創作作品展示室

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かげろうさん 第13話 『イケニエ』

第13話 『イケニエ』

 昔の物語。場所も時代も明確ではないが、各地にひっそりと語り継がれるあるお話。
 忌み子を山の神様に捧げる儀式として、『怪異のお面』……『いみの面』をかぶった子どもを、生贄として差し出す、そんな伝承。現在でも、その風習があった土地ではその話はタブーとされていて、風化されつつある。しかし、こうしてネットが普及した今、その話はオカルト好きの間で広まっていた。

「あややんとこのお面、関わってるんだよな」
「推測の域は出ませんが、伝承通りなら、そうなりますね」

 湯気の立つ緑茶をすすりながらあややはのんびりと言った。以前見せてもらった、『怪異のお面』。鬼を模したと思われる、不気味なそのお面。俺は今もあややから預かった数珠をお守りとして身につけている。そのお陰か、いまだに無事で済んでいた。だがまだ気は抜けない。……桐生和哉はお面を見た一年後にその生涯を終えている。時差を経て不幸に遭っているのだ。俺の身に起こるのは今日か明日か……奇妙な心臓の揺れ方を意識するのは、本当は怖いからだろう。
 ノートPC二台体制で俺とぐっさんは『イケニエ』の資料を収集している。あややも携帯で検索し、それを白紙の紙面へ書き付けていた。
 『イケニエ』……子どもを犠牲にすることで、その村は飢饉や天災から逃れていた。人非道的であるとして、近年になってその風習は廃れたというが、今なおどこかの田舎では、その儀式が続いているのだという。これもオカ板の住人によるただの創作だろうが、なんだかざわざわと胸騒ぎがするのはなんだろう。このご時世にそんな宗教じみたことが未だに行われているかもしれないという、期待や不安が、そうさせるのかもしれない。
 パソコンを見ていたぐっさんが不意に声を出した。

「これの発祥ってどこなんだ?」
「四国らしい。四年前くらいからスレが立ったんだよ」
「まとめサイトがないっていうのが不思議だな。一応歴史のある伝承なのに」
「珍しくもないだろ。そんなこと言ったら、俺の管理してる『かげろうさん』だってまとめサイトなんかないんだから」
「あー。でも『かげろうさん』と違ってこっちは全国区だろ? 管理できる奴がまとめサイトくらい作っててもおかしくないのに」
「じゃあ管理できる奴がいなかったんだろ。過去ログはあるんだし、そんなに困ることもない」
「まあな。……これと『怪異のお面』の関連は確実っぽいな」
「断言できるか?」
「パート6のスレ開いてみろよ。レス番号四百付近」

 ぐっさんに促され、俺は過去ログを漁った。レス番号四百……あった。名無しによる書き込みだ。
 S寺に安置されている『怪異のお面』は儀式用のお面。その昔あった忌まわしい儀式を闇に葬ろうとして、お面そのものをなかったことにするため、人々の傍から引き離した……これも憶測によるものなはずなのに、また事実として語られている。自らの提唱する憶測をこうしてさも事実かのように語る奴はどこにでもいるようだ。例の桐生和哉の件のときも、個人管理の掲示板で同じような語り口調でレスしていた奴がいたことを思い出した。
 なんとなく煮え切らない気持ちを抱きながらレスを見ていたとき、俺の携帯が鳴った。サブアドレスに着信があったことを知らせるメールだ。

「あ、『はま』からだ」

 サーバに接続してメールの中身を確認する。『はま』は敬語で、丁寧な奴だった。オカ板で大暴れするのが好きな割りに、こうしてメールでやり取りするときは礼儀を持って接してくる。不思議な奴だと思った。
 『はま』は再来週の日曜日に俺と喫茶店で落ち合うことになっていた。場所、時間、待ち合わせするときの本人確認のための目印や合言葉など、色々と決めていた。あややが俺の手許にある携帯を覗き込みながら、小さく言った。

「ギダ先輩は『はま』のこと信じるんですね」
「色々言われてても、今こいつくらいだけだからな、『かげろうさん』の情報握ってるのは。信じて縋る以外に出来ないんだよ」
「……僕も同行してもいいですか?」
「え? 『はま』と会う時か?」
「はい。なんだか、あまりいい予感がしないんです」
「大げさだなあ。大丈夫だって。護身用に、あややから貸してもらった数珠も持ってくし」
「過信しないでください。先輩にお貸ししたものは、飽くまでも対人間用のものなんですから。万一神様相手となったら、その数珠もただのお飾りになるだけです」

 あややはいつになく真剣だった。俺はぎくりとして、あややを見つめる。彼をそこまで心配にさせるなんて、よほどのことだからだ。いつものんびり構えている彼を知っているからこそ、彼からのそんな不安げな言葉が、尚更恐ろしさを増していた。
 けれど、わざわざあややを同行させるのも、男として情けない。再度大丈夫と言って、彼を安心させるように俺は言った。

「大丈夫だよ。『はま』からは必要な話だけを聞き出して、それ以上は関わらないようにするつもりだから。心配してくれてありがとうな。俺どうせ零感だから、そんなに危険なことにはならない。俺を信じろ」
「……零感だからこそ心配になるんですよ。知らず危険なことに片足を突っ込んでいても、気付かないじゃないですか」
「あはは……言い返せねえわ。でも、本当大丈夫だから。あややたちを心配させるようなことには巻き込まれないように気をつけるからさ。そんな怖い顔すんなよ」

 あややの整った顔が凄んでくると、結構怖い。それだけ俺を心配してくれているのだというのは分かるが、俺にも一応変なプライドのようなものがある。深くは知らないとはいえ相手は人間だ。わざわざ後輩の護衛をつけて会うなんて、やはりなんとなく嫌だった。
 あややは釈然としていなかったが、渋々引いてくれた。

「何かあったら、すぐに連絡くださいね」
「分かった。必ず連絡するから」

 宥めたら、ようやくあややも納得してくれたようだ。
 俺たちがそんな話をしているうちに、ぐっさんが一通り資料をまとめてくれた。『イケニエ』の各地の伝承はどれも似たようなものだった。つまりはよくある怪談話のひとつだということ。怖い話大会を開いてその話をしたら、きっと子どもたちを怖がらせるのに十分な伝承だ。ただし、その程度の話ともいえる。
 資料を見ながらぐっさんが頬を掻いた。

「各地にあるおかげで色々な情報や憶測が錯綜してるな。『怪異のお面』も、これだけ情報があるとどれが信憑性あるか分からない」
「僕も父に尋ねてみたのですが、持ち込まれた当時は祖父が立ち会っていたようで、詳しい状況は分からずじまいで。すみません、お力になれず」
「あややが謝ることじゃない。ガッキーさんが頼みの綱かもな」

 あややの寺に安置されている『怪異のお面』と対になっているもう一つの『怪異のお面』。それが安置されているのがガッキーさんが独自に調査してくれた、呪物を多数取り扱う神社。いまガッキーさんはその足で調査に行ってくれている。電話でしつこく神主さんを口説いたら、会って話してくれるということになったらしい。さすがガッキーさん。押しの強さはオカ研一だ。
 ぐっさんが盛大に溜め息を漏らした。

「どれが正しい情報か分からないから、俺たちはここで足踏みだな。ガッキーさんが帰ってくるの待つか」
「そうしましょう。僕、お昼ご飯買ってきます。何にします?」
「ほほ弁の鮭弁でいいよ」
「俺は牛飯」
「分かりました。ではちょっと行って来ます」

 あややにお使いを任せ、俺とぐっさんは今一度溜め息をこぼした。俺はごろりと寝転がり、身体を思い切り伸ばす。ずっとパソコンに向かっていたせいで肩もこっていた。疲れた。
 テレビをつけて、昼のニュースを眺める。特に面白みもない、政治のことについて討論している。政治よりこっちのほうが断然楽しい。ぐっさんも同じことを考えていたようで、チャンネルを回していく。
 バラエティ番組は賑やかだ。客席のどうでもいい笑い声が耳障りだった。諦めたようにぐっさんはテレビを落とし、俺と同じように寝転んだ。

「『怪異のお面』も、『イケニエ』に使われてたんかね」
「さあ……でも、昔の部落の儀式っつったら、そう考えるのが自然だよな」
「子どもを犠牲にして村を厄災から守る……か。よくある話すぎて詰まらんな」
「伝承なんてそんなもんじゃん。紐解いてみたら案外簡単な理由だったり。単純な動機だったり。ゲームとか漫画の世界じゃないんだから、そうそう特殊な事情はむしろ珍しいだろ」
「だよなあ」

 言いながらぐっさんは目を瞑った。あややが戻るまで手持ち無沙汰だ。俺は携帯を開いて適当にオカ板のスレを巡回する。目ぼしいスレも情報もなにもない。また、溜め息だけが漏れる。
 ごろごろしているうちにあややが帰ってきた。春子さんも一緒だった。春子さんは缶ビールとスルメを差し入れしてくれた。
 それらを机上に置きながら春子さんが苦笑をする。

「大の大人が昼間からごろごろしてないで。今回の議題はちゃんとまとめてくれた?」
「日本各地にある伝承ですから、どれもこれも似たような話ばかりですよ。今回ばかりは議題をミスったかもしれません」
「『怪異のお面』も関わってるんじゃなかったの?」
「そちらも残念ながら信憑性は……ガッキーさんが今こないだの神社で聞き込みしてくれてますから、ガッキーさん頼みなんすよ」
「何か連絡受けてないっすか?」
「夕方にぐっさんちに来るってメールは貰ったけど」

 春子さんはそう言いながら、携帯電話を弄った。ガッキーさんからはそれ以降連絡は来ていないらしい。夕方か。今は昼の一時だ。まだ足踏み状態は続くらしい。
 と、俺の携帯が鳴った。メールの着信音だ。見れば、こないだドライブを一緒にした『ぶらくろ』さんからだった。明日の夜、またドライブに行かないかというお誘いのメールだった。
 俺の携帯を覗き込みながら春子さんがなにやら含み笑いをする。

「あら。ギダ君もやるわね。彼女からドライブのお誘いなんて」
「彼女だなんて。『ぶらくろ』さんはただのオカルト好きのドライブ仲間っすよ。あちらさんにその気ないっていうのは前回のドライブで判明してますし」
「ギダ君、女心に詳しくないくせによくそんなこと断定できるわね。案外脈があるからお誘いしてくれているのかもしれないのに」
「勘弁してくださいよ。『ぶらくろ』さんはいい人ですけど、俺なんか一ミリも相手にする気ないっすよ」
「どうして断定できるの?」
「だって彼女、不倫してるんすから」

 俺の言葉にはさすがの春子さんも黙り込んだ。少しだけ笑い、俺は鮭弁を食べる。嘘は言っていない。『ぶらくろ』さんは事実、オッサンと不倫をしている。そして彼女自身、ストライクゾーンは三十台からだと言っていた。だから俺との深夜ドライブも、俺に特に警戒も持たずに気軽に誘ってくれるし、俺も気兼ねなく、意識もせずに彼女とドライブを楽しんでいたのだが。そんな事情を知らなかった春子さんは、何やら残念そうな顔をしていた。

「ギダ君、顔悪くないのにね。どうして彼女が出来ないのかしら」
「俺のことは放っておいてくださいよ。今はオカルト研究のほうが楽しい時期なんすから」

 苦笑し、春子さんを宥める。彼女はあややに寄り添い、あややの腕に抱きついた。見せ付けてくれるものだ。あややは嫌がりを一切みせずに、春子さんを眺めている。

「どうしました?」
「ん。なんとなく?」
「僕がいなくて寂しかったんですか?」
「それもあるかな」

 全く、このバカップルは。元は俺がけしかけたとは言え、あの春子さんがここまで甘えているのを見るのは初めてだった。俺とぐっさんなどどこへやら、春子さんとあややはラブラブしていたので、二人のことは放っておくことにする。
 牛肉をかじりながらぐっさんが資料を手に取った。

「『怪異のお面』との関連が証明されなきゃ、これ以上検索するのも無駄になるかもなあ」
「関連は確実にあると思うけど。ガッキーさんが帰還しないと動けないのは事実だ。……ガッキーさん、早く帰ってこないかなあ」
「ああ。ガッキーさんが恋しいぜ」
「恋する乙女みたいなこと言うのやめて。そんなキャラじゃないでしょう、二人とも」

 なんて、春子さんが笑った。そうは言われても、ガッキーさんが早く帰還することを願っているのは本当のことだ。
 しかし、この時の俺たちはまだ知らなかった。ガッキーさんが、ここには来ないということを。


第14話 『海から来たるもの』

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