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かげろうさん 第14話 『海から来たるもの』

第14話 『海から来たるもの』

 今宵は新月。雲ひとつない、星明りの下、俺は『ぶらくろ』さんと海沿いの道をドライブしていた。薄暗い海のさざ波が、寂しく耳に触れる。
 運転しながら、『ぶらくろ』さんが言う。

「『ガキ使』さんと連絡つかないのに、私なんかとドライブしてて大丈夫なんです?」
「まあ、ガッキーさんのことですから。そのうち顔出してくれると思ってます」

 そう。ガッキーさんは、昨日、春子さんにメールを送った後から、連絡が取れなくなっていた。ぐっさんちに夕方訪れる旨の内容だったのに、ガッキーさんは来なかった。電話をしても電源が切れていて繋がらない。けれど、こんなことも珍しいことじゃなかった。ガッキーさんはたまにふと消えることがあったから。だから、何か用事があって来られなくなったのだろうと思っていた。
 楽観的に考える俺とは違い、『ぶらくろ』さんは少し声を潜めてぼやく。

「何かの事件に巻き込まれてしまった可能性もなくないんじゃないですか? 一応警察に届け出たほうがいいんじゃ……」
「いや、さすがに警察沙汰はちょっと……俺たちの活動も褒められるものじゃありませんし、大ごとになって、いざガッキーさんが何事もなく発見されたら、笑われてしまいますし」
「それでも、『ガキ使』さんは女性じゃないですか。何かあったら、大変ですよ」
「あー……明日中に連絡がつかなかったら、警察に行きますから。それより、何かお話があってドライブに誘ってくれたんじゃないんすか?」

 俺がそう切り出すと、彼女は鞄から書類を取り出した。室内灯をつけさせてもらって、それを読む。古い新聞記事のスクラップ帳だった。見出しは『謎の生物 深海魚か』との文字。画質が粗いが、画像も掲載されていた。一見するとナマズのようにも見えるが、これは一体なんだろう。
 『ぶらくろ』さんが説明してくれた。

「十五年前、この辺りの砂浜に打ち上げられた怪異です」
「えっ、怪異? ただの深海魚じゃないんすか」
「それが観測された後から、何か妙な事件が連続して起きてるんですよ。二枚目、三枚目、……七枚目までが、怪異です」
「はあ。漁船が沈没……子どもが溺死……そんなに珍しいことじゃなくないですか?」
「冬の海で子どもが海水浴すると思います?」

 彼女の言葉に俺ははたとした。新聞記事を読む。時期は十二月の半ば、砂浜に子どもが倒れていたのを近くの人が発見。記事に載っていた子どもの数は、八名……ちょっと待て。そんなに多くの子どもが溺死したというのか。記事を捲っていくと、怪異はまだ続いていた。

「民家が全焼……焼け跡から奇妙な生物の死骸?」
「それ。それもなんですよ。この近くの民家で、謎の生物を最初に発見した人の家なんです。幸いにも死者が出なかったのは、旅行に出かけていたからだそうです」
「……マジっすか」

 俺は言葉をなくす。『ぶらくろ』さんは構わず続ける。

「結局その謎の生物は謎なままで。それからも何軒かの家で放火と思われる火事が起きてるんです。……この町全体が、怪異に巻き込まれたんですよ」

 き、とブレーキを踏み、『ぶらくろ』さんは俺を見た。真剣な眼つきに、俺はぎくりとする。窓の外を見渡すと、海沿いの町が見えた。静かだった。
 『ぶらくろ』さんは俺の手から書類を取ると、最後の一枚を示した。覗き込む。見出しに『大規模火災』の文字。俺は息を呑んだ。

「海に面していた民家は全て、全焼したそうです。焼け跡から、いくつもの謎の生物の死骸を残して。……それからは怪異は収まったみたいですけど、これ、まるでその生き物が何かを奪おうとしたか、あるいは隠そうとしたか、そう思えません?」
「確かに……」
「今は十二月。時期的に、同じなんです。だから今回、『ホワロリ』さんをお誘いして、この町に来たんですよ」
「……怪異狩りっすか」
「そう。最近、『ホワロリ』さんの身にも怪異が起きてるんですよね。だったら、今日、今夜、怪異を起こして貰える可能性が高い」
「……あんまりアテにしないでくださいね」
「アテにしてますよ。『ホワロリ』さん、怪異を引き寄せる体質になってきてるはずですから」

 なんて言って、彼女は笑った。俺は笑えず、俯く。確かに最近、俺の身にも怪異が起き易くなっていた。あややの寺で『怪異のお面』を見た後から。これも呪いの一つなのかもしれない。
 『ぶらくろ』さんはエンジンを停めた。暖かかった暖房が切れ、足元からひんやりと冷たい風があがってくる。
 『ぶらくろ』さんが鞄の中からデジカメを取り出した。暗視撮影も出来るのだとか。気合いの入り方が違う。俺が見ていたら、彼女はデジカメを弄りながら、小さく言った。

「この海で亡くなった子どもたちのためにも、怪異の正体を探りましょう。それが供養になると思うんです」

 言葉の重みが、俺の口を閉ざさせる。彼女は自分の好奇心だけじゃなく、そういったことも含めて調査をしているのだ。俺が普段オカ研でしている活動よりも、よほど意味のある活動だと思った。
 時刻は間もなく午前一時になるという時間。『ぶらくろ』さんは室内灯も消し、海のほうをじっと観察している。静寂。肌寒さ。それらすべてが俺の恐怖心を煽っているようだった。
 不意に俺の視界にちらりと光が映った。そちらを見たら、赤いランプを点灯させた車が一台、こちらへ向かってきていた。警察車両だと直感する。しかし、俺がそれを言おうとしたときだった。

「『ホワロリ』さん、あれ、見えますか」

 『ぶらくろ』さんが俺に言った。彼女は何か緊張した面持ちで海の方を見つめている。その目は逸らされない。俺が彼女の指差す先を見る。暗い海が広がっている。そんな暗闇の中に、蠢く何かの影。いつか『追い小鬼』を目撃したときのような気持ちになった。黒い何かがうねっている。なんだ、あれは。
 『ぶらくろ』さんはデジカメを構えて、それを撮影し始めた。俺はただ見つめるしか出来ない。黒い影はのたうち回って、砂浜へとあがろうとしていた。俺はぞくっと背筋に寒気を覚えた。『ぶらくろ』さんの肩に手をやり、彼女を促す。

「あ、あの、逃げましょう。なんか、やばいっすよ、あれ」
「待って。もう少し近付いてきたら……」
「危険ですって! あれ、やばいですよ!」

 俺の説得の甲斐なく、『ぶらくろ』さんはじっとデジカメで怪異を見ていた。
 視界の端に赤いランプが見えた。俺は瞬時に助かった、とそう思った。
 警察車両からお巡りさんが降車して、こちらに近付いてくる。心なしか、その足取りは速く、何か慌てているように見えた。

「お兄さんたち、何してるの」

 お巡りさんが窓を叩いてきた。俺は『ぶらくろ』さんに振り向いた。……彼女の様子が、変わっていた。

「あの、『ぶらくろ』さん……?」

 彼女は、目を見開いて、静止していた。俺が肩を叩いても動かない。嫌な予感がした。
 彼女を残して俺が外へ出ると、お巡りさんたちが怪訝な顔をする。

「彼女さんはどうしたの? こんなところで何してたの」
「あの……あ、あの……」

 俺は何も言えなくなった。気が動転して、何も出来ない。車内に乗ったままだった『ぶらくろ』さんのほうにもお巡りさんは行ったが、突然大声をあげた。

「きみ、大丈夫か!?」

 俺が咄嗟に車内に目を向けたら、『ぶらくろ』さんがぐったりしていた。すぐにドアを突破してお巡りさんが『ぶらくろ』さんの脈を確認した。そして、警察車両に戻って無線を使いどこかと連絡を取っていた。
 その後は散々だった。
 俺は警察署に連れて行かされ、そこで事情聴取をされた。身体検査、持ち物検査などもされた。『ぶらくろ』さんは救急車で搬送されて、その後連絡が取れなくなった。俺は素直に状況を説明したお陰か、とりあえず帰宅を許されたが、ぐっさんに迎えに来てもらうことになった。『ぶらくろ』さんは大丈夫だろうか。あの怪異を、デジカメで見たせいで、ああなってしまったのでは……そう思ったら、気が気ではなくなった。
 迎えに来たぐっさんに事情を説明したら、彼は何か悔しげな顔を見せた。そして、告げた。

「見ちゃならねえものを見たんだろうな……ギダちゃんの兄貴と同じだよ、多分。……ガッキーさんも見つかった。ただし、ちょっとやばい状態だった」
「ガッキーさんが!?」
「ああ。意識はあるんだが、どこへ行っていたかとか、何をしていたのかを聞こうとすると、泣き崩れて話が出来ない状態だった。今は検査入院してる」

 ぐっさんの言葉に俺は黙した。そんな……あの、笑顔が絶えなかったガッキーさんが……。落胆して、何も考えられなくなった。
 好奇心が、友を失わせた。まるで……まるで、兄のときと同じじゃないか。俺は耐え切れず、泣いた。声をあげて泣くのは久々だった。こんな事になるのなら、最初から、首を突っ込まなければ良かった。そんな後悔を、深い後悔を覚えたのは初めてだった。

「……くそっ」

 小さな悪態は、虚しく、空気に消えていった。

第15話 『川の守り神』

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