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エターナルブレイド 第13話

エターナルブレイド 第十三話 『賢皇陛下』20180705

 


 怖い、怖い。こうして、自分自身へはっきりと殺意を向けられるのは初めてのことだった。私を守ろうとこちらに背を向けるルラ、そしてカーミラに祈るように固く両手を結んだ。
 ″こう″なった経緯は正直私には分からない。ただ、ルラが推測していたことを思い返すと、『時空法則の乱れ』が原因で、本来目的としていた″着地点″からズレた場所へ不時着したらしい。そして、私たちが舟から降りた先に、この人たちが現れた。
 両手でしっかりと握りしめられたそれは、紛れもなく農耕具を模したものだろう。カマやクワの形の武器を持ち、じっと私たちを威嚇する。躯体の大きい男性らは鎧を身にまとい、臨戦態勢を取るその様はこちらに命の危機を覚えさせるほどその眼光は鋭くて恐ろしかった。しかも、彼らが怒声のように発するその言語は、どうやらフレイルライズでの公用語とは違うものらしく、私には何も理解できなかった。それがさらに恐怖心を煽るようだった。
 特殊装甲衣を纏うルラが何か口早に(フレイルライズの言葉ではなかった)彼らへ言葉をかけるも、彼らは聴く耳なしというように武器を振りかざして襲い掛かってきた。その数ゆうに十人を超えている。
 ルラが叫んだ。

「カーミラ、ナコを連れて離脱しろ!」
「わか、った!」

 言葉に瞬時にカーミラが動く。私を担ぎ上げたと思ったら、そのまま高く跳躍して背後の巨木の高所の枝まで一躍した。
 が、矢だろうか、それがすぐ傍に突き刺さる鈍い音がした。ちっ、と軽い舌打ちをするとカーミラは続けて巨木を縫うように森の中へと跳んでいく。背後から水が弾ける音がして、間もなくルラが中空を飛びながら追い付いた。戦線離脱したルラがため息をこぼす。

「運が良くなかった。どうやらこの辺り一帯は彼らの縄張りだったらしい。幸い、魔法者ではなかったのでこちらが占有地域を離れさえすれば深追いはしてこないと思う。」
「エツィニヤって、危ない国だったんだね……」
「いや、そういうわけではない。多民族国家であることは事実だが、今回はわたしたちが彼らの領域を侵そうとしたから襲撃を受けたに過ぎない。……しかし、着地点が悪かった。ここは――」

 そこまで言いかけて、ルラが不意に視線を左前方へと向けた。途端の出来事だった。
 赤い何かが視界に広がる。炎だと気付くのに少しの時間を要した。何が起きたか私にはすぐには判断できなかった。
 ルラの防護魔法だろうか、薄い水の膜が私とカーミラの周囲を覆う。が、次の瞬間にはそれは蒸発するように消滅した。こちらに背を向けて立つルラの身体から、赤い色の水滴が散る。炎の矢は幾重にもなってこちらへ向けられ降り注いでいた。

「ル、ルラ?」
「ナコ、大丈夫だ。……カーミラ、君はナコを守ることだけ考えてくれ。……決して、″手は出すな″」

 荒く苦しそうな息遣い。血が、ルラの身体から滴り落ちる。炎の矢の猛攻は途切れていたが、カーミラの唸り声が静かな場に低く響く。
 ルラの身体が傾いた。重力に逆らわずそのまま地面へと落下していく。私はただそれを眺めるしかできなかった。

「や、ッ、ルラ!」

 手を伸ばしても届かない。が、カーミラが私の意思を汲んだようにルラへと向かい駆け出した。しかし、また炎の矢が向かってくるのを見る。このままではみんな……
 私の首から下がる石がちかっと瞬く。その直後に、光が溢れた。

 幻視、それとも未来可視か。過去に出会った″あの人″が、悲しみに暮れて泣いている。眼前の光景をただ受け入れる以外なく、泣いている。炎に包まれた、はりつけにされた女性はなすすべもなくその身を焼かれている。断末魔が、周囲に響き渡る。なんだろう、これ。なんで、こんなことをされているんだろう。どうして周りの人たちは止めないの。こんな悲しいこと、あってはならない。

 明滅して、今度は穏やかな空間。視線の先の、陽光のもとで育つ白いお花。健やかに、美しく育てと愛情をこめてお世話をしている。いつかあの方へと授けられるよう、その時を待ち望む。愛しい人へ、できることは唯一これだけだと理解していた。どうか、喜んでもらえたら、それが至福となるだろう。

 上下も左右の感覚もない。何も見えない。ここはどこなのだろう。私はさっきまで、『なにをしていた?』
 ふと、右手にぬるりとしたものが感じられた。視線を落とす。その先の、赤い血だまり。微かに暖かい、臓物。なんだろう、これは。胃を焼くような臭いがする。いやだ、いやだ。こんなの、望んでない。いらない、やめて。

「――ナコ!」

 名前。私は、そうだ。私はナコと呼ばれている。視界が広がる。炎が広がる。けれど、それ以上に驚いた。
 浮遊している。私も、カーミラも、それに、ルラも。胸元が熱い。見遣ると、アスドワさんにもらった【魔法媒体物質≪フューテナス≫】が見たことないほど眩く光を放っている。何が起きているのか自分では何も分からない。だが、そんなことより、血を流し意識を失っているらしいルラを抱き寄せる。こんなに傷ついてしまったところを見たことがなくて、動揺する。それに、辛い。悲しい。どうしてこんなことになったのだろう。涙が溢れてくる。

「近寄る、な!! お前、敵だろ!」

 カーミラが冷静を欠いたような大声を張り上げた。そちらを見ると、私たちと同じように浮遊をする、赤い髪の、小柄な人間がいた。どう見ても子どもなのに、その姿は見る人をぞっとさせるなにかを連想させる。それは彼女が背に携えた大きな鎌がそう思わせる一因だと思った。
 少し変わった形の帽子をかぶる赤い髪、髪よりもっと鮮やかな赤い眼。真一文字に閉ざされた口は何も語らない。ただ、着衣を微風になびかせ、炎を纏い、こちらを真っすぐに睨みつけてくる。その無言の圧力が、たまらなく恐ろしい。

 ――貴様らは異国の時者か。

 言葉が、頭の中に響いてきた。聴いたことがない声。幼い子どものその声。きっと、目の前にいるこの少女のものだとそう確信をした。しかし、頭に響いてきたことで、『私の元居た世界の言語』なのか『フレイルライズの言語』なのかまでは判断できなかった。ために私は、返事をする代わりに少女へと頷いて見せる。
 少女が何者なのかは皆目見当もつかないけれど、彼女は私の行動の意味を理解したらしい。厳かな雰囲気は変わらなかった。だが少女の眼から殺意の気配が微かに薄らいだように思われた。

 ――無礼を詫びる。保護対象と認めよう。我が主、賢皇≪オウ≫の客人よ。

 少女が手をこちらへ向ける。威嚇を見せるカーミラへ私は「大丈夫」と声をかけて、少女の動向を見守った。
 赤い炎は私たちを包み込んだ。けれど不思議と熱くはなく、なんというのだろう、″心地がよかった″。

「ナコ、これ……」
「カーミラ、大丈夫、おいで。」

 根拠もないのに、私はただそう言っていた。ルラは、大丈夫だろうか。呼吸はしているけれど、痛みに耐えるように表情は歪み、今もなお絶えず荒い息を吐いている。不安げなカーミラの頭を撫で、私は耐えた。炎の膜に熱さは感じられないが、どれほどそこに居たのだろう。時間の感覚もなくなるくらい、ずいぶん長いことそこの中に閉じ込められていたように思われた。さながら、檻、だろうか。保護対象、客人だとは言っていたけれど、私たちはきっと危険を持ち込む因子であるとみなされたから、攻撃を受けたのだ。もし、あの少女に″その意思″があったなら、きっと今頃私たちは殺されていたかもしれない。森の中での襲撃――炎の矢はきっとあの少女が放ったものだ。そしてその矢は明確に、私たちを狙い、命を『刈り取ろう』としていた。少女が背に携えていた鎌の如く、私たちの命などいとも容易くまるで『稲穂を刈るように』軽く扱われるのだ。
 私は今まで忘れていたのかもしれない。この世界は、私がいた世界とは違う。今までも何回か、命を脅かされる事態に遭遇していたのに、どうしてだか忘れてしまっていた。ここは例え人同士であっても『生きるための殺生』が行われる世界だ。かつて私のいた世界も世界大戦や内紛が行われていた。それは歴史の中でしか知らないことだった。だって、そう思うほどに私の暮らしていた日本は、現代はとっても平和だったから。

 炎の膜が白色へ変色した。そして、煙のように立ち消えた。そして気付かされた。
 ここは、先ほどの森の中ではない。ひやりと肌を覆う、石の要塞。宮殿、というのか。海外の建造物の写真集で見たような、石の柱。かいだことのない、新しい場所のにおい。けれど、ついと視線を移せば、その先に遥かに広がる緑色の草原。……いや、草原ではない。それは、若い稲の絨毯だった。日本でも田舎へ行けば見られる、田んぼにまかれたその牧歌的な景色。それが広がっていた。不思議だと思った。見たところ、この田園風景の周囲には今私たちがいるこの宮殿以外の建物がないように思われた。
 宮殿の通路の先から、複数の音がした。見遣れば、見慣れない格好の人の群れ。一糸乱れず大勢がこちらへ向かって押し寄せる。フレイルライズの人の格好とも違う、私がいた世界の格好でいうと中東の国の辺りの民族衣装に似ていると思った。見たところ全員女性のようにも見える。彼女たちは無言のまま、私たちを取り囲み、けれど危害を加える様子もなく、迅速にルラをタンカのような台へと乗せて、それから彼女たちの中でも一番背があった女性が、カーミラと私を見、大きく一礼をした。ついて来い、という意味だろうか。そのように判断して、女性たちに囲まれながら移動を開始した。
 カーミラは居心地悪そうにしている。私の左側でぎゅっと私の袖を掴んで、絶対に離れまいと歩幅もあわせてくるので、ちょっと歩きづらかったけれど、気持ちが分かるぶん振りほどこうとも思わなかった。一体、どこへ連れていかれるのだろう。ドキドキと、不安なのか恐怖なのか、それとも期待なのか。鼓動が高鳴っている。

「ナコ、ここ、変だ。」
「変?」

 不意に、カーミラが呟く。衣が擦れる音以外、無音の空間。風もない。動物の音もない。『自然の音』が聞こえない世界。――化獣人≪セルヴェスト≫はそのナリこそ人間だけれど、どちらかというと生態は野生の動物そのものであると言っていたのは学院の白服生、ウィルだった。その第六感は野生動物のそれだ。彼女のその予感はきっと正しい。それにカーミラじゃなくても、私でもなんだか妙な雰囲気を感じている。
 視線をあげた先に真っ白い布の幕が見えた。その先は何も見えない。先頭を歩く人たちが幕の先へと消えていく。ルラもまた女性たちとともに。と、そこで残っていた女性たちが立ち止まった。先ほど私たちへ一礼した長身の女性が再びこちらへと寄ってきた。

 ――時者のお嬢様方、ご安心召されませ。時者のカーティス様は治療のため、お連れさせて頂きました。お二方は、こちらへ。

 女性の声だ。今目の前にいる女性の声、だろうか。彼女の声が鼓膜を介さず頭の中で響いて、その声ののちに私たちの立つ位置から一番近い石の柱と柱の間から、光が溢れた。その先に空間が広がっているらしい。まるで隠し扉みたいだと思った。けれど、どこへ連れていかれるのだろう。考えてみても、想像もできない。警戒するカーミラとともに、私たちは光の中へと足を踏み入れる。

 自然の音を全身に感じる。広大な大地、けれど先ほどとは様子が違う。城下町、というのが正しいだろうか。私たちは今、地上から高い位置の、バルコニーのようなところにいた。困惑しつつも歩を進めて手すりのある場所まで向かう。地上に広がる人、建物、お店、動物。風の音が心地よく、賑やかだけれどなぜだかそれが返って安堵感をくれるようだ。この高所から見渡す見慣れない場所の新鮮な景色。胸がすくような気持ちだ。この感覚は、あの時――賢録古書の祭典のあの時と同じ。何かよくわからない胸の鼓動。でも、決して不快ではないその律動。カーミラもまた、物珍しそうに周囲を見まわして「あれ、なんだ」と色々なものに興味を示している。きっとこうして人が住まう町の中を観察するのは初めてのことだろう。年相応にはしゃぐカーミラに、私もつい笑顔になってしまう。

「時者殿、ようこそ、我が皇国へ。」

 雑踏のざわめきを忘れさせるような、凛とした声が今度は鼓膜に響いてきた。あの少女のものではない。先ほどの女性のものでもない。低い、けれど男性か女性かまでは判断しかねる、そんな声。振り向いた先にいたのは、高貴な雰囲気を醸し出す一人の青年。彼は、あの時森の中で私たちを襲撃してきた少女とは少し違う特徴的な形の帽子をかぶり、黒色のマントを羽織り、涼やかな目元にはフェイスペイントだろうか、彼の顔の左側には、褐色の肌に馴染んだ黒色の何かの紋様、それは目元から顔のラインをなぞるように描かれている。これまで出会ったことのないタイプの、少し不思議な雰囲気を持つ人だと思った。
 突然現れたその人に、けれど私は不思議と驚くこともなく、彼へとお辞儀をしていた。彼はどうやら、フレイルライズの言語を操れる方らしい。そしてなぜだか私は、彼のことを知っているような気がした。彼は――
 ふ、と全てを見透かしたように、小さく微笑を浮かべ、青年はそっと片膝をついた。

「お待ちしておりました、時者殿。余は、この国≪エツィニヤ皇国≫の賢皇、ロキと申します。」

 この方が、ロキ皇子――フレイルライズの王女、エレナ姫様の婚約者。想像していたよりも、厳しそうだけれど、誠実そうな人だと思った。
 彼はカーミラと私の方へ近づき、視界の下に広がる自らが治める民衆を一瞬だけ見据えて、それから再び私たちへと向き直ると片膝をつき、口を開いた。

「此度は、我が″バラモラ師団″のウィンガーデン提督が時者殿を襲撃したと伺いました。その節、謝罪を申し上げたい。」

 片膝をついたままで今度は深く頭を下げる彼を、私はじっと見つめる。ウィンガーデン提督……聴きなれない名前だが、私たちを襲った赤髪の少女のことだろうか。……正直、許せないことではあった。ルラは深い傷を負ったし、私たちも怖くてたまらない出来事だった。でも、……悪意があったわけではない。あの少女だって、国を守るために行ったことだ。いうなれば不可抗力というものだろう。結果的にはこうして保護してもらったのだから、咎めるなどしてはいけないのだ。
 けれど、ルラは……

「……ごめんなさい。こちらこそ、その。時空法則が乱れたせいで、不要な混乱を招いたようで。……でも、私たちは少なくとも、敵対の意思がないことを示していました。なのに、あんな風に襲撃されたから……」

 感情が高ぶってしまう。けれど、堪えた。でも言葉は抑えられなかった。目の前で私をかばって傷ついたルラのことを考えたら、怒りを感じるのも無理のないことだなんて自分でそんなことを弁明した。
 ロキ皇子はなおも頭を垂れたままで、私の言葉を聴いていた。そうして少しの間、沈黙ののちに、彼は再び声を発する。

「仰せの通りです。……まことに、申し訳ない。貴殿らが漂着したあの森は、ここ数昼夜、異変を来しており、ためにウィンガーデンに″警ら″を任せていたのです。折に、貴殿らとあいまみえたようで……慰めなどのつもりはありませんが、カーティス殿への襲撃も極力急所は避けたとのこと。我が皇国の持つ療癒儀式≪サヌサ≫であればもう間もなく傷もすべて癒えましょう。どうか、ご理解を願いたく存じます。」

 裏のない誠実な言葉だった。傷はすぐに治ると断言され、安堵からか私は足の力が抜けてしまう。それをカーミラがすぐに察して抱きとめてくれた。ロキ皇子が私の様子に気づき、右腕を軽く天へと振ったのが見える。彼は姿勢を起こして、先までの厳格な態度を崩さず声をかけてきた。

「緊張が弛緩したのでしょう。従者を呼びましたので、少しお休みください。――アイミヤ殿、カーミラ殿。″流れ星″について、少しだけ。」

 彼はそう述べると、左の手を私たちの方へ向けた。間を置かず、何かの映像が私の目の前に投影された。――薄暗い空から何かの光がいくつか地上へと降り注いでいる。それは蛇行するようにうねりながら、森の中へと落ちていく。そして、音もなく木々の生い茂るそこへ落ちると、何か妙な波動が起き、無音のままその波紋が森全体へ広がった。各所から、ゾッとするほどの低い唸り声があがり、そこで映像は途切れた。

「先ほども述べた通り、森に異変が起きた要因は紛れもなく″流れ星″だと推測されます。それらは一介の魔導士では太刀打ちもできぬものとも存じております。……カーティス殿が快復され次第、鎮めるべくご出立願いたい。貴殿らが我が国へと導かれたのもその為と。供としてウィンガーデンを伴うとよろしいでしょう。奴めはナリこそ幼いが、力は我が国いちの魔導士。お役に立てることもあると存じます。」

 従者の方と思しき人たちがロキ皇子の背後から何人か駆けつけてきた。それらは全て女性だった。先ほど、石のつくりの宮殿で一緒に行動した人たちとはまた少し衣装が違う。
 女性らは何も言わず私とカーミラを伴って宮殿の中を案内してくれた。一室へと通されると、そこにいた人に私は驚くより先に抱き着いていた。

「ルラ! 良かった、ケガ、治ったんだね。」
「ああ。心配をかけたな、すまない。」

 ルラが椅子に座っていたのだ。襲撃前と何ら変わらない様子の彼女に私は心底安心した。ロキ皇子が言っていたことは本当だったようだ。カーミラもまたルラを不安げに見上げているが、くん、と鼻を動かしてケガの具合を確かめると小さく頷いていた。

「治ってる、な。大した、治癒力、だな。」
「わたしの治癒力ではないよ。……エツィニヤの国力そのものだからな、これは。」

 国力そのもの、という不思議な言い方だった。そこに疑問を覚えるも、ふとルラが視線を移し、その先にいた人物を見たとたんに即座に頭を下げた。
 ロキ皇子が部屋の出入り口の扉の前に立っていたのだ。ルラは面識があるのか、一目で彼をロキ皇子と判断したらしい。私もルラを真似て改めてお辞儀をする。

「畏まらずとも。時者殿、此度の傷は無事癒えたようで何より。」
「は。陛下のご高配賜り、恐悦至極に存じます。ルラ・フィン・カーティス、今を以て時者としての任を拝命致します。」

 怪我が治ったばかりでも、ルラは自身の身より使命を重んじるのだ。その意志の強さに私は、彼女の性情を知っているつもりだったが驚くばかりだった。意識を失うほどの傷を負ってもなお、一刻も早く『賢者様』の回収を遂行しようとする。ルラらしいが、私はルラに無理はしてほしくなかった。
 不意にロキ皇子が一瞬、私を見遣った気がした。そしてロキ皇子をつかの間見つめた私は、ここへ来てやっと『もう一つの目的』を思い出した。

「ルラ、あの、姫様の書簡を……」
「ああ。そうだな。――物質召喚≪レメア≫。」

 エレナ姫様から授かった大事な書簡は、ルラの魔法で別次元に隠していた。対象物質を一時的に保管することのできる魔法。これは高等魔術の一つでもあるらしい。――対象物質を保管している間はずっと微弱ながら魔力を消費し続けるので、未熟な人だと保管した物質を実体化する際に魔力が不足して繋ぎ留められず、別次元の彼方へと消失してしまうこともあるらしい。なので、便利ではあるがある程度魔法に慣れた人でないと扱いが難しい魔法だとそう文献に書いてあった。
 私は、ルラから出してもらった書簡を両手に持ち、ロキ皇子へと差し出す。

「遅くなりました。こちらは、フレイルライズ王国第二王女であらせられるエレナ姫様より授かりました、書簡です。ロキ皇子様宛てのものです。」
「――エレナ姫殿から、ですか。……それは。」

 ちら、と彼を見上げると、ロキ皇子は表情が変わっていなかった。嬉しくないのだろうか。戸惑っている?
 そう思ったが、気のせいだったらしい。ロキ皇子はふ、と表情を柔らかくして私の手にあるそれを受け取ると、愛しそうに書簡をひと撫でしていた。

「そうですか。これは、時者殿が勅使を全うされるとは。少し呆気に取られてしまいました。いえ。感謝致します。――永く、望んでいたものです。」

 そう語らうロキ皇子の、なんと穏やかなこと。初めて会ってから初めて、こんな表情もされることを知った。
 そういえば。確か、ウィルが言っていた。――今回の婚姻は、政略婚の可能性がある、と。けれど、と私は勝手ながら思う。まだ出会ったばかりなのに、どうしてか、確信があった。この人は、きっと″善″の人だ。婚姻の裏では何か政治的なことが絡んでいるとしても……この人となら、エレナ姫様は幸せになれるのかもしれない。だなんて、そんなことを思った。

 今、ルラとカーミラ、それに私の三人は宮殿の出入り口にあたる開けた場所に立っていた。ここは、襲撃を受けたあとに初めて来た宮殿と様子がよく似ていると思った。宮殿の外の景色は田園風景。ざわざわと風が青い草を駆け抜ける、その風の姿が草によって可視化されているようだった。
 ロキ皇子はここで待っていろと言っていた。″流れ星″、もとい『賢者様』の捜索。今回は特に、過酷なものになるかもしれない。出立前にルラがそう述べたことを今になって思い出す。

 エツィニヤで目撃された″流れ星″の数は、目視だけでも十を超えている――『時空監査局』からの情報は、それだけだった。詳しい落下地点や異変についてはまた追々情報が入ると言っていたのだが……エツィニヤ全土で現在、原因不明の魔術的干渉が起きているらしく、肝心の『時空監査局』との交信も途絶状態にあるため、今の私たちに情報をもたらしてくれるのはこの国に住まう魔法使いたちだけということになる。
 話の流れから察するに恐らくその魔術的干渉の主要因は、紛れもなく『賢者様』によるものだろうというのがルラの見解だけど、私もその推察に同意していた。叡智を極めた魔導士の中の魔導士、それが『賢者様』。普通の魔法使いよりも多大な魔力を所有していることは、明白だった。私はこの世界の魔法に関しては文字と伝聞による知識しかないが、過去にまみえた【魔法具現物質≪エターナルブレイズ≫】のその力の強大さは、この身でしっかり感じてきた。――私が初めて【魔法具現物質≪エターナルブレイズ≫】に遭遇したのは学院で闘技を見学していた時。あの時、初めて未来可視の力も発現したのではっきり覚えていないが、禍々しい力を前にした際、思考が停止して、恐れも恐怖もなにも感じなくなったことだけは思い出せる。強大すぎる魔力の前に、ただ茫然と見ているしかできなかったのだ。
 ウェラ・マルシェでも、森の中におちた『賢者様』の影響で大きな獣がおかしくなったのを見た。周囲へ様々な影響を与えるほどのそんな強い魔力を持った『賢者様』を、今回は十以上も相手にすることになる。想像するだけでめまいがしそうだった。

 黙り込んだ私を心配したのか、カーミラがじっと見上げてくる。心配しないで、と笑おうとするも、自分でも笑顔が作れていないことが分かるくらい、緊張してしまったようだ。
 傍にルラがきて、私の肩へと手を触れる。

「大丈夫だ。……何があっても、ナコ、君だけは守る。必ず。」
「むぅ。あたし、も、ナコを、守るぞ。しんでも、守る!」

 ルラを真似てカーミラが真剣なままにそういうものだから、意表を突かれてしまう。死んでも、なんて、冗談でも言ってほしくなかった。つい先刻のルラの負傷した姿を思い出して少しだけ気分が落ち込むも、二人をこれ以上心配させたくなかったので、私は静かに頷いた。
 風の吹く視線の先の景色を眺めていたら、また、脳内に響いてきた。あの時聞いた少女の声。

 ――万事整っておるようだな。時者よ。

 振り向いた先、宮殿の通路の先には、赤い髪の少女。そして彼女の背後には何十人と背の高い、甲冑を身にまとった人たちの群れ。そういえば、と思い出す。ロキ皇子が言っていた、『バラモラ師団のウィンガーデン提督』。つまり、この少女が師団長だということか。改めて少女のナリを観察していたことを、彼女は快く思わなかったらしい。元々眉間にあった皺をさらに寄せて、ウィンガーデン提督は私を睨んできた。

 ――このナリが珍妙か。慣れろ、時者よ。我とて、好きこのんでこのようなナリでいるわけではない。

「ご、ごめんなさい。」

 咄嗟に謝り、頭を下げる。好きでその姿になったわけじゃない、って、どういう意味だろう。いまいち彼女の言葉が理解できなかったが、あまり雑談を好む人ではないということは彼女の風貌や言動からも察することができる。それ以上は彼女を苛立たせないよう、私は口をつぐんだ。
 ウィンガーデン提督は甲冑の人たちを引き連れて、私たちの前まで来た。そして、おもむろに左の腕を上げ、宮殿の外の空へと向けて指先まで真っすぐに伸ばした。
 何が起きたか理解が遅れる。ウィンガーデン提督を見ていた私たちの視界が急に暗くなった。そして、突如として感じる威圧感。慌てて振り向いたら、そこには、

「ッ、軍艦……?」

 思いがけないものを目の当たりにして、変な声が出てしまう。
 紛れもない、それは軍艦。確か、歴史の教科書などにも載っていた。ところどころ、私の知っているそれとは違うようにも感じられるが、それは当たり前だ。ここは魔法の世界。様式とか形とか役割なども違うはず。鼠色の大きな船は中空に浮き、その船の側面に刻まれた模様は複雑で、けれどきっとその形にも意味がある。船の両翼部分には幾重も頑丈そうな細長い、言うなればボートで使うオールのような形状のものが連なり、それがゆったりと上下している。原動力はきっと魔法だろうけれど、こんな大きな軍艦を動かせるほどなんて、一体どれだけの魔法使いが搭乗しているのだろう。疑問が一気に沸いてきたが、再びウィンガーデン提督からの言葉が頭の中に響いてきたので思考は一時中断させた。

 ――乗艦せよ。案ずるな。我が戦艦≪ロドゥア≫は不落の要塞。例え外部より襲撃受けようと、傷一つとつけられぬ。

 自信に満ち満ちた彼女の言葉に、私は圧倒されるばかりだった。
 広く快適な艦内にて私たちは、提督が執務室としているらしい部屋へ通された。聞けば、彼女たちエツィニヤ皇国の特殊衣装甲部隊『バラモラ師団』は普段からこの戦艦を根城としており、皇族の住まうあの宮殿には滅多なことでは赴かないらしい。……仮に彼らが赴く理由ができたとすれば、その時は一国滅亡の危機の時くらいだ、とそう教えてくれたのはルラだった。今ここにはウィンガーデン提督は不在。カーミラとルラと私、そして何か用があれば言いつけろ、と従者の方らしき女性を一人残して、提督はどこかへと立ち去ったのだ。
 部屋の扉の左横にて、微動せずじっと目を閉じる女性を見遣る。黒い髪を後ろの低い位置で一つに束ね、端正な顔立ちに、他の甲冑を着た兵士よりは幾分軽装に近い武装装束。彼女はこの部屋に立ち入ってから一言も私たちとは会話を交わしていないが、恐らくウィンガーデン提督の部下の方だろうと思っていた。
 あんまりに私が意識を向けるせいか、不意に女性は私と目を合わせた。どき、として慌てて視線をそらしたら、小さく嘆息する音が聞こえた。女性が少しだけ頬を赤くして、小さく、ちょっとだけ笑ったのを見た。

「失礼、来賓様。――ナコ様、と申しましたか。何か御用がおありで?」

 よく通る耳触りの良い声だと思った。そして、彼女は至って普通にフレイルライズの公用語を用いて想像よりも気さくに話しかけてきたことに何より驚いた。ウィンガーデン提督の部下の人だから、てっきり厳しくて怖い感じなのかと勝手に思い込んでいたけれど、どうやら違ったらしい。幾分、提督よりはとっつきやすい人なのだろう。そう思ったら、こちらも自然と口角があがるのを自覚する。
 女性に向き直って、じろじろと見てしまったことの謝罪と、自己紹介を行う。

「すみません、じろじろ見てしまって。えっと、私はナコと言います。彼女はルラ、こちらの化獣人≪セルヴェスト≫はカーミラと言います。」
「はい。存じております。ご挨拶が遅くなりこちらこそ無礼をお詫び致します。私はクリスティ・ルークスと。エツィニヤ皇国皇立直属護衛部隊の第一頭を勤めております。普段であれば宮殿勤めなのですが、此度は来賓様――時者様の護衛を担えと勅命賜り、お傍にて仕えさせて頂いております。」

 深く頭を下げ、クリスティさんは優しく微笑む。宮殿にお勤めの方とこうして笑顔を交わして会話をするのは初めてだったせいか、なんだか私は勝手ながらクリスティさんとは親しくなれるような気がした。
 ウィンガーデン提督が戻るまでの間、私は色々なことをクリスティさんから伺った。――この国は元々は農″攻″民族が寄せ集まって出来た国であること。なので各地には蛮勇の民族がそれぞれ縄張りとして占有地域を所有していること。ただし、皇国への忠誠は各民族しっかりと誓っているため、皇国の首都へは滅多なことでは踏み入らないし、また皇国の民も特別な用事でなければ彼らの占有地域を侵すことのない絶対的な線引きを行っていると。そして各民族は、王様である賢皇陛下の勅命であればいかなる場合にも応じて手を貸すという取り決めもなされているらしい。その代わりに、彼ら各民族へは経済的な支援を行ったり要望があればその都度検討し彼らの意に沿う結論を出すなどして、反乱を防いでいるらしい。
 あと、こぼれ話として、ウィンガーデン提督もかつては農″攻″民族の出であるとも教えてくれた。なるほど、だから彼女も武器として大きな鎌を使っているのか、となんだか妙に納得する。
 クリスティさんが不意に居住まいを正し、小声で教えてくれた。

「提督がお見えになりますので、私は持ち場へと返ります。」
「ありがとうございました、クリスティさん。」
「いえ。」

 そう言葉を交わしたのち、間もなくして扉が開き、赤い髪の少女――もとい、ウィンガーデン提督が現れた。その手には大きな巻物。ウィンガーデン提督は何か察したのか、気のせいでなければふ、と小さく微笑をしたように見えた。

 ――漫談程度、咎めはせぬ。そう、固くなることなどなかろう。

 どうやら見透かされていたらしい。意外にも好意的な言葉が聞こえてきたので、失礼ながらも私は素直に驚いてしまう。もしかしたら、この人もそんなに怖い人ではないのかもしれない。有無を言わさず射撃をされた対面時の印象は今やすでに薄らいで、頼れる一国の師団長という認識を抱かせていた。
 ウィンガーデン提督は手に持っていた大きな巻物を中空へと放つ。それは、たちどころに中身を解放し、地形や物質が立体的になって空中に投影される。地図だ。よく見るとたくさんの木々が生い茂るゾーンと、岩場か崖が切り立つゾーン、湖か海か判断できないが大きな水たまりがあるゾーン、また水たまりなのに木が多く生えているゾーン(ジャングルのような場所だろうか)があることが分かる。ウィンガーデン提督の左手の人差し指がその地図へ向けられたら、立体的なその地図上にぽつ、ぽつと赤い点が明滅した。一、二、三、……数えてみると、十五もあった。それが各地、ばらばらに散らばっているようだった。
 地図を眺めながらウィンガーデン提督が話しかけてくる。

 ――示した明かり、これが″流れ星″である。場所は飽くまでおおよその地点。固有民族≪タミクサ≫らの占有地域を侵す可能性が大いにあるが、交渉は我の役儀であるゆえ、貴様らは案ずるな。我と供すれば交戦にはならぬ。

 占有地域を侵す、との発言に少しだけ恐れるけれど、ウィンガーデン提督の紡いだ言葉に安堵を覚える。恐らくこの国の言語を操れない時点で、私たち異国の人間は即刻で排除される。けれど、ウィンガーデン提督がいることで、そういった最悪の事態を避けられる。それはありがたいことに他ならなかった。
 一か所、地図上の赤い点が黄色と赤に明滅し始めた。森の中と思しきその場所。その赤い点は、他の地点のものより距離があり、一つだけポツンとそこで明滅していた。見つめながら、提督は続ける。

 ――先ず、向かうべき場はここだ。大型の幻獣種が棲息する地域。原初の異変が起きたとされる地点。早急に向かい事態を収束する。

 述べたのち、ウィンガーデン提督は地図上にもう一つ光の点を示した。青色のようなそれはゆっくりと、先ほど提督が示した明滅する点へ向かい移動している。どうやらこの青い光が、今私たちがいる軍艦らしい。距離感がいまいち分からないが、目的地のその場所まではまだ時間を要しそうだった。
 ウィンガーデン提督が、質問はあるかと問うてきたが、私は特に浮かばなかったのでルラを見遣った。ルラは思案しているようで、つかの間静かにしていたけれど、じきに口を開いた。

「提督閣下、一つよろしいですか。」

 ――構わぬ。続けよ。

「は。――″流れ星″の影響の範囲についてですが、……規模が想定より大きいように思われるのですが、何か別の異変があるのではないですか?」

 ルラからの予期しない質問の内容。私には少し理解が及ばなかったが、提督は瞬時に分かったようだった。
 地図を見遣り、それから再びルラへと向き直り、彼女は小さな嘆息を漏らした。そうして私たちへと告げる。

 ――隠しているつもりではなかったのだが。実に怜悧である。さすが時者殿というべきか。……″流れ星″が至る前、賢録古書の祭典の直後であったか。我が皇国周辺に、大規模な地殻の変動を記録してな。折に、環境に異変が生じた。

 空を覆うほどの怪鳥の発生や、水中の生物の大量死、幻獣種と呼ばれる動物たちの凶暴化、ある地域では農作物が枯れ果て、またある地域では田園一帯の稲が異様な速さで成長し、けれど育った農作物は中身が未熟で到底売り物にできないなど、特異な自然現象が発生している。幸いというべきか、宮殿周辺は特殊な結界に覆われていたため、私たちが見ていた田園景色一帯に関しては悪影響もなく無事であったらしい。しかし、各地の農民らは当然困り果て、皇国側に援助を求めて連日暴動に近い騒ぎが各地で起きているとか。
 しかし、それをあのロキ皇子は存じていないということもウィンガーデン提督は語ってくれた。

 ――賢皇陛下の手を煩わせるわけには参らぬでな。賤民の暴動など、我らが赴き鎮めれば事は済む。

 ウィンガーデン提督の言い方に、なんだか引っ掛かりを感じたが、私が口を出していい話題でもないので黙っていた。
 ……ロキ皇子と謁見した時、彼は高所から見渡す自身が治める国の民たちを見て(確信はないしただの私の思い込みかもしれないけれど)、民たちが賑やかに過ごす姿を、とても愛しそうな眼差しで見つめていた。穏やかで、平和そのものの宮殿周辺、その世界しかきっとロキ皇子は知らないということだ。……それはなんだか、とても寂しいしむなしい気がした。
 ――政略婚、と不意にこの単語が頭をよぎった。フレイルライズとエツィニヤがより強固に互いの国力を固める、そういった意図を伴う婚姻。もしかして、と一つの予測が生じるも、それはあまりに不敬な気がして、私はその考えを中断する。

 地図を畳んだウィンガーデン提督が、視線を私へと向けたので、私は彼女と目が合った。何だろう、そう思っていたら、彼女は表情一つ変えないで私へと告げる。

 ――時者殿の疑問を一つ、解消致そう。

「えっ、……疑問、ですか?」

 ――我のこの珍妙なナリ、『闇の禁術』の悪効果の賜物よ。

 思いがけない言葉を聞かされて、私は心臓が変なふうに跳ねたのを感じた。闇の禁術、聞き覚えがある単語だ。どこだったか。……そうだ、思い出した。イスズさんの故郷、戦で滅びた町、イブ・シェンカオ。一つの町の内紛を鎮めるために使用された魔術、それが『闇の禁術』だ。それが起こした悪効果により、ウルクスの国はその周辺の時空法則が乱れてしまったという。
 それを、そんな危険な魔術を、この人はその身に受けたということか?
 正直にわかには信じられなかった。けれど、少女のような見た目なのに、その立ち居振る舞いや厳格な雰囲気、言い知れない圧力、言動の数々……見た目よりももっと大人の女性であることは明白だった。そして彼女はそれを自分自身で受け入れざるを得ないことを理解しているし、周りも順応しているのだ。
 彼女自身のことを聴くのはなんとなく禁忌だと考えていたため、むしろウィンガーデン提督自らがそのように教えてくれたことが、なんだか嬉しく思えた。信頼してもらえたからこのように秘密を明かしてもらえたのだろうと思うと、こちらも必然、彼女に対する信用を深めてしまう。
 その内心を悟ったように、ウィンガーデン提督は出会ってから初めて、はっきりと微笑を浮かべてくれた。

 ――聴かずとも、時者殿の考えが流れてくる。なに、ただの気まぐれだ。もう一つ、我は齢二百を超えておる。『時の遡行』を受けなければ、偏屈魔女……いや、ダグラスか――今はウェラ・マルシェに住処を移したと聴いたか――あ奴と我は同齢ゆえ、我がナリも本来であればあ奴ほどの見目であるからな。……ふ。ただの年寄りの戯言よ。忘れてくれ。時者殿。

 さらりと述べ、彼女はそのまま退室していった。齢、よわい、齢ってなんだったかと考え、それから思い至り、私は今日何度目か分からない驚きに口をおさえていた。

 

 

第14話

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