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かげろうさん 第2話 『オカルト研究部』

第2話  『オカルト研究部』

 幼い頃のあの記憶を忘れないため、俺は今もある手帳を持ち歩く。――兄が壊れてしまったあの夏の日のことを、日記として記しておいた。ぼろぼろの手帳の表紙には、八月十二日の文字。中を開けば、鮮明にあの頃のことを思い出せる。あの廃墟であった一時の、夏なのに肌寒さを覚えた、あの日。薄ぼんやりとした記憶。けれど今でも思い出せる、兄の狂った姿。あの時兄がどこかに行ってしまったのか、なにがあったのか……いまでもあの時の辛い思いを思い出せる。

「ギダちゃん、どうした?」

 人の声。よく知る仲間の声だった。それもそうだ。ここは『オカルト研究部』の活動場所。仲間の一人、ぐっさんの家。事故物件の一戸二階建ての古い木造家屋。家賃は三万八千五百円。ぐっさんはいわゆる霊感なしの『零感(ゼロカン)』だ。だから、今もこうしてこの事故物件に住んでいる。きっと不動産屋からしたら最長記録を伸ばしていることだろう。一家無理心中があったというこの家はしかし、零感の俺とぐっさんには全く何も関係がなかった。鏡に映る見知らぬ顔、駆け回る足音、謎の怪音、子供の笑い声、そのどれも未だ体験したことはない。

「また『かげろうさん』か?」

 ぐっさんがペットボトルの麦茶を飲みながら聞いてきた。俺はああと頷いて、それから手帳を宙に飛ばす。ぱたりと軽い音をたてて、手帳は俺の手のひらに収まった。
 『かげろうさん』……それは、あの夏の日、兄が発見された後に大人たちがしきりに出していた単語だ。兄が壊れた原因に違いないと確信を持ったのは、つい最近だった。ネット掲示板の書き込みの中に、一件だけ、ヒットした。

「フレ掲のオカ板の『はま』って奴がな。同じような体験を経験してるんだと」
「げっ、『はま』? あいつ確か、交霊術のスレッドで大暴れしたキチガイだろ。信憑性低いと思うぞ」
「それがそうでもないんだ。ほら、見てくれよ」

 ノートパソコンの画面をぐっさんに向ける。彼は何か胡散臭そうな顔をしている。フレ掲もといフレッシュ掲示板上での俺のHN(ハンネ)は『ホワイトロリータ』。掲示板のオカルト板にて、俺はスレッド主をしている。スレッド名は『かげろうさんについて知っているか?』。そのスレッドに、『はま』という奴がレスをしてきた。内容は以下の通りだ。
 『はま』も幼少時に、友人を失っている。『はま』と仲が良かった友人Sはある夏の日、肝試しの最中に失踪した。そして、二日後に発見されたのだが、その時の状態が兄と酷似していたと。バカみたいに笑って、声をかけても返事がなく、その後は精神科の病棟に隔離されたのだとか。
 俺はなんとなく、これが『はま』の作り話には思えなかった。彼のレスには、俺の実家がある地名が含まれていたからだ。もしかして、と思った。彼も同じような集落出身なのかもしれない。
 なにより、俺がこの『はま』を信じた一番の理由は……

「こいつ、『かげろうさん』のこと、知ってる」
「……伝承か? 『かげろうさん』は山の神様?」

 にわかには信じがたいが、俺は彼を信じることにした。とは言え、直接会って話せるほど住まいは近くはなかった。彼は九州住まい、俺は東海住まい。俺のアドレスを晒してやりたかったが、悪戯などの危惧があるため、迂闊には晒せない。とりあえず、彼には個人的に話がしたいと伝え、今は彼のレス待ちの最中だった。

「信じないほうがいいと思うけどなあ。『はま』って色んなとこに出没しては、引っ掻くだけ引っ掻き回して、忽然と居なくなるような奴だぜ」
「それでも、俺は彼を信じたい。今までこの地名に直接関わったレスはなかったし、もし『かげろうさん』が山の神様だったとしたら……俺は神様相手に喧嘩を売ることになる。……けっこー面白そうじゃん?」
「結局はそういう理由か。でもなあ。零感だからってあんまり調子付くと痛い目見るかもしれねえぞ」
「どんとこい! それこそ本望だって」

 と、玄関からチャイムが鳴った。オカ研の仲間だろう。

「相変わらず、どんよりしてるわね……」
「春子さん。ガッキーさん」
「俺たち零感っすから。春子さんは大変っすね。俺んち、結構な数の霊が浮遊してるんでしょ?」

 先輩の春子さんは唯一の霊感の強いメンバーの一人だ。霊感が強いゆえに、この部室であるぐっさんちでは常に体調不良になってしまう弱点を持つ。ガッキーさんは彼女のツレだが、俺たちと同じ零感で、いつか美少女の霊と遭遇するという願望を持つ頼もしいメンバーの一人。あともう一人、オカ研には後輩のあややという奴がいる。彼の実家は寺で、彼も将来は寺を継ぐことになっている。ちなみにあややはネカマだ。
 春子さんが差し入れとしてちくわと缶ビールを持って来てくれたので、俺はそれに手を伸ばす。と、電子音がピコンと鳴った。スレッドにレスがついた音だった。

「『はま』だ」
「まじ?」

 ぐっさんに向けていた画面を戻して、俺は急ぎレスの内容を確認する。『はま』は意外にも敬語でのレスを返してきた。俺との個人的なやり取り所望を受けてくれるとの内容だった。

「よっし。『かげろうさん』に近づいた!」
「また『かげろうさん』? そろそろ新しい研究対象増やそうよ」

 と、ガッキーさんが愚痴る。それに対しぐっさんが苦笑をした。

「まあ、そう言わないでくださいよ、ガッキーさん。これはギダちゃんの復讐劇でもあるんすから」
「しかも、十年越しの復讐劇の復讐の相手がもしかしたら神様相手になる可能性も」
「マジ!? ギダちゃん、それヤバイよ」

 ガッキーさんの言葉に、俺は少し怖気づく。あの楽天家なガッキーさんから「ヤバイ」なんて言葉が出たからだ。けれど、今さらもう引けない。引くわけにはいかない。

「兄のような人を増やさないためにも、俺は引けないっす」
「……ふぅ! ギダちゃんカッコイイー」
「っていうか、『はま』ってあいつ? 信憑性低いわよ。あいつホラ吹きで有名じゃない」

 春子さんからの言葉。俺は少しぎくりとする。オカ板での『はま』の評判はかなり低いようだ。それでも、俺はホラだとしても、信じる以外できなかった。もしかしたら、兄の仇を討てる可能性があるのだ。たとえ信憑性が低くても、縋るしかなかった。

「アドレスバラまかれるかもよ」
「サブアドにしといたら?」

 春子さんたちは信じていないようだ。俺よりもオカ板住人歴の長い二人からの言葉を無碍にするわけにはいかなかった。俺は仕方なく、フリーメアドをメアド欄に書き込んだ。頼むぜ神様仏様『はま』様。祈りながら、そっと書き込みボタンを押した。

「あややは今日もバイト?」
「みたいっす。どうします? 新しい研究対象増やします?」

 ぐっさんたちのやり取りを聞き流しながら、俺は携帯を握る。サブアドレスは着信があったら携帯に転送されるよう設定してある。そっと手帳を撫でて、俺は待つ。
 バイブが鳴った。俺は携帯の画面を即座に見た。見知らぬアドレスだ。サブアドに着信があったことを知らせる文字列。俺はサブアドに接続した。

「『はま』からだ。大丈夫そうっすけど」
「油断すると危ないわよ」

 春子さんが覗き込んできた。俺はその言葉を聞き流し、『はま』に訊ねる。『かげろうさん』が山の神様であるという確証や根拠はあるのか、と。送信して、小さく溜め息。もしかしたら、兄に繋がるヒントが聞きだせるかもしれない。そう思ったら、自然と胸が高鳴った。

「ギダちゃーん。次の議題は『丑の刻参り』だって」
「ういっす」

 そうして、俺は今一度携帯を見た。そんな俺に対して、ガッキーさんが「恋する乙女みたい」と言うのは、もう少し先の話だった。

第3話 『丑の刻参り』

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