創作作品展示室

主にオリジナル小説が掲載してあります。

エターナルブレイド 第14話

エターナルブレイド 第十四話 『その名を持たぬ者』20180717

 


 ――『賢皇陛下が崩御された』

 その言葉を宮使いの神代≪ガリア≫から告げられるより早く、ロキは『視た』。
 自分自身の最愛の父、旧賢皇であるディルシア。かの皇の容態は数昼夜前よりすでに悪化していた。むしろ、よくここまで永く生きたものだとも思った。そしてロキは理解していた。ディルシア皇権の崩壊が意味するところを。どうせ、自分に期待を寄せる神代≪ガリア≫などこの国には居ない。神代≪ガリア≫でなくとも、きっと皇国の民すらそう思っていることだろう。
 ――余(わ)が父は偉大すぎた。それだけであった。
 ロキは自身になんの影響力もないことをすでに悟っていたのだ。きっとディルシア亡きのちのエツィニヤは衰退の一途を辿り、滅亡へ向かう。そこまでも予見できていた。ゆえの、『政略婚』。象徴(シンボル)としてただのお飾りとなり果てる前にその事実を皇国の民、そして何より神代≪ガリア≫連中へ示すこと。それこそが滅びを回避する唯一の道だった。

 ロキは宮殿の高見櫓より下に見える民の暮らしを見守る。こうして活気ある現在を見ていられるのも、きっと今のうちだけであるために。民の様子をまなこへと焼き付けたかったのだ。恐らく、民は全て何も知らず歓喜し祝福をした。――フレイルライズはこの世界の秩序でもある。公にもそのよう認知されている。かの国の王女との婚姻。約束された繁栄の未来。全てはきっと、神代≪ガリア≫の思うままの結果だとしても、それでもロキは許容した。愛する民を守れるのならば。自らの命運などすべて受け入れると。
 恨むぞ、余(わ)が父。そう呟いたつもりであったが、それは微風により掻き消される。
 不意に、宮殿の内より知った気配を感じ、目を向けた。愛らしい姿、血の繋がった妹。ユキは『唯一』この宮殿にて住まうことを許されている皇女だった。
 ユキの目は嬉しげに細められ、自身の身にまとう衣装を翻さず、丁寧な辞儀をする。

「兄上様……いえ、賢皇陛下。ご機嫌麗しゅう。」

 例え実兄であろうともロキはすでに賢皇≪オウ≫と成った身。ずっと幼い頃から懐いていたユキ皇女は、愛する兄の呼称の変更に順応できていないようだ。それを咎めるつもりもなかったので、ロキは小さく、返事の代わりに頷いた。
 民衆を眺められる位置までユキは歩を進ませ、眼下に広がるその景色を愉快そうに見渡した。……皇女であるユキは自由に街へとくだることは許されていない。それは生まれてから今まで一度も。結界の張られたこの櫓から、こうして″一方的に″民衆を眺めることしか出来ないのだ。皇族である以上、致し方のないことである。執政を行うでもなく、国の象徴(シンボル)でもない、いうなれば名前だけの皇族。宮殿に住んでいるという以外で、ユキの存在は大した影響力もない。それはロキも同じようなものであるが、旧賢皇崩御を迎えた今、すでにその事実は過去のものとなった。
 ロキが賢皇として君臨した今、妹であるユキ皇女もまた身の保障がなされた。疑いなくロキにとっての朗報だった。
 ユキへ向き直り、ロキは微かに笑みを浮かべ、口を開く。

「雅聖文(ガセイモン)の習いを終えたのか、ずいぶんと早いが。」
「ええ。賢皇陛下(あなた)の妹ですもの。これくらいはこなせますよ。」

 くつくつ、と笑うユキの余裕ぶりに、ロキもまた表情を穏やかにする。
 雅聖文という学業の一つ、聴けば他国では難解な哲学的な分野の勉学だという。ロキも過去に学士(ガクシ)に習っていた頃、特につまずくこともなく理解をしたものであるが、さすがに血を分けた妹ということだろうか。ユキもまた女にしては賢く聡い娘であったため、きっと担当した学士もその理解力にさぞ驚いたことだろう。とはいえ、さして意外なことでもない。血は水よりも濃いもの。こうして似通うことなど珍しいことではない。
 それより、とユキが不意に話題を変える。それは、ロキにとってある意味予想していた質問でもあった。

「賢皇陛下にお尋ねします。時の使者様を討つよう命じたのは他でもなく陛下でしょう? どうして、そのような指示を下したのですか?」

 ″時者″の襲撃をどこで聴いたのか。話していなかったことを彼女が存じていたのは、きっとユキの持つ『幻視』の力だろうと直感する。ユキに隠し事は通用しない。断片的にではあるが、彼女は全てを見透かす眼を持っている。その眼をごまかすことは″なんびと″であろうと不可能だろう。そして、ユキが宮殿に住まうことを許されている理由もこの力があるからだ。不正を見逃さず、全ての真実を告げる。誰の肩も持たず、庇いだてもせず、公平に全てを見通すその特殊な力。
 けれど、彼女のかような力も今のロキにはなんの驚異にもならない。隠すつもりもなかったことだからだ。ただ、聴かれていないから答えなかった。それだけだった。なので、こうして改めて問われれば、それは素直に答える以外にない。

「あぁ。そのことだろうと思っていた。――無論、確かめるためである。」

 時者という絶対的な存在。計り知れない驚異。使命といえど、『時空監査局』の命令といえど、余(わ)が国に仇なすかもしれない危険因子は排除する。それが皇国を未来永劫守る方法だとそう判断した。だから、ウィンガーデンに罪をなすりつける形で命じた。――ウィンガーデン本人もきっと気付いている。だが、皇族の勅命は絶対。逆らえないものと理解しているため、二の句もなく指示を受け入れた。そして彼女は手違いもなく勅命をしかと遂行した。それだけだ。
 ロキは知っていたのだ。″時者″の片割れ、調律の力を秘める彼女の『本当の力』を。きっとこの世にいる魔導士でも、ほんの一握りしか理解していないことを。裏を返せば、″そのこと″を理解しているからこそ、ロキは賢皇となったのだ。その事実は恐らく神代≪ガリア≫も気付いてはいない。だからこそ、『時空監査局』へと通達したのだから。
 穏やかな空気が流れるのに、ロキの内心は殺伐としている。きっとユキも気付いているだろうが、真っすぐにロキを見つめて、真意を読み取ろうとしてくる。全く、聡いというのもこういう時は厄介だ、などと思った。
 ロキはユキを見つめ返して、事も無げに言い放った。

「余は相宮奈々子を信用しておらん。奴めは、驚異になりうる因子。皇国を統べる者として当然の試練を与えたまでだ。……しかし、余が想定していた以上に彼女は無知であった。きっと元来の性質であろうが、それゆえに『知った』時の反動が恐ろしい。――ユキ皇女よ、貴殿の眼に彼女はどう映る?」

 ユキへと問いかけるも、ユキはすぐには答えなかった。沈黙は何かを言い淀んでいるようにも見える。隠したとしても、咎めを与えるつもりもなかったので、ロキは彼女からの返事をただ待った。嘘をつくことのない誠実な皇女であると知っているから、その口が語る「素直な真実」を、もしくは、言えないと素直に黙秘をするのかを、ロキはただ待っていた。
 ユキの視線がロキから外され、小さく首を横へ振る。

「ごめんなさい、陛下。視えないのです。奈々子様は、わたくしには視えない。あの方が異世界のヒトだからか、意図して覗き視ようとしても何も映らないのです。……ですが、これだけは分かるのです。奈々子様は驚異ではなく、希望となるヒトだと。この世界を救い給うヒトとなると。……わたくしの願望といえばそれまでですが、彼女はきっと、全てを『変えてくれる』と、わたくしは信じているのです。不思議ですが、そう信じてしまうのです。」

 ユキの目が再びロキへと向く。嘘も偽りも見栄でもない。ユキの真摯な言葉。語らう彼女の眼の輝きに、ロキは説得力を感じていた。『全てを変えてくれる』の真意とは果たして何か。いずれ来るその時になれば分かることだろう。聖なる眼を持つというフレイルライズ王とはまた違う聖眼を持つユキ皇女がそういうのならば、きっとそれは真実なのだ。ロキは口にはしないが、確信を持っていた。
 ユキはロキへと一礼し、のち音もなく宮殿内部へと戻っていった。

「……難儀なものだな、父よ。」

 亡き父を思い出しながら、ロキは静かに嘆息をした。呟きは、誰にも聞かれずに空気へと溶けていった。


+++


「そうだったんだ……。なんでだろう、何も不思議に思わなかったんだ。ロキ皇子は、今はもう王様なんだね。」

 エツィニヤ皇国バラモラ師団の根城、戦艦の中にて。ナコはそのことをクリスティから聞かされた。
 ナコはロキ皇子が次期王になるという情報は以前から知っていた。だが、先ほどウィンガーデン提督やクリスティがしてくれた話の中で、すでにロキ皇子が賢皇として王の座についていたことを特になんの疑問も持たずに聴き入っていたことを、今更ながら不思議に思っていた。会話が自然すぎて順応しただけだろうか。あるいは、この国に来てからもまた未体験だったことをたくさん経験して、すっかり忘れてしまっていたのか。どちらにせよナコは今この瞬間になって初めて、先日この皇国の王様が崩御したことを知ったのだった。
 クリスティは決して明るくない表情で補足するように語ってくれた。

「ロキ賢皇陛下は皇国の賢皇≪オウ≫ではありますが……現在でも民らは皇子と呼称しています。かの旧賢皇であらせられるディルシア前陛下は、あまりにも偉大すぎた。ヴァセリン大陸の平定への礎、固有民族≪タミクサ≫らへの無血による実質支配……先刻お聞かせしましたが、固有民族≪タミクサ≫らの賢皇への忠誠とは、厳密にはディルシア前陛下へ対する忠義に他ならないのです。ゆえに、ロキ賢皇陛下が正式に賢皇となられたことを知るのは宮殿勤めの者のみ。無論、皇国に生きる全ての民の耳に触れることはまだずっと先となるでしょう。」

 クリスティの言葉にただ驚いた。けれどナコは、クリスティの語ったことをすぐに理解した。それは、つまり、――前国王の崩御を国に住む人たちが知らないということだ。それゆえに弔いの雰囲気もなかったのだ。それに、クリスティがしれっと言っていたことに驚愕に近い疑問を抱いた。ナコはそれを恐る恐る尋ねる。

「あの、ヴァセリン大陸の平定への礎、って、どういうことですか? ……確か、この大陸は先日に誕生五千年を迎えたんですよね? 平定への礎という意味が分からないのですが……」

 大陸の平定の礎……言葉を文字通りに捉えるとすると、王様は五千歳以上を生きてきたということになるのではないか。しかしそんなことは物理的に不可能だろう。この国の魔法使いがナコのいた世界の人間よりも長寿だからといって、記録では五百年以上生きた魔法使いはいない。まして、五千年だなんて。生きた化石とでも例えられるレベルだ。ナコの至極真っ当な疑問に答えるのは、ルラだった。

「言葉通りだ。ディルシア前陛下はこの大陸の平定の礎を築いた先人様の中の一人。エツィニヤという国が出来たのはもっと後になるが、現在のエツィニヤの皇一族ハーウェンズ家自体は大陸誕生以前から続く名門中の名門。代々、男の皇子はその初代ともいえるディルシアの名を受け継いで来た。だから、先日崩御された旧賢皇は厳密には初代のディルシア様ではないが、この皇国ではディルシア様の名を持つ賢皇は象徴(シンボル)として崇められているんだ。」

 ルラの言葉に続き、クリスティが先よりも静かに付け足すように述べる。

「フィオ・ディルシーア≪その名を持つ者、我が父よ≫――この国に住まう全ての民が、産まれた時から刷り込まれる誓いの言葉です。私は元々この国の出身ではないので、この国の特異性についてだけは実のところ感じてはいました。……断罪に値するほどの不敬になるので、今の私個人の発言はどうか忘れてくださいね。」

 冗談のようにそう苦笑をするクリスティに、けれどナコは笑えなかった。それはつまり、ディルシアという名ではない王様が座に就いたことを国民が知れば……その先に待ち受ける事態はきっと一つしかない。だが、ディルシア前陛下が崩御したことを永久に隠し立てるつもりだろうか。いや、そんなことはまかり通るわけがない。ロキ皇子がフレイルライズのエレナ王女と婚姻したことはきっと国民も知っているはず。それにディルシア前陛下が危篤だという報せだって、普通は国民に知らされるのではないのか。
 ナコがそのことについて問うと、クリスティが声を潜めて答える。

「危篤ということは伝えられていないのです。ただ、体調が優れないので執政をロキ皇子に交代するという生前退位の意志を示したとだけ。……崩御した、ということだけは隠匿されています。前述の通り、ディルシア様の名が潰えたとなったら、各地に生きる固有民族≪タミクサ≫が反旗を翻さないとも限らないので。」

 全く予想通りの返答だと思った。それはある意味では篤い信仰心ともいうべきものかもしれない。しかし同時に、そこまで慕われ奉られてきた王様を父に持つロキ皇子のその内心はきっと計り知れない。ナコでは到底理解しえないほどの重圧を感じていることだろう。それでも、ロキは初対面時に自身が治める国民たちを見て、堂々と自分が賢皇であると名乗っていた。恐らく彼はこの運命を受け入れるため生きてきたのだろう。いつか自身の父が崩御した時は、こうなるだろうことを分かって今日まで生きてきたのだ。それは、とても辛いことだろう、とても苦しいことだろう。ナコはまるで自分のことのように、少しだけ憐憫とした気持ちを抱いていた。

 目的地までもう僅かで到着するらしい、ウィンガーデン提督が再び現れ、ナコ、ルラ、カーミラ、そしてクリスティについてくるよう促した。艦内の一室。提督曰く、目標地点の真上にこの軍艦を停泊させるため、迅速に″流れ星″(『賢者様』)を保護しろ、と。″流れ星″の正体は言っていないが、ウィンガーデン提督は恐らくなんなのかということは知っているだろう。齢二百を超える魔導士、経験則などからただの″隕石等の類″ではないと感づいているはず。
 目標の地点の上空にて軍艦は停止し、ウィンガーデン提督はナコたちを炎の膜で覆った。緊張するナコに寄り添い、カーミラが「大丈夫、だ。あたしが、いる。」とそんな頼もしいことを言ってくれた。ナコは嬉しくて、少しだけ緊張を解く。
 その時だった。

「――えっ?」

 ナコの呟きが風に消される。
 ナコを保護していた炎が瞬きの間に消失し、ナコの目の前に、大きな眼が現れた。ナコのその身と同じほどの大きなその眼。何が起きたのか何も分からない。ただ、ナコは一人きりで″その眼″の前に居た。ルラもカーミラもクリスティもいない。どこに行ったのか、その疑問すらまだわかないほど、周囲の状況も見えなくなっていた。

 ――お前の望みを知っている。叶えてやろうか。

 巨大な口が、牙を見せながらそんなことを言った。ナコは息を呑み、けれどどこか冷静な心のままで、目の前の大蛇の眼を見つめる。

 ここはどこだろう。いつもの『未来可視』ではないことだけは分かる。空間。そこの中にナコは居た。何もない。見渡しても何もない。においも、感触も、音も。自身が何を考えているのかさえ分からない。ナコの見ている先、ゆらりと空間がゆがむ。それは立体的になり、やがて姿を「整えた」。

「もう少し。もっと、気付いて、『私』。いえ……本当は、気付いているのよね、『私』?」

 相手は口を動かさないのにそう言った。何を言っているのかは分からない。雑音が脳内に響く。意味をなさないただの音。そして再びナコに向けて放たれる。

「じれったいなぁ。もういっそ、『私』が行こうかな。交代して、『私』。」

 相手の胸元に刻まれた″眼″。ナコを見据えるおぞましいものは、ナコの意識を食らう。周囲の景色を食らい、真っ暗闇の中へと『連れ込まれた』。

 

 

 傍にいたナコが突然に意識を失ったことに気づいたのはカーミラだった。カーミラはルラを叫ぶように呼ぶ。

「ルラ! ナコ、おかしい! 意識、ないぞ!」
「ナコ!」

 カーミラの呼びかけに応じてナコへと駆け寄るも、ナコは完全に昏睡状態に陥っている。何が起きたか全く分からない。だが、不意に感じた不穏な気配にカーミラに続いてルラもまた警戒を露わにする。クリスティが先刻までの和やかな雰囲気を消失させ殺気を全開にしてこれから現れるであろうものを迎え撃たんとばかりに自身の得物である水の剣(つるぎ)を具現させる。それをしっかり握るクリスティを横目に、ルラは、炎の膜が薄らぐのと同時にナコに水の防護魔法をかけ飛び出した。

 大蛇。軍艦と同じほどか、それ以上のもの。その眼は黄金の色。伸びる舌はとてつもなく長く、油断をすれば絡みつかれて一飲みされてしまいそうだ。どう考えてもこんな狭い大地に棲息するような大きさではない。これも『賢者様』の悪効果だろう。ルラは水の双剣を手に出現させ、カーミラにナコを護るよう怒号を飛ばす。それから自身は大蛇の死角に回るため空中を滑空するも……大蛇の眼は、二つのみではなかったことを知る。

「多眼類か!」

 気付いた時ルラは叫んでいた。蛇の中でも三つ以上の眼を持つ多眼類の蛇。無論、元来はこんな大きさなどではない。よりにもよって頭部に八つも眼を持つ種類の蛇が『賢者様』の悪効果で巨大化したというのか。文字通り八方を見ることができるその蛇に死角などない。嘲笑うように大蛇はその眼を細くして、語り掛けてきた。音は、しわがれた老人のように聞き取りづらく、野太いものだった。

 ――時者はワシを解放してくれる。時者はワシと契りを交わす。

「黙れ!」

 ルラが怒声をあげて水の膜を展開するも、大蛇のひと睨みでそれは呆気なく蒸発した。巨大化しただけでなく魔法を無効化するような力も備えたというのだろうか。ウィンガーデンの炎の矢すら身に受けてもなお平然とする大蛇に、ルラは焦りを抱く。察したのかウィンガーデンがルラを落ち着けるように声をかけてくる。

 ――焦るな。機が来るのを待て、時者。……こやつは巨体ゆえ動きが鈍い。必ず好機は巡る。

 ルラだけじゃなくクリスティや、ウィンガーデンの率いる兵士らも大蛇を取り囲みその時を待った。好機と言っても、どういうことだ。魔法を無効化するような大蛇が隙を見せる瞬間が来るというのか。他にどんな能力を獲得したかすら不明なのに、そんな悠長なことを言っている場合ではないだろう。だが、きっと自分より戦闘経験のあるウィンガーデンがそう断言したのだ。その時は恐らく″来る″。

 大蛇の声が、また響き渡る。

 ――あぁ、あぁ! 解放される、ワシの力が、望みが! 時者が、叶えてくれる!

 大蛇の巨体が見る間に皺となっていく。まるで脱皮をするかの如く様相。あれだけ大きかった巨体が剥がれ落ちていく。空中に光が溢れ、徐々に小さくなっていく。人の大きさ。足のつま先。足の先から形成されていく光。喜びを体で表現するように、作られていく。下半身から、胴体へ。両の腕、手の指先。
 そしてその時は訪れた。

 ルラは理解に数瞬の時を要した。気付けば、宙に舞う、その断片。それがヒトの形の頭部と気付く。次いで、切り離された胴体と四肢。あまりにも突然の事態に、ルラだけじゃなくカーミラやクリスティも息を呑んだようだ。
 ウィンガーデンの手には″大鎌″。冴えた眼に、苛立ち含んだ声色。風になびく着衣の一端にも汚れは一つとなく。

 ――悪く思うな。……捕らえよ、時者。

 声に、ルラはすぐに自我を取り戻す。咄嗟に小瓶を出現させ、鈍く銀色に光る小さな小さな塊へ向けて真っすぐに投げつける。

「ヴィフィア・フォーセス!」

 短い詠唱ののち、ルラは手繰り寄せる動きで一息に小瓶を回収した。一瞬の出来事に、さすがにウィンガーデンの兵士たちも困惑を見せている。全てがたった数瞬の間に終わった。こんなにも呆気なく一柱目の『賢者様』を回収できると思わなかった。ルラはウィンガーデンへ畏怖の眼差しを向けるもそれはつかの間の出来事になる。ルラはナコへと向きなおり、ナコの呼吸を確認してから彼女を起こすため声をかける。

「ナコ、聞こえているか。『賢者様』は回収できた。起きてくれ、ナコ。」

 ルラの呼びかけに、ナコがうっすらと目を開ける。ぼんやり中空を見つめるナコにルラやクリスティは安堵する。カーミラもまた嬉しそうにナコに寄り添い、ナコの名前を何度も呼んでいた。

 意識が覚醒しないナコを連れて再び軍艦へと戻る。残り、十四柱。次の場所をどこにするか思惟しているウィンガーデンを眺めながら、ルラは、ぼんやりとするナコの頭を撫でてあげた。『未来可視』の力ではない、そう思ったのは、ただなんとなくだった。ナコは以前よりも『未来可視』の力の発現に慣れてきていたはず。彼女の心身の療癒(りょうゆ)の際に毎回ナコの健康状態もしっかり確認しているので、疲労が溜まっていたゆえに気絶したわけでないことも推察している。だが彼女は、突然に意識を失った。まるで、催眠魔法にでも陥った時のように。そして今のこの覚醒しきらない状態。何かの力に引っ張られたと考えるのが自然だと思った。
 カーミラが傍でナコを見つめている。何か、不思議そうな顔をしている。ルラはカーミラに問うた。

「どうした、カーミラ。」
「……なに、か。変、だ。」

 カーミラの第六感だろう。何かの異変を感じ取っている。ルラもまたそれに同意しようとした。
 次の事態は、思っていたよりずっと早くに降りかかる。

 それまで地図を展開していたウィンガーデンが前触れなく血相を変え、姿を消失させたのだ。クリスティもまたどこか不穏な様子になり、ルラへ告げてきた。

「強大な何かが戦艦へ高速接近しています。ナコ様の護衛は私と、カーミラ様にお任せください。」
「承知した。頼みます、クリスティさん。」

 ルラはすぐに事態を把握する。クリスティに言い残して兵士に案内されルラは戦艦の外へと飛び出した。
 

 

第十五話

wspcompany.hateblo.jp

 

 

Copyright © 2018-2019 flowiron All rights reserved.