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かげろうさん 第12話 『重ね手』

第12話 『重ね手』

 その日のぐっさんはなにか様子がおかしかった。俺が話しかけても、なにか生返事で、上の空。なんだろうか。彼は悩みを話さないタイプなので分からない。まあ、そのうち気が変わって話してくれるだろうと思い込み、俺はノートPCでオカ板の巡回を始める。
 ぐっさんがタバコを吸いに外へ出ていくと、入れ違いにあややが来た。手土産にシュークリームを持ってきてくれた。
 あややが机上にシュークリーム入りの箱を置くと、何気なく聞いてきた。

「ぐっさん、どうかされたんですか?」
「あー。まあ、放っておけばそのうちいつも通りになると思うから」
「そうですか。……あの子かな」
「え?」

 なにやらあややがぼやいた。あの子ってなんのことだろう。あややは俺とぐっさん同様、霊感なしの零感だ。寺生まれの彼の特技は『予見視』。未来を予知できる素晴らしく便利な能力。そんな彼だが、たまに霊感があるのではないかと思う言動を見せることがある。まあ、彼は見えていなくとも、数珠と読経でお祓いくらいは出来るのだから、別段不思議でもなかったが。なにせ寺生まれなのだから。
 俺はあややの言葉が気になりつつも、ネットの巡回を続けた。そうしているうちにぐっさんが戻ってきた。
 あややはシュークリームを頬張りながら、ぐっさんに問いかけた。

「ぐっさん、もしかして、少女のこと、見ました?」
「……なんで分かった?」

 え、と俺は停止する。なんの話だろう。二人を交互に見るも、彼らはこちらには視線をくれない。なんなんだ。二人だけで話しをするなんて、のけ者にされる気分は良くない。
 ぐっさんは何か溜め息を漏らして、俺をちらりと見た。そしてあややに振り向いて、話し始めた。

「今朝方な、手、掴まれた」
「えっ。なにそのいきなりな怪異体験」
「五歳くらいの少女、ですか?」
「ああ。手を引っ張られたが、金縛りで動けなくて、そしたら幼女がつまらないとか言って消えた」
「えー。なんだよ、なんで俺には話してくれなかったんだよ」
「お前に言ってもしょうもねえだろ。……あやや、お祓い頼めるか?」

 全くもって正論をずばりと言われた。俺は黙る以外できない。あややは数珠を取り出して、読経をする。
 やはり、この家にはなんらかの怪異が潜んでいるのだ。俺は思い立ち、今日はぐっさんちに泊まることにした。
 昼過ぎてから春子さんとガッキーさんが来た。と、春子さんが部屋をきょろきょろして、怪訝な顔をした。

「どうしたんすか?」
「……まりちゃんが居ないわね」
「まりちゃん?」
「ここに居座ってた子。あやちゃん、もしかしてお祓いした?」
「はい。ぐっさんのご要望で」

 まりちゃんとは、どうやらぐっさんちに居た浮遊霊の一人だったらしい。そこで俺はピンときた。霊感の強い春子さんがあややにこの家にいる霊のことを教えていたのだろうと。だから、零感のあややがそのまりちゃんなる浮遊霊を知っていたのだ。合点がいった。
 あややの持ってきてくれたシュークリームは美味しかった。俺たちはそれを食べながら、この間の『スズメバチ症候群』のことで彼らに話しておきたいことがあり、俺は口を開いた。

「祖父と連絡つけられたんだ」
「禁止されてたんじゃなかったのか?」
「まあ、そこは内緒の話でな。俺の声聞いたら、じいちゃんが何か口ごもってたけど、話を聞き出せた」

 お茶を飲んで、喉の渇きを潤す。そして、俺はメモ帳を開いて、祖父から聞いた話を語る。

「兄貴は今、地元の病院に入院してるんだって。面会謝絶で、今も会えない。……俺たちが肝試ししたラブホのある山の裏に、『スズメバチ症候群』の祠があった。そのすぐ近くで、兄貴は発見されたらしい。見つけたときにはもう、おかしくなってたって」
「……ギダちゃん、ガチで近付いてるじゃねーか」
「ああ。俺もそう思う。ようやく、兄貴に近付けた」

 メモ帳を眺めながら、ひと息つく。脳裏を過ぎるのは、兄の優しい笑顔。面会謝絶……居場所は分かったが、会えないという苦しさが胸を締め付けた。悲しいというよりは、悔しかった。
 俺の様子を見ていたあややが声を出す。

「ギダ先輩……僕がこんなこと言うのもあれかもしれませんが、無茶はしないでくださいね」
「それは約束できない。……兄貴の仇だから。絶対に、俺が、果たしてやらないと」
「そうね。ギダちゃんの決意は固いわ。だから、私たちも全力でサポートするわ。何かあったら抱え込まずに相談しなさいね」
「はい。ぐっさんも、ガッキーさんも、春子さんも、あややも、俺の仲間ですから。縋れるものにはなんでも縋ります。うざいって言われても縋ります。覚悟してくださいね」
「オカ研に入ったときから覚悟してるさ」
「僕もです」
「私も」
「私もよ」

 なんて頼もしいことだろう。俺は自然と笑みが溢れた。心強い仲間がいることが、こんなに頼もしいなんて。言葉にできず、俺は俯く。兄に繋がることならば、どんな小さな情報でも手に入れたい。それが、兄の報いになると信じて。
 その日の夜。俺とぐっさんはのんびり晩飯の牛飯を食べていた。テレビでは強盗事件のニュースが流れ、キャスターが詳細を話している。

「なあギダちゃん」

 不意にぐっさんの声がした。俺は肉をかじり、彼を見る。何か気まずそうな顔をしている。聞きづらいことをこれから聞くぞと言われているような気がした。
 ぐっさんが口を開いた。

「もう手遅れかもしれないけどさ、手を引く気ないか?」

 何を言い出すのだろう。俺は箸を置いてぐっさんを眺める。今さら、引けるわけがない。ようやく兄に繋がりそうな手掛かりを、十年越しに掴めたっていうのに。俺の言わんとしていることを察したのか、彼は「あー」と声を出した。

「ごめん。そうだよな。大切な兄貴を想えば、そんなこと出来るわけねーよな。悪い。今のなしな」
「……みんなが心配してくれてんのは俺も知ってるから。大丈夫だよ。俺は死なない」
「断言するか」
「当たり前だろ。どうせ俺は零感だから、そんなに危険な目にも合わないだろ」

 なんて笑えば、彼もぎこちない笑顔を見せてくれた。
 風呂をもらい、先に寝間へと向かい、布団に潜る。あのぐっさんにも怪異が起きたのだ。俺にも怪異が起きればいい。そんなことを思いながら、眠りにつく。
 どれくらい寝たことだろう。俺はふと暗闇に目を醒ます。頭がぼんやりして、思考が働かない。と、左手になにかが触れていることに気付いた。体温はない。手の大きさは、子ども……? 声を出そうにも出ないし、身体も動かない。金縛りだ。怪異が起きていた。俺は一気に思考が覚醒した。

「お兄ちゃん、あそぼ」

 女の子の声がした。鼓膜を介さず、脳みそに直接聞こえた。不思議と怖いとは思わなかった。なんだろう。酷く悲しい気持ちになった。俺は涙を流した。重力にそって耳の方へと流れていく。なんでこんなに悲しいのだろうか。視界の端にぼんやりと女の子が見えた。可愛らしい子だった。にこにこしている。

「おにごっこがいいな。お兄ちゃん、おにね」

 女の子はそう言うと、ふっと姿を消した。……あ。もしかして、今の子が「まりちゃん」だろうか。俺はそれを直感する。けれど、金縛りは継続しているので動けない。遊んであげたかったが、身体は動かない。それに、意識が……。
 耳触りの良い鳥の鳴き声が聞こえた。目を開けたら、朝になっていた。左手のほうを見てもなにもいない。手を確認しても、なんの跡もない。あれは、夢だったのだろうか。
 俺は起き上がり、寒さに身体を震わせる。ああ、冬だったっけ。なんて、そんなことを考えた。
 せっかくの休日だが、俺はそれ以上寝ることができず、仕方なくハムエッグを作って居間で食べていた。
 ぐっさんが寝間から出てきた。

「ギダちゃん早くね?」
「はよう。俺も怪異遭遇しちゃったんだよ」
「あー。まりちゃんな。良かったじゃん」
「……ぐっさん、もしかしてあの子と遭遇して泣いた?」

 そう尋ねたら、彼はまた「あー」と言い頭を掻いた。そして小さく頷いた。

「なんか、あの子の気持ちに感化されたみたいでな。ギダちゃんも泣いただろ?」
「ああ。涙なんて久々に流したわ」
「いつから居るか知らないけど、なんか伝えたいことがあるんだろうな、あの子」

 そう言ってから、ぐっさんは台所へ行ってしまう。ハムをかじって、俺は思惟をする。
 きっとぐっさんの言う通りだろう。零感なのになぜ見えたのかは、それだけ強い未練があの子にあったからだ。きっとそうだ。そうでなければ説明ができなかった。
 あややと春子さんに連絡をつけて(ガッキーさんは今日も元気にバイトだ)、午前中のうちに二人に来てもらった。
 春子さん曰く、まりちゃんはこの家の近くで交通事故を起こして亡くなったらしい。友達と公園で鬼ごっこをしていたときの悲劇だったそうだ。やたらめったら霊がいるこの家に引き寄せられたのだとか。俺たちは普段意識していないが、春子さんが言うにはこの家には十数名の霊さんがいるそうだ。だめだ、全く分からん。零感をここまで恨めしく思ったことはない。
 春子さんはあややの腕に抱きついたまま、言う。

「あやちゃんのお祓い、効いてるみたい。この部屋でお祓いしたでしょ? 寝室もやっておけば、もう出てこないと思うわ」
「だってよ。ぐっさん、まりちゃんどうする?」
「遊びたがってるんだよなぁ、まりちゃん……」
「浄霊すれば半強制的に追い出せますけど」

 笑顔でなんてことを言うのかこの子は。あややの言葉に俺もぐっさんも黙する。ただ遊びたがっているだけの幼い子を、追い出すなんて。例え幽霊でも相手は幼い女の子だ。可哀想な気がした。
 そんな俺の内心を察したように、あややが何やら伏し目がちに述べる。

「霊に同情されるのは、感心しませんよ。感化されて、そのまま連れていかれるという事もありえますから。追い出すといっても、本来いるべき場所へ還すだけです。その方が、まりちゃんのためでもあるんですよ」

 尤もらしいことを言われ、俺はなにも言えなくなった。さすが寺生まれのあやや。説得力が段違いだ。
 俺たちが見守るなかで、あややは数珠を取り出し読経を始める。彼のお祓いはシンプルを極める。ただ読経をするだけなのだが、効果は抜群で、お祓いをしたその一室には一切の霊の出現を許さないらしい。あやや自身は見えていないが、強力な霊感を持つ春子さんとタッグを組んだら最強という方程式が出来ているようだった。
 そうしてお祓いは無事に終わり、心なしか気持ちがすっとした気がした。
 数珠をしまいながら、あややは微笑をする。

「決して感謝はされませんが、怨まれることもないんです。だから先輩方も、まりちゃんのために、合掌してあげてください」
「……分かった」

 俺たちは静かに手を合わせる。これがあの子のためになるならば、こんなことくらい軽いものだ。
 それから俺たちは次の議題を決める。とある部落の悲しい物語。オカ板でスレッドが立つくらい有名なそのお話。『イケニエ』ということで、俺たちは資料を集める。


第13話 『イケニエ』

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