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人は誰しも心の中に醜い獣を飼っている ―本編―(名古屋コミティア54出品作品)試し読みページ

人は誰しも心の中に醜い獣を飼っている‐導入編‐の続きとなります。

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人は誰しも心の中に醜い獣を飼っている ―本編―

 

 いつもの教室、いつもの朝。ユミコもまたいつものように登校して、自分の席でいつものように親しい友人らと談笑をしていた。一限目は幸い苦手科目ではなく宿題も特になかったため、クラスメイトたちも焦る様子もなく賑やかな空間で通常通りの日常を送っていた。しかし、一つだけ、ユミコは気にかかることがあった。
 登校してきてから、自分の席にいる間、ずっと感じていたその視線。斜め後ろへと振り向けば、『彼』と必然、目が合った。視線をかわすとそのたびに彼は顔を赤くして顔をそらし、自身の手元にある一限目の授業で使用する予定の教科書を懸命に読むふりをしている。随分とごまかし方が純情だが、それでもまさかユミコは彼がこれ以上自分に用事があるとは思わなかった。

 ――前日の夕方。静寂の教室で彼――キリヤ タツフミから聴かされた、にわかには信じられない告白。術士だとか化物とかお祓いとか、そういったワードを帰宅したのちにインターネットで調べてみても、ヒットするのは創作小説や世界の伝説などの架空の物語のことばかり。けれどあの時、キリヤが貪っていたものは確かに生の気配を感じるようなものだった。決して人に見られてはいけない、そんな雰囲気もあった。そして実際にキリヤ本人も「あまり人に見られたくないこと」とも語っていた。においも空気も彼の言葉も、全部が夢や幻覚などではないと示していたのだ。
 一限目が開始しても、彼らしき視線はずっとユミコへ注がれていて、それが居心地悪かった。もしかして彼は、ユミコが友人などに昨日のことを話すのではと心配して監視しているのかもしれない。理由があるとすればこの辺りが妥当だろう、とユミコは内心で少しばかり肝を冷やす。そんなこと絶対しないのに。万一他人に彼の秘密を洩らせば自分がなにをされてしまうか想像もしたくない。
 黒板に書かれる文章がなんだか外国の言葉のようにも思えるほどにユミコは落ち着かなくなった。先生が日付から連想したクラス番号の生徒を名指しして問題の答えを急かす。生徒は少しだけ時間を要したものの周りの生徒たちがこっそり手助けをして無事正答を述べられたが、無論先生はそれを目ざとく注意して少しだけ笑い声があがるも、それもすぐに静かになる。
 シャープペンの先をノートにつけたままユミコは板書することもなく、ただ斜め後ろの席の彼からの監視の目に気を散らしていた。よそ事を考えていたユミコだったが幸いにもそれは先生には気付かれないまま、一限目の授業終わりの鐘が鳴る。
 椅子を片して廊下へ行く生徒や友人の席へ近づいて談笑を始める生徒など思い思いの休み時間の過ごし方をしているなかで、けれどユミコは相変わらず、彼からの視線に耐えていた。
 授業がなにひとつ頭に残らないままに昼ごはんの時間になってしまった。それまでずっと無視していたユミコだったが、とうとう我慢できなくなり席から立ち上がると彼へと振り向く。が、そこには彼の姿はなかった。いつの間にか教室から去ってしまっていたらしい。そういえば、いつも彼が昼に弁当を食べているのか食堂へ行っているのか、それすら知らない。ためにユミコは、ひとまず先に持参していたお弁当を食べてから、彼の捜索をすることにした。
 いつも以上に速いペースでお弁当をかきこんだために居合わせた友人たちから「速すぎない?」と言われたりなどするも、正直ユミコはそれどころではないので空のお弁当箱を片付けると教室から飛び出した。まず先に向かうのは食堂だったが、広い室内を見渡してみても彼らしき姿はなく、ユミコは次に中庭へと赴く。が、そこにも見当たらなかった。空き教室や視聴覚室、果ては保健室や美術室、音楽室など居そうなところを見て回ったのにどこにもいない。段々とユミコは、見当たらない彼に対して理不尽な怒りを覚え始める。なんで自分がこんな苦労して彼を探さないといけないのか、と。そして、三階の屋外の渡り廊下を歩いていた時、その声は聴こえてきた。
 いかにもワルぶった人物の声と口調。この声は聞き覚えがある。隣のクラスの不良Aの声だ。そして追随する不良Bの声もある。渡り廊下から西側の、ひと気があまりない、今は使われていない焼却炉の方からだ。ユミコが少し身を乗り出して見下ろすと、そこにはキリヤと、彼を囲む二人の不良の姿があった。
 不良Aがキリヤに右手を差し出し、掌を上へ向けて何かを要求している仕草をしている。

「キリヤ、忘れたのかよ? 前助けてやったよな? そんな大金じゃねえだろ? 野口一枚くらいでいいって言ってんの。」
「お前の家金持ちだっただろーが。それくらいあるよな?」

 どう見ても恐喝だった。ユミコは少し口ごもるも、咄嗟にスマホを取り出して、即座に動画を起動する。そして、視線の先で恐喝行為をしている人たちの録画を始めた。
 撮られているとも知らぬ不良たちは、何かキリヤが小声で言うのを聞き逃さず、とうとうキリヤの左肩を強く押した。ユミコはそのタイミングで、下にいる連中へ向けて声をかける。

「ねぇ、この動画、ネットに流してもいい?」

 突然の出来事に不良たちもキリヤも顔を上げて、驚いた様子でユミコを眺めてくる。特に不良二人は口を大きく開けて顔を青くし始めた。ユミコは彼らの空いた口へとさらに次弾を撃ち込んだ。

「これ脅迫じゃないからね。不良A君とB君が、今後キリヤ君にちょっかい出さないって言うならすぐに消すから、どうする?」

 ユミコがそのように提案すると、不良たちは揃ってキリヤに何か喚いたものの、次のときにはユミコを見上げて「もうしねぇから消せよ!」と叫んできた。それを聞いてユミコは満足し、録画を停止して、それから動画は消去せず、フリだけして彼らに告げる。

「一応いま消したけど、私自動でバックアップがパソコンに保存されるようになってるから、帰宅してからパソコンのほうのデータは消すね。不良A君とB君がまさか恐喝してたなんて、誰にも言わないから安心してよ。」

 飄々とそう述べて、ユミコは走って廊下を渡り、階段を駆け下りていく。まだ昼休み中なので出歩いている生徒はあまりおらず、誰ともすれ違わないまま、一人で呆然としているキリヤの元へと駆け寄った。キリヤは何度かまばたきをしていたが、じきに蚊が飛ぶような細い声で「ありがとう」と言ってきた。
 ユミコは彼をじっと見て、それから先ほど不良に暴力をふるわれた左肩あたりをそっと指で突いた。キリヤがいきなりのその行為にビク、と震えて小さく「痛」と呟いたのをユミコは聞き逃さなかった。色々と言いたいことはあったが、今は彼のケガを手当てすることを優先させよう、と決めてキリヤの右手首を掴んでそのまま引きずるように保健室へと彼を導く。なされるがままについてくるキリヤはその間なにも言ってくることはなかった。
 保健室は施錠されていなかったが先生も生徒も誰もいなかった。医療行為のスキルのないユミコはけれど、打撲傷と判断して冷湿布を戸棚から取り出すと有無を言わさずキリヤの着衣を脱がした。無論、キリヤもそれにはさすがに声をあげた。

「ちょ、待ってシフジさん、だい、大丈夫だから!」
「大丈夫じゃないでしょ、多分。結構、強く押されてたじゃん。……赤くなってる。動くとよれちゃうから、大人しくしてて。」

 散々探し回って、見つけたと思ったら今度は恐喝されてて、挙句ケガまでした彼を手当てするなんて……なんだか僅かに残っていた苛立ちが再びユミコの真っすぐな性情を刺激して、そのつもりもないのにうっかりお説教口調になってしまう。そういえば昔から自分はお節介なところがあったような気がする、と昔の出来事を思い出しながら、赤くなってしまったキリヤの左肩の箇所に冷湿布を静かに貼った。視界に入っているキリヤの顔はそれはもう真っ赤で、まるで茹蛸のようだとさえ思わせる。ユミコは彼の着衣を直してあげつつ、それまでの不安だったことや彼が気にしていたであろうことを、事のついでだとばかりに伝える。

「キリヤ君、私が人に、なんだっけ、術士?とかのこと、告げ口すると思ってる? 私だって、我が身がかわいいからそんなこと絶対しないから安心してよ。……授業中とかもさ、あまりガン見されるとこっちも気が散るしやめてほしいんだよね。絶対人に言わないって誓うから、キリヤ君もこれ以上私のこと監視するのやめてね。」
「監視なんてしてないよ。……そう思わせたなら、その、ごめん。……僕、そんなにシフジさんのこと見てたかな?」
「超見てたと思うけど。」

 呆れてため息交じりにそう返すと、キリヤはまた小さくごめんと謝ってきた。どうやら無意識にやっていたらしい。どうにも、そんなにまだ彼のことを理解できていないためか彼の言動が全く読めない。ユミコはキリヤのシャツの第二ボタンを留めると、彼を残して保健室を立ち去ろうとした。扉に手をかけたところでキリヤから声をかけられる。

「シフジさん、どうして、僕にこんなに優しくしてくれるの? 僕のこと、気味悪いって思ってるはずなのに……。」

 それは恐らく、彼自身が本当は認めたくないことなのだ。それをあえて言葉に出すキリヤの心境を、ユミコは少しだけ察する。
 授業中、ユミコへ視線を送ってしまったのは事故みたいなものなのだろう。それに彼だって電波な事を言ってはいるが、ユミコに対する実害自体はいまのところないし、今後もただのクラスメイトなのだ。そう思ったら、ユミコの小さな心の引っ掛かりも自然と外れたような気がした。先よりは幾分も落ち着いて穏やかな声色で、ユミコは彼へと振り向きながら、

「なんていうか、キリヤ君ってほっとけない感じするから。それだけ。」

 そう言い残して、ユミコは教室へと戻る。
 もうすぐ昼休憩が終わり、そのあとは掃除の時間になる。ユミコは今日は自分の教室内清掃の番なので、担当が同じ生徒に小言を言われないよう少しばかり急ぎ足で帰路へついた。

 保健室で一人きりになったキリヤは赤い顔のまま、いまだ鈍痛を発する左の肩に軽く自身で手をあてて、黙したまま俯いた。誰にも聞かれない声量で、静かに、呟く。

「……いい人だな。」

 その唇は、嬉しさから微かに綻んでいるようにも見えた。

 

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人は誰しも心の中に醜い獣を飼っている

人は誰しも心の中に醜い獣を飼っている

 

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