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『はやぶさ』を応援したすべての人へ 2010.6.14

『はやぶさ』を応援したすべての人へ 2010.6.14


ここはどこだろう。
わたしは夢を見ている。
ここは、月明かりが照らす、寂れた大地。

 

「……あれはなんだろう」

 

地面に落ちている何かの物体。
風が吹いたら、ちょっとだけ揺れた。
近づいてみると、なんとなく熱い。
夢なのに、それを感じた。

 

「パラシュート」

 

それはパラシュートだった。
そして、その傍らには金属のような物体がある。
熱さはあるけれど、夢だから、そこまで不快じゃない。

 

「これは……」

 

「あぁ、つかれた」

 

突然の声だ。
わたしは驚いた。
落ちているこの物体から声がきこえた。

 

「きみは、だれ?」

 

物体がわたしへ問いかけてきた。
わたしは自分の名を失念していた。
なんて答えたらいいかわからない。

 

「せんせいと、おなじだね。きみは、にんげんだろ」

 

わたしは黙っていた。
物体は気にすることなく、また喋りだす。

 

「いっしょにいたはずの、ともだちをしらない?」
「友達?」

 

ようやく声が出せた。
わたしの聞き返しに、物体は「そう」と呟く。

 

「ともだち。ずうっとながいあいだ、いっしょにいた。『はやぶさ』が、そのなまえ」

 

物体の最後の一言に、わたしはドキッとした。
はやぶさ……そう。
わたしは昨夜、『はやぶさ』の最後をみていた。
インターネットを通してだけれど、その勇姿を、輝きを、みていた。

 

「あなたは、『はやぶさ』の放った、回収カプセルなんだね」
「そう。ずうっといっしょにいたんだけど、いなくなっちゃった。どこにいったか、しっている?」

 

カプセルの質問は、わたしを閉口させる。
だって、この子はなんにも知らない。
『はやぶさ』は、あなたを放つと同時に、その使命を果たしたということを。
報せるべきなのだろうか。
言わなければ、いけないのだろうか。

 

「せっかく、ちじょうへかえってきたのに、『はやぶさ』ってば、どこいっちゃったんだろ」

 

カプセルが、呆れた声をだす。
ずず、とパラシュートが風に押されて動く。

 

カプセルは知らない。
この子は、『はやぶさ』がもうどこにも居ないことを、知らない。
わたしは一つ、深呼吸をした。
それから、わたしはカプセルのそばにしゃがんだ。

 

「カプセル。わたし、あなたに教えなければいけないことがあるの」
「どんなこと?」
「……あなたにとって、悲しいこと」

 

言葉に詰まりかけるも、わたしはそれを言う。
カプセルは、じっと黙った。
わたしの視界が不意にぼやけた。
わたしは、カプセルに告げる。

 

「あなたのお友達の『はやぶさ』は、もう居ないよ」
「いない?」
「あなたを解き放ってから、空中で、……そのからだは、分離したの」
「ぶん、り?」
「すごく熱い中で、『はやぶさ』は燃えて、なくなっちゃったの」
「……」

 

カプセルは静かになった。
おえつが我慢できず、わたしは小さく泣いてしまう。
カプセルは黙ったままだ。
ときどき、風が吹く音がする。

 

「『はやぶさ』は、しんじゃったの?」

 

先より、いくぶんも小さく、弱い声だ。
悪気のないカプセルの真っ直ぐな言葉。
わたしは返事ができず、地面に手をついた。

 

「うそ。うそだよ。だって、やくそくしたもの。『はやぶさ』と」

 

「『はやぶさ』は、いってたもの。かならず、せんせいのところに、かえろうねって。いっしょに、ちきゅうにかえろうねって。やくそくしたもの……」

 

カプセルが黙ると、静寂だけになる。
風は吹かない。
わたしのおえつが、ときどき漏れるだけだ。

 

『はやぶさ』は、もう居ない。
そのからだは、熱い中で、燃え尽きた。
その最期は、とても美しく、力強い光を放って。
見守っていた全ての人へ、「ただいま」と言うように。

 

『はやぶさ』は、確かにその使命を完遂して、消失した。
長い、とても長い旅路で、いくつものトラブルを起こしながら、
けれど確実に、一つひとつの任務を果たして、日本時間2010年6月13日――
間もなく日付が変わるとき、誇らしげに流れ星と化しながら、その姿を消した。

 

「『はやぶさ』……」

 

その呟きを最後に、カプセルは喋らなくなった。
わたしは、ついと上空を見上げる。
美しい星が瞬く、静かな夜だ。

 

意識がゆっくりとまどろんでいく。
わたしは夜空を見ていたくて、仰向けに寝転がった。
すぐ傍には、『はやぶさ』と、多くの人びとの希望が託されたカプセルがある。

 

これは夢なのに、地面の感触と、においと、心地が、現実のように錯覚させる。
意識のまどろみは、間もなくわたしの自我を手放すかもしれない。
ぼんやりと星空を眺める。

 

あっ、いま、流れ星が落ちた。
本物の流れ星はほんとうに一瞬で燃え尽きてしまうんだ。

 

「はやぶさ」

 

声に出せたかは分からない。
わたしは、その名を呼んだ。
ああ、夢から覚めてしまうかな。
できることならば、せめてこの言葉を。

 

「おかえりなさい」

 

わたしは、暗闇へと沈む。
その感覚は心地よい。
わたしは声を聞いた。
儚く、けれど確かに囁かれた、カプセルとは違う声。

 

ただいま、と。

 

関連・外部リンク

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「はやぶさ」 8年前に歌ってみた - YouTube

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