創作作品展示室

主にオリジナル小説が掲載してあります。

かげろうさん 第16話 『部員ナンバー六六六』

第16話 『部員ナンバー六六六』

 オカ研の活動を休止して三日目。俺は自室のデスクトップで一人、『かげろうさん』の事を探っていた。もうすぐ、『はま』に会えるが、その前に自分でももう少し予備知識を身につけておきたかったからだ。とは言っても、『かげろうさん』という名称はあくまで俺の地元で、しかも子どもの頃に聞いただけの単語に過ぎない。だから、『かげろうさん』について調べる作業は、難航していた。
 俺が管理するスレッドは今日も静かだった。不摂生なのは承知していたが、俺は昼飯にカップ麺を食べるため、お湯を沸かしに席を立つ。こういうとき、傍にいてくれる彼女がいたらどれだけ心の癒しになることか、そんなことも俺には分からない。
 お湯を入れてカップ麺を持って席に戻ると、レスがついていた。気付かなかった。見てみたら、『かげろうさん』スレに短いレスがついていた。HN(ハンドルネーム)は、ハラ。誰だろうか。

「オカ研に入部したいです……?」

 意味が分からなかった。というより、なぜこの『ハラ』は俺がオカ研のメンバーであることを知っているのか。理解が及ばず、同時に少し寒気を覚えた。どういう事だ? 俺はオカ板内でオカ研の話題を出したことは一度もない。なぜ知っている?
 無視しようかとも思ったが、俺は少し思案した。何か情報を持っているなら、聞き出すだけ聞き出してやろう。
 入部テストと称して、『ハラ』にレスをする。

 あなたは『かげろうさん』をご存知なのですか? もし何か情報を持っているのなら、教えて頂きたいです。有益な情報を提供していただけたら、オカ研メンバーに入って頂いても構いません。

 こんな言葉で釣れるとは思わなかったが、どうせすることもなく暇なのだ。相手をしてもらおうと考えた。
 しばらくして、ピコンとレスがついた音が鳴った。スレを開いたら、俺はむせた。『ハラ』が食いついてきたのだ。しかも、

「『かげろうさん』について知っていることは、『かげろうさん』が子どもを嫌う山の神様であることだけです……? なんだそれ。『はま』のレスを見たからか?」

 子どもを嫌う、山の神様。どういうことだろう。山の神様という単語は、数十レス前に『はま』がレスしたきり、一度も出てはいない。これは、逆に釣られる可能性が高い。俺をからかっているのだろう。
 俺は少しイラッときて、『ハラ』のレスを削除した。しかし、すぐにまたレスがつけられた。

 ――『かげろうさん』は子どもが嫌いだから、近付く子どもを排除するのです。先日起きた『スズメバチ症候群』の件も、『かげろうさん』が手を下したのです。

 こいつは一体何を言っているんだろう。それに、何故『スズメバチ症候群』の名称を知っているんだろう。これは、地元調査をした俺たちオカ研のメンバーしか知らないはずなのに。俺がレスをしないうちに、また『ハラ』がレスをつける。

 ――ホワイトロリータさんたちオカルト研究部のことは知っています。先日の綾小路しづるさんの活躍素晴らしかったです。私もぜひ入部したいです。メールアドレスを記載しましたので、ご連絡ください。お待ちしています。

 メール欄には確かにアドレスが記載されていた。俺はしかし、ぞっとして言葉を忘れた。監視されている……? 咄嗟に席を立ち辺りを見回すも、カメラなんて当然なくって。俺はカーテンを閉めて、深呼吸をした。なんなんだ、こいつは。連絡なんて取れるわけがない。
 俺は携帯を取り、ぐっさんに連絡をするか、少し迷った。……巻き込むかもしれない。その恐怖心が、俺の手の動きを止めている。また、友を失うかもしれない。それだけは、あってはならない。
 俺は今一度スレを見た。『ハラ』は俺からの連絡を本当に待っているのだろうか。これは釣られた可能性がある。だが、嘘のようにも、思えなかった。どうしよう。こいつを信じてみるか? 今は一人だけだ。俺だけだ。誰も巻き込むことはない、はず。俺は、サブアドレスから『ハラ』にメールを送った。オカ研に入りたいのなら、『かげろうさん』について知っていることを全て教えて欲しいと書いて。
 間をおかず、携帯が鳴った。サブアドレスに着信があったことを知らせる文字。サーバに飛んで、確認をする。

「……これ、は」

 メールの内容に、俺は絶句する。俺の地元の地名がはっきりと示されていた。これまで『かげろうさん』によって神隠しにあった子どもは十四名。『かげろうさん』に遭遇して精神をおかしくした子どもの数は二十七名。今回『スズメバチ症候群』によって被害に遭った子どもは二十二名……なんでそんな、はっきりした数字を知っている?
 メールはまだ続いていた。『かげろうさん』は子どもが嫌いだが、まれに特定の子どもを気に入ることがある。その場合、『かげろうさん』はその子どもが年齢を重ねても、必ず攫いにやってくる。『かげろうさん』に見初められた者は、決して逃げることはできない……。
 『ハラ』……こいつは、信じてもいいかもしれない。そう思った俺は、返信をする。入部を許可します、との言葉をそえて。
 すぐに返信がきた。けれど、その内容に俺は首を傾げる。

「部員ナンバーは、六六六がいいです……?」

 これからよろしくお願いします。そこで文章は終わっていた。一体、こいつは何者だろうか。ここにきて、ここまではっきりとした情報を出されて、俺は戸惑っていた。そして、恐怖を覚えた。こいつは、只者じゃない。何かもっと重要な秘密を握っている。俺は催促の文章を打ち込み、送信する。しかし、『ハラ』はそれきり、連絡を寄越さなくなった。
 夜になり、俺は外出をした。冬の風が冷たかった。その足でコンビニに行き、夜飯として弁当と、コーヒーを買った。その帰りに、会った。

「ギダ君」

 春子さんの住まいと俺のアパートはご近所だ。彼女と会ってしまって、俺は少し気まずい思いをした。活動休止して三日。みんな、何を思っていることだろうか。しかし俺の不安など知らぬように、春子さんはにこり、と笑ってくれた。

「引きこもるのは結構だけど、顔の手入れくらいはちゃんとなさい。……今からぐっさんちに行くけど、来る?」
「え……あ、はい」

 会うのが少し気まずかったが、俺は肯定の返事をしていた。なんだろう。春子さんは何も言わず、俺の手を引いて歩き始めた。
 信号待ちをしているときだった。春子さんがじっと前のほうを見つめながら、俺に言った。

「『ハラ』っていうのと、コンタクトとってたでしょ」
「え……あの……」
「スレ見てた。何か『かげろうさん』について得られた?」
「……はい。ちょっと、にわかには信じられないことなんすけど」
「そう。じゃあ、ぐっさんちに着いたら教えてね。寒いから、急ぎましょ」

 彼女は俺の腕を引っ張り早歩きをする。……春子さん? なんだか、いつもと違う。どうしたのだろうか。
 ぐっさんちに入ると、春子さんはいきなりしゃがみ込んでしまった。俺は焦って、彼女の肩に触れるも、彼女はなんだか息が荒かった。顔色も悪い。……これは、もしかして、何か見たのだろうか。

「春子さん?」
「……ごめん。あやちゃんに、連絡取ってもらえる?」
「え、はい。分かりました」

 霊感の強い春子さんは、見たくもないものをよく見てしまう。恐らくこれは、その反応だ。あややにメールを送り、俺は彼女を抱きかかえながら、居間へと入った。ぐっさんが少し驚いた顔をしたが、状況をすぐに把握すると彼は春子さんにペットボトルの水を渡した。

「よお、部長さん。そろそろ来ると思ってたぜ」
「ああ……なんか、ごめん」
「一人で抱え込むと、ろくなことねえだろ? 春子さん、呼吸落ち着きました?」
「ええ……ごめんなさい、二人とも。もう、大丈夫……」

 落ち着いたようだ。俺は安堵から溜め息をつき、それから、二人に、もう一度謝った。

「ごめん……俺、やっぱ一人じゃ何もできないみたいだ」
「ああ。だろうな。だから、オカ研たちあげて、仲間を作ったんだろ? もっと、俺たちを頼ってくれよ、ギダちゃん。一人じゃないんだからさ」

 ぐっさんの優しい言葉に、俺は自分が情けなくなった。こんなに、頼もしい仲間がいたのに。俺は、また、一人でどうにかしようとしていた。けれど結局、なにもできなくて、またこうして彼らに縋ってしまった。それが、本当に情けなくて、俺は少しだけ泣いた。最近、色々起こりすぎて、疲れているのかもしれない。
 コンビニで買ってきた弁当を静かに食べる。春子さんが俺を見ながら、口を開いた。

「それで、『ハラ』から何を聞き出したの?」

 俺は手を止めて、携帯を開く。『ハラ』から受け取ったメールを見せるため、彼女に携帯を渡す。ぐっさんも覗き込んで、それから二人は驚いた顔をした。

「これ、マジだとしたら……この『ハラ』って何者なんだ?」
「……ギダちゃんの知り合いって可能性はないの?」

 春子さんに聞かれるも、俺にも思い当たる人はいなかった。家族や親戚どころか、友人にだって俺がオカ研を作ったことなど話したことはない。俺の知り合いの可能性は皆無だった。
 俺に携帯を返して、春子さんはまた尋ねてきた。

「ギダちゃんがオカ研の部長だって、なんでこいつは知っているの?」
「それが俺にも分からないんすよ。オカ板でそれを話題に出したことはないのに、何故か知られてて……」
「ギダちゃんのパソコン、乗っ取られてる可能性ないか?」
「ウイルス対策ソフトは完璧だよ」
「どこかに穴があることもあるだろ。大体、そういう方面でしか情報漏れる可能性がないはずだ」

 ぐっさんの言うことには、俺も不安になった。確かに一理ある。ウイルスじゃなく、他者の手による直接的なクラッキングによって俺のパソコンに侵入し、情報を盗み出した可能性は否定できなくはない。だが、わざわざ俺のようないち個人にそんな悪戯をして、何が楽しいのだろう。そんな高い技術力を持っているなら、もっと悪用する箇所があるはずなのに。
 そんな話をしている間に、あややが息を切らして部屋に飛び込んできた。春子さんの無事な様子に、あややは彼女を抱きしめて安堵らしき溜め息をついた。

「ギダ先輩から、連絡貰って、心配だったんです。ご無事で良かった」
「あやちゃん、お祓いをお願いできるかしら。……ギダ君と会う前に、変なのに憑かれたみたいで、今も外にいる気がして」
「もちろんです。春先輩は、僕が責任持って守りますから」

 ぐっさんにコップ一杯分の清酒を用意させてから、あややはお祓いを開始する。先日俺にやった時とは違う。今彼は恐らく、対霊用のお祓いをしている。この間俺にやったあれは、対呪詛用だったのだろう。俺はなんとなくそう思った。
 あややの読経を聞き流しながら、俺はぐっさんに『ハラ』のことを話した。

「何にしても、こいつが兄貴に繋がる手掛かりを握っているのは違いないと思うんだ。だから、俺はこいつにも会ってみようと思う」
「……今度『はま』に会うんだろ? 悪いことは言わないから、会わないほうがいい。本当は、『はま』に会うことだって俺は反対したいくらいなんだ。頼むから、ギダちゃん、無茶はしてくれるなよ。……春子さんの泣き顔はもう見たくない」
「あややから預かった数珠はあるから。やばくなったらすぐに連絡する。だから止めないでくれ。俺、兄貴にちゃんと言いたいんだ。仇とったぞ、って」

 弱気ではなく、強気でそう言った。ぐっさんは浮かない顔で、それ以上は何も言わなくなった。
 お祓いを済ませてから、あややが俺に振り向く。彼もまた、真剣な顔をしていた。

「ギダ先輩、この間も言いましたけど、無理はしないでくださいね。僕にも出来ることがあったら、必ず頼ってください」
「私も、協力できることがあったらなんでも協力するわ。ギダ君は一人じゃないから」

 ……みんなの優しさが痛かった。俺は迂闊にも、また泣きそうになるが、そこは堪えた。純粋に嬉しかった。

「必ず。俺、絶対に兄貴の仇とってくるから」

 俺はぎゅっと拳を作った。そうして、その時を迎えるのだった。

第17話 『かげろうさんの正体』

wspcompany.hateblo.jp

 

 

Copyright © 2018-2019 flowiron All rights reserved.