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かげろうさん 第11話 『スズメバチ症候群』

第11話 『スズメバチ症候群』

 事件の発端は分からない。ただ分かる事は、子どもたちにしか感染しないという点。俺とぐっさん、ガッキーさん、春子さん、あややは自分たちの足でその土地へと赴いた。……子ども時代のあの記憶が色濃く残る忌まわしい土地。こうして訪れるのは実に十年振りである。
 謎の感染症は地元の小学校で広まり、今や学級閉鎖にまでなっているらしい。道ゆく人々は皆一様にマスクを被り、心なしかその足は速く、さっさと家へ帰りたいとその目が言っているようであった。俺たちはしかし、そんな足早に過ぎていく町民に聞き込みを開始した。買い物帰りの主婦に声をかけたら、彼女は何か怪訝な顔をするも、語ってくれた。

「先週からだよ。H小学校の子どもが最初に高熱で倒れて、それからあっという間に地区全域に広まったのさ。子どもたちにだけしか感染しないとかニュースでも言っていたけれど、そんな情報アテにならないよ。町民全員が警戒して町の賑わいもどこへやらだ。あんたたちも、念のためにマスクはしておきなよ。何かあっても自己責任だ」
「ありがとうございます。お急ぎのところ、すみませんでした」

 主婦を見送ると俺たちは顔を見合わせる。確かに、マスクを被っていないのは俺たちくらいで、道を歩く人、車に乗る人、自転車に乗る人、そのどれもの人々がマスクをしていた。異様な光景だった。
 俺たちは薬局に行ってマスクを購入し、町民の方たちよろしくそれで口許を保護する。さて、次は子どもたちに事情を聞きたいところだ。とかく、子どもたちの噂の伝達速度は大人のそれより数倍早い。そして彼らは驚くほど確実な証言や情報を握っていることが多々ある。けれど、マスクだらけの街中で子どもを見つけるのは難しかった。恐らく学校側から外出禁止令が出ているのだろう。きょろきょろしてみても、大人ばかりで子ども一人も見つからなかった。

「家庭訪問……は、さすがにまずいよね」
「でもこのまま待っていても来ないっすよ、多分」

 ガッキーさんの呟きに頷きながらも、ぐっさんは苦笑した。どうしたものか。そこで俺たちは思いつく。
 今日は平日。俺たちフリーター族は休みだが、学校も会社も通常運行していることだろう。通報覚悟で、学校に凸ってみることにした。オカ研を創設してから、俺は精神力と度胸がかなりついたように感じる。場慣れ、経験則がそう思わせた。

「H小学校って隣町だよね。……部外者お断りされそうだけど」
「そこは春子さんとガッキーさんの女子力でどうにか突破してくださいよ。女性だったらまだ警戒されないはずっすよ」
「女子力ねえ。私らに何を期待しているか知らないけど、残念な結果になっても文句言わないでよ」
「分かってます。行きましょう」

 ぐっさんの車に乗り込み俺たちは隣町へと移動した。優秀なカーナビの案内でその小学校には到着できた。守衛さんがいる。彼もまたきっちりとマスクをしていた。
 春子さんとガッキーさんが守衛さんに近づいて、何かやり取りをする。彼は最初怪訝な様子をあらわにしていたが、内線を使いどこかとやり取りを終えると、門を開いてくれた。俺は正直驚いた。一体何を言って取り入ったのだろうか。俺たちもガッキーさんたちに駆け寄り、守衛さんに頭を下げた。
 通りすがりに、彼が言う。

「お気をつけて」

 その言い方になにか引っかかりを覚える。先行して行く女性二人の後を追い、俺たちは敷地内へと入った。
 今は授業中だからか、校内は静寂に満ちていた。体育の授業などもないらしい、子どもたちの声は一つも聞こえて来ない。静寂に満ちた学校というものは、こんなに異常に感じるものなのか。初めて知った。
 来賓用の玄関から俺たちは校内へ進入する。小さな机がありそこには、名前を書く欄がある書類があった。その隣には『来賓様』と書かれた名札。俺たちは一人ずつ名前を記していき、その名札を胸元に取り付ける。静かな廊下を歩いていくと、職員室の文字が見えた。俺たちは顔を見合わせる。子どもたちに聞き込みをしたいが、とりあえずまずは先生たちに事情を話す必要があるだろう。しかし、俺たち部外者に話をしてくれるものなのか。
 どきどきとしながら職員室の扉を軽く叩く。引き戸のそれをそっと引いて、中を見た。数人の先生方がいたが、俺たちに振り向くのは入り口のところにいた女性の先生だった。マスクから覗く目元は見たところまだ若い。彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに立ち上がり俺たちのほうへ近づいてきた。

「父兄の方でしょうか?」
「あ、いえ。あの、私たちは感染症の研究をしている大学生で、今回その調査に来たのですが」

 すらすらとガッキーさんが述べる。なるほど、確かにフリーターと名乗るよりは大学生と名乗ったほうが聞こえはいい。この話術で守衛さんを納得させたらしい。ガッキーさんの弁舌ぶりに感心する傍らで、俺はついと職員室内を見回す。小声で何か会話をする人、電話をする人、パソコンに向かう人、書類を眺める人。なんら変わらぬ、どこにでもある学校の職員室内の風景。だが、なんだか少し違和感を覚えた。なんだろうか。
 ガッキーさんたちが話をしている間中、ずっと考えていた。なんだか、視界が広い。と、そこで思い当たる。
 空席が多いのだ。机上はがらんとして、誰も使っていない空席が少なくとも六つはある。非常勤講師の先生の机だろうか。いや、それにしても何もない。なんだろう、なぜこんなに空いているのだろうか。
 傍に居たあややにそれを耳打ちすると、彼も気付いたようだ。小声で「本当ですね」と言い、あややもまた思案の格好をする。
 その時だった。

「四年二組の坂本さんが倒れました!!」

 駆け込んできたのは男性の先生だった。顔面蒼白して、息を切らせている。彼の悲鳴じみた言葉に先生方はざわつき、けれどさすがに慣れているのか、すぐに電話で救急車を要請したり、足早に職員室から出ていったり、それぞれの先生方は為すべきことをしていた。
 俺たちは先生方の邪魔にならないよう一旦職員室から退避する。
 先ほど俺たちに声をかけてきた女性の先生が出てきた。

「すみませんが、話の続きは後日ということでよろしいですか?」
「分かりました。私たちもお邪魔になるといけないので、……これ、名刺です。何か分かったことがありましたらご連絡ください」

 ガッキーさんがそれを差し出し、彼女の手に渡した。それから俺たちは職員室を去り、来賓用の玄関まで戻る。

「さぁて、どうする? 下校時刻まで粘ってみる?」
「子どもたちに直接聞いたほうが早いからな。さっきの先生の話も興味深かったし」

 名札を箱へ戻し、靴を履くと俺たちは車へ戻る。車内でガッキーさんたちが先生から伺ったらしい話を整理していた。
 先週の水曜日に、まず一人目の感染者が出た。その子と親しかった子どもたちが次々と同じ症状を訴え、学級閉鎖になった。今もそのクラスの生徒は自宅待機状態らしい。そして、今週に入ってから他の学年の生徒も全く同じ症状を出して、病院へ搬送されているのだとか。
 俺たちはとりあえず安定のファミレスで昼を取り、その後子どもたちの下校時刻にあわせて聞き込みをするということにした。ファミレス内はさすがに平日なせいか空席が目立ち、席に着くお客で食事がきていない人なんかはまだマスクをつけっ放しという徹底ぶりだった。
 ファミレスで俺はぐっさんと隣り合わせに座り、俺の前に春子さん、あやや、ぐっさんの前にガッキーさんが座った。ぐっさんとガッキーさんは何やらスマホを覗き込んで話しているし、あややと春子さんは仲睦まじく手を繋いで談笑している。……ぼっちだぜ! だが悲しくなんかない。俺は寂しくない。
 ふと、後ろの席に座る主婦らしき女性二人の会話が聞こえてきた。俺は断片的にそれを聞き取り、あっと思った。
 立ち上がった俺は彼女たちのほうへ歩いて行く。ぐっさんに「ギダちゃん?」と声をかけられるが、足は止めなかった。
 俺が突然来たせいか、女性二人はきょとんとして俺を見ていた。俺は怪しくないよう、飽くまで爽やかに話しかける。

「すみません、お話を聞くつもりはなかったのですが、今、感染病についてお話されていましたよね?」
「え、ああ、はい。あの、あなたは?」
「俺は大学で感染病について研究しているんです。あの、よければ今回の件についてお話をお聞かせ願えませんか?」

 そう建前を述べると、彼女たちは俺のことを信用してくれたようで着席を促してきた。俺はメモ帳を取り出して、さながら警察の事情聴取のように、彼女たちの話に耳を傾ける。

「うちの子も一昨日から高熱を出して、今入院しているんですよ」
「あれほど行くなと言っておいたのに、子どもの好奇心が少し恨めしいです」
「行くなとは、どこにですか?」
「山の祠ですよ。子どもたちの間で今肝試しが流行っているらしくて、本当に困りものです」

 山の祠ときたか。そして肝試し。なるほど、そこに肝試しに行った子どもが高熱を出しているのか。まさに"祟り"のようだと思った。
 彼女たちにその山のことを聞いたら、少し渋ったが地図を書いてくれた。俺は礼を言って、ぐっさんたちのほうに戻る。戻ったらぐっさんに「相変わらず度胸あるな」と何やら褒められた。
 俺は今しがた聞いた話をぐっさんたちに話した。

「なるほど。……まさに"祟り"だな。なんで子どもたちにしか感染しないのか不思議だけど」
「それをこれから子どもたちに聞き込みするんでしょ? さあ、さっさと食べて行きましょう」

 春子さんにそう言われ、俺たちはお昼ご飯を食べる。
 早々に昼飯を終え、俺たちはとりあえず主婦の人たちから聞いた地図を頼りに山へ向かった。しかし、そこには辿り着けなかった。山の前に警察がいて、通行規制をしていたのだ。事情を聞いても詳しくは教えてもらえず、俺たちは来た道を戻りコンビニの駐車場に停車する。どうしようか、まさか警察までもが警備をする事態になっているなんて、正直想定外だった。
 立ち往生していたら、子どもたちの姿が見えた。どうやら低学年の子たちの下校時刻らしい。俺たちは互いに顔を見合わせて、車を降りた。そうして三組に別れ、子どもたちに話を伺うことにする。ガッキーさんとぐっさん、春子さんとあやや、そして俺はロンリー。別に寂しくなんかない。
 俺は怪しくないようににこやかに子どもたちに近づいて、話しかける。

「俺は大学で感染症について研究しているギダちゃんっていうんだ。君たちに肝試しについて聞きたいんだけど、教えてくれる?」
「きもだめし? ダメだよ、じーちゃんたちに行っちゃダメだって言われてるもん」
「きのうも四年生がたおれたって言ってたよ」
「おにーさんもきもだめしするの? 怒られるよー」
「おれも怒られたよ。やめたほうがいいよ」

 子どもたちは元気が良い。口々に我先にと話をしてくる。俺にしがみついたり、叩いてきたり、キックされたり、メモ帳を強奪しようとしてきたり、正直かなりうっとうしい。俺は耐え、彼らの言うことをメモに書き留めていく。
 遠目から見たら遊んでいるように見えたようだ。ぐっさんとガッキーさんが来て、ぐっさんに「何遊んでんだ」と言われてしまった。遊んではいないのに。
 ガッキーさんの弁舌ぶりがここでも発揮される。彼女は言葉巧みに子どもたちから情報を聞き出していく。

「きもだめしって、あの山でやってるの?」
「うん。お地蔵さんのところにあるお花をつんでくるんだよ」
「昼間でも暗くてこわいんだ」
「へえ。お地蔵さんって、どんなお地蔵さん? お花の色は分かる?」
「五つ子地蔵っていうんだ。一番左のお地蔵さんだけ頭ないんだって」
「お花は紫色だよー」
「そっか。五つ子地蔵ね。紫色のお花。祠って分かるかな? 扉がついていて、小さな小屋みたいなものなんだけど」
「それお地蔵さんの先にあるよ」
「あそこには行かないよ、こわいもん」
「きったんがきもだめししてきたって」
「きったん?」
「あそこの黒い帽子の女子だよ」

 と指差した先に、赤いランドセルを背負い、黒い帽子を被った子がいた。ガッキーさんたちと近づくと、その頬が赤く染まっていた。体調が悪いように見える。大丈夫だろうか。ガッキーさんが人好きのする笑顔で近づいて、少女に声をかける。

「あなたがきったん?」
「え。うん。……おねーさん、なに?」
「私は大学で感染症について調べてるガッキーって言うの。ちょっとお話聞かせて貰えるかな? 正直に答えてくれたら嬉しいな」
「……うん」
「肝試しに行ったって聞いたけど、その時に怖いことあった?」
「特にない」
「そっか。お友達と行ったの? それとも一人?」
「友達と四人で行った」
「お友達と四人ね。お花は誰が摘んだの? あと、お花は誰が触った?」
「あたしがつんで、誰も触ってない」
「きったんちゃんが摘んだのね。体調悪そうに見えるけど、どうしたの?」
「頭痛い」
「頭が痛いんだ。ちょっといいかな……あ、本当だ、ちょっと熱いね」

 ガッキーさんは少女の額に触れてそう言った。……花。なんだか引っかかる。残念ながらきったんという子以外に肝試しをした子はこの場には居なかったので、子どもたちと別れた俺たちは車へ戻った。春子さんとあややがすでに待機していた。
 車に乗り込んでから、お互いに得た情報を共有する。
 メモ帳をペンで突きながらあややが発言する。

「子どもたちの間で肝試しが流行っているのは事実でした。聞き込んだ子どもたちも事態の異常に気付いていました」
「子どもと大人の間で認識の差異があるのは明白だわ。子どもたちは祠には行かず、その手前にある五つ子地蔵というお地蔵の傍に咲いている紫色の花を摘んで持ち帰ることを、肝試しの目的としているみたい」
「それから、少し興味深い話も聞けましたよ。――高熱を出している子の中でも、特に重症な子は、花に触っていたんです」
「お花を摘んだ子、それに触れた子だけが重症になっているみたいなの」

 春子さんとあややにそう話され、俺とぐっさん、ガッキーさんは顔を見合わせた。そこまでの情報は聞き出せていない。どうやら春子さんたちは運よく肝試しを実際にした子たちの集団にあたったらしい。肝試しに参加していながらも、花に触れなかった子は少し風邪のような症状が出ただけで済んでいたのだという。
 花。そしてお地蔵さん。まさに"祟り"だ。もしかしたら花に謎の病原菌が潜んでいる、という見解が一番しっくりきそうだ。この科学のご時世、むしろそういった結論に達さないとおかしいと思われることだろう。……しかし、その結論に達するということは、兄貴の怪異を否定することになる。だから俺は、例えおかしいと思われても、今回のこの件については怪異であると断定することにする。
 俺がそんなことを思っている傍らで、春子さんが口にする。

「子どもたちの間では、この怪異のことを『スズメバチ症候群』と呼んでいるみたい」
「なるほど。蜂に刺されたような症状になるからですかね?」
「恐らくはね。子どもなんて、単純だから。名称にも深い意味なんてないわよ、きっと」

 子どもは真っ直ぐで純粋だ。俺が子どもの頃もそうだった。真っ直ぐで単純で何も考えず、ただ楽しかった。疑うことをせず、全てを信じて、そうして……好奇心により、兄を失った。『かげろうさん』の情報は『はま』から聞いたことだけしか知らない。山の神様。悪戯をする子どもに制裁を与える、そんな神様。
 今回、祠があるという山。実は、俺が幼い頃に肝試しをしたあのラブホから、かなり近い位置にあった。もしかしたら、兄も、その祠に関係しているのかもしれない。警察により立ち入り制限されているせいで調査できないのが、悔しかった。

「ギダちゃん。大丈夫か?」
「え、ああ。大丈夫だよ。帰るか」

 そろそろ帰らないと、帰宅ラッシュに巻き込まれるだろう。ぐっさんを促し、車を発進させると、彼が不意に尋ねてきた。

「『かげろうさん』と何か関連あると思うか?」
「……確信はないけど、どこかで繋がりがあると思う。……俺が昔肝試ししたラブホが、この山の裏にあるんだ」
「マジかよ。ガチじゃん」
「だったらいいんだけど。ほとぼりが冷めてきたら、また来ないとな」

 兄に繋がるなにかが、きっとある。俺は頭の中ではそれを確信していた。
 兄貴、絶対に仇、とるからな。そう決意を固めて、拳を握った。

第12話 『重ね手』

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