださったんですね。」

 

 すっかり顔見知りになった先の看板娘は、今日も優しく出迎えてくれた。看板娘の人懐こい笑顔に、なんとなく嬉しさを覚える。
 ――変わった身なりのこの女、名を天津夕凪(テンシン ユナ)といった。南ハクニアの出身ではない。つい数日前からこの地へやってきて、こうして何日かに一度、『サー・オルレイア』へ訪れる。目的は買い物。彼女の相棒がここのパンを気に入っているためだ。要は、おつかい係。けれど残念なことがひとつだけあった。

 

「どーも。いつもの、クダサイな。」
「はい。お父さん、スコッティ・バンとエルクセラ、トー・アランズをお願い。」

 

 店の主人はこの看板娘の父だそうだ。夕凪はこの国の言葉は簡単な単語しか知らないが、動作と三言で買い物ができることを知っていた。持ってきていた財布を取り出し、そのまま中身をぶちまける。精算台の上に、にぎやかな音を鳴らしながら銀貨や銅貨が転がった。突然の事態に驚く様子もなく看板娘は必要な数の硬貨を指差し、会計を済ませると夕凪にお釣りを渡してきた。
 夕凪は計算が苦手である。否、苦手という次元の話ではなく、物を数えることが出来ない。幼い頃からそうであったまま、今この歳になっても数字を数えられないのだ。脳に障害があるといえばそうかもしれないが、数字を数えられない以外では、特に知能に問題はなかった。
 受け取ったお釣りを再び財布へとしまい込む。そうして再び顔をあげれば、にこやかな笑みをたたえた店の主人が商品の入った袋を差し出した。

 

「お待たせ。またおいで。」
「アリガト。じゃあね。」
「お気をつけて! 次に会えるのを楽しみにしています!」

 

 看板娘の破顔一笑に、夕凪も思わず表情を柔らかくした。わくわくとした気持ちを覚え、軽い足取りのまま、表通りへと舞い戻る。
 店の主人も看板娘も、夕凪は好きであった。二人は夕凪に笑顔を向けてくれるから。夕凪は機嫌を良くして、パンの入った紙袋を大事に抱きしめ、店を背に歩き出す。
 元来た道を戻る途中、軍服姿の軍人を見かけた。しかし、身長が低い。まるで子どものような軍人さんだ。夕凪は機嫌の良さから、彼女へ挨拶をしてみる。

 

「お勤め、お疲れさまっす。軍人サン。」

 

 知っている単語のみを使って、通りすがりざまに軽く言ってみた。背後で振り返る気配を感じたが、深く追及されることもないだろう。ただの挨拶なのに、外国人というだけで捕まえるような真似はされないはず。
 鼻歌なんて歌いながら、夕凪は貸家へと入って行く。殺風景な室内。粗末な机の上には不釣合いな最新の機器がある。発展の遅いこの国と違い、夕凪の祖国は先進した技術を持っている。とはいえこの機器は夕凪のものではない。持ち主はどうやら、珍しく外出しているらしい。
 小型冷却器の中を覗くも、夕凪の好物のものは入っていなかった。しょうがない、彼女が帰宅次第、また街へ行こうか。そんなことを考えたときだった。夕凪の灰色虹彩が瞬時に扉のほうへ向けられた。

 

「立ち止まれ。聞こえてンだよ。何者だ。」

 

 外からの不穏な気配に敏感に気付き、制止の言葉を飛ばす。南ハクニア大国の言葉ではなく、夕凪でもある程度知っている世界共通語を用いての威嚇。気配はすぐに立ち止まり、それから言葉を発した。相手もまた、世界共通語を使用してきた。

 

「貴様は傭兵か? こちらは『ラクカラ』という組織の者だ。目通り願いたい。」
「あいにくと交渉者は出かけてるンっすよ。あたしは事情知らないから、話すこともない。」

 

 掠れた声は男のものだった。その話しぶりは、夕凪よりも流暢な発音である。
 夕凪は扉ごしに感じる殺気をじっと睨みすえる。気配から3人いるらしい。けれど夕凪は恐れも怖さも抱かない。それは、それだけの力があるから。寄せ集めの弱者など、夕凪の相手にもならないのだ。
 ふと夕凪は聞いた。聞きなれた足音がしている。夕凪は外にいる男たちに叫んだ。

 

「交渉者が帰ってきたから、道開けといてもらえると、ありがたいンっすけど。」

 

 言葉の直後に不穏が動く。あらまあと、夕凪は溜め息を吐いた。男の情けない悲鳴が二人分あがる。夕凪の相棒は、達人級の体術師である。前進を阻むものは人であろうと壁であろうと、破壊しまかり通るような、そんな女だった。
 扉が開く。重装備をした人間が現れた。紺色のトレンチコート、橙色のサングラス。寒冷地でもないのにこんな格好をして出歩くのは、彼女くらいだろう。
 そして、彼女の後ろにいる男、意外にも無傷のままである。しかし、彼の後ろで倒れる仲間は卒倒しているためか、無傷の男はどことなく怯えているようにも見える。男のくせに情けないと、夕凪は内心で嘲笑う。

 

「あら、夕凪、帰ってたの?」
「さっきね。カル、その人たち、同胞だったみたいなンだけど。」
「過激派反政府武装組織『ラクカラ』でしょう。ごめんなさいね。陽にあたりたくない一心でちょっと慌てていて。」

 

 サングラスを外すと、浅い鳶色の瞳が困った色を浮かべていた。カルナ・メルツィオがその名。そして彼女こそが、夕凪の相棒。
 無傷で済んだ男性は何も言わず、部屋の中の景色に驚いた様子だった。室内は人間が生活しているとは思えないくらいに、何もなさすぎるからだろう。家具といえば、ぼろい机に二脚の椅子、小型の冷却器くらいしか目につかない。そして窓はカーテンで閉ざされているため大変薄暗い。男は生活感の感じられない部屋へ立ち入るのを躊躇っているようだった。
 とはいえ、当初の目的は失念していないようだ、彼は小声をしぼり出した。

 

「俺は『ラクカラ』のクランクだ。あんたらが、他国からの支援傭兵か?」

 

 腐っても傭兵といったところか。彼は先までの様子をすっかり失せさせて堂々と尋ねてきた。それに応えるのはカルナだった。


「そう。でも、勘違いしないで。わたしたちは飽くまでも自らの意志で来たまで。だから、弱者の下に就く気はないわ。ある程度以上は自由に動きまわるから、そちらはそちらでやってちょうだい。」
「……俺はそれを約束できん。俺も雇われている身だからな。組織の大将があんたらに会いたいと言っていた。」

 

 彼女からの予想外の返事にか、最初の威勢のよさがなくなっている。カルナと夕凪は目をあわせ、呆れた風に肩をすくめる。


 クランクに連れだされ、ついた場所は大衆食堂であった。それも高級な印象を漂わせる場所。相変わらずトレンチコートとサングラスを着用するカルナと、シンボル・ウェアもどきを着る夕凪には少し場違いな気もしたが、店内へはすんなりと入る事ができた。
 最奥のVIPルームのような個室へ通され、そこでその者と対面する。


 ――政府高官の証である白いコートを着た男。仮にもこちらは『反政府組織』であるので、さすがの夕凪も驚いた。カルナも言葉や態度には出していないが、冷ややかな目で政府高官の男を見つめている。クランクは案内が終わったためか既にこの場にはいない。間違えて通されたのだろうかと思ったが、どうやらそういうわけでもなかったらしい。
 短い黒髪を少し揺らし、男性は立ち上がる。その深い藍色の目を細めて彼は紳士然として、一礼した。

 

「ようこそ。はじめまして。僕はケイナー。『トル・ゼルカ』の後ろ盾の一人です。」

 

 出し抜けにそう言われ、怪訝さをあらわにしたのはカルナだ。彼女は胡散臭いこの男に対して思いっきり顔を歪め、吐き捨てるように彼へ述べた。


「後ろ盾? ご冗談でしょう。あなたの身なりもその言葉も。なぜ、政府の人間が『反政府組織』の大将を名乗られるのでしょうか。変装の意思もなく、よくもまあ堂々とわたしたちの前に現れることができましたね。隙を見てわたしたちを捕縛しようとでも?」

 

 カルナの厳しい言葉がケイナーに浴びせられる。見え隠れするその感情はひとえに、殺意だけである。けれどカルナからの言葉にも、彼は全く微動だにしない。何か納得したように何度か頷き、それから穏やかに、

 

「まあ、まずは着席なさってください。お話はこれからですので。」

 

 微笑を浮かべて、促してきた。


 何か罠のつもりであるなら、夕凪の耳にそれの音が捉えられるはず。しかし呆気ないほどに全くなんの気配もない。この男以外の人間が潜んでいる音もない。一体、なにがどうなっているのか。
 雇われ屋の二人が着席してから、しばし沈黙がよぎる。カルナはじっとケイナーを睨んでいる。夕凪はしかし、きょろきょろとして、高貴な身分の人間たちが食事をとるこの空間のなかで落ち着けずにいた。

 

「なにか、飲まれますか?」

 

 不意にケイナーが沈黙を終わらせた。夕凪がそちらを見ると、彼は苦笑をたたえて夕凪を見ていた。落ち着きのないことを咎められたように感じる。けれど怯みもせず、夕凪は言い放つ。

 

「ンじゃ、パイナップルジュースでも頂こうかな。」
「夕凪、こんな店にそんなもの、置いてるはずないわよ。」
「えぇっ。……仕方ないナ。店員サン、ちょっと。」

 

 カルナの平然とした言葉に夕凪は本気で落胆する。果汁のみで作られたジュースが飲みたいのに、さすがにこんな高級な店にはないのか。庶民の店なら注文できたのだが。

 夕凪は恨めしげに出入り口を眺め、外に待機している店員に声をかけた。店員は控えていることを気付かれたためか驚いたように返事をし、すぐに入室してきた。

 

「なンでもいいから、果汁のみで作られた飲み物、くださいナ。」
「は、はい。承知いたしました。少々お待ちを。」

 

 店員は三人から放たれる異様な雰囲気に恐れをなしたように、そそくさと退室していった。夕凪のペースのお陰で場の空気が少し温まったところで、カルナが口を開く。

 

「単刀直入に聴くわ。ケイナーさん、あなたは紛れも無く政府の人間でしょう?」
「ええ。身分証もありますよ。ご覧になりますか。」

 

 にこやかに頷いて、ケイナーは慣れたように取り出す。政府高官の者が自己を主張するときに証明する紋章。この国の軍旗にも描かれるフローアイアンの偶像、そして特殊な繊維で縫いこまれた複数の紋章。偽装不可能といわれる技術で鋼鉄のプレートに描かれたそれらは、紛れもなく本物の政府高官の証。カルナはそれを眺めながら、続ける。

 

「認めるわ。あなたは本物の政府高官。でもまだ疑問は残る。――なぜ政府の人間が、『反政府組織』なんかを創ったのか。プロパガンダでも企んでいるわけ?」

 

 夕凪でさえカルナを見遣るほど、カルナは真っ直ぐな尋ね方をした。さすがは口達者。夕凪は相棒の彼女の、こういう点も尊敬していた。
 つかの間、ケイナーは黙っていた。彼の深い藍色の虹彩は、なにも教えてくれない。ここまで感情を表さない人間を、夕凪はいまだかつて見たことがなかった。真意など見せない。読み取らせない。揺れることのない瞳は、一瞬だけ伏せられたが、それもただのまばたき程度。尚も変わらない穏やかな雰囲気のまま、彼は薄らと口を開いた。

 

「今はまだ、僕の目的を話すときではない。ただあなた方には、来たるべきときに働いてもらう。それだけを知っていてもらえればいい。」
「なら、こちらの目的も特に話す必要もないわね。さっき、クランクさんにも言ったわ。わたしたちはわたしたちの目的のまま動く所存。つまり、あなた方の意思通りには動かない。それでいいなら、『トル・ゼルカ』に参加してあげる。」

 

 飽くまで上からの態度を崩さず、カルナはケイナーへ言い放った。弱者につく気はさらさらない。夕凪はカルナの実験研究のことを知っている。けれど目的は知らない。興味がないから。ただ彼女といれば、愉快なことにたくさん出会えることを知っているから、彼女とともにいる。それだけだった。
 今回もカルナは、来るべき壮絶の戦渦で何かを企むつもりなのだろう。なにをするのかは、夕凪は決して聞かない。聞いたところで教えてくれないだろうし、その目的もまた、夕凪にとっては『どうでもいい』ことだろうから。
 ふと、夕凪は気配を察して室外へ目を向けた。その数秒のちに、先ほどの店員が現れた。緊張した身体は哀れで情けないほど震えている。けれどさすがは高級大衆食堂の店員なだけあって、夕凪の所望した飲み物は一切の粗相なく静かに机上へと置かれた。

 

「ココ・ベシアのオレンジラートでございます。」
「ココベってなンっすか?」

 

 夕凪が尋ねる。店員はびくりとしながらも、「ヒエロオレンジ目の一種でございます」と述べた。それはつまり、柑橘系の果物で作られてあるということだろう。
 橙色がきらきらと輝くその飲み物を熱心に見つめる夕凪をよそに、カルナの前、そしてケイナーにも同じものを置くと、店員は一礼して退室した。夕凪は鼻孔を膨らませてジュースのにおいをかぎ、一粒も人工甘味料が入っていないことを確かめると、グラスに口をつけて一気に飲み干した。天然の甘さと酸味がきいていて、非常に美味しい。唇を舌で舐めると、カルナのジュースも横から取り上げ、それもまた、飲み干した。

 

「ンーおいしい。カル、今度これ頼むっす。」
「買い物担当は夕凪の仕事でしょう。わたしは引き篭もりでいたいの。」
「でもあたしじゃ目利きできないよ。」

 

 夕凪はしょんぼりしてうな垂れる。すっかり二人のペースになり、ふっとケイナーが笑ったのが見えた。怪訝な顔でカルナが見咎めると、彼は「失礼」と謝った。

 

「交渉は成立したようですので、僕はそろそろ。お二人はお好きなものをどうぞ。支払いは僕がしておきましょう。」
「気前がいいこと。さすが、天下の政府高官様ですね。悪いけど、あなたみたいな人、わたしは大嫌いだけれど。」
「それは残念。」

 

 苦笑を漏らし、ケイナーは背を向け退室した。夕凪は彼の言葉を文面通り受け取り、すぐに店員を呼びつけ、自分の好物をとりあえず注文した。カルナはもともと食が細いため、何も注文しなかった。
 コーンスープを味わいながら、夕凪はふとカルナを見る。

 

「なンか、あの人、イケすかねえっすね。別にもう会うこともないようだけど。」
「恐らくはね。最初で最後の顔合わせでしょう。傭兵なんて使い捨ての駒。今回も、高額を払ってあとは放任よ。まあ、わたしの目的さえ完遂できればあとはどうでもいいから、むしろ好都合だけれどね。」

 

 くすくすと笑うカルナを、夕凪は久々に見た気がした。含み笑いや嘲笑いは普段からよくしているが、このように楽しそうな、控えめな笑い方をするということは、よっぽど彼が嫌いなのだろう。夕凪はコーンスープをもう一杯、おかわりする。
 果汁百のジュースか、コーンスープを飲む以外の『食事』を行わない夕凪は、その後おなかが膨れるまで延々コーンスープと『ココ・ベシアのオレンジラート』のみを注文し続けていた。二人が貸家へ帰る頃には陽は傾いて、遠くから鐘の音が響いていた。外が暗くなったことでもともとカーテンで陽を遮断してある室内はより暗くなった。夕凪は橙色の白熱灯をともし、カルナへ振り向く。

 

「結局、カルは参加の意思のままっすか?」
「組織で動いたほうが、やりやすいからね。夕凪には、たっくさん働いてもらうわ。」

 

 トレンチコートを脱ぎ捨てて、カルナは愉快そうに笑う。昼間のうちに夕凪が購入してきたパンを一つ手にとり、その小さい口でごく微量を齧る。長年連れ添った相棒は、今回も夕凪に過労を強いる気でいるようだ。
 橙色のサングラスをトレンチコートの上へ捨てたカルナへ、夕凪は歩み寄る。近づけば、彼女が手に持つパンの香ばしいかおりが、また鼻腔をくすぐった。

 

「カルのために、あたしは動くから。別に苦労とも感じないし。」
「そう。さすがは旦那様。もう少しの辛抱だから、まだしばらくは大人しくしていてね。」
「分かってる。」

 

 カルナの手からパンを奪い取り、それを夕凪も、一口だけ口へ含んだ。指の力を喪失させてパンを床へと取り落とす。カルナを抱き寄せ、互いの鼻先がくっつくほどの至近距離。密着した夕凪とカルナは、そのまま目を瞑った。体温を共有しながら、カルナが静かに祈りの言葉を囁く。

 

 ――今宵も一対、嵌めましょう。ローケンハンスの御魂の枷に。

 

 カルナは『邪教徒の使者』である。ローケンハンス心教の祈りの言葉は、とても澄んだ、とても悪意に満ちた、呪われた言葉。

 呪われた関係の二人はそのまま、夜闇へと身を委ねるのだった。

 

 

Copyright © 2018-2019 flowiron All rights reserved.